第23話 電鋼鉄火作戦(10)

 Styil Art 1994年8月2日 2時7分16秒 魔天 元老院議事堂


 政治に無頓着な俺が、直接この爪楊枝のように細長い真っ白な建物に出向くことになるとは夢にも思わなかった。ニュース以外で全体像を見たこともないし、付近にショッピングセンターやアミューズメント施設があるわけでもないから、近くまで来ることもないせいでちょっと新鮮な気分だった。


 アザトスたちと分かれて六時間経つ。表だって活動する敵を鎮圧できたのだろうか。外の様子はただひたすら静かなだけで、死体のひとつも見あたらない。俺自身死体をあまり見たくないと思っていたから、この状況は願ったり叶ったりというものだ。これならアシュレイを連れてきても問題なかったのに……と、考えはしたが、彼女の言葉を鵜呑みにするなら、グロテスクなモノなど見慣れているのだから、心配するだけ無駄なのかもしれない。


「もう片付いてるのか、それとも外で戦闘が起きなかっただけなのか」

「敵部隊が健在なら、内側が騒がしい筈だ。急ごう」


 しっかりと騎士の格好を装ったギルテロが先導し、その後ろから俺とクラウザーがついて行く。勿論こちらも変装済みだ。ギルテロは元傭兵だけあって、足取りも素早く、突入時のクリアリングも手慣れたものだった。正直なところ、勢いよく突入したら怪しまれるのではないかと思っていたが……。


「ん? ……エトラ! それにコリンも!」

(げっ、ジュラン!)


 最悪のパターンだ。よりにもよってホールで大ボスとエンカウントするなど誰が考えただろう。ジュランは誰かと連絡をとっていたようで、端末のスイッチを切ったところだった。エトラとコリン……というのは、どこで判断したのかと一瞬悩んだが、どうやらクラウザーが投影しているこの防護服が、バスで出会ったあの二人のモノらしい。よく見れば防護服の左胸にイニシャルがある。


「通信がまるでできなかったから、てっきり死んだかと思ったぞ」

(マズイ、声はどうしようもないだろ……)

「こっちの制圧は終わった。あとは……この街をウロチョロしてるネズミを捕らえるだけだ。とりあえずアザトスと合流しよう」


 俺はとりあえず無言で頷いた。何も反応がないよりは自然な筈だと、盲目的に前向きな思考でこの場を押し切ろうと目論む。目の前に俺を殺そうとしている張本人がいるとしても、落ち着け、焦っては自分の首を絞めるだけだと、ジュランの後ろを歩きながら、決して悟られないように自己暗示をかけ続けた。


 議事堂は縦に長い建物だ。エレヴェータに乗ることは分かり切っていたのに、ついさっきエレヴェータで酷い目にあったばかりなこともあって、乗っている間は終始息が乱れっぱなしだった。実にバカバカしいが、またミサイルが撃ち込まれるのではないかと気が気でなかったのだ。


『三十五階です』

(ああ、やっと止まった)


 機械音声のアナウンスを聞き、思わず大きなため息をつく。さすがのジュランもこちらを一瞥したが、怪しんでいるという様子ではなかった。


「疲れたか? まあ、無理もないな」


 そう言ってジュランが先に降りる。残った俺たちも降りようとした――――刹那。


 ゴオオオオオオオオオオオ……


「!!!!」


 突然体がバランスを失う……いや、俺ではない!


「なんだ!?」


 ギルテロやクラウザーも、ジュランでさえも、フラフラと必死にバランスをとろうとする。建物自体が何かの衝撃によって揺れていた!


(地震か!)


 真っ先に思い立った揺れの要因は一つだ。が、魔天は地震がとても少ない。事実これが俺の初めて経験した地震だった。こういう時に限って頭が冴え渡り、記憶の中の“恐怖の象徴”がフラッシュバックする。


 ――――海の底で見たあの怪物だ。


「ジュラン!」


 揺れが収まると同時に、アザトスが廊下の奥から姿を現した。


「今のは一体何だ?」

「地震ってやつかと思ったけど……」


 アザトスがこちらに目を向けた。マズイ、流石に彼の能力の前では気づかれてしまうかと不安が募ったが、検問所での一件でバスの騎士が裏切り者だということは直接伝えた。案の定、彼はこちらを意図的に無視し、ジュランと話を続けた。


