清水賢悟

「やっべぇ、部活遅れるぞ」


 六限が終わって、気が付けばもう三十分も過ぎている。天崎のバカが無駄に騒いだりするから。マジでうぜぇ。


「賢悟、先行くぞ」


「ちょっと待て、すぐ行く」


 先に教室を出た城戸を慌てて追う。オレもこいつも、最後の大会に懸けている。今までみたいな半端な気持ちでやっているわけではない。だと言うのに、天崎に今の今まで纏わりつかれていた。あんな帰宅部でふらふらしている奴と、オレ達は違う。今日のことは良い切っ掛けだ。流石にあいつも気付くだろう。


「なぁ、賢悟。見たか、天崎の顔。すっげー間抜けで笑えたぜ」


「オレの席からは見えねーよ」


「そうか、あれは一見の価値アリだったのにな。いやー、スッキリした」


 城戸も何か思うところがあったろう。いや、思わないはずがない。


 オレと城戸、そして天崎。中学の時からつるんで色々やってきたけど、高校に入学したころくらいから、何かついていけなくなった。ノリが合わないというか、何だろう。元々大して仲も良くなかったのかもしれない。結局、落ちこぼれ同士、居場所を失くした者達が傷を舐めあっていたに過ぎない。そこにバスケという、居場所が出来れば、関係なんて無くなって当然だ。そんなことも分からないから、裏切られるのさ。


「これであいつも絡んで来なくなるかな」


「どうだろうな」


 オレは適当に相槌を打ったわけではなく、本当に分からない。天崎って他に友達居るのだろうか。恐らく、居ない。他のクラスに居たとしても関係無い。だとしたら、プライドを捨ててオレ達にすり寄ってくるかもしれない。今の教室はそういうことになっている。少数であることへの恐怖。今日の投票を見る限り、伊佐間の次は天崎が標的になったことに疑いは無いのだが。


 だけど、あいつはそれを知らないかもしれない。


 さっき叫んでいたように、天崎は三年になってから、あまり登校していない。だとすると、ルールそのものを理解していない可能性がある。いや、あの取り乱し方を見るにそっちが濃厚だ。明日も、明後日も、今日の態度が気に食わず絡んでくるかもしれない。


「それなら、それで良いか……」


「あ? なんか言ったか?」


「いや、何も」


 それならそれで、天崎の立場がより確実なものになるだけだ。とりあえずオレにデメリットは無い。はず。実を言うと、伊佐間の次はオレがターゲットになるんじゃないかと、少し怯えていた。心情はどうあれ、天崎と一緒になって騒いできたのは事実だし、何かの拍子にオレが投票されていてもおかしくはなかった。笹木は誤解だと言っていたが、出席番号に救われたのは実際、あると思う。


「まあ、しばらくは大丈夫だな」


「賢悟ー。さっきから何ぶつぶつ言ってんだ? 気持ち悪いぞ」


「さっきのことだよ。オレらのどっちかが投票されなくて良かったな、って」


「いやいや、有り得ねーだろ、そんなの。あれって誰が悪いかを決めるんだろ? おれら悪くねーじゃん」


「……ああ。そうだな」


 思わず同意してしまったが、本気で言ってるのだろうか。


 ――もしかしてこいつも分かってない?


 ならば、いざという時には……。いや、友達のことをそんな風に考えるもんじゃない。今のは冗談だ。本当に申し訳ない。今のナシで。


「それにしてもさ、笹木ちゃんもきっついよな。綺麗っちゃ綺麗なんだけどなー。あれは無いわー」


 綺麗ねぇ。担任をそんな目で見たことはなかったけど、確かに顔立ちは整っている方だとは思う。ただ、何て言うかマネキンみたいで人間味を感じないんだよな。


「まあ、彼女にしろって言われても無理かもな」


「賢悟もそう思う? やっぱ無しだよなー、うんうん。あれは無い」


 腕を組みながら何やら思案顔の城戸を尻目に、腕時計に視線をやる。

 ギリギリだな。


「おい、城戸。走るぞ」


 返事を待たず、体育館へと走り出す。待てよ、と戸惑っていた様子だが、直ぐに追いついて来て肩を並べて走る。鞄を持っているとはいえ、全力で走っているのに。やっぱりこいつの足は大したものだ。帰宅部なんかで腐らせていた時期が勿体ない。


「おっ、城戸君に清水君。僕も仲間に入れてくれ」


 後ろから誰かに話し掛けられる。同じバスケ部の白井だ。


「何だよー。お前も遅刻か?」


「悪い悪い。でも、まだ遅刻って決まったわけじゃないよ」


 城戸が応じて、白井が爽やかに返す。バスケ部のキャプテンで一年からレギュラーを張っているものの、それを鼻にかける様なところが全く無い。あれはいつだったか、珍しく天崎が居らず、二人でたむろっていたところをバスケ部に誘ってくれたのが白井だ。経験の無いオレ達を熱心に見てくれ、レギュラー争いに加わるまでに仕上げてくれた。あの地獄の様な日々から抜け出すきっかけになった白井には感謝しかない。


「おれと賢悟は例の奴で遅れたけどさ、白井は何してたんだよ」


「うん。それなんだけど、僕は運悪く掃除当番で尚且つ日直だったんだ。掃除の後に直前の授業で使った辞書なんかを準備室に戻さないといけなくてね。一回で運べる量じゃなかったから遅れてしまったよ」


 そんなこと、他の奴に任せれば良いと思うのだが、これが白井なんだよな。嫌味でなく自然にそういうことが出来る奴を他に知らない。


 そういえば明日は城戸が掃除当番だった様な。

 流石に二日続けて遅れるのはマズイ。誰かに代わってもらえないだろうか。


「例の奴、ねぇ」


 走りながら息一つ切らさずに白井が言う。


「僕はクラスが違うから噂でしか知らないけど、実際どうなんだい?」


「まぁ、上手くやってるんじゃねーの」


 知らんけどさ。


「そうそう。民主的だしな」


「おおっ。城戸君の口から民主的なんて言葉が出るなんて。今日は雨かな」


 そりゃ酷いぜ、と城戸が笑い、オレも思わず吹き出す。

 そうそう、こういう青春をずっと送りたかったんだ、オレは。


 投票だ、天崎だ。

 そういうくだらないことになんか、構っていられない。

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