第22話 電鋼鉄火作戦(9)

 Styil Art 1994年8月1日 24時59分59秒 魔天 アーカム アップルインモーテル


 グレアレム通りにあるこの質素なモーテルは、金のない旅行者が一晩を過ごすにはうってつけの場所だ。部屋は狭いがベッドシーツはそれなりに良いものだし、経営者のばあさんが朝になると手作りのサンドイッチをご馳走してくれる。まあ今日ばかりはうまい飯にありつけるかさえ怪しいが。この辺りはラスラトル市に近いから、住民は皆避難したようだ。レストランや売店に期待するだけ無駄というものだ。管理人室の窓を割って鍵を盗んだことは……あとで謝りに来ようと俺は誓った。


「だぁー! 疲れたわーもー!」


 アシュレイが小さな体をベッドに投げ出した。俺も疲労でいっぱいいっぱいだったし、肩を貸してくれたギルテロは勿論、体格の大きいクラウザーでさえも顔色を悪くしていた。


「お嬢、そろそろオッサンを休ませてやれよ」

「あ、せやな。クー」


 クラウザーは一度深呼吸して、右手の人差し指を突き立ててくるくると回した。するとどこからともなく光の粒子がその指先に集い、蝋燭の火のようにフッと消えてしまった。


(何かの魔法をずっと使っていたのか……)

「クラウザーさん、何の魔法使ってたんですか?」

「ん? おお、お嬢の服だよ。あいつの服は魔法で作っ……あ」


 ギルテロは火をつけようとしたタバコを口からこぼし、酷く間の抜けた表情で固まった。どうしたんだと思いながらも、俺はそのタバコを拾い上げて彼に渡そうとしたその時、ベッドに寝転がったアシュレイがはっきりと視界の中心に捉えられた。


「……早脱ぎ選手権か?」

「……そんなのがあったら優勝確定だなオイ」

「あるぞ」

「マジで?」


 疲れのせいで何のリアクションをとることもできなかった。アシュレイは一糸纏わぬ姿をさらけ出し、恥じらうこともなく大股をおっ広げている。


「あんた、恥ずかしくないのか?」

「慣れた」

「慣れた?」

「慣れた。一応公衆の面前でおっぱい出してまうのは公序良俗に反するから隠してるんやけどな、隠したところで素っ裸に変わりないもん」


 何故服を買ってやらないのか、という視線をクラウザーに向けると、彼はどこか申し訳なさそうに自分の胸をぽんと叩いた。懐が寒いと言いたいらしい。


(これじゃ露出狂一歩手前だな)


 またクラウザーがこちらに目を向け、意図の読めない気色の悪い笑顔を見せた。


「さっき使った通信機捨てちゃったけど、お兄さんに連絡入れなくて良いのかい?」

「連絡したいのは山々だが、アザトスの近くにはジュランがいる。ジュランは俺を殺したがってる張本人だ。端末を使ったら確実に居場所を察知されちまう」


 俺の持っている通信端末も電源を落としたままだったが、さっきのヘリを巡るやりとりを考慮すると、無線通信を使わない限り探知はできないようだ。裏切ったことを隠している以上、ジュラン自身が使える機材もアザトスたちと同様の制限を受けているに違いない。しかしアザトスたちにこの事実を伝えなければ、一方的にやられるばかりだ。が、その方法を何一つ思いつけずにいた。


「この際、直接元老院に出向いてアザトスと合流するのはどうだろう?」

「ならん。君の兄上の部隊に敵がまだ潜んでいると考えるべきだ。我々が出向いた途端に連中は我々にも、君の兄上にも牙を剥くだろう」


「あんたの、その……光の魔法で何か分からないか?」


 クラウザーは無言で首を横に振り、俺は思わず嫌味なため息をついた。全くの手詰まりになり、俺は縋るように辺りを見回し、打つべき手を探し求めたのだが……


(……だめだこりゃ。アシュレイの裸体が気になって仕方がない)


 思い返せば俺の人生で女性と長く関わったのはこれが初めてかもしれない。孤児で男手一人に育てられた俺は母親のような身近な女性さえ知らない。騎士学校を退学したから、彼女どころか女友達さえいない。そんな俺にはこの少女の起伏の乏しい肉体でさえ刺激が強かった。


「……あっ」


 彼女の体をじっと見つめる内に、さっきまで彼女が“どういう状態”だったかを思い出した。


(光の魔法……これだ!)

「なあ、さっきアシュレイに使ってた魔法、俺にも使えるか?」

「む? ……可能だが、露出に目覚めたか?」

「バカ。俺の脳内のイメージ、俺の体に投影してみてくれ」


 “そのイメージ”から俺の意図に気づいたクラウザーは、即座に立ち上がってこちらに両手をかざした。そこから光が溢れ、俺の全身を包んでいく。ほんの少しの眩しくて、暖かい。服の上にもう一枚羽織ったような感覚だ。眩しさが無くなって真っ先に俺は洗面所の鏡に向かった。


(……すごいな)


 俺の姿は、鎧を纏った評議会の騎士になっていた。顔もフルフェイスのヘルメットで完全に覆われている。ただし、手で触れることはできない。鎧の映像を透過し、体に触れてしまう。……こんな偽物でも、騎士の鎧に体を包めたことに子供じみたささやかな喜びを感じてしまう。


「そない格好するくらいなら、透明にでもなった方がええんやないの?」

「おおう!?」


 後ろから突然露出魔が姿を現した。


「バカか。今はCs'W反応を探知するデバイスが俺みたいな傭兵でさえ手に入る時代だぜ? プロの星天騎士が使わないわけがないだろ」

「あそっか。ウチとクーもギルっちにCs'W反応で居場所がバレたんやったね」

「この変装は感知されにくい筈だ。これで騎士に紛れ潜入しようということだな?」


 俺はクラウザーの顔を見て強く頷いた。彼も概ね賛同してくれているようだ。やることは単純に、騎士に変装して元老院での戦いに紛れ、アザトスに裏切り者の正体を密かに伝えるのみだ。

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