第2話 ぼくの愛しい身体


〈ぼくの愛しい身体だから〉


「ぼくのって、人の身体を自分のものみたいに言わないでよ。だいたい、誰よあなた。あ……」


 言ってしまってから凛音は蒼ざめた。いったい自分は何と話しているのだろう。考えたって分かるわけはない。ただ、いつか誰かに聞いた憑依という言葉を思い出した。


――しまった、ついつい会話を交わしてしまった。

「いやいやいやいや、答えなくていい、返事なくていいから。聞かないから、言わないでよ。何も言わないでくださいね」

 こういう輩には応えてはダメだって、よく聞く話だ。憑りつかれてしまう。


〈憑りつきゃしないよ、ったく〉


 凛音は目玉だけをグルリと回して疑り深そうに辺りを探った。


〈おお、そうか、いっそ憑りついた方が手っ取り早くていいかもな。思い通りにお手入れできるわ〉


「いやいやいやいや、だから、お願いします。それだけはやめてくださいって。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」


〈やめろ、ぼくは霊じゃないって〉


「へ? ではどなたで?」


――霊じゃないと自分で言うところが、怪しい。


〈きみ〉


「はい?」


〈きみだよ〉


「だから、はい?」


〈だからきみだって。誰ってきいた答えが「きみ」だ。きみの大元、きみの魂、真我とか、全知全能の神とか、本当のきみとか? それから〉


「……」


〈きみのすべてが生まれるところ、きみの生みの親、きみの意識――、もっと言う?〉


「いえ、もうたくさん」


 声が聞こえるという話を聞いたことはあった。自分のものじゃない宇宙人とか、ハイヤーセルフとか、ご先祖様とか守護霊とかの声が聞こえると。その部類なのだろうか。とうとうわたしも聞こえるようになってしまったのだろうか。

 それとも、単に頭がおかしくなってしまって、幻聴が聞こえる? 

 もしかして、いろんなこの手の話を聞き過ぎて、自分もちょっとスピリチュアルな力を授かって、すごいでしょう的な、特別感を装おうとしているのか?

 自分の思考なのに、有難い誰かが語っているように思い込もうとしている?。


――わあ、それだって十分、変な奴だわーー。


〈どれも似たり寄ったりだ。とにかく言うとおりにして〉


「似たり寄ったりって、頭がおかしいなら、ちょっと考えなくちゃ」


〈おかしい人が考える、ってそっちがおかしいでしょ。ふっ〉


 それはそうだけど、と同意しそうになってハッとする。

「あ、あなたに言われる筋合いはないわ」


〈きみの生き方はおかしいを通り越して、それこそ狂ってるし〉


「失礼ね。それより、どうして今さら人の足の手入れに口出しするのよ、それも失礼な話しだわ」


〈きれいな足にかわいいペディキュアをして、華奢なサンダルを履くからに決まってるだろ〉


「え?」


 思わぬ答えに、凛音は目を丸くした。ドストライクにはまって、バッターは動くこともできないって感じ。だって、それは凛音がずっと前に思ったことだったから。


〈誰がきみにそう望ませたと思ってる?〉


「望ませた?」 


〈きみの望みはぼくの望みだ。それを何だその足は、手入れもしないで。望みを叶えるどころじゃない。ひっでえ足。いったいきみって、自分の足を愛してる?〉


 凛音はムッとして何かを言い返そうとした。けれど、できなかった。かわいいペディキュアに華奢なサンダルを履いて、って忘れてはいない。


――夢見ていたのはわたし。


 なのに、何となく面倒くさくて、オープントゥのサンダルを履かないなら、ペディキュアなんて意味ないよね、なんてうそぶいていた。


〈分かったら手入れして。足の爪の甘皮もちゃんとケアする。マメの皮も手入れしろよ。カサカサの脹脛もな〉


――げげ~、男のくせに細かいなあ。それに女の子にその容赦無い言い方。絶対モテないわ、こいつ。


〈言ってろ〉


――はて? それにしても何で突然現れたわけ?





つづく

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る