内在ピグマリオン
「う~ん……おっかしいな―」
いろいろあった摩訶不思議な夜から数日が経ち、僕は予定されていた骨折部位の検査に赴いていた。で、たぶん調べるべきことを全て終えたらしい鞘真がそんなことを漏らして唸りながら、傍らのマッチョさんと顔を見合わせる。
「どうなんだ?」
当然そんな反応をされると、当の僕としてはそう聞かぬわけにはいかないわけで。
「どうというかなんというか……」
未だ当惑を隠さない鞘真だったが、暫時の間を置いてしどろもどろに開口した。
「一言で言うと治ってるんだけど、これはもう治癒の『治る』というより物品の『直る』に近いわけで、それはもはや健全ではなく異常なわけで……」
「治っているのか?」
試しにギプスの外れた腕を軽く振ってみる。すると思い通りに回ったし、痛くもなかった。
「おお!」
自分でも驚きだ。告げられていた治癒最速期間を上回れるとは。
「足のほうは……ッ!!」
腰を落ち着かせていたイスから立ち上がろうとして右足に力を入れると同時、超特急の痛みが上がってくる。
「調子に乗るんじゃないよ。治ったのは腕だけ。下は全然さ」
残念……。まだ健全な頃のように、両足で地を踏み締め蹴り上げることは叶わぬらしい。とはいえ、大きな進歩であることに疑いの余地はない、はずなのだが。鞘真の言葉が気になった。
「それで、僕のどこが”異常”なんだ?」
いつかも前置いたが、無論成績だけで捉えれば”普通の高校生”である僕に医学的知識があるはずもない。けれど素人考えで物を言わせてもらえば、想定期間の二週間程度回復が早まるなんてありえそうなものだ。それに仮に普通でないとして、なにも”異常”なんて単語を引っ張ってくるほど奇異される所以(いわれ)はないだろうに。
「ええっと、だね。いまいちちゃんと伝わってないようだから言っておくと、『うまくいけば一ヶ月くらいで退院できる』っていうのは、決して一ヶ月で怪我が完治するってわけじゃないんだよね」
「また僕を騙したのか? このペテン師が」
「いやいやそうじゃなくて。一郎くんが望むなら、病院としては最低限日常生活に支障をきたさないレベルまで骨が繋がったら退院してもべつに構いませんよ―っていう、いわば選択肢の一つを提示したに過ぎないわけ。その場合長いリハビリを自宅でやってもらうことになるんだけど──」
「簡潔に」
「つまりおまえは、リハビリを始める前からもう既に完治しちまってるんだよ。本当はもっと複雑な話だが、例えるなら二つにポッキリ折れていた骨が、ある日突然磁石を引き合わせたように繋がったみたいな。無論ありえないことだ」
なるほど、僕の骨は磁石だったのか。なんてくだらない冗談は口にしないでおこう。ありえないことでも現実問題ありえている。僕にはそれで十分だ。
でも……いやもちろん嬉しいことではあるんだけど、これだと──。
「……まじなわれてしまったな」
──マジカル天使美咲ちゃん。絶対調子に乗られるな、こりゃ。美女がなんだと宣っていたが……。まあいいさ。なぜならあれは一夜の幻想。白昼夢。以降の北条はビックリするくらいにいつもの北条だったから、僕はそう思うようにしている。僕だけうだうだ気にしているなんて、なんだか悔しいもの。
話を戻す。だからもしあいつが鼻を高くしていたら、僕は胸を張って『自然治癒だ』と言って反抗してやることに今決めた。
「車イス生活も今日で終わり、でいいんだよな?」
なにやら神妙な面持ちで話している二人に問う。
「まあ、そうなるかな。べつに嫌なら、まだその器具に甘えてもいいんだけど」
先に注意をこちらに戻し、答えたのは鞘真の方だった。
「冗談。これからは松葉杖で院内をうろつくつもりだ。身近な奇跡の一つでもまざまざと見せてやらないと、死にたガ―ルは死にたガ―ルから変わらないだろうから」
「私から見りゃ、かなり翠は変わったがね」
「だったら『かなり』じゃ足りないってことさ」
“とてつもなく”とか”めちゃくちゃ”とか”マックスギガント”変わってもらわないと。
「てなわけで頼むよ。たぶん最後の後押しを」
「……へいへい」
