第36話 希望のみちしるべ(5)
Mira 2010年1月10日 10時3分59秒 氷星天 ラーゴラス弐区 騎士団支部西棟 1F 訓練場
年月が進む度に、WGFの任務は多くなったらしい。アシュレイ隊長が直接指導してくれることは稀になり、五年前から完全に騎士候補生の訓練に混ざるようになった。たしか、十六年前に騎士団が正規軍扱いになってから、騎士学校という概念が撤廃され、入隊の窓口が広がったと聞いたことがある。そのしわ寄せか、少数精鋭で限られた人数に指導を行っていたベテラン教官だけでは、膨れ上がった騎士候補生の頭数に対応できなくなり、大した経験もない退役騎士なんかが教官になった。連中を無能だと言うつもりはないが、僕が求めているのはWGFの皆にしてもらう指導だ。もう一歩も二歩も先に進むためには、それ以外の道は無いに等しい。
今日も剣と魔法の訓練が続く。平坦に、平凡に。候補生たちは僕と同じく十年訓練を続けているが、今になってやっと魔核の意識の訓練だ。昔の騎士学校では三年目に魔法を教えていたらしいが、カリキュラムの密度の違いがこうして如実に現れると、上の連中は考えていたのだろうか。
「ミラはすごいよな~」
「え?」
「だよな。俺なんて自分の魔核さえ意識できてないのに、お前はとっくの昔に魔法を使えてたもんなー」
同僚の候補生は毎日のようにこんな愚痴を言っている。彼らもきっと、騎士学校のあった時代なら魔法をマスターしていただろうに。何だかんだと内容を貶したが、ドッロップアウトする者も多い厳しい訓練を十年も耐えてきたのだから、彼らだって未来の騎士に相応しい才能があるはずだ。
「お前、実は魔核能力も発現してるんじゃないか?」
「んなことあるわけないじゃないですか。訓練したってまともに使えるのは十万人に一人。大英雄のひとり、ジュランさんだって魔核能力が無いらしいですよ」
何気なく言ったつもりだったが、周りで僕の言葉を耳にした訓練生たちが一斉に溜息をついた。憧れの大英雄でさえ辿り着けない境地だなんて、誰も考えたくないのだ。
「そういえばお前聞いたか? 新しい候補生のこと」
そんな暗い話題を断つべく、ビッグスがわざとらしく切り出した。
「ううん。まさか、十年分の過程をすっとばして新しい子がくるんです?」
「ああ、噂になってるぜ。地元の子らしいけど、氷属性のCs'Wを自在に操るんだってさ。なんだかミラと似た境遇だな」
言われてみれば僕だって他の候補生からしたら、それまでの過程をすっとばしたイレギュラーな存在だ。スタート地点から走り続ける苦しみを知らない僕のことを未だ疎ましく思う奴も少なくない。しかも今度は女の子だ。場合によっては出来の悪い奴らからの陰口だけで済まないかもしれない。
「んー、ちょっと心配です。僕としては仲良くしたいけど、女の子ですから」
「ん? 何で女の子だって分かるんだ? あ、お前まさか……教官たちから何か聞いてるんじゃないか?抜け駆けしやがって~」
「ええ? ビッグスが女の子って言わなかったです?」
「俺もウェッジも今の今まで知らなかったよ!」
「おかしいなぁ……」
どこかで小耳に挟んで忘れていたのだろうか?自分で言うのもなんだがど忘れするようなタイプじゃないのに。
「なあ可愛い子か? 教えろよー」
「知らないですよ! 知らない子がいたら話題にしますって!」
「ミラは抜け駆けするタイプだったかー。こいつぅ、なかなかの強かさじゃねぇか!」
「だからホントに知らないんですってばー! あ、教官だ」
「やべっ」
教官の存在に気づいた候補生たちが一斉に整列を始めた。しかし緊張は例の噂話の主人公によって緩んでしまう。
「既に聞いている者もいるだろうが、今日から諸君の仲間になる新しい候補生を紹介する。アリス・アッシュクロフトだ」
ちょうど教官の前に立っている僕であったが、紹介された候補生を捜し当てるのに苦労した。姿勢を崩すのは以ての外だし、あんまり視線を滅茶苦茶に動かして説教を食らうのも勘弁願いたい。だが、アリスなる候補生が見あたらない――――いや、いた。確かにアリスは教官の左隣にいる。ただ――――
(小っさ!!)
