安島ユイ

「ユイ、一緒に帰ろう」


 渚ちゃんに肩を揺さぶられる。

 ぼーっとしてたら、いつの間にかホームルームが終わってたみたい。


「あ、うん、そうだね」


 急いで机に入れっぱなしの教科書たちを鞄に仕舞う。そんなあたしを見ながら、渚ちゃんは何故か表情を緩めている。


「もう、何で笑ってるの」


「いや、ユイ、相変わらずだなって。また、自分の世界に行っちゃってた?」


「そんなことないし」


「じゃあ、さっきのホームルーム、何の話してた?」


 何だろう。皆が手を挙げてたから、あたしも手を挙げたのは覚えているけど。


「えーっと?」


「ほら、分かってないじゃん」


 あはは、とお腹を抱えて笑い出す渚ちゃん。やっぱり馬鹿にしてる。渚ちゃんのことは好きだけど、こういうところは嫌い。


「っていうか、ユイ、手ぇ挙げてたじゃん。何で分かんないのさ」


「何となく」


「何となくって……!」


 渚ちゃんはうずくまって、ダメだ、お腹痛いと声を漏らす。もう、知らない。

 あたしは教科書の詰まった鞄を持って、さっさと教室から出る。渚ちゃんなんか置いて帰っちゃうから。


「待って待って! わかった、謝るから」


 早足で教室を去るあたしを、慌てて追いかけてくる。


「もう、今度やったら絶交だからね」


「ごめんごめん」


 はー、はー、と肩で息をしながら申し訳なさそうに頭を下げる。あたしは立ち止まって渚ちゃんの頭を撫でる。さらさらで気持ち良い。あたしは癖っ毛だから羨ましい。


「うん、許したげる」


「ありがと!」


 すっごい、良い笑顔。あんまり反省してないみたい。

 あたしと渚ちゃんは、肩を並べて階段へ向かう。渚ちゃん、また身長高くなったみたい。ほんと、敵わないなぁ。何だったら渚ちゃんに勝てるんだろ。


「それで、何の話だったの?」


「へ?」


「ホームルーム」


 ああ、そのことかとでも言いたそうな表情で、大げさに手を叩く。薄暗い階段に響き渡って、ちょっとうるさい。


「いつものやつ。投票だって」


「あー。あたし、それよく分かってないんだよね」


「ユイはそうだよね」


 またバカにされてる気分。悪気は無いんだろうけど。


「渚ちゃんは分かるの?」


「そりゃ、まあ。今日は伊佐間を虐めてるのは誰か、だって。天崎ってことになったみたいだけど」


「みたいって、そうじゃないかもしれないの?」


 それって冤罪ってやつじゃないの? テレビで見たことある。


「そりゃ、そうだよ。というか、伊佐間って虐められてたの? そこからして疑問だし」


「ふーん。何でそんな投票なんかするんだろうね」


「分かんない」


「渚ちゃんだって分かってないじゃん」


 喋ってたら、いつの間にか靴箱に着いた。やっぱり、渚ちゃんと居るのは楽しい。時間を忘れちゃう。あたしと渚ちゃんは黙って靴を履きかえる。先週、一緒に買いに行ったお気に入りのもの。


「でもさ、平和にはなったよね」


「何が?」


 先に履き替えた渚ちゃんが扉を開けてあたしを待っている。こういうところは凄くカッコいい。言っちゃ悪いけど、気が利く男の人みたい。


「クラスがさ。前は天崎とか、清水とか、騒いでたでしょ? 盗難事件とかもあったし。今はそんなこと無いじゃん。だって、目付けられたら投票されて吊し上げられちゃうから。そういうのが無くなっただけでも良かったんだよ」


「でも、虐めって本当にあったのかな」


「まあ、そうだけど。どうでも良いじゃん? わたしはユイといちゃいちゃ出来れば、それでオッケー」


 へへ、と渚ちゃんが悪戯っぽく笑う。大人っぽい見た目と、子供みたいな表情がアンバランスで、なんか可愛い。あたしなんかと遊んでないで彼氏とか作ったら良いのに。小学生の時から告白されたりしてたみたいだし、その気になればいつでも出来るんじゃないかな。


「なに、ユイ。黙っちゃって」


「ちょっと、考え事」


「ふーん?」


 何で渚ちゃんはあたしなんかに構ってくれるのかな。いや、全然嫌じゃないし、むしろ嬉しいんだけど。でも、あたしみたいな地味な生徒と違って、渚ちゃんはなんというか女の子っぽいし、幾らでも友達とか作って遊びに行ったり出来るのに。もしかして同情されてる? いやいや、そんなわけないよね。


「ううん」


「悩んでますなぁ、少年」


「少年じゃないし」


「ふふーん。ユイ、デートしよっか」


 ええ!? 

 何でそうなったの? 

 デートって。あたしだって健全な女子高生だし、してみたいではあるけど、ちょっと怖いし。ああ、でも、渚ちゃんが紹介してくれるなら、信用できるというか、なんというか……。いや、やっぱり怖いよ……。


「勿論、わたしと」


「ああ、そういうこと……」


 ほっとしたような、がっかりしたような、複雑。


「何顔真っ赤にしてんの、ユイ。ひょっとしてエッチなことでも考えてた?」


「別に考えてないし!」


「嘘だってば。怒んないでー」


 隣を歩いてた渚ちゃんが、左手であたしを抱き寄せて、右手で頭を撫でる。

 それ、反則。なんか甘い匂いとかするし。


「ふわぁ……」


「ユイ、何か猫みたい」


「失礼な……」


 あんな食って寝てばっかの生き物と一緒にしないでほしい。あたしにだって、人としての誇りとか何とかあるんだから。……あるかな?


「そんなだらけきった顔で言われてもねー。結局、デートは行くの? 行かないの?」


「……行く」


「おっけー。そうこなくちゃ」


 渚ちゃんは、あたしの背中からそっと手を離す。名残惜しいけど仕方ない。それに、これからもっと、楽しいことがあるんだから。


 やっぱり、学校なんて、投票なんて、どうでも良い。


 学校の外の方が、あたしにとっては重要なんだから。

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