第38話 希望のみちしるべ(7)

 Mira 2010年1月10日 13時3分6秒 氷星天 ラーゴラス市弐区 騎士団支部西棟 1F 訓練場



「と、これまで小難しい言い方をしたが、魔核の基本属性は火・水・風・地の四属性で、それ以外は珍しいって覚えておけば間違いではない。そろそろ皆も自分の魔核を意識し始める頃だが、よっぽどのことがなければこれらの内どれかだと思っていれば大丈夫だ」

(それで大丈夫じゃないから困ってるんじゃないですか……)


 教官の指導に今すぐ文句をつけたかったが、結局のところ僕の実力の至らなさが問題なんだから、誰に何を言ったところで仕方がない。Cs'Wの量では基準値を大幅に上回っていると評議会のお墨付きを得たが、いちいち無駄にCs'Wを消費していては戦力にならないのだ。このまま燻るだけでは終われない。単純な白兵戦は自信がある。だからあとは魔法だけなんだ。


 僕の発想は実に単純だった。僕は圧倒的な実力と実績のあるアシュレイ隊長とWGFのメンバーに育てられた。だから十分ではないとしても強くなれた。そして今度も同じことをしようとしている。この訓練場には今まで僕の求めうる強い相手なんて一人もいなかった。しかしアリスは英雄アザトス大佐に育てられ――――少なくとも魔法に関しては――――明らかに僕以上の実力を誇る。彼女と闘うことで僕はより高みへと登ることが出来ると考えたんだ。教官に申告して、模擬戦でアリスと当てて貰えるように頼んだら、案外あっさり認めてくれた。


「さて、そろそろこのクラスのスター二人に、トップクラスの実力を見せてもらおうか」


 僕たちは訓練場の中心で向かい合っていた。互いに模擬戦用のダミーブレードを構え、試合開始の宣言を待っていた。観衆に見せ物にされているのはちょっぴり気に入らなかったけれど、僕の実力がもっと上のランクだとアピールするチャンスだと思うことにした。


 それにしても気になるのは彼女の構えだ。膝を曲げて腰を低い位置で保ち、ダンサーのように前後にステップを踏んでいる。右手に持った剣を手首のスナップを効かせて何度もクルクルと回転させ、曲芸師でも気取っているかのようだ。一見すると攻撃も防御も捨て去っている挑発行為にも思えた。


「剣をまともに構えないで、何のつもりですか?そんなことでは……」

「僕には勝てませんよ……なーんて言っちゃう?それ、フラグって言うんだよ」


 やはりアリスは挑発的な笑みを浮かべ、「掛かってこい」とジェスチャーで示した。


「いいでしょう……僕を甘く見たことを後悔させてあげますよ」

「はじめっ!!」


 合図と同時に僕は走り出し、正面から一気に距離を詰め、剣を振り下ろした。ギルテロさん程ではないが、今まで訓練生の誰一人としてこの開幕からの一撃必殺を破ったものは少ない。Cs'Wで筋力を高め、スピードと合わさって破壊力も抜群に高まっている。仮に反応出来ていたとしても防ぎきれない!!


「!!」


 アリスが足のステップを止めた。見えている――――次の瞬間にその確信は本物だと証明された。アリスは最小限の腕の動き、しかもジャストなタイミングで剣を構え、防御の構えをとったのだ。だが――――!!


「甘い!!」


 例え防いだとしてもその剣ごと叩き伏せてやる!!


「――――ふっ!!」


 剣が――――止まった!!僅かに押し込んだところで完全に衝撃が殺され、瞬時にアリスの攻撃が始まった!!


 右手を剣から離し、水平に放たれた手刀が左わき腹を捉えた。その一発はパワーこそ最低限だが、それだけで瞬間的に体から力が抜けた。姿勢が崩れたところで剣を跳ね返し、そのまま右足に一発、剣を握る右手に一発。更に右手で僕の左手を引っ張り、膝蹴りを腹に叩き込んでから体を反転させて一本背負いを決め、あらゆる抵抗手段を失ったところに心臓を狙って突きを――――寸前のところで止めた。


「そこまで!! もう十分だ!!」

「おいおい……嘘だろ」

「ミラって上級生にも勝ってただろ? それを一瞬で?」

「冗談だろ? 俺この間ミラにボコボコにされたばかりだぜ……」


 体に負ったダメージよりも、切っ先と共に突きつけられた事実の方が遙かに痛かった。一撃も与えられなかった屈辱と、極端な格差。彼女と僕の歳は殆ど変わらないだろうに、このいかんともし難い力量の違いは、いったい何がもたらすのだ!?


 そもそもあの動き――――僕の攻め方を分かり切っていたかのように彼女は戦術を“切り替えていた”。最初に見せたステップは恐らく、僕の初撃を見てから構えるための“探り”だ。スピードで勝てないと瞬時に判断し、彼女は強い衝撃を受け止められる姿勢をとって、一撃を受け止めてからのカウンターで勝負を決めにかかった。そして反撃の芽を摘むあの動き。彼女が尋常でない訓練を受けていたことは明白だ。


 僕の知らない世界で彼女は生きていた。対して、僕は正に井の中の蛙だ。狭い場所で跳ねただけで大空を飛んだと嘯いているに過ぎないのだ。


(……好都合)


 僕はむしろその現実に笑みさえ浮かべた。彼女について行けばより広い世界に行ける。


「だ、だいじょぶ?」

「うん……大丈夫です」

「なんかすっごいニヤニヤしてたよ?」

「もともとこんな顔です」


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