第43話 希望のみちしるべ(13)

 Mira 2010年1月11日 10時35分24秒 氷星天 ラーゴラス弐区 騎士団支部西棟 8F 候補生寮


 自室に飛び込み、充電クレードルに載せられた端末に真っ先に手を伸ばした。ロキシー議長が待っているが、僕としても内容は気になる。万が一、アシュレイ隊長が本当に凶行へ走っていたとしたら……あまり想像はしたくないが、僕は彼女と闘わなければならない。僕は一度深呼吸をしてから端末のメッセージ画面を開いた。


 ……あった。一通のメッセージが確かに届いていた。着信はテロ発生の直前。なんてことだ……僕はあのとき起きて音楽を聞いていたではないか。こんな大事な事に気づかないなんて!


「メッセージがありました……」

「内容は?」

「……映像ファイルみたいです」


 本文は存在せず、添付されたファイルの拡張子から映像であることを察知し、すぐにソレを再生した。ホログラムが展開し、慣れ親しんだ女性の姿が映し出された。思い詰めたような表情で、まっすぐにこちらを見つめるアシュレイ隊長の姿だ。両手を胸の前で祈るように握りしめている。ホログラムの隊長は、大きく息を吸ってから静かに語り出した。


『ギルっち……スー……本当にごめんなさい。けれど、ウチがウチとしてやらなければならないことが、まだある。十六年前、ウチの……いえ、ウチの力の存在が知られて以来、この世界のパワーバランスが変わった。それを利用するために奴はウチを追い回し、十年前、知っての通りウチは捕まった。シャドースパークを手に入れたあの女にはウチの力でも対抗できへん。けれど、奴が合法的にアレを運用するためには、もう少し時間が必要や。元老院に残された少数の反対派が、この僅かなタイムラグを生み出してくれた。これからウチは、強硬手段に出る。そもそもウチが、あの女に捕まらなければ……あんな単純なひっかけに騙されなければ、こんなことにならなかったのに……いいや、これは狂ったパワーバランスを正すための荒療治や。全ての異物を取り除く……世界に許されたラストチャンス。その為に、一度世界に混沌をもたらす。協力してくれなんて……どの口が言うんやってな。こんな時……クー、あなたがいてくれたなら……』


 アシュレイ隊長のメッセージは、これで終わった。最後、彼女は一瞬横を向き、慌てて収録を終えた様子だった。だがそれ以上に気になったのは、僕の名前が一切出なかったことだ。心臓に重石が付けられたような気分になった。かつて僕に愛情を注いでくれた彼女が、僕が騎士を志す切っ掛けとなった彼女が、僕が愛した彼女が、僕を気にかける素振りさえ見せなかった。僕は床に崩れ落ちた。アリスの支えもむなしく、僕は絶望に打ちひしがれ、のし掛かられ、脱力と共に立ち上がる気力さえも抜け出した。


「ミラくん!」

「何で……アシュレイ隊長……僕は……」

「しっかりして!」


 アリスは僕の体を無理矢理起こし、指先で頬をぺちぺちと軽く叩いた。赤子のようにフラフラとした首を両手で固定し、顔と顔の距離を詰める。よく見れば彼女の目は僕と間逆で僅かにつり目で、鋭い眼差しをしていた。


「聞きなさい! ミラくん、このメッセージの送り主のアドレスが端末に登録されてないわ! よく見て! このアドレスに見覚えはある!?」


 二人の顔の間に端末の液晶が割り込む。……アドレスは基本的に第二ベーシックの文字の羅列だ。人によっては個性を持たせて、単語だったり文章だったり、あるいは暗号にするニッチな人もいる。


 come-to-prison@grgrmail.qc


 端末固有のものではなく、連合でトップクラスのソーシャルネットワーキングサービス『グルグルネット』のアカウントに結びつけられるアドレスだ。ネット環境さえあればだれでも作れる。端末に頼らなくても、電脳化しているなら尚更だ。僕の端末アドレスを知っている人はかなり少ない。候補生の同期が数名と、WGFの隊員。そしてこのメッセージを受信している僕以外の人物は、僕の知る限りギルテロさんとスティルさん……もしかしたら、このメッセージで名前が挙がった『クー』と呼ばれた人物も受け取っているかもしれない。だがこのアドレス、単純明快な意味を含んでいる。


「Come to prison……牢屋に来い?」

「覚えてる? ギルテロ・ランバーシュはアザトス隊長を襲って逮捕されてるわ!」

「ギルテロさんが……呼んでるってことです!?」


 僕は尻を叩かれたように飛び起き、アリスの手を引いて大急ぎで部屋を後にした。


「ちょっとミラくん! まさか留置場に殴り込むつもり!?」

「そうです。あのメッセージ、多分僕らが耳で聞いて脳で受け止めた以上の隠された意味があります。ギルテロさんはそれに気づいていて、僕に伝えようとしてるに違いありません。それに、あのアシュレイ隊長の口振り……ロキシー議長も何か隠し事があるんですよ! 例えそうでなかったとしても、ギルテロさんの話を聞いてからじゃなきゃ、アシュレイ隊長に接触する意味は薄いかも」

「だからって、殴り込むことないでしょ! こう言うときこそ冷静に、頭を使うのよ!」

「……何かアイデアがあるんです?」


 僕は立ち止まり、アリスに期待を寄せた。アリスはえっへんと胸を張り、拳を握ってドンと胸を叩き……


「色仕掛けよ! おっぱいを使うのよ!」

「頭使わないじゃねーかこの変態」

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