第13話本番
さあ、いよいよ演奏会本番である。稜賀高校の1年は搬入の車を誘導する係なので、始まる前から駐車場に立った。道路にはまだ雪が残る。風が吹けば手がかじかむ。
「うう、さみい。」
和馬が震え声でつぶやく。
「手袋しててもかじかむな。」
角谷もバタバタしながら言った。少しでも寒くないように、足踏みしているのである。車が来ると一応誘導するものの、居ても居なくてもあまり変わらない役回りだった。
「これ、ただ寒いだけじゃね?」
佐々木が悪態をつく。
やっと時間になり、建物の中に入ることができた。
「はあ、生き返った。」
朴が大げさにため息をついた。
「きゃあ!」
少し遠くで女子の悲鳴が聞こえた。見ると数人の女子たちがこちらを見て騒いでいる。
「ああ、そうだった。ヒョンスは女子にモテモテなんだっけ。」
角谷が面白そうにそう言った。
「本当にそうなのか?」
和馬がそう言うと、朴は、
「違うだろ。俺じゃないよ、きっと。」
と、余裕の笑みを浮かべていた。
「いや、ヒョンスだよ。ほら、あっちからも来たぞ。」
佐々木が反対側の女子たちの方をそれとなくあごで差した。他の学校の女子たちがこそこそこっちを見て話していた。
「さ、席に行こうぜ。」
角谷がそう言ったので、4人は割り当てられた客席の場所へ移動した。ホールの客席は更に暖かかった。手がしびれるような感じがして、むしろ熱くなっている。
「指、ちゃんと動いてくれよー。」
和馬は自分の指に向かってそう言った。緊張してもちゃんと動いてくれ、と。
一般のお客も入って、開会式が始まった。ドアガールやドアボーイ、ステージに椅子を並べたり片付けたり、ティンパニなどの楽器を搬入したり撤収したりする舞台係もそれぞれ働いていた。すべて学生が取り仕切って演奏会が催されている。
最初の団体は吹奏楽部、次は合唱部、次はギター部で、また吹奏楽部、と様々なジャンルの演奏が披露された。中高一貫校が多く、コンクールにはあまり出ていない学校も多いが、レベルは高い。
「そろそろ行くか。」
曲と曲の合間に、遠野先輩がそう言って、稜賀高校のメンバーは舞台袖へと移動した。あと2団体で出番だった。先生方は別の場所に座っていたが、ほぼ同時に移動した。稜賀高校の前に演奏するのは、近隣のお坊ちゃん学校のヴァイオリン部だった。待機場所は広いが、8人はそこでうろうろしながら演奏の事を考えていた。桜田先生は指揮棒を小さく動かしながら行ったり来たりしている。
そして、ヴァイオリンの演奏が終わった。舞台係が凌駕高校の為にティンパニやドラムセットを搬入し、椅子を必要個数分並べてくれた。ここで、他の学校では見られないことだが、角谷はステージへ出て行って、ドラムセットの隣にティンパニを引っ張って行き、すぐそばに並べた。ドラムセットの椅子に腰かけてみて、手の届く範囲を確認し、またティンパニを動かす。括り付けた様々なパーツを確認し、また舞台袖へ引っ込んだ。
「どうだ?大丈夫か?」
「おう。」
佐々木と角谷が言葉を交わした。
客席では、ある夫婦が自分たちの娘の演奏が終わったので、帰ろうかという相談をしていた。そこで夫が、
「稜賀高校の演奏を聴いてから帰ろう。」
と言った。
「好きなの?」
妻が不思議そうに聞く。
「いや、8人で演奏する吹奏楽がどんなものか、聴いてみたいと思って。」
プログラムを差して夫が言う。
「あら、ほんとね。」
2人は次の演奏を聴いてから帰ろうということになったようだった。
さあ、いよいよ凌駕高校吹奏楽部の番だ。アナウンスが流れ、客席が静まる。遠藤先生と6人の部員たちはステージへ出て、自分の席へ座った。そして、曲目の紹介があり、桜田先生が出て行って、客席へ向かってお辞儀をした。拍手が沸き起こる。
桜田先生が指揮を構える。そして、振り下ろす。曲が始まった。始めは元気に、そして次は穏やかに。角谷はグロッケンやタンバリン、ティンパニを次々と繰り出す。その他の楽器も一人ずつ吹くところも多いが、練習通りにできた。そして最後はまた元気に。角谷はティンパニとドラムと両方を片手ずつで叩きながらシンバルやバスドラムも鳴らし、時々シャララランとウィンドチャイムも入れる。
パンと音が終わった。一瞬の間があり、次に大きな拍手が沸き起こる。客席では、
「すごい、たった7人でオーケストラみたいだったね!」
「パーカッションの子、すごいねー!」
などと声が上がった。
桜田先生がお辞儀をして退場し、その後他のメンバーが立ち上がった。朴が立ち上がるとニョキっと一人頭が出る。
「あのフルートの人、あんなに背が高かったんだ。」
「足長っ!」
と、客席にいる他校の生徒たちから小声で歓声が上がる。
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