第7話 きみを幸せにしかできない
〈愛してる〉
吐息と共に〝やつ〟のキスが舞い降りる。それは身体のいたるところに。
どうして、キスなのかと、凛音はいつも気になっていたことを尋ねてみた。
〈指でサワサワがいいか?〉
「そういう意味じゃなくて」
〈セックス、嫌いじゃないよな?〉
「じゃないけど、そういうことじゃなくて。え? そういうこと!?」
〈ぼくはきみのすべてが愛しい。いつだって細胞のひとつひとつを隅々まで愛撫して生命を送り込んでいる。だからきみの身体は生きている。わかる? 身体を通して、きみはぼくとつながっている〉
「なんとなく」
〈きみはそんな愛すべき身体が求めていることに、とても無頓着だ、というのもわかる?〉
「はあ、この度のことでわかりました」
〈だよな。ぼくがキスして、何か感じる? ……おい、何赤くなってんだよ、ちがうだろ〉
「えへ……」と、凛音は頭を掻いた。
「ええと、キスされてるとき、素敵だな可愛いなって思って欲しくて、そうなりたいから……頑張って磨こうって思った」
〈で?〉
「な、フォロー無しですか、なんか恥ずかしいじゃない」
〈ぼくに照れてどうする。ぼくはきみだ〉
「はあ、そうでした。でもそう思えなくて……」
〈ふっ。まあ、素敵で可愛いって自分で思える自分でいたいわけだ。じゃあ、いろよ〉
「おっしゃる通りです」
〈ぼくの愛でできた身体だ。どんだけ愛しい? そのうち、きみの周りのすべてのものもぼくの愛で出来ているとわかれば、すべてが愛しいというほんとうの意味が分かるだろう。そうなるまで、徹底的にぼくの愛を思い知れ。そのためのキスだ〉
ひゃっと凛音が飛び上がったのは、太腿にキスされたからだった。
〈恥ずかしいとか思うな。開放して感じろ。きみが感じてはいけないことなんてないってことを身体で解れ。欲しいと思う快感を止めるな。ぼくのキスのたびにきみが感じていた苦しさは、きみが流れを止めている閉塞感、簡単に言うと『だめだ』って自分に禁止しているからだって、分かる?〉
「……」
〈きみは自分で『だめ』なことを創り出し、感じてしまう自分に罪を着せて勝手に苦しんできたんだ。我慢したり諦めるってことがそれだ。頭じゃなくて身体で感じろ。頭は理屈を求めて苦しみ、身体は愛の欠如で苦しむ、逃げ口上の上手い思考の罠にはまるな。きみの身体は本当の意味で愛されたかったんだ。まずはそれを叶えてやれ〉
――なんて言われても、あ、気持ちいい。悠河にもこんな感じ方したことないのに。わたしって――。
〈なら、その悠河に口で伝えろよ。どうして欲しい、こうして欲しいって。望みを叶えに行けよ〉
「だって……、最近その……してないし」
〈おい、ぼくの望みをまたあきらめる気なんだな。そうやって愛の欠片を突き刺したまま、これからも生きる気か? ぜんっぜん解ってないよな。ぼくのことまったく信じてないだろ?〉
「そんなことは……」
〈でなきゃ、だって、なんて言わないだろ。何なんだ、だっての後は? 悠河に嫌われるから? エロい女って引かれるとか? だったらそうなった方がきみの幸せなんだよ。きみの望みを叶えられないものは消えていく。ていうか、望みを叶えるものしか目の前には現れないんだ。
ただきみがぼくから離れたきみである限り手違いや間違いってものは在ってね。それは仕方がない。ご愛敬だ。
悠河が消えたら次に現れる奴が君を本当に幸せにできる男なんだよ。それでなきゃまた次の男だ。そこまでぼくを信じて、本気で自分の望みに取っ組んで生きてみろよ。ぼくのことが、そんなに信じられないか?〉
「怖いの……」
〈ったく、怖いとか言うな〉
〝やつ〟はとても深い溜息を吐いた。
〈どこで怖いなんて覚えたんだ? 怖いってなんだか知ってる? わたしは不幸になりますよ、って宣言することなんだ。ぼくはね、きみを不幸になんてしないの。きみを幸せにしかできないの。ぼくを信じていれば幸せにしかなれないの。分んないかなあ? どうせ思考の塵の中から拾ったんだろ、怖いなんて言葉。さっさと宇宙の果てまで行って捨てて来いよ〉
「う、宇宙の果てって、果てまで行っても……、あなただったりして……ぷっ」
〈言ってろ。――それから、怖いっていうのは過去に経験したことに対してだ。怖いと感じること自体は仕方ないことだから、今度から怖いと感じたら、過去に『怖かった』んだと過去形で言え。そうすればそれは終わって前へ進める。たった今は何も怖くなんてないことがわかる。感じるものすべて、起こることすべて同じように過去のことだ。過去なんてないと覚えておけ。分かった?〉
ふぅ、と大きな息を吐いて〝やつ〟は静かになった。
分かったかと言われても、と凛音は〝やつ〟の言葉を一生懸命に整理してみた。要するに、どういうこと?
〈今ここにあるのはぼくの愛だけだってことだ〉
「なるほど」
〈まったく分かってないって顔だな。ま、きみは下手に理解しない方がいい。その方が感じ取れる〉
「わたし……」
凛音は困ったような顔をした。
――すべてが〝彼〟の愛だと知っていたら、わたしはどうしただろう。過去のことは分からない。でも、ひとつだけ分かることがある。
「今ならそうする」
〈がんばれ。愛してるよ〉
つづく
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