第8話 タイトル何も思い付かなかった

 目の前に現れた小さなオッサンは私の美しい顔を見るなり、小便を漏らした。

 ああ、思い出した。

 思い出したぞ。

 確か、この世界に送り込む前、私の問いかけに対して無視を続けた人間。

 転生者は死後、何の説明も無しに私達守護天使がいる世界に送りこまれる。

 そこで、大抵の人間は慌て、「ここは何処なんですか!?」「あなたは誰!?」と言った質問があり、私達は答えていくのだが、この工藤優作というオッサンは終始無言だった。


「久しぶりね。工藤。私を覚えている?」


「......」


「守護天使である私に挨拶も無し?」


「......」


 確か、前もこんな感じで目も合わそうともしなかった。

 それにイライラして、能力だけ与え、何の説明も無しにこの世界に送り込んだんだっけ。


「工藤。何か言ったらどう? あんたが目的を果たそうとしないから滅茶苦茶困っているんですけど。私」


「......」


 いや、こいつマジかよ。

 1mmも動かないし、呼吸をしているのか分からないほどに静か。

 埃かよコイツ。

 流石にイライラしてきた。


「無視しないでくれますかね~?」


「......」


 腕を組み、イライラとした口調で話しかけているのに工藤優作は一向に喋ろうとしない。

 守護天使への冒涜は神への冒涜。

 やりたくない。

 やりたくないけど......。

 私はそう自分に言い聞かせながら、拳を握り、ボールを投げるように大きく振りかぶり、工藤優作に愛のある暴力を実行した。


「死に晒せぇぇぇぇ!!!」


「______部分施錠ロック


「ぐっ!!! うごか______」


 工藤優作の顔面に拳が当たる直前、身体が岩のように固くなり身動きが取れなくなる。


「エリシアに暴力振るっちゃいけないって言われたろ?」


「ぎりじまああぁぁぁ!!!」


 桐島は身動きが取れなくなっている私を見下しながら。


「俺を恨むなよ。俺も、エリシアからの命令で動いているんだ」


「くそ! クソ!」


 捕らえられた猛獣のように大声で叫んだ。

 エルフ達は怯えた表情で、私の事をトロールに向けたような目で見ていた。


 ああ。

 私はやってしまった......。


「落ち着いたか?」


 ピタリと動かなくなった私に優しい言葉をかける桐島。

 私は、桐島の問いかけに対し、反発することなく首を縦に振る。


部分解除アンロック


 私の様子を見て、桐島は私にかけていた力を解除し身体が軽くなった。


「怯えさせてすまない......」


 不本意ではあったが、私はエルフ達に頭を下げた。

 私が落ち着きを取り戻した様子を見て、エルフ達も安心したのか、「えぇ。大丈夫です」と笑顔を見せる。


「お前もお前だぞ。どうして、テテスの質問に答えない?」


「......」


「お腹痛いの?」


「......」


 工藤優作は桐島の問いに対しても、岩のように微動だにしない。

 はぁ......。

 骨が折れる奴に初回から当たってしまったぞ。


 ぐうー。


「桐島、さっき飯を食べたばかりでしょ?」


「ん? 俺じゃないぞ」


 ん?

 桐島じゃない?

 エルフ達に目を向けるが、エルフ達も首を横に振る。

 ......という事は。


 ぐうー。


「......あんた、いっちょまえに腹は減るのね」


 ぐうー。


「はぁー」


 会話しないくせに、腹は減るらしい。

 私の怒りは自然と収まり、呆れへと感情が変化していた。


「良かったら皆さん、私達の村に来ませんか?」


 緑色の髪のエルフがそう提案すると、他のエルフも賛同。


「エルフの村? 飯出る?」


「えぇ。もちろん。スペシャルなサービスをいたします」


「すぺ______。マジか。それって性的なサービスですか?」


「性的? どういう意味でしょうか?」


 桐島のアホな発言は純粋無垢そうなエルフの娘達に伝わっていないようだ。

 言葉の意味を知ってしまったら村に連れて行って貰えない可能性もある。

 三日連続の野宿は守護天使であり、可憐な乙女である私にはキツイ。


「この男は言語障害者だからたまに変な言葉を使うの。興味を持っちゃダメよ」


「おい。もっとマシな言い方あるだろ」


「ふふふ。お二人は仲が良いんですね」


 どうしてそうなる。

 まぁ、エルフのような下等生物の発言にツッコムのも面倒だ。

 気にしないでおこう。


「とりあえず、あなた達の村とやらに案内してくれるかしら?」


「はい!」

「えぇ!喜んで」

「はい!」


 そうして、私達はエルフの村とやらに向かった。



 ⬛️



「兄貴! 兄貴! 待ってくれよ!」

「ふご! うご!」


 森の中を足早に歩く三匹のトロール。

 その中で他の二匹よりも一回り大きな体躯のトロールは額に汗を浮かべ、苛立つように分厚い唇を噛み締めている。


「ちくしょう! 頭ではあいつらをぶっ殺してやりてぇのに、身体が言う事をきかねぇ!」


「身体が? あいつらの中に魔法師でもいたのか?」


「いや、ちげぇ。魔力の気配はなかった。違う力だ」


「違う力?」


「______なんか、面白そうな話しているじゃあなぁい?」


 薄暗い森の中から声が聞こえたと同時、森に響いていた山鳩の声がピタリと止んだ。


「誰だ!?」

「うご? うご?!」


 トロール二匹は突然聞こえた声に立ち止まるが、トロールの一匹は身体が言う事を聞かず、ズンズンと歩みを続ける。


「くそ! 止まらねぇ!」


「しょうがなぁいねー」


 声の主人がため息交じりの声を発すると、オレンジ色の靄が辺りを包んだ。

 地を這うように何処からか発生するオレンジの靄にトロール達は毒ガスと勘違いしたのか、口と鼻を摘まむ。


「毒じゃあないよぉ」


 オレンジの靄の中から人型のシルエットが浮かび、霧が晴れると声の主人の姿が現れ。


「てめぇ。何者だ?」

「うご! ごお!」


「私はぁ、テレル・ルディリアナ。魔王軍の幹部と言えば分かるかなぁ?」


 真紅に染まる森とは不釣合いな髪色をしている褐色の女性は、トロール達に向かってそう告げた。





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