「アリス・アッシュクロフトです。よろしくお願いします!」
なんだこの……舌を引っ張り出されて生クリームを直接塗りたくられるようなクソ甘ったるい声は。身長は百五十センチ……ギリギリあるか。
(だークソ! 見てやる! 暴れろ好奇心!)
僕は思いきって、しかし極力怪しまれないように目を動かし、アリスのいるであろう場所を見た――――
(――――でっか!!)
アリスという少女は、正直なところ同年代とは思えなかった。僕の感じた第一印象というか、感想は、『お餅』だ。氷星天育ちらしく肌は白。アシュレイ隊長と同じように瞳は赤く、肩まで伸ばした黒い髪はクセが強いのか所々跳ねている。しかし肉付きは良いようだ。候補生は訓練の時、実際の戦場でも使われているベーシック・バトルスーツを着ている。リキッドスキンという傷を負った部分に薬が流れ出す仕組みのボディスーツだ。故にボディラインがハッキリと分かるし、羞恥心を麻痺させる為に若干透けているのだが、彼女の乳房はこの集団の誰よりも豊満だし、贅肉の余ってぽっこりしている腹部、くびれとは無縁な腰回り、「太い」と率直な印象を受ける太股など、氷星天人の美的感覚なら女神と見紛うレベルだ。寒い惑星故に、ふくよかであればあるほど美人というのがこの星のスタンダードだからだ。僕みたいにアシュレイ隊長のような細身の女性を好むの氷星天人は特殊性癖扱いされる。
「彼女はかの英雄、アザトス・アッシュクロフト大佐から訓練を受け、君らよりも遙かに先を進んでいる。よかったな、諦める理由が増えたぞ」
(こうやって精神的重圧で篩<ふるい>にかけてくるのが教官たちのやり方だから……って)
「アザトス・アッシュクロフト……!?」
「ミラ候補生、誰が発言を許した!!」
「っ……誰も許可していません!!」
「全員腕立て五十回よーい!!」
やらかした。アザトス・アッシュクロフトと言えば、十六年前に魔天を襲った異次元人の生物兵器、超獣を撃退した男だ。歴史の教科書にも載るほどの超有名人にして大英雄に訓練を受けたとなると、この女がただ者じゃないことなど誰にでも分かる。それにあの教官の余所余所しい態度……成る程、大英雄の愛弟子となると、デカい顔などできるまい。しかし気になるのは、アッシュクロフトという姓を彼女が使っているということだ。もしかしたら、彼女は娘なのだろうか。あの英雄に子供が……いや、そもそも結婚以前に女性と親密な関係というだけで大ニュースになるだろうに、その気配さえ無かったのは妙な話だ。
「アリス候補生、後ろの列に」
「はっ!」
「予定通りCs'Wコントロールの訓練を行う。全員配置につき、手のひらで純魔法を発生させろ!」
各のCs'Wの属性、つまり火属性なら火を、水属性なら水をそのまま魔法として発生させることを純魔法という。属性を変化させることがないから、難しい操作無しに効率良く魔法を発生させる、正に基本中の基本。これが僕にとって一番苦手――――を通り越して苦痛――――な訓練だ。僕は自分の魔核を意識できるし、それなりに魔法をコントロールもできる。火も水も、なんだったら雷も出せる。だが、自分の属性を知らない。特に意識しなくても、火だったり水だったり雷だったりが滅茶苦茶に出てきてしまうのだ。
(ん~……何がダメなのやら)
「おおおお!!!!」
突然の歓声に飛び跳ねそうになった。そして右隣から感じた冷たさの為にさらに心臓が飛び出しそうになった。何事かと思って視線を向けてみれば――――
「す、すごい……」
アリスの手に握られていたのは、彼女の背丈ほどの刀だった。無論、この訓練場にいる時間は、抜刀どころか帯刀することが禁止されている。ならばこの女が握っているのは何なのか――――氷だ。しかも、本物の刀剣のように細く、しなやかな刀身を持っている。最早武器や魔法ではなく、彫刻にカテゴライズするべき精巧さではないだろうか。
「素晴らしい、アリス候補生。アザトス隊長殿もお喜びになるだろう」
「……ありがとうございます」
彼女が手を離すと同時に、氷の刀は瞬時に粒子となって消えた。Cs'Wを完璧にコントロールしているからこそできる技だ。その後も歓声は暫くや止まなかった。集中が途切れた候補生たちは一同にアリスのもとに集い、インタビュアーのように質問責めにしている。教官も今日に限って止めはしなかった。僕はその中に混ざらなかったが、眉をハの字にして困り果てている彼女のことをじっと見つめていた。
……彼女となら、或いは――――
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