マッチョさんの見た目にそぐわぬ丁寧な看護とも、これからは縁遠くなるわけだ。ちょっと寂しいな、なんて微塵も毛ほども塵ほども思わないけれど。
†
取っ手を掴み、乳白色の扉をスライド。
「ただいま」
些細な用事だろうがなんだろうが彼女を残して病室を出た帰りには、いつの間にか必ず言うようになった挨拶と一緒に305号室へと戻ってくる。それをいつもはちょっぴり恥ずかしい『おかえりなさい』が迎えてくれていた。が、今日は少し違うらしい。ベッドの上にちょこんと座った彼女の意識は、ずっと窓の向こうに放られたままだった。
「…………?」
ま―た懲りもせずにベタな悲観に浸っているのか。そう思って軽くため息を吐きかけたところで、気づいた。気づいた……というと微々たる語弊に繋がるか。枕詞に”漠然と”を加えるか、もしくは”感じた”、あるいはいっそ”邪推した”と表現したほうがいいのかもしれないけれど。
──なんか、同じく過去に”そうあった”事例と比較しても、元気がないな―って。理由は憂いを孕んだ表情か、それとも黄昏た感情が滲んだせいか。なんにせよ、聞こえなかったならもう一度声にして聴かせるだけのこと。僕は早速完治した腕を使い、己の力だけで車輪を回して彼女と僕のベッドの間へ。そして呟くように会話の種を植える。
「──冬だね」
首が回り、なにかを見ているようできっとなにも見ていなかった瞳が僕を映す。そしてようやく、彼女は認知した。
「あっ、おかえりなさい一郎さん。ニコリ」
「ただいま。また、散っていく色を落とした葉を見ながら、自分の運命と重ねていたのかい?」
一拍の間を挟み。
「どうなんでしょう? 恥ずかしながら、私にもよくわかりません。ただ……」
「ただ?」
死にたガ―ルは口を開きかけ、しかし口下手を自称する自分が言葉で伝えるより実際に見せたほうが早いと悟ったのか、僕にこう命じる。
「一郎さんも窓から外──広い駐車場の真ん中辺りを覗いてみてください」
「嫌だ」
「ショボン……」
「やれやれ、相も変わらずおまえは」
「はいはい、悪かったよ。どれどれ」
移動し、言われた通り鼻から上を窓に映して見下ろした先には──一本の木。すっかり裸になって痩せた枯れ木が、向かい合って停められた車と車の間に申し訳程度設けられた円の庭に立っていた。
「私が勤めるよりも前からこの病院に植えられていた古株さね。駐車するのに邪魔だなんて声も当然あるが、なんだかんだで伐採も移植もまだなのさ」
と、マッチョさん。
「ふ~ん。で、あの一糸纏わぬ木がなんなんだい?」
「よお―く目を凝らして見てください。クッキリ」
死にたガ―ルは二つの目に丸くした二つの手を宛がって、一つの望遠鏡を模す。
「よお―く、ねぇ……」
戯れに、同じことをやってみた。すると、おかげでってことはないだろうけど、自分の言っていることが間違いであることを知った。
「──なるほど。かろうじて一糸は纏っているわけか」
決して三階の病室から近いわけではないからぼんやりとだけど、僅か一枚、寒風に吹かれながら、しかし懸命に飛ばされまいと枝にしがみついている葉が確認できる。例えるなら…………やめておこう、かろうじて一糸を纏っているものの比喩なんて。
「あれを見てたのかい?」
「はい、たぶん」
「たぶん、か」
つまりぼうっとしてたわけね。
「……一郎さん。博識な一郎さんに、一つ聞いてもよろしいでしょうか?」
「嫌味かい?」
首がブンブン横に振られる。嫌味なのはどっちやら。
「いいよ、なんだい?」
促すと、一瞬嬉しそうに顔を綻ばせて、それから。彼女はその問いを僕に投げた。
「落ちない葉っぱはありません。例に漏れず、きっとあの葉っぱもいつかは落ちると思います。なら、落ちないようにと頑張ることは果たして正しいのでしょうか?」
なんだかナゾナゾみたいだな、なんて脳内で一笑しておく。
「答えるより先に問い返すが、キミはどう思っているんだい?」
「私は……必ずしも正しくはないと思います。頑張ることは確かに素敵ですが、頑張るしかないのは、なんだかとても悲しいです」
死にたガ―ルにしては穿った考え方。存外……でもないか。
「マッ……リスさんは?」
「あんだって?」
