第14話空手技

 「ふーっ終わったぜい。」

「お疲れー!」

部員たちは口々に歓喜の声を上げながら廊下を進んだ。控室へ楽器を置きに行くのだ。

「みんな、よくやったわ。完璧だったわよ!」

桜田先生からもお褒めの言葉をいただいた。

「沢口先生がいなかったのは残念だったけどね。」

そして、そう付け加えた。

 それぞれ楽器をしまい、また客席の割り当てられた席に座った。そして閉会式まで参加して、終わったら係の生徒は片付けである。楽器は先生の車で学校へ運ばれる。先生方と楽器は先に車で学校へ出発した。吹奏楽部のメンバーは、自分の学校の車を見送るだけでなく、一応誘導係なので、他の学校の車も見送った。相変わらず外は寒かった。他の学校の生徒たちは会場の片付けやらなにやら、それぞれわらわらしていた。

 車がなくなったので、控室へ戻った。そこは大きな会議室で、大ホールの上にある。そこへ行くと、女子が近づいてきた。あの、港中央学園の2年生である。和馬たちがそれぞれ自分の荷物のところへ行くと、その女子は朴のそばへきてピタッと止まった。

「朴くん、あの、私と付き合ってください!」

凌駕高校の朴以外の5人はぎょっとして朴の方を振り返った。この女子、かなりの美女である。朴がどうするのか、みな今度は朴に注目。しかし朴は思った以上に落ち着いた様子で、

「ごめんなさい。今は女の子と付き合うつもりがないので。」

と言った。

「え?もしかして男子が好きなの?」

その女子は当然そう聞いてきた。

「そういうわけじゃないけど。」

「私じゃだめなの?」

朴を見上げる目は、みるみる内に潤んできた。さすがに朴も慌てる。慌ててポケットを探り、ハンカチを出したものの、これは楽器から出る唾液をさんざん吸い取った後のハンカチだと思い出し、引っ込めた。

 そこへ、港中央学園の男子が集団で近づいてきた。代表して3人が前へ出る。

「おいお前。うちの女子を泣かせてんじゃねえぞ、こら。」

「え?いや、その、泣かせたわけじゃ。」

朴が言うと、

「泣いてんじゃねえかよ!」

と、一人の男子が朴の胸倉を掴んだ。いや、学ランなので掴みにくいのだが、ボタンを引きちぎらんばかりに合わせ目を掴んできた。

 が、朴はその手をパンと叩き、腕を相手の背中に回し、ねじり上げた。

「うわっ!いててて!」

朴はすぐに手を離した。泣いていた女子は、泣くのも忘れてびっくりしてその様子に見入った。港中央の男子たちは、今度は大勢で近づいてきた。朴と、そして佐々木も朴と並んで構えた。あまり事情の知らない林田先輩も和馬や角谷を守るような形で前へ立って構えた。そう、この3人が武道経験者である。そして、林田先輩と並んで遠野先輩も立った。この人は体が大きいので構えなくても仁王立ちで十分である。

「うちの、うちのマドンナを泣かせるなんて、上等だ!」

と言って朴に殴りかかってきた男子がいた。朴は、殴りかかってきた手を片手でパンとはじき、体を横にずらし、相手の背中を押して床に倒した。続いて佐々木に向かって殴りかかってきた男子がいたが、

「やめなさーい!」

と、どこかの先生が話を聞いて駆けつけてきたので、その男子は動きを止めた。港中央学園の生徒たちはささーっと引いて行った。一人の男子が朴に告白した女子の肩に手を置いて促した。女子は促されるまま歩き出したが、

「朴君!私諦めないから!」

と言った。港中央学園の生徒たちが完全に引いた後、佐々木はふーっと息を吐いた。

「やっべえ、俺はヒョンスみたいに上手くかわせるかどうか、分かんなかったから。」

と、苦笑いした。

「しかしあの女子、かなりレベル高くないか?本当に断っちゃってよかったのかよ?」

遠野先輩が朴に言った。

「そうだよ、付き合ってみればいいのに。」

角谷も言う。すると朴は、

「女子は苦手なんで。面倒だし。だから男子校に来たんだから。」

と言った。

「面倒くさいほどモテてたわけね、今まで。」

和馬はくさった。

「それに、あの涙は嘘だな。べつに俺の事が本当に好きなわけじゃないと思うし。」

朴、意外と大人な事を言う。

「好きじゃないってどういうこと?」

まだまだ奥手の和馬はきょとんとして聞いた。

「自分に自信のある女子は、見てくれの良い男を彼氏しておきたいのさ。ステータスがどうのって?人として好きなんじゃなくて、お飾りっていうの?おしゃれアイテム、みたいな。」

朴は冷めた目でそう言った。

「ヒョンスって、もしかして女嫌いなのか?」

和馬が聞くと、朴は今までのシリアスな顔からまたいつものさわやかな笑顔に戻って、

「そういうわけじゃないよ。ただ、あまり女を信じてないだけさ。」

と言った。

「大人だなあ。」

佐々木が腕組みして言った。

しかし、あの女子は諦めないと言っていた。朴の空手技を見て、本当に惚れてしまったかもしれない。それか、ますますステータスとやらの為に朴を欲しがるのかも。まだまだ何かが起こる予感のする6人だった。

 そして、さらっと朴が自分の事を「見てくれの良い男」だと言ったことは、誰も気づかなかったのである。男子校にいると周りも気づかないし、本人も気づいていないように思えたのだが、朴はさんざん思い知らされてきた過去があったようだ。自分が見てくれの良い男だという事を。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る