第8話 影の予兆(6)

 Gilthero Lanbasch 1994年7月31日 9時40分34秒 孤星天 レイテ市避難命令区画 中央公園


 もとより騎士たちの行動には違和感ばかりが募っていたから、その鬱憤を晴らすべく俺は公園の石畳に無造作に切り捨てられた亡骸をひとつ、足で乱雑に動かしてその奇妙な装備を調べた。本当なら増援が来る前にこんな物騒なところからオサラバしたいのだが、好奇心が走り出して止まらない。全く俺は心理的にも物理的にもブレーキをかけるのが下手くそなやつだ。しかもこんな時に限って騎士様は俺の興味にしっかりと応えてくれる。


(ただ軽装ってだけじゃねぇ。部隊を識別するためのワッペンや隊員証みたいなものも持ってない。もしやあの機械が……)


 騎士たちが共通して持っていた細長い箱状の機械を拾い上げ、サバイバルナイフほどの大きさで、見た目以上の重さを感じて僅かに驚いた。表面のスイッチと思わしき突起を押し込んだり、窪んだ部分を指でなぞっても何の反応も示さない。耳元で振ってみるとカチャカチャと音がした。それなりに中身は詰まっているらしいが、留め金やネジらしきものも表面上には一切ないし、どこかが分離しそうな風体でも、接続コネクタのような部分もありはしない。


(少なくとも俺には面白味の分かり得ないオモチャらしい。ここの騎士たちがみんな持っているとしたら、見てくれ以上に複雑で、重要な物なのかもしれないな)


 一人くらい生かしておくべきだったと俺は好奇心がゲンナリと萎縮するのにあわせて肩を落とした。俺という男はもっと自制心を鍛えなければならないかもしれん。先走りばかりで損をしたことや、ヒドく傷ついた覚えがある。ガキの頃に――――


(――――ん、ガキの頃に特別何かあっただろうか?)

「ギルテロ殿、どうした?」

「えっ?」

「ひどく難しい顔をしていた。何か気がかりでもあったか?」

「あ……いや、すまん。そんじゃ……給料分の仕事は終わりだ。俺は今からフリーランス。あんたらに雇われるとしよう」


 クラウザーは「待ってた」と言ったように頷き、主を迎えに文字通り光の速度でマンションの壁を駆け上がった――――屋上にたどり着いた騎士の姿を見て、俺の中で彼への認識が少しずつズレ始めた。


(走りの技術だけが自慢だったんだがな……あの魔法使いめ……)


 魔法使いは皆、誰彼構わず殺してきたからこそ、明らかに俺よりも強いあの男を特例だというのは筋違いだ。無論今後もスタンスを変えるつもりはない。今のは協力したのではなく利用してやったのだから。


(必ず殺してやる。魔法使いは一人残らず、例外はない)


 問題はそのタイミングだ。暫くは気前よく振る舞うのが良い。奴はたぶん、単純な戦闘力では俺を遥かに凌駕している。邂逅一番の一撃をかわされた時点で、実力の差をまざまざと見せつけられた。正面から闘えば今度は殺される。


「すまない、待たせたな」


 瞬きする間にアシュレイを胸の前で抱えたクラウザーが戻っていた。赤毛の主は目を回し、「うぇあ~」とか喃語のようなうめき声を発している。俺はとりあえず二人の要望に応えて戦闘域からの脱出を目指すことにした。


「ここから北に向けて歩く。モスコームトン宇宙港まで着けばいくらでも船がある。人も多いから情報収集にもうってつけだ。あんたのこと知ってる奴もいるかもな」


 そんな奴に会う前に殺してやるがなと、声に出して浴びせてやりたかった。クラウザーは表情を少しも動かさず、一度頷いて俺の後についてくるだけだった。目の前に牙を剥いた猛獣がいるにも関わらず、悠々と通り過ぎる旅行者のような態度だ。


「私の時代では、モスコームトンは機織りの職人たちが集う街だった」

「ああそうかい。今はあの星空をお船で行ったり来たりする時代だぜ。確かに絹織物は今でもサンドロス製糸工場なんかが有名だが……」


 簡単に受け答えしてしまったが、俺はクラウザーの言葉にしっかりと違和感を覚えていたし、その正体もしっかりと掴んでいた。この男は『私の時代』などと言った。確かに大昔、それこそ三百年くらい前の孤星天はクラウザーのような鎧をまとった騎士が王朝を守っているなんて時代だった。もし奴の言う『時代』がその時のことなのだとすれば、クラウザーは本当に噂の赤い騎士の幽霊なのだろうか……?


(待て、だったらあの小娘はなんだ? クラウザーはともかく、小娘の方はかつての王朝となんの関連性も見あたらないぞ。だとすると……誘拐犯? いや、だとしたらもっと抵抗するとかあるだろうに。だとすると……肉親? には見えないよなぁ……)


 思考を張り巡らせても、クラウザーとアシュレイの接点にかすった気さえしない。余計なことを考えるべきではなかった。コイツはただ殺されるだけの獲物だ。


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