第9話ファーストネーム
3学期が始まった。寒い上に、インフルエンザも流行している。吹奏楽部は、いよいよ本番まで大詰め。3学期は毎日朝練をすることになった。アルトサックスの遠藤先生と、ユーホニウムの沢口先生も一緒に朝練に参加していた。
「あー、寒い寒い。」
吹奏楽部のメンバーは、そう言いながら音楽室を出て、教室へ向かった。先輩たちと別れ、朴とも別れ、和馬と角谷、佐々木は1-1と1-2が並ぶ廊下へと向かった。朝は特に寒い。他のクラスメートはほとんどが教室に来ていた。
「あ、佐々木おはよう!」
1-2の入り口には山本が立っていて、満面の笑みで佐々木を迎えた。
「おう、おはよ。」
佐々木もにこっとして挨拶した。山本はちらっと和馬を見た。和馬はそれをつい意識してしまい、佐々木に何も言わずに1-1の教室に入ってしまった。いつもなら「じゃあな」などと言って別れるのに。
山本は、席に着く佐々木について行って自分も佐々木の前の席に座った。周りにはまだ人が座っていなかった。
「ねえ、あのさ、俺も誠って呼んでもいい?」
「えっ?ああ、いいよ。」
佐々木はちょっと顔を引きつらせて言った。
「そんで、俺の事は瑞樹(みずき)って呼んでよ。」
「瑞樹?お前みずきって言うのか。ふうん。」
「なんだよ、知らなかったのかよー。」
山本はそう言いながらもにこにこ顔のままだった。佐々木の「ふうん。」に良い響きを感じたに違いない。たとえば「いい名前だな」の言葉を飲み込んでの「ふうん」だった、とか。
「瑞樹、これ。」
後ろから言われて、山本は飛び上がるほど驚いた。小テストの答案を、後ろから集めるという作業中だったので、声をかけられることはわかっていたはずなのに。顔が赤くなっている気がして、佐々木の顔を見る事が出来ず、顔を上げずに答案を受け取る。前へ回したら、思わず顔を両手で覆った。
放課後、和馬はまた1-2を覗いた。やっぱり佐々木と山本は立ったまましゃべっている。佐々木は和馬の姿を見ると、こっちへ歩いてきた。
「じゃあな、瑞樹。」
「バイバイ、誠。」
嬉しそうな山本の顔。
「誠、いつの間にお前らは下の名前で呼び合う仲になったわけ?」
「今朝から。瑞樹っていい名前だよな。」
「だからって、お前。」
和馬はそう言いかけたけれど、後が続かなかった。べつに、2人が名前で呼び合っても何も不都合はない。またやきもちだとか言われたらかなわない。だが、もやもやとした気持ちがあって、落ち着かない。何となく悔しい。いや、不安?もやもやが何なのか、和馬には分からなかった。
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