「アリスさんは?」
「私ゃ正しいと思うがね。落ちてもいないのに落ちることを思うなんて、なんだかバカらしいじゃないか。落ちたときのことは落ちた後か、自分以外に考えさせりゃいいんだよ」
こっちはこっちで、なかなか達観した意見だ。意外……なはずもないか。
「で、あまのじゃく。おまえはどうなんだい?」
僕、か。僕……。僕こと速水 一郎はたしかにあまのじゃくである。だが僕という存在そのものがあまのじゃくなわけではじつはない。同時にあまのじゃくが即ち僕ではない。でも僕は前述の通りあまのじゃくである。だから答えるとしたらこうなる。
「僕は二人どちらも甚だ正しくて、甚だどちらも間違っていると思うよ」
反抗であり服従。否定であり肯定。ただし真理はそこにないと考える。
「結論から言うと、この問いに普遍的な一つの答えで比類なき完璧な正解とすることはきっとできない。だから往生を願うのも今にしがみつくのも、”答え”とするのは正しい。”正解”とするのは間違いだ」
「ああ、その理屈を私は暫定的に認めるよ。だが一郎、仮におまえが語った考え方が真理だとして、それは答えとしては幾分不適切なんじゃないかい? 翠は間違っているかどうかを聞いたんだ。それに対しての『間違ってもいないし正解でもない』なんて返しを『答えた』とは言えないね」
なかなかどうしてこうも僕に負けず劣らずマッチョさんの口が回るのは、たぶんそれだけ自分の価値観をしっかり固めているからなんだろうな。
「不条理な二択か。でも僕は最善以外を答えたくないからな。となると…………わかった。少し論点を変えて”答え”ようか」
車輪を回し、僕は元いたベッドの狭間まで戻ってから続ける。
「先の問答に答えることは難しい。だが死にたガ―ル──キミがあの、いつ風に飛ばされるかも知れない葉っぱと自分を重ねているのなら、それはとてつもなく大きな間違いだ」
答えた。もしそれが世界の理的に間違いなら、強引に正解へと塗り替える。
「だってキミには僕がいる。僕がいる限り、キミには生きてもらう。いわば『そういう運命』だ」
「例えそれを望んでいなくても、ですか?」
「ッ……」
つもりだったのに──どうしてだろう? 言葉が出てこなかった。前なら堂々『ああそうさ』と宣えたはずなのに。沈黙。尋ねられた僕が口を開かないのだから、自然とそうなる。そんな時間が暫し流れ、はたと我に返ったかのように死にたガ―ルは慌てて訂正した。
「あっ、ごめんなさい。ペコリ。べつにこんなお話をしたかったわけじゃないんです。ただ少し……夢を見ていたものですから」
「夢?」
「はい。ですがやっぱりもうちょっと考えて、それでも答えがわからなかったらもう一度お二人に聞くことにします」
「……そっか。なら僕も、今はまだ聞かないでおくよ」
『ただ生きたいと願えばいい』。昔ってほど昔じゃない過去に、僕はそう言った。だけどそれってじつは本当のところ────酷く残酷な要求だったりするのかもしれない。
「どうした一郎? 柄にもなく素直に黙り込んで」
「いや、べつに」
「人は取り立てて話す必要のないことばかり話したがるもんさ」
マッチョさんは得意気な顔をして言う。つまり逆の場合だと今の僕みたいになるってか。
「ちょうどいい。気分転換も兼ねて、軽く歩く練習といくかい?」
えらく急だな。そんな茶化しは流されて。
「翠、おまえもいくかい? こんなしみったれたところにずっといるから、そんなことを考えちまうのさ」
杖を僕に渡しながら、マッチョさんは死にたガ―ルを誘う。それを病院関係者が言うのもどうかと思うが。
「いいですね、散歩! ワクワク」
なにはさておき、当人はノリノリである。僕は正直部屋に残って反省の続きに没頭していたかったのだが、既に外野の盛り上がりが『行く』以外の選択肢を残してくれていない。加えてマッチョさんから、一応ちゃんと杖を使って歩けるか確かめておかなければいけないという仕事上の理由まで述べられた以上、逆らえばことだ。そんなわけで仕方なく、僕は両脇に杖を挟んで車イスから立ち上がった。
「い、いつの間に手が自由に!?」
……今更すぎるよ、死にたガ―ル。
†
