第6話 影の予兆(4)

 Gilthero Lanbasch 1994年7月31日 9時40分34秒 孤星天 レイテ市避難命令区画 中央公園前マンション 屋上


 ライフルを担いでくるべきだったと、長い階段を登り切ってから後悔した。なにせ公園の噴水広場にぞろぞろと集まっている騎士たちは防弾チョッキだけで身を守っているつもりになっているように見えたのだ。ご大層な鎧も、拳銃の一丁さえぶら下げていない。こんなことならゲリラどもの貧相なライフルでも連中の脳みそか、チョッキを貫いて臓物と一緒に地面の汚れに変えることができただろうに。人数もたかが十人。こっちの騎士様が何人か殺してくれたおかげかなと、言葉にはせず感謝する。


「ドレスコードも守れない野郎はさっさと始末だ。あんたらの道案内は俺の仕事が終わってからでいいよな?」

「構わない。どちらにせよ彼らは我が主を……アシュレイ様を狙っている。今ここで数を減らせるなら私たちにとっても好都合だ」

「なんだと?」


 クラウザーの告白で、頭の中に散らばっていた色々な情報が一気に線で繋がった。騎士どもは端から俺たちゲリラなんか眼中に入れてない。狙いがこのちんちくりんの小娘だとすると……。


(いや、バカか俺は)


 例えこの小娘のCs'W量が異常値だったとしても、駐屯兵ならともかく、魔天の騎士団本部からわざわざ宇宙船に乗って“ラフな格好”で始末に来るだろうか。無論、連中は出張ベビーシッターではない。


「どちらかと言うと、その小娘よりあんたの方を狙っているんじゃないか?」

「私の力は弱い。もし君が得た情報通り部隊が合流するなら、私程度を倒すなど容易いだろう」


 随分な弱音を吐いたものだと、俺はクラウザーの態度に拍子抜けしてしまう。その時はまだ、アシュレイの秘めた力など知る由もなかったからだ。クラウザーのことを疑っていた俺は、一つ鎌を掛けてみることにした。


「だったら、あんたのご主人様の力を見せてくれよ」


 そう口にした瞬間、アシュレイの顔からすっと血の気が引き、クラウザーの胸に顔を埋めてしまった。まるで何かから目を逸らすように。クラウザーはぎこちなく彼女の背中を擦り、弁解するような口調で言った。


「この方は……既に二人殺している。咄嗟のことで身を守るためとはいえ、まだ年端もいかぬこのお方には重すぎる経験だ。滅多なことで力を使わせたくない」

「信じられねぇな」

「結構だ。代わりに私が君を助太刀しよう。あの数なら君と私で力を合わせれば対処は容易だろう。合流される前に片づけるべきだ」


 全くぐうの音も出ないド正論だと、俺は思わず口を尖らせ、拗ねたように適当に肯定した。


「さてギルテロ殿、どう攻める?」

「連中がピクニックしてる今なら、俺とあんたで一人ずつ、ここから跳んで確実に始末できる。残った八人が混乱してくれたらその時点で二人ずつ」

「残り四人は?」

「各個撃破で。異論は?」

「無い。急ごう」


 アシュレイを物陰に隠れさせ、クラウザーは獲物を構えることもせず、屋上の端に俺と並んで立った。


「あんた武器は?」

「今出すと居場所を突き止められる。そうなっては奇襲も看破されてしまうぞ」

「そうかい」


 俺の武器はいつも通りだ。ナイフと、ハンドガンさえあればいい。クラウザーがどこまで強いかその時点では把握できていなかったが、無能なんてことはないと俺は考えていた。ひょっとしたら俺の出る幕が全て持っていかれてしまうのではないかなんて、子供じみた不安さえ覚えるほどだ。深呼吸して雑念を払い、合図をする。


「――――いくぞ」


 俺たちは揃って屋上から飛び降り、壁を“駆け下りた”。凧糸一本さえ使わず、コンクリートの壁を疾走し、途中で両足に力を込め、広場でくつろぐ騎士の頭頂めがけてダイビングのように飛び出した。一陣の風となって、しかし音もなく、そして正確に首を切り裂き、未だ死に気づかない騎士の体を踏み台にして、やっとこちらを視認した別の騎士に飛びかかる。


 同じようにクラウザーも一人目の上半身を流星の如き蹴りの一撃で吹き飛ばし、着地と同時に虚空を両手で掴む。その手がピカっと光ったと思った直後には、彼の手には身の丈程もある槍のような武器が握られていた。両端に刃を持ち、中央にトンファーのような持ち手のある見たこともない形の槍だ。


「何だ……ウッ!?」


 最初に声を上げた騎士は俺が二人目の騎士を始末すると同時に投げナイフを眉間に食らって沈黙した。もう一本投げたが、異常を察知され僅かに回避する余裕を与えてしまった。だが、クラウザーが間髪入れず、まさに光速の如く距離を詰め、手にした槍でその騎士と近くにいたもう一人をまとめて輪切りにした。これであと四人。


「こちらOーアルファ! 合流地点に至急応援を頼む! 赤い騎士だ!」


 流石に騎士様は冷静だ。無理に闘うことよりも後に託す道を選ぶとは、任務に忠実な軍人の鑑だ。だが俺の前でお前らは有能か無能かなんて関係ない。標的は常に狩られる野生動物に過ぎないのだから。


「グフっ!!」


 ナイフを顔面に喰らい、騎士は通信機をその手から落とした。あと三人。


「クソっ! 我々がたった二人にこの短時間で……!!」

「落ち着け!! なんとしてでも本隊と合流するのだ!! 覚醒機使用を許可する!!」


 生き残った騎士たちが同時に“細長い箱状の機械”を取り出し、天高く掲げた。無論、そんな怪しい動きを見せた時点で阻止するのが普通だ。俺はナイフを新たに三本、既に投げる直前の姿勢だったが――――


「ぎゃあああ!!!!」

「……おお、やるゥ」


 クラウザーが真横から三人まとめて串刺しにした。


「ぐっ……お前らなど……必ず……アザトス隊長が……!!」

「あーもう! ひと思いに殺してやれよ!」


 苦しみながら呪詛を唱える三人がいたたまれなくなり、俺は取り出したナイフを投げてきっちりトドメをさした。絶命した騎士の手から、例の箱型の機械がこぼれ落ちる。


「見事なナイフの腕だな」

「伊達に仕事をこなしちゃいねーよ。それに、不本意だがあんたにかなり助けられた」

「不要だったか?」

「…………ああ、俺一人で十分だったね」


 見え透いた強がりだ。クラウザーもそれを分かっていて「フッ」と、軽く笑うだけだった。

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