「兄さんが言っていたことが気になる」

「スティルが?」

「ああ、海の底の……超獣だと思うか?」

「バカを言うなッ!!」


 ジュランが声を張り上げた。


「超獣なら“空を割る”筈だ!! 今までだってそうだし、何のために、幾ら金をかけて衛星に新しい監視システムを搭載したと思ってるんだ!!」

「そんなことは分かってる!! しかしミレニアンが俺たちの中に潜んでいたんだ!! 『PVⅡプロジェクト・バイオレット・ツー』の監視データを改竄することだって、連中にはできたはずだ!!」

「それは……だが、俺にはあの男が……」

「お前の気持ちは嬉しいが、あの人は俺の家族だ。この際彼を信じろとは言わないが、俺のことを信じてくれ」


 そうジュランに語りかける中、ほんの一瞬アザトスと目があった。やはり、こちらの正体にしっかりと気づいているようだ。


「とりあえず、ジュランはエコーチームと合流して港に向かってくれ。俺もすぐに行く。コリンとエトラは俺と後始末を手伝ってくれ」

「分かった……本当に超獣が出たら、どうする?民間人に確実に見られるぞ。それにこんなバラバラな状態で勝てるのか……?」

「……もう隠し通せはしない。正規軍にも連絡を入れる。後はやれることをやるだけだ」


 結局歯痒そうな顔を晴らすことはなかったが、ジュランは足早に去っていった。躊躇わずエレヴェータを使う神経の図太さには感心せざるを得なかった。


「はぁ……兄さん。そっちも隠せないぜ」

「クラウザーさん、もう良い」


 光の衣が消え去り、俺たちの元の姿が露わになった。アザトスはこの奇妙な集団に困惑しているようだったが、瞬時に表情を強ばらせた。


「あのときの……!!」

「二人ともアザトスと知り合いだったのか?」


 クラウザーは特に反応を示さなかったが、代弁するようにギルテロが苦笑いをしてみせた。どうやら只ならぬ因縁があるらしい。アザトスは黙ったままこちらを暫く眺めて


「……もう一人はいないのか?」


 と、静かに尋ねた。


「アシュレイ様は別の場所に待機している。彼女を危険には晒せない。特に君には……」

「そうか……兄さんはどうしてここに?」

「ああ、裏切り者の正体が分かったんだ。ジュランがミレニアン側の騎士だ」

「……どうしてそう思ったんだ?」


 正直、この時点で「バカを言うな」とか適当な言葉で怒鳴られることを覚悟していたのに、落ち着いた口調で追求され拍子抜けした。


「俺はてっきり、この覚醒機を奪うことが裏切った騎士たちの目的だと思ってた。だが、俺たちはラスラトル市へのエレヴェータでミサイルをぶち込まれた。目的は俺自身を殺すことだったんだ!」

「それでジュランを疑ってるのか……」

「俺を殺したがる奴なんてアイツしかいないだろう!それに、俺たちが変装した騎士はバスで俺たちを襲ったミレニアン側の騎士だ!さっきあの男は俺たちに気安い態度で接してきたんだぞ!」


「もういい、スティル殿」


 クラウザーに制止され、そのときやっと俺はアザトスの様子の変化に気づいた。さっきまでの怒りの色とは違う。明確な戸惑いが目に浮かんでいた。


「元老院にいた敵は制圧した。ヴェルマは逃がしたが……これから兄さんと一緒にいたルナールの捜索と、例の海底の化け物の調査に合流する」

「さっきジュランと話してた『超獣』ってのが、あの化け物の正体かもしれないって……」

「俺はそう睨んでる。俺たちORBSは超獣と異次元人ミレニアンの脅威に立ち向かい、闘う為に結成された組織だ。超獣はこれまで、空をガラスのように割って現れた」

「空をガラスのように割るだと? はっ、とんだデタラメを言う奴だなお前の義弟は。それとも組織ぐるみか?」

「待ってくれギルテロさん。彼を信じてくれ」


 不服そうなギルテロはポーチからタバコのケースとライターを取り出し、一本くわえて廊下の向こうへと歩いていった。


「空のシールドが破られたってことではないんだな?」

「俺だってそう思った! でも本当に空にひびが入り、次の瞬間には“空の破片”が辺りに飛び散り、赤黒い向こう側の空間から超獣が飛び出した。仲間が何人も死に、俺もこの様だ!」


