藤原四季
「……何だこれ」
天崎が情けない声を出す。
それは私の台詞なんだけど、と思ったけど口にはしなかった。多分、この場に居る全員が思っているだろうから。そんな凡庸な事を言ってもどうにもならない。現状把握に努めなければ。
――時間。十六時過ぎ。
――場所。クラスメイト伊佐間真司の家。そのリビング。
――何故か。登校して来ないクラスメイトに、プリントを届けに来た。ただそれだけ。
――状況。何故か室内に通されて、入ってみたら伊佐間真司の他に、天崎翔平、他クラスの織田拓、佐野大樹が居て、私を含めた五人で睨み合いになっている。何故か立ったまま。
我ながら意味が分からないわね。
仲良しグループにも見えないし、虐めの現場だったりして。それならそれでやるべきことはある。
私の前でカツアゲなんかしたら、どうなるか見せてやるわ。
いや、そんな受身な態度では駄目。話し合いでどうにかしましょう。
まずはリラックスするところから。
私は部屋の中に勝手に入り、立派な椅子に腰を下ろす。うん、良い感じ。馬鹿みたいに視線を向けるだけの四人も、余裕で座れそうじゃない。
「何をしてるの? この家は客に茶も出さないわけ?」
「……ああ、お茶、お茶ね。分かった」
伊佐間が恐らく台所のある方へ行き、それ以外の三人が、今度は伊佐間の行動をぼけっと眺めている。全く。馬鹿の集まりなのかしら。
「それから、そこの人達も座ってくれる? 鬱陶しいったらないわ」
「……」
「……あっ、ごめんなさい」
「……チッ」
三者三様ってとこ? 分かり易いったらないわね。
天崎は荒々しく椅子にもたれ、織田もそれに続く。最後に佐野が、おっかなびっくり腰を下ろす。程度の差はあるけど、三人ともさっきより表情が弛緩している。この機会を逃す私ではないわね。
「それで? 貴方達は何をしているのかしら? 私はほら、このプリントを渡しに来たのだけど」
鞄からプリントを取り出して、目の前の机に滑らせる。特に意味のあること何て書いてない。なんなら捨ててしまって構わないようなもの。
「俺は」「ボク」
「一人ずつ。そこの小動物からどうぞ」
「チッ。何でお前が仕切ってんだ」
喋ろうとしたのを遮られ、バツが悪いのか、天崎が吐き捨てる。
「貴方でもいいのだけど」
「……」
無言。やり易いったらないわね。
「そう。ありがとう。では小動物から」
佐野は織田の方を見て、自分を指差す。ボクのこと? とでも言いたげな表情で。
織田はただ黙ってうなずく。この二人の関係も分かりかけてきたわね。
「ボクは、その、ただ、真ちゃ、んんっ! 真司君に会いに来ただけ……だよ」
「そうそう、ただ『友達』に会いに来ただけだ」
「ふーん」
まあ、そんなところでしょう。友達の言い方が気になったけど。
「あ、お茶。置いとく」
帰ってきた伊佐間が、五人分のお茶を並べる。
自分で要求しといてなんだけど、別に喉が渇いてるわけじゃない。というか、この状況でいきなりグビグビ飲む奴もおかしいけど。
と思ってたら、小動物、もとい佐野が、凄い勢いでお茶を取り、喉を鳴らして飲み始めた。よっぽど、喉が渇いていたのかしら。そういえば少し、汗もかいているようだし。
どうでもいいか。
「それで? 天崎は一体全体、何の用が合って、ここに居るか、出来れば教えてくれないかしら? 黙っていても何も解決しないわよ?」
「……チッ」
舌打ちばっかり。新手のコミュニケーションだったりして。参ったわね。手話ぐらいならできるけど、舌打ちは学んでこなかったから。
「っていうか、お前は知ってんじゃねえのか? 確か同じクラスだよな?」
「そうだったかしら」
担任は笹木だけど、と悍ましい言葉が出そうになって、慌ててやめた。そんなこと口にすべきじゃない。
「そうかよ。久し振りに授業に出たら、なんか、俺が伊佐間を虐めたってことになってて、謝れって言うんだよな。笹木が。なあ、お前の方で何とか言ってくれよ。俺に虐められたんじゃねーって」
「……虐め?」
伊佐間が間抜け面で応じる。本当に面白い人達。
「あ?」
「僕は別に虐めは受けてないと思うんだが……」
妙に芝居がかった口調の伊佐間。ドラマの登場人物にでもなったつもりかしら。
「強いて言うなら、笹木に虐められているって感じかな。僕だけじゃなくて、クラス全員が」
「意味分かんねーよ。どういうことだよ」
「つまり」
ほっといても良かったのだけど、今にも掴みかかりそうだから、横槍を入れてあげる。この場は私のせいでもあるしね。
「笹木のせいで居辛くなった伊佐間は、不登校になった。笹木は不登校(それ)を、虐めがあったからということにして、身代わりを探した。それが天崎だった。そんなところかしら」
「マジかよ、真司。そんなこと、」
「はあああああああ!?」
織田の言葉を天崎が発狂で遮る。まあ、そうなるでしょうね。
「殺す! 何だあの野郎! ふっざけやがって!」
机を蹴り飛ばし、お茶が派手に零れる。しまった。どうせお茶も高級なんだから、少しぐらい飲んでおけばよかった。
「邪魔したわ」
天崎がこれまた乱暴に立ち上がり、玄関へ向かう。床に穴が開くんじゃないかと……じゃなくて。
「待ちなさい。殴り込みにでも行くつもり?」
「こんだけコケにされて、キレない方がどうかしてるだろ。停学でも退学でも知ったことか」
「笹木が憎いならもっと良い方法があるでしょう?」
はぁ? とか言いながら、天崎が翻る。普通に怖い。足震えてないかしら。
「分からないの? 『多数決』で、ありもしない虐めの首謀者になったんじゃない」
「……だから?」
「手を組みましょうよ。幸いにもここには『五人』も人が居るのだし」
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