伊佐間真司

 ピーンポーン。


 自室で仮眠を取っていたら、来客を告げる鐘の音が響いてきた。ふうむ。この時間、両親はともに仕事に出ているし、僕に兄弟の類は居ないので、実質的に僕が出迎えることになる。嫌だなぁ。面倒だなぁ。宅配便なら、まあ、良いんだけど。仮に学校関係者だったら、面倒なことこの上ない。しかし、居留守を決め込んでしまえるほど、僕の神経は図太くない。でも応対は嫌だ。よし。僕の家のインターホンにはカメラがついているし、それで確認して、学校関係者だったら無視を決め込むとしよう。実際、それは僕にとって、応対するのと同じぐらいに神経をすり減らす行為ではあるけども、留守番中に来客が来たのがそもそも不運なのだから、それぐらいは受け入れよう。


 僕は二階の自室から一階玄関へと、音をたてないように慎重に歩を進める。途中の階段も、一段一段、時間を掛けて丁寧に。この間に帰ってしまえば良いとも思ったけど、残念。今日の客は中々根性があるらしく、二度目の鐘を鳴らすことも無く、僕の応対を待ち続けていた。なんなんだ。僕のストーカーか? 


 それを確かめるべく、階段横のモニターを覗き込むと、そこに映っていたのは天崎だった。何故? 何で天崎?


『おい。いねぇのか』


 天崎はいつもの威圧的な目つきと声で、僕を恫喝する。モニター越しでなければ小便を漏らしていたところだ。いや、それどころか全身の穴と言う穴から汁を吹き出していたかもしれない。今だって、冷や汗が止まらないのだから。


『開けてくれよ』


 しかし、これはどうしたものか。学校関係者と言うのなら、天崎はクラスメイトだし、学校関係者には違いない。ならば無視すると決めたとおり無視すれば良いのだが、そもそも、天崎とは学校で殆ど会ったことが無いから、学校関係者になるかどうか甚だ疑問だ。じゃあ、他に、僕と天崎とを表す何か適切な言葉があるかと考えるが、思いつかない。クラスメイトという意識も無いのだから、そもそも何でもない、何の関係も無いと言える。本当に、何で来たこいつ、という感じだ。


『留守なんですかね』


 聞き覚えのある声がして、モニターにもう一人の姿が写りこむ。


 笹木。


 僕が不登校になった元凶。クラスの不良と、悪魔。何でこんな悪夢みたいなことが起こるんだ。僕が何かしたか。


『ふむ。では、ご両親に話を通して、また後日としますかね』


 まずい。それはまずい。両親と笹木とを会わせたくない。何もないまま逃げようと思っていたのに、またトラブルに見舞われるのはごめんだ。


「やあやあ、天崎君! 来てくれて嬉しいよ! お茶でもご馳走するから、中に入ってくれ!」


 気が付いたら、家の戸を開け、大声で叫んでいた。天崎も笹木も絶句しているが、仕方ない。自分でも何をしているのか分からないのだから。しかし、両親と笹木とを争わせるよりは、僕が天崎と話をした方がまし、というものだ。何の話なのか、大凡僕には見当がつかないけど、それでも。


「さあ! 上がってくれたまえ。なに、遠慮することは無い! 僕と君との仲じゃないか! さあさあ」 


 強引に天崎の肩を抱いて、家の中に引き寄せる。笹木には気付いてないという体で、なるべく視界に入れない。


 天崎は意外とすんなり玄関に入ってくれた。まあ、入れろと言っていたし、当然だ。続いて、笹木も入ってこないように戸を閉め、鍵を掛ける。何か言われるか、呼び鈴を再度鳴らされるかと思ったけど、モニターで確認する限り、さっさと帰ってしまったようだった。


「……ふぅ」


 一件落着……ではない。まだ最大の懸念材料である天崎が、家の中にいる。どうやって帰したものだろうか。金でも渡せば良いのか?


「うぜえ、離れろ」


 あまり広いとは言えない玄関に二人して立っているものだから、窮屈になったのだろう、天崎が僕を押しのける。


「ごっ、ごめん」


 裸足のままの僕が、取り敢えず家の中に入る。天崎は所在無く、ポケットに手を入れたり玄関の鏡を見たりしている。


「…………」


「…………」


 気まずい。なんで男と、それも大して良く知らない男とお見合いみたいになっているんだ。どんな罰ゲームなんだよ。そもそも、僕が何をしたっていうんだ。


「……取り敢えず、上りなよ」


「…………」


 返事は無かったけど、靴を脱ぎだしたから、了承したものと受け取る。さて、本当にどうしよう。さっき適当に言った、それこそお茶を濁すために言っただけのお茶でも出して、場合によってはいくらか金銭を受け取ってもらって穏便に帰ってもらおう。さあて、お小遣いはいくら残っていたかな……お気に召すと良いんだけど。

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