第37話 希望のみちしるべ(6)

 Mira 2010年1月10日 12時0分24秒 氷星天 ラーゴラス市弐区 騎士団支部西棟 1F 訓練場


 午前の訓練を終え、僕たち候補生はそれぞれ昼食に向かう筈だった。しかし、相変わらずアリスの周りには人だかりができている。間に挟んだ休憩時間も人が絶えなかったのだから、他の訓練場も合わせてミーハーな連中がまだまだ来るだろう。それでも僕は、彼女と一対一で話をしなければならないと、使命感のようなものに駆られていた。


「アリス!」

「えっあ、はい!」


 意外とあっさり僕の呼びかけに応えてくれて、内心かなり嬉しかった。僕は人だかりをかき分けて、彼女の小さな手をつかみ、無理矢理引っ張り出した。


「あっ、お前! 何しやがる!」

「ごめんなさい、みんな後にして!」

「ご、ごめんなさいよー!」


 僕は彼女の手を引いて、寮の自室に逃げ隠れるように飛び込んだ。


「あの、ここ男子寮じゃない? あたしがいるとマズいよ!」

「それより! 僕に……あっ」


 しまった、ベーシック・バトルスーツを着たままだ。間近で見ると彼女が如何に“良い肉体”かが分かる。僕だって男だし、氷星天で生まれた以上、特殊性癖であっても、氷星天人の生物的本能が勝ってしまう。目に飛び込むその豊満な肢体に反応するなというのは幾ら何でも無理な話だ。


「っ……僕に魔法を教えてください!」

「え……う゛ぇええ!?」

「僕は君みたいなCs'Wコントロールの技術がどうしてもほしいんです! 頼みます!」

「えええええ!? あたし、教えてもらいに来たのに……」

「あっ……」


 ぐうの音も出ないど正論だ。何かほかに切り口はないのか。僕はこの際、何も弁えずにただお願いするしかないと考えた。


「お願いです! この通りでウンガァー!?」

「ウボァー!?」


 距離感も考えず頭を下げたせいで、僕はアリスの頭に思い切り頭突きをヒットさせてしまった。――――なんて石頭だ!! 痛すぎる!!


「ご、ごめんなさい!」

「大丈夫です……けど、私なんかに教えられることなんか……あるのかな?」

「ある! 絶対にある! ……かも」


「ってあんたが自信なくしてどないすんねん! ……今の忘れて」


 ……もしかしたら、彼女はすごく面白い人なのかもしれない。僕はこの短時間で、彼女に対して奇妙な親近感を覚えていた。そして彼女も、同じように感じていたようだ。


「僕たち……案外うまくやっていける気がします」

「そ、そうかなぁ……そうだね! うん、仲良くしたい……けど、ちゃんと目を見て挨拶しましょ! ほら、前髪で隠れてみっともないわ!」


 こちらに伸びた手は僕の前髪を無理矢理かきあげた。実を言うと、ギルテロさんに女みたいな顔だと小馬鹿にされて以来、僕は自分の目つきがコンプレックスだったのだ。アリスが丁度良いつり目だったせいで、少し羨ましくも感じていたから、なんだか余計に恥ずかしかった……。


「綺麗な色……」


 ――――目の色を誉められるとは予想外だ。今まで目つきばかり気にしていたからこそ、僕は自分の顔が熱くなるのを感じた。しかし照れている最中、僕は彼女の深紅の目に不思議なヴィジョンを見たような気がした。黒々とした煙のようで、蛇がとぐろを巻くように渦巻いている。次の瞬間、その黒い何かがこちらに飛びかかるような錯覚に襲われ、僕は本能的に彼女の手を突き放してしまった。


「あっ……ごめんなさい」

「ああ、ごめん……そんなつもりは……」


 何てことだ……これはかなり悪いイメージを持たれてしまったぞ。こうなったら、アリスのことを逆に誉めて印象回復をせねば!そうだ、徹底的に誉めよう!


「あ……君だって……綺麗です! ほら、肌はもちもちしてそうだし、唇は綺麗な赤色だし、スタイルいいし、ここには勿体ないくらい美人だし……」


 いきなりこんなことを言うのは失礼だっただろうかと、僕は自分の発言を悔いた。アリスは口をもごもごと動かし、あからさまに困惑して……いや、なんか真っ赤になってないか?


「ごめんなさい……その……言い過ぎた?」

「ううん……あたし……そんな風に言ってもらえたの初めてだったから……あっ、あたしってば結構外見には気を使ってるんだけれど、今まで引きこもって生活してたし、ここに来るまで見せる人なんてアザトス隊長くらいだったから! うーん、自慢のおっぱいなんだけどなー! あはははは!」

(たしかに自慢できるだろうけど……自分で言うのはどうなのよ……)

「ああ! いま変態だって思ったでしょ! 残念ながらあたしは変態じゃないよ! ……あっいや、変態かなぁ……変態だなぁ! ……如何にもあたしが変態です!!」

「そこで胸を張らないでください変態」

「いいや、変態を名乗るからにはこの自慢のおっぱいをそれはもう自慢げに張ってやるね! 見せつけてやるね!!」

「へ、変態だ!」

「もっと褒めていいのよ!! ……恥ずかしくなってきた」

「僕もです」


 自分の馬鹿さをここまでまざまざと見せつけられる時が来るとは思わなかった。だが、不思議と嫌な気分ではなかったし、アリスも不快そうな顔を見せることはなかった。彼女とのやりとりは、むしろ楽しかった。


「魔法についてあたしが知ってること……下手っぴでもいいなら、教えてあげるよ?」


「何だって構わない。君に……そう、君に教わりたい」


 アリスはにっこりと笑って、一つだけ思いがけない要求をしてきた。


「じゃあ代わりに……あなたについて、もっと教えて」

「僕について……?」

「まずはお名前から、ね!」


 そうだ、僕はまだ名乗ってすらいない。紳士的ではない行いを悔い、僕は目元に手を当て猛省した。


「ダメかな?」

「……僕は、ミラ」

「あたしはアリス。改めて、よろしくね! ミラくん!」


 ――――奇妙で珍妙な出会いであったが、こうして僕たちは互いを知り、意識するようになった。単純な好意とか、友情とは違う、もっと深い繋がりを僕たちは共有した。僕たちの出会いはきっと運命であり、宿命だ。そして物語はまだ、始まったばかりだった――――

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