Day 2
石河幸太
やっぱりどう考えたっておかしい。こんな人に罪を擦り付ける様なことが許されて良いはずがない。ないのだが……。
オレは隣を歩く四季――
「なあ、四季ちゃん」
「四季ちゃん言うな。なに?」
「クラスのさ、投票とかあるだろ。あれどう思うよ」
「どうって。あんなの間違いに決まってるじゃない。皆どうかしているのよ」
「だよなぁ」
取り敢えず意見は一致したみたいでほっと胸を撫で下ろす。素晴らしいじゃない、あんなシステムを思いついた笹木は天才、いいえ、そんな陳腐な言葉で語られるべきでは無いわね。とにかく素晴らしいお方よ、と言われることも無いわけではないと思っていた。
「一番おかしいのは笹木とかいう担任だけどね……。ほんっと忌々しい」
「忌々しいとか言うなって。学校近いんだから、誰かに聞かれるぞ」
「別に聞かれても困らないわ。なんなら目の前で言ってやりたいぐらい」
思ったより怒ってんな。オレはルールがおかしいってだけで、笹木に対してはそこまでじゃないんだけど。クラスが表面上は平和になったという実績もあるし。
「私の前であんな不快な真似をして……。投票さえなければ、お前は間違っていると糾弾してやるのに」
「でも昨日も、その前も投票に参加してたじゃないか」
「当たり前じゃない。目立つようなことして投票されたくないもの。ふん。良く出来たルールよね。敵ながら天晴だわ」
敵、ねえ。何か私怨を感じる。昔なんかして、クラスで吊り上げられたことがあるのかな。この性格だし。
「ん」
こちらの視線に気付いた四季が、何かを指差す。それは何十回と通ったオレ達の教室だった。新入生の頃ならともかく、今更珍しくもなんともない。
「あそこ。嫌な雰囲気になったものよね」
「そうかあ? あんまり険悪なムードにはなってないと思うけど」
「これからなのよ、きっと。昨日の天崎を見たでしょう。これまで通りにはならないと思うわ」
まあ、私と関係ないところで完結してほしいものだけど、と続ける。
「なあ、やっぱりオレ達で辞めさせないか?」
折角、最後の高校生活なんだし、禍根を残さずスッキリしたいものじゃないか。此処から見えるあの景色が、嫌な記憶で終わってしまうのはやっぱり、寂しい。
「嫌よ。何度も言っているでしょう。それに、私達は受験生なのよ? そんなくだらないことに気を取られてはいけないの」
「そうは言うけどさ」
「あー……」
四季が珍しく何の意味もない音を発している。何かあったのだろうか。
「受験生で思い出した。部室に参考書を忘れたわ。取ってくる」
「着いて行こうか」
「いい。先に教室に行っといて」
「はいよ」
校門を潜り、校内に這入ったオレ達は部室棟と教室棟の二手に分かれる。途中、クラスメイトの
「体育とかマジでダルくね。どうせまたバレーボールだろ?」
「あいつあれしかしないもんな。しかもなんだよ、あのジャージの腰の位置。ギャグかっつーの」
「ってか美果っち、体育着盗まれたんじゃなかった? あのオタクに」
「ああ、あれ? 何か勘違いだったみたい! 普通にロッカーに有ったわ」
「ウケる。あのオタク、何のために不登校になったんだって感じ!」
「ああー。まあ、キモいから居ない方が良いんじゃね」
「それな!」
はっはっはっと、手を叩いて笑う新村達。聞いていただけなのに頭が痛くなってきた。四季と同い年の筈なのだが、何故ここまで知性を感じさせない喋り方が出来るんだ? 三年間を遊びに全振りした結果だというのかね。
「おっ、石河じゃん。ちっす」
「……ちっす」
新村に気付かれてしまった。なんだよ、ちっすって。しかも、両隣を囲まれてしまい、図らずも並んで歩いている。何だかオレの取り巻きみたいだが、これだけで偏差値が二ぐらい下がった気がする。受験前なのに。
「石河もそう思うっしょ? キモい奴は居ない方が良いって」
「……まあな」
居ない方が良いのはお前だ、とは言えず。いっそ無視してしまえば楽なのだが、それが出来ない性分なのだ。優柔不断、と四季に頻りに言われていたのを思い出す。
「昨日の天崎とかも超ウケるよね。何熱くなってんのーって感じで」
「分かるー。あんだけウザいんだから、投票されて当たり前だってのに」
「ほんとそれー。あんな騒いでバカみたい」
成る程。こいつらもそう思ってるのか。我がクラスの問題は中々根強いみたいだ。さて、解決するにあたってどこから手を付けたものか。そもそも、何を持って解決とするのか……。
「まあ、自業自得ではあるよな」
「そーそー。ジゴージトク」
リカだかリコだかが頷くが、何か発音がおかしい。どういう字を書くか分かってなさそうだ……。高校生でそんなこと有り得るか?
「それよりさ、石河」
「ん?」
「本当に藤原と付き合ってねーの?」
またこの手の話題か。
部活動が同じだし、付き合っていると言えば付き合っているけど。この場合、男女交際のことだろう。いつも一緒にいるからか、誤解されがちなんだよな。
「付き合ってないけど」
「マジ? じゃあさじゃあさ、今度遊びに行かね?」
「うわー。美果っち、マジ?」
「えー何々? いつから?」
「良いだろ別にー」
何か勝手に盛り上がっているようだが、こいつら受験の事とか考えないんだろうか。多分、考えないんだろうな。羨ましい限りだ。
さて。それはそれとして、この誘いを断っても良いものかどうか。他の二人はともかく、新村はオレに対して、多少の好意を寄せているらしい。ならば、付き合うかどうかは別としても、交流を持ち、引いては反乱軍のメンバーに入れても良いかもしれない。多数決に刃向うにはどうしても頭数は必要だし、他の二人は新村の言いなりだ。四十人の内、三人も仲間に加えられるなら心強い。でもこいつら、あんまり投票に反対してなさそうだしな……。本当にどうしたら良いのだろうか。
「うーん」
「良いじゃん、たまには。ほら、うちと石河って、ずっと同じクラスだけど、遊んだこととか無いじゃん? 良い機会だしさ」
「それには及ばないわ」
後ろから聞きなれた声がして、振り向くと藤原四季が怖い顔で立っていた。
随分早いお帰りで。
「何だよ。付き合ってないんだろ? 邪魔すんじゃねーよ」
「そうだそうだ。何様だお前よ」
なんか雑魚キャラみたいな事を言っている。いや、四季に比べたら雑魚みたいなもんか。
「確かに、私と石河君は付き合ってなんかいない。それは認めるわ。けど、私は恩人みたいなものなの。何をするにも私を優先する義務が有るわ」
相変わらず無茶苦茶言ってんな。恩人は言い過ぎだろ。
こいつらは分からないだろうが、それなりに付き合いの長いオレには分かる。後先考えない物言いは、かなり怒っている時のそれだ。
放課後が恐ろしい。
威嚇するようにわざと大きな足音を立てて歩み寄る。こうして近くに来てみるとやはり四季は小さい。同い年の女子と並ぶと顕著だ。
「意味わかんねーこと言ってんじゃねーよ。何? 男取られそうになってムキになってんの?」
「そうかもね。もう行きましょう、石河君」
言うが早いか、四季はオレの袖を掴んで早足で教室に這入る。
その刹那、首だけで後ろを振り向くと、不服そうな表情の新村と、オレ達二人を睨みつける二人が目に映った。
「大丈夫」
四季が小声で言う。
「あんな奴等三人より、役に立ってみせるから」
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