第44話 希望のみちしるべ(14)
Mira 2010年1月11日 10時52分53秒 氷星天 ラーゴラス弐区 騎士団支部南棟 エレヴェータ
僕の必死の抵抗も虚しく、アリスの作戦は実行されることになってしまった。僕自身特にアイデアがあった訳ではないから一方的な批判ばかりするのはちょっぴり後ろめたいのだが、殺人未遂の犯人にして重要な証人が捉えられている牢獄に、色仕掛けごときで易々と通すザル警備が今時許されるのだろうか。いやいつの時代だって許されないが。
そもそもこのエレヴェータ自体、当然のように監視されている。僕はこのエレヴェータが止められないことを切に祈っていた。
「そういえば、警備が女だったらどうするんです?いや、そもそも人間じゃなかったらどうするんです? 最近はどこもかしこもオートメーションですけど……」
「……ああ!」
「考えてなかったのか……ん?」
ポケットの中で端末が着信音を響かせていた。……いや、僕の端末じゃなかった。僕はアリスのお尻を叩いてソレを知らせた。
「うぇい!? あ、あたしのだった?」
アリスは慌てて端末を取り出した。液晶を取っ払ってホログラム投影で情報を映し出すタイプだ。……めっちゃ柔らかかった。
「アザトス隊長だ。もしもし……えっ? ……ミラくん」
アリスの顔が急に青ざめ、声色が急に低音になった。明らかに会話の途中だったが、端末を閉じて無理矢理切断したようだ。僕は何となく、その行為の意味を察知し、眉間に皺を寄せた。
「バレました?」
「急ぎましょう」
「急ぐったって、エレヴェータが加速するわけ……」
……止まった。分かり切っていたが、僕らの行動は怪しすぎたのだ。西棟から南棟には五階の連絡路を使えばいい。ロキシーの待つ支部長室にはそこを通るだけで行ける。エレヴェータを使う理由は無い。ドア上部のフロアを示すランプが、丁度二階だと知らせている。ドア越しに大人数の足音が聞こえた。僕らを捕らえようとする警備に違いない。
「どうします? 色仕掛けじゃどうにもできませんよ?」
「手はあるわ。下がって!」
弱気な僕とは対照的に、アリスは素早く行動に出た。僕をエレヴェータの角に寄せると、彼女の右手から青白い光が発生した。急激に室温が下がり、直後その手に短いブレード状の氷が出現したのだ。
「まさかぶち壊す気です!?」
「まさか」
ニコッと笑ってからアリスは手にしたブレードをエレヴェータの床に突き刺した。一切の抵抗力を感じさせないまま、鋼鉄製の床が薄い肉のように切り裂かれ、綺麗な風穴をあけられてしまった。どんなに鋭かったとしても、氷製の刃物がここまでの切れ味を持つはずがない。答えを聞こうと思った時には、アリスは穴に飛び込み、闇に吸い込まれていた。
「嘘でしょ、結構高さがありますよ!?」
「降りてきて! ちゃんと考えてるから!」
こうなりゃヤケクソだ! 僕は思い切ってアリスの後に続いた。情けないことに瞼を力強く閉じ、恐怖を紛らわそうと必死になっていた。
……思ったよりも早く着地した。二階分の高さって大したこと無いな……いや、そんな筈無い。明らかに一メートルちょっとしか降りていない。そう確信し、僕は恐る恐るゆっくりと瞼をあけ、半開きで留めた。アリスの姿がボヤケて映る。その後爪先で地面をコツコツと突いてみた。間違いなく着地しているが……ここはどこだ?
「大丈夫。氷の床だよ」
「え!?」
それを聞いて今度こそ僕は目を見開き、足下に向けた。なんてことだ!一瞬で氷を張り巡らし、一枚の床板を作り上げたのだ。よもやこれほどの技術を得ていたとは……アリスはただの変態じゃないと、僕は改めて知った。
「でも、これからどうやって降りるんです?」
「ふふーん、お任せあれ!」
アリスが再びCs'Wを操作すると、氷と壁の接地面から僅かに湯気が立った。その瞬間から氷の床がゆっくりと動き出し、同時に僕の体も浮遊するような感覚に見舞われた。成る程、少しだけ溶かすことで滑って下降する氷のリフトというわけだ。
「スピードはこれで勘弁してね」
それでもリフトの下降スピードはエレヴェータとほぼ同じだったと思う。目論見通りとはいかなかったが、ドアをこじ開け、僕らは留置所のあるフロアへと無事たどり着いた。これで僕らも立派な謀反者だ。だが、アシュレイ隊長の真実にたどり着く為なら、今の僕は何でもやるに違いない。
留置所に続く廊下の奥から警棒を構えた二人の警備員が現れ、こちらを見るや否や駆け寄ってきた。こうなれば戦闘は避けられない。武器を持たない僕は、火炎放射の魔法で脅してお茶を濁すつもりでいた。しかし、やはりというべきか、先立ったのはアリスだった。
「許してね!!」
彼女は素早く正面に立ち、両手にCs'Wを集中した。冷気で動きを止めるのかと僕は思ったが、彼女が手から放ったのは電撃だった。バチバチと音を鳴らし、まともにくらった警備員は体を振るわせ、床に叩きつけられた。
警備員が留置場の方から来る気配はしない。僕は後ろを気にしつつ、アリスを追いかけた。留置場のエリアは鉄格子で遮られていたが、エレヴェータの時と同じようにアリスは氷の刃で軽々と切り捨てた。
「それ、ただの剣じゃないですよね?」
