織田拓

「はぁーっ、はっはっ、拓ちゃん、真ちゃんの家って、まだ遠いの?」


 隣を歩いている大樹が、その名に似つかわしくない、小さな体を精一杯動かしながら、息も絶え絶えに呟く。


「もう少しみたいだぞ、ほら、立派な立派な屋根が見えてる」


 真ちゃん――真司の家を指差してやると、本当に嫌々という表情で顔を上げたが、それでも、思ったより立派だったらしく、すぐさま驚きの表情が張り付いた。


「はぁっ、はっ、お金持ちっ、なんだね。真ちゃんは。なんとなくっ! んっ! げほ!」


「何となく分かってた。確かに。学校なんて同じ制服で、同じ教科書で、同じ教室で、同じ教師に習うからな。金持ってるとか、頭が良いとか、なんていうかそういうの、分かりづらいよな」


 大樹に合わせて少し、歩く速度を緩めてやる。

 ちょっとした坂道を、十五分ほど歩いただけでこの消耗は、少しヤバいんじゃないだろうか。大樹と真司と三人、体育の授業なんかは殆どサボってきたけど、そのうち何かしら始めた方が良いのかもしれない。


 まあ、思うだけでやらないのだろう。


 そうやって生きてきたのだから。


「でもっ! ボク達はっ……はあ! そういうのじゃ……ないっ!」


「……分かってるって、ほら、もう少しだから」


 大樹は口下手なところがあるが、良い奴だ。要するに三人の仲には、金がどうとか、そういうのは関係ないと言いたいのだろう。


 そんなの、当り前じゃないか。


 少し立ち止まって、辺りを見回す。この高台からは高校が良く見えるな。そのためにあるんじゃないかってぐらいの立地だ。


 あの場所で、大樹の言う所の――ボク達三人は、いわゆるオタクという扱いを受けていた。レッテルと言ってもいいかもしれない。


 オタク、アニメやアイドル、ゲームだろうか。イメージするのはその辺りの筈だ。そんなもの、全く興味が無い。それに限らず、オタクと呼ばれるほど、何かにハマったことなんて一度も無い。大樹も同じだ。


 真司は少し、漫画に詳しいというか、よく読むみたいだが、とにかくそこまでのことじゃない。ないんだ。


 ただ少し、容姿が悪いとか、喋りが上手くないとか、そんな理由だ。


 真司と大樹に出会っていなかったら、冗談抜きで自殺を考えていたかもしれない。馬鹿らしいことを言ってるのは分かってる。親が聞いたら泣くとも。


 だけど、そんなのは理屈じゃない。気持ちの問題だ。卒業したら会わないんだから気にすること無いとか、学校の外に楽しいことはいくらでもあるとか、そういうのは無責任な傍観者の言い分だ。学生は、学校が全てだ。成績だ、友達だ、恋人だ、教師だ。今、この時間を切り取ったなら、それがイコールで人生だ。後の事、外の事、そんなのは余裕があるやつだけが考えられるってだけの話で、それが出来ない奴も居る可能性を、ハナから無視してる。


 そんな外野のことなんて、どうでもいい。信じられる友達さえあれば。


 だからこそ。


 だからこそ、腹が立った。


 真司が急に、転校するなんて言い出した時は。


 なんとなく、大樹に視線を投げる。ペースを緩めたのが効いたか、さっきよりは楽そうだが、視線に気付くほどの余裕はないようだ。なんて弱い生き物だ。

 でもそれは三人とも同じだったじゃないか、真司。弱い者同士、肩を並べて、傷を舐めあって生きていく筈じゃなかったのか?


 何でこんな中途半端な時期に転校なんだ。


 確かに、真司だけ別のクラスで、色々と思う所があったのだろうが、それだって相談してくれても良いじゃないか。


 正直、裏切られたと思った。


「拓ちゃん?」


「いや、何でもない」


 大樹の不安そうな声に、特に考えもせず返答する。


 その時。


 ふと、お前も真司と同じだな、という声が聞こえた気がした。

 真司と同じだって? いや、そうかもしれない。

 本音を言わずに、自分だけ納得して、勝手に行動して。それが同じでなくてなんだ。

 今回だって、急に真司の家に行くぞと言って、大樹はそれに従っただけじゃないか。それは大樹の意志だったか? 大樹だって転校の知らせを聞いて、悲しかっただろう。憤っただろう。戸惑っただろう。だけど、取り敢えず今日、真司の家に行くという選択は取っていなかったじゃないか。


 大樹の気の弱さに付け込んで、振り回しているだけなんじゃないのか、お前は。


「……」


「はー、はっ、どうしたの、拓ちゃん」


 いつの間にか隣に来ていた大樹が、不安そうな顔で覗き込んでくる。


 言うべきだ。


 ここだけは。ここだけは後回しにしては、いけない。


「なあ、大樹」

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