 声を張り上げ、アザトスが右腕の袖を勢いよく捲った。肘までの地肌が露わになり、手首から袖口にかけてなぞるように視線を移す。明らかな違和感は腕のちょうど真ん中に見つかった。蚯蚓腫れのような細く赤黒い痕が腕を一周し、輪になっている。直感的にその傷痕の正体を看破した。


「この傷痕から先が、無いんだな」

「今は義手の上に培養した俺の皮膚を被せてる。雷光超獣エクレーラと呼ばれた最初の超獣……奴にとどめを刺した時にやられたんだ。その後も侵略の手は次々と俺たちの頭上から降りかかった。何人も何人も死んで! 作戦の度に死んで! あろう事かその侵略者に魂を売った奴が騎士に!! よりにもよってこの、ORBSにッ!!」


 建物中に響きわたりそうな叫びを発し、途端にアザトスはぐったりと魂が抜きとられたかのように座り込んでしまった。必死に声を殺しているが、伏せた顔から嗚咽が漏れているのが聞こえた。


「もうお終いだ……衛星の監視システムも無意味だった。今の戦力では超獣が市街地へ進入するのを防げない……今度こそ俺も死んでしまう」

「っ……弱気になるな! 俺が見た化け物がその超獣じゃない可能性だってある! そうだ! 気が動転してて、サメか何かと見間違えたんだ! ああ、小さい魚の大群が化け物の形に偶然なって、俺がパニックになっただけかもな!或いは……」

「もういいだろう兄ちゃん」


 背後から割って入ったのはギルテロの声だった。鋭い目つきでこちらを見据え、短くなったタバコを筒状の携帯灰皿に投げ込んだ。


「クラウザーみたいに人の心を見透かせる訳じゃないけど、俺にはコイツが一番に考えてることがよーく分かる。ズバリ、保身だ」

「なっ……何だと貴様!」

「組織としての体裁……いいや、組織の中の自分の体裁だけがコイツにとって重要なんだ。兄ちゃんや人々を守る使命は言い訳に過ぎない。ジュランを疑うことができないのも、組織という盾にいつまでも身を潜めていたいからだ。この男は端から、利己的な理由以外で闘ってなんていない」


 言い終わった途端にアザトスの手がギルテロの胸ぐらに掴みかかった。獣のような怒りの相貌を近づけられても、ギルテロは怯みもしない。それどころか、息を荒くするアザトスを見て鼻で笑う始末だ。


「俺は守る対象じゃないから、怒りの捌け口にもしたくなるよなぁ?騎士様が“市民”に刃を向けたら……」


 今度は言い終わる前にアザトスが突き放した。ギルテロは大げさによろめいて見せ、挑発的に両手で銃を真似てアザトスを撃つような素振りをした。流石の俺もこれには黙っていられなくなり、ミネラルウォーターのボトルの蓋を開け、二人の間に割り込んだ。無論、ボトルの口はギルテロに向けている。


「もう止めてくれ! 俺の義弟をこれ以上侮辱したら、命の恩人と言えど容赦しないぞ!」

「んん~、あんたも察しが悪いぜ兄ちゃん……悪かった! そんな物騒なモノはしまってくれ」

「すまない兄さん……」

「お前もだアザトス。言われ放題でどうする? せっかくの名誉ある地位が形無しだぜ」


 俺にアザトスを疑うことなどできなかった。彼は俺を助け、俺を信用してくれた誇り高き騎士だ。疑うべき敵は他にいる。敵はアザトスじゃない――――何度も自分に言い聞かす内に、俺は何故暗示をかけるように唱えているのかと、一瞬自問した。だが、どうしても俺は今目の前にいる優しい騎士を否定することはしたくなかった。


「……実は兄さんを保護した時点で、元老院の正規軍がこの一件に介入してきた。そのとき港から進入しようとした正規軍のボートが次々と“何か”に襲われた。兄さんの見た怪物は間違いなくいると証明されたんだ。騎士として、この一件を見逃すわけにはいかない。襲われた正規軍の兵士の命は、評議会の責任だからな」

「行くのか」

「言ったろ? 調査も含めて騎士の仕事さ。兄さんはここから逃げるんだ。できる限り海から離れてな」


 アザトスは俺にだけは笑顔を見せてエレヴェータに乗った――――が。


「……また揺れたら怖い」


 逃げ出すように階段に向かって駆けていった。

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