第5話
「……………」
さっきとはうって変わり、私は一言も発さない。
ただ、黙々と帰り道を歩く。
耳に届くのは、靴の踵がアスファルトを鳴らすコツ、コツ、コツという音と、帰り道を急ぐ小学生達の賑やかな笑い声。あとは、家路を急ぐ自動車の走行音。
…何処からか、魚を焼く香ばしい香りも漂ってくる。
もう晩御飯の支度の時間か…
食欲をくすぐる香りに、お腹がくぅと鳴く。…帰ったら、何かおやつでも摘もうかな。
「ただいま…」
合鍵で二重ロックを開錠し、玄関扉を開けて、家の中に声を掛ける。
「……………」
いつも通り、返事は返ってこない。
うちは両親共に、帰りが遅い。高校生の兄もいるにはいる。が、今日はバイトをしてから帰る日なので、まだ帰って来ていない。
「はぁ……」
もうすっかり慣れていたはず。
なのに、あの部に入り、部活をするようになってからは、またこの感覚を覚えるようになってしまった。
…この感覚は、なんというか…少し、厄介だ。
私は玄関の段差に腰をかけ、ゆるゆるとした動作で靴を脱ぐ。靴を揃え直して置く音が、嫌に大きく響く。こういう時、今ここには自分一人しか居ない、ということを痛感する。
「…へんなの」
私は苦笑する。もう少しすれば皆帰って来る。別に、ずっと一人っきりというわけではないのに。
私は階段を上がり、自室へ向かった。
鞄を置き私服に着替え、また階下に降りてくる。そしてリビングを通過し、その先のキッチンへ。
先ず冷蔵庫から、紙パックのジュースを取り出す。続いて戸棚からは、貰い物の缶入りクッキーを取り出し、小皿に数枚取り分けた。そしてそれらを両手で持って、リビングのローテーブルへ持っていく。
ソファーに座ってクッキーを一枚取り、口に咥える。そのままリモコンを手に取り電源ボタンを押すと、大きめの液晶画面に、夕方の情報番組が映った。『明日の天気』のコーナーをやっている。
「はひふぁふぁ、ふぁふぇはぁ…」
天気予報の後のコーナーが少し面白そうだったので、そのままそれを観ながらクッキーを齧ることにする。
さく、ざくざくざく。…さく、ざく…ざくざく。…さく
「あ、幸だけなんかいいもん食ってるっ!」
「むぐっ!けほ、けほ…お、お兄ちゃん?」
バイトがある日は帰って来るの、八時じゃなかったの?
「レジが壊れたから、今日はもう上がり。…一枚」
くれ、ということだろう。
「けほっ…自分で持ってくればいいのに…はい」
「はひふぁほー」
兄はココアクッキーを咥えたまま礼らしき言葉を言い残し、キッチンに消えた。そして次に出て来た時には、私と同じ様な紙パックのジュースを一本と、缶入りクッキーを缶ごと小脇に抱えていた。
「ちょっとお兄ちゃん!缶ごと持ってきたら怒られるよ?」
「だって腹減ってんだよー、晩飯まで待てるかっ!」
そう言うと兄は早速、ぱっかんと蓋を開け、ざくざくざくとクッキーを貪り始めた。…後で怒られても知らないからね?
「とか、何とか言っといて自分も食ってんじゃん」
「…お腹…空いてるし」
それに、ほんとに全部食べ尽くされそうな勢いだった。兄に全部食べられて後悔するくらいなら、怒られる方がまだ良い…。
そして、割とどうでもいいことを話しながら二人でクッキーを食べていたら、ニュースが終わる頃には、缶の半分の量が二人の胃袋に消えていた。…しまった。つい…
「…こーれは怒られるな」
「う、うん。…晩御飯でも作ったら…誤魔化せないかな?」
「それだっ!カレーで良いよな…よし、手伝え」
それから二人でキッチンへ行き、カレーを作り始める。勿論、クッキーはちゃんと戸棚に返しておいた。…乾物で少し隠れてるけど。
泣くのを堪えながら玉ねぎと格闘している兄の隣で、 私はピーラーで人参の皮を剥いていく。ふと、途中で手を止め考える。
帰って来た時感じていたあの感覚は、もうすっかり何処かへ行ってしまっている。
私の入っている部は、『みんなで何かする』というより、どっちかと言うと『其々好きに過ごす』、というスタイルを取っている。部活中も結構一人でいることが多い。
それなのに別れた後、“寂しい”と感じるのは、自分で思ってる以上に、私はあの場所やみんなが、好きなのかもしれない。
「部長に誘われて、『ちょっと面白そうだったから入っただけ』だったんだけどな…」
いつの間にかあの白い建物が、自分にとって、“居心地のいい居場所”になっていたなんて…。
私は小さく笑うと、ピーラーを握り直し、また人参の皮剥き作業を始めた。
– 了 –
私達のちょっと変わった部室 書き物うさぎ @Kakimono-Usagi
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