「うん。刃を細かく振動させてるの。高周波ブレードの真似事よ」
「じゃあさっきの電撃は? 僕が言うのもなんだけど……純魔法じゃなきゃCs'Wの無駄じゃないです?」
「雷と同じ原理よ。氷の粒同士をぶつけて静電気を発生させて、溜まりに溜まったところでスパークさせる。属性変換を挟むより遙かに燃費が良いわ。お恥ずかしながらアザトス隊長からの受け売りなんだけど」
そんな方法があっただなんて。彼女はやはり、僕より一歩も二歩も先に行っている。そう認識した途端に、前を走るアリスの小さな背中が見た目以上に広く、遙か遠くに見えた――――
監房はほぼもぬけの殻だった。氷星天は確かに治安の良い惑星だが、それでも人っ子ひとりいないのは不自然だ。ギルテロさんが捕まったことで、何らかの特別な措置がとられたのかもしれないと僕は推測した。そして特別な檻は予測通りに存在した。廊下の突き当たりの真っ白な壁でカムフラージュされているが、そこの開閉用コンソールが壁の中に隠されていたのだ。権限を持った者だけが進入できるカードキー式のドアだ。
「アリスお願いします」
「あいあい!」
そんな強固な壁も、アリスのブレードの前には無力だった。豆腐かゼリーの様に容易く切断され、その先の隠された監房が露わになった。そして、肝心なギルテロさんも。
「ギルテロさん!」
十年ぶりの再会だった。小さい頃、一緒に遊んでくれたり、アシュレイ隊長やスティルさんにイタズラを仕掛けたりした、兄のような人。格闘術や銃の扱いを教えてくれたのも彼だった。そんな彼が、拘束具で全身を固められ、身動きどころか声を発したり、周囲の状況を判断することさえ許されない状態にされていた。アリスが鉄格子を破り、僕は真っ先に彼の顔を覆うアイマスクと猿轡<さるぐつわ>を外した。よく見れば彼の顔には痣いくつもあった。
「ミラ……気づいてくれたか……」
「分かりやすすぎて逆に心配でした。アリス、手の拘束をお願いします」
「お前用意が良いな。お嬢の貧乳ばかり見てたから牛みたいなのは新鮮だ」
「WGFの人ってみんなこんななの? ほらじっとしてください」
手早く拘束が解かれたが、ギルテロさんはぐったりと弱々しく、立つのがやっとといった雰囲気だった。
「そんなにヒドくやられたんですか?」
「ああ、アザトスの野郎め……流石にロキシーの息がかかってるだけあって容赦なくボコにされたぜ。さーて時間がない」
「脱出しましょう。私が退路を開きますから、ミラくんはギルテロさんを」
「もしよければお嬢ちゃんが肩を貸してくれないか? どさくさに紛れておっぱい触るから」
「だークソ! 強がりでバカ言ってないでしゃきっとしてください!」
僕はギルテロさんの腕を肩に掛け、彼に負担をかけないように走りだした。だが、既に追っ手がこのフロアに来ている筈だ。このまま来た道を戻つのは賢明でない。かと言ってこれ以上進んでも行き止まりだ。エレヴェータの時点でバレたのがマズかったか……。
「まさかもう、お二人さんは追われる身?」
「ごめんなさい。アリスが色仕掛けでどうのこうのとやってたために」
「クッソ……おい、ナイフか適当な刃物持ってないか?」
アリスはキョトンとした顔をしながらも、氷のナイフを一振り作り出してギルテロさんに差し出した。予想外だったのか、ギルテロさんは苦笑いをしてそれを受け取った。そういえばこの人は大の魔法嫌いだったか。
「冷たいな……あとで暖めてくれよ」
そう言い残すと、ビュンと風を切る音がして、突然僕の体が軽くなった。何事かと辺りを見渡すと、今の今まで僕の肩に掴まっていたギルテロさんの姿が消えていたのだ。僕は咄嗟に敵の攻撃を疑い、周囲に注意を向けた。アリスもまた氷の剣を構え、僕と背中合わせになって警戒を強化した。
「アリス気をつけて!」
「ええ!」
「もう大丈夫だ」
「うぇい!? 重っ……ギルテロさん!?」
どこからともなく声が聞こえたと思えば、いつの間にやらギルテロさんがアリスの肩に掴まり……宣言通り乳房の感触を堪能していた。
「警備は片づけた。お前ら俺にもっと近づけ」
「片づけたって……どうやって!?」
「おっぱい触るなー!!」
「俺の走り技だ。ほら、ミラ」
僕が近寄ると、ギルテロさんは両脇で僕たちを軽々と抱え上げ、まるで短距離走の選手のように腰を低くした。
「しっかり目を閉じて、歯を食い縛っとけよ! ……嬢ちゃん結構重いな」
「んふふ! 氷星天人女性には誉め言葉よ!」
「ああ仙星天人の好みじゃないな。んじゃ、走るぜ!」
「え、走るってギルテロさん! あんた怪我してるし二人も抱えてたらああああああああああああ」
失敗した。目を開けてしまった。全身の皮膚が引っ張られ、内蔵が圧迫され、ケツから抜け出るのではないかと思うほどのGだった。周りの景色は滅茶苦茶に混ぜられた絵の具のようにマーブル模様になり、脳がミキサーにかけられたのかと思った。ギルテロさんが僕たち二人を運び、尋常でないスピードで走っているということに気づいたのは、意識が暗転して、再び現実に呼び戻されたときのことだった……。
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