佐野大樹

「拓ちゃん?」


 深刻そうな拓ちゃんに、息も絶え絶えに、なんとかそれだけ返す。

 だけど、それっきり黙ったままで、何とも言えない微妙な空気が流れている。

 なんだか今日は拓ちゃんの様子が変だ。やっぱり真ちゃんのことが心配なのかな? それともボクの事かな? なんて。


 確かに、ボクだって真ちゃんのことは気掛かりだった。だったけど、ボク一人が何か言ったところで、何かが変わるとは思えなかったんだ。今だって、家に向かうだけで死にそうになってるし……。


 だからこそ、真司の家行くぞ、と声を掛けられた時は嬉しかった。

 一歩踏み出せる気がした。それが出来る仲間が、ボクには居るんだって分かった。


 じゃあ、ボクは? ボクは何ができる?

 真ちゃんは、学校に来ないという決断を下した。何があったか分からないけど、相当に勇気がいることだと思う。

 拓ちゃんは、いつもボク達を引っ張ってくれている。

 ボクは助けられてばかりだ。何を話そうか悩んでいるなら、ボクが助けるべきなんじゃないだろうか。


 一歩踏み出すとしたら、案外ここなんじゃないか。


「拓ちゃん、どうしたの?」


 他人が聞いたなら何でもない一言だっただろう。だけど、ボクの心臓ははち切れそうに高鳴っていた。それはもちろん、運動不足のせいだけじゃない。


「……」


 拓ちゃんは、ボクからそんなことを言われたのが意外だったんだろう、目を丸くして茫然と立ち尽くしている。本当にこいつは佐野大樹か、なんて思ってたりして。


「何でも良いからはなし、んっ! げほ!」


 駄目だった。やっぱり、こうなった。

 助けようと思っていた拓ちゃんは、いつもの優しい表情に戻って、ボクの背中をさすっている。駄目だなあ、ボクは。友達相手にこれだけしか喋れないなんて。これだけの運動も出来ないなんて。将来は一体全体どうなってるんだろうか。ボクに出来る仕事とかあるんだろうか。


「ありがとうな、大樹」


 ボクの息が落ち着くのを待って、拓ちゃんが呟く。

 また気を遣わせてしまったみたい。


「ごめん」


「良いって。こっちこそ、変なこと考えてた」


 変なこと。様子がおかしかった理由だろうか。聞くべきかな。さっきみたいになったら? それに内面的なことって、誰だって触れられたくないんじゃないか? でも、さっきボクは一歩踏み出すって決めたんじゃないのか?


「落ち着けって。そんな悩むようなことじゃない。何て言うか、迷惑じゃないかな、って思っただけだよ」


 迷惑。予想だにしない単語に、ボクのただでさえ回転の悪い頭の動きが止まる。迷惑だって?

 一体全体、


「……何が?」


 口に出てしまった。

 不躾だっただろうか。気を悪くしただろうか。


「こういうのが。いきなり真司の家に行こうとか、その前にも、っていうか、ずっと、勝手に仕切ってたと思うんだよな。そういうのウザいかなとか思って」


「そんなことないっ!」


 自分の声の大きさに驚いた。ボクはこんな声が出せたのか。


「いつも、ボクは! ……んっ!」


 だけど次の言葉は出てこなかった。何か言おう、何か言おうという思いだけが、頭の中でぐるぐると回って、それでも出てこない焦りで全身が熱くなる。なのに指先や心臓は凍りついたように冷たくなる。


 これが、ボクだ。


 何かしようとすると、全身が拒絶するんだ。ボクが何かすることを、他でもないボク自身が邪魔をする。気持ち悪いだろう。ボクだってそう思うんだから。


 目元も冷たくなってきたと思ったら、いつの間にか涙が流れていた。

 何がしたいんだボクは。


「大丈夫だからな、大樹。大丈夫。もう少しだからさ、歩けるか? 行けそうか?」


 こんなボクにも拓ちゃんは優しい。迷惑だなんてあるはずがない。


「うん……行く。歩ける」


 行って、三人でちゃんと話そう。ううん、ちゃんとは無理かもしれない。ボクのことだから。それでも話をしよう。今日のこの日を誇れるように。

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