──場所は変わって一階ロビ―。進めることには進めるのだが、北条ダッシュの爽快さを経験しているだけに、どうにも移動が遅いのが気にかかる。と、そんなふうに若干やきもきしていたところで、マッチョさんが死にたガ―ルに言った。
「そうだ翠。悪いがこれでスポ―ツドリンクでも買ってきてくれ」
ポケットから投げられた百円が二枚、小さな手のひらに納まる。数秒悩んでいた彼女だったが、やがて意を決して顔を引き締め答えた。
「いってきます! ビシッ」
彼女を知らないやつからしたらなにを大袈裟に、と思うことだろう。だけど僕は知っている。彼女にとってたかが商品を買うことが──自ら人と関わることが、受け入れてもらおうとすることが、それだけの勇気を必要とすることを。そして死にたガ―ルは踏み出した。つまりはそういうこと。で、マッチョさんは売店近くのウッドベンチにドサリと腰を落とし、僕は一々座ったり立ち上がったりが面倒くさそうだったので立ったまま。おもむろに切り出したのはマッチョさんだった。
「ホントにあの子は変わったよ」
「ああ」
時が逆流したかのように錯覚させる話題を前置き、言う。
「それで……さっきなにを考えていた? 一郎」
とりあえずなにかしらを言い返そうとして、しかしその先をいかれた。
「いや、いい。見え透いたことだ。どうせ今頃になって、自分の軽薄さに疑念を持ち始めたんだろう」
……時々、まさかこの人は透視眼でももっているんじゃないかと勘繰りたくなる。
「気づいていたさ。自分の行動が軽薄で世間知らずで命を冒涜していることくらい。でもそんなのは本当に至極どうでもよかった。”常識”とか”一般的”だなんて考えは、それこそ絶好の反抗対象だから」
「おまえの記念すべき入院初日の夜にも似たようなことを話したな。なら、なぜ今また迷う?」
文末に、形式を維持するため連れてこられた気持ちばかりの小さなクエスチョンマ―ク。本当にわからないのか疑問である。まあ答えるけど。
「ゲ―ムに勝ちさえすればいいと思っていた。彼女が生を望むことで、生きることで、結果事は幸せな方向に向かうと思っていたんだ。でも──」
「翠の言葉を耳にして、はたして本当にあいつを死なせないことがあいつにとっての幸せか──正解かわからなくなった」
やっぱりバレていた。
「ったく。おまえはあまのじゃくのくせに、時々愚直だねぇ」
けっこう真面目に悩んでいた僕を、その悩みごと、マッチョさんは軽く笑いとばした。
「そんなことを考えちまったら、きっとおまえの行動は私に似てきちまうだろうが。だから──考えるな」
「彼女にとっての幸せがなにかについて、考えるなと?」
「ああそうだ。あいつの幸せはあいつが決めればいいこと。逆を言えばなにが幸せかなんて、あいつにしか決められない。だからおまえは無鉄砲なおまえにしかできないことを翠(あいつ)にしてやれ。そうして、いっそ私さえ否定できたら上出来だ」
──一人の運命を委ねている時点で、既に一敗しているがな。話がそう締め括られると同時、おそらく考え込んでいた僕のために用意されたのであろう説教タイムが終わりを告げる。
「買えましたァ―!! ワクワク」
それはそれは嬉しそうに一本のペットボトルを掲げてこちらに見せながら、死にたガ―ルが早足で店から出てきた。
「あっ、これお釣りです」
「ありがとよ」
そんな会話の最中に、小さな銀貨とスポ―ツドリンクが、死にたガ―ルの小さな手からマッチョさんのごつい手へと渡る。その、いわばテンプレ―トなやりとりを見届けて。
「──なら、散歩に戻ろうか」
僕は一番最初に”それ”を切り出した。マッチョさんの皮肉めいた微笑がちょっぴり悔しかったけど。
「せっかくだ。古株でも見に行くとしよう」
「こら。車の出入りもあるんだ。まだ外は──」
「あなたがいればも―まんたいだよ」
「待ってください一郎さん。頑張った私を誉めてくれると嬉しいです。ニコニコ」
「凄い凄い」
「えっへへ……」
──考えるな、か。唐変木(とうへんぼく)に反論しようかとも思ったけど、考えないことを考えてみれば、なるほど納得だ。
不謹慎──知っている。
答え──知らない。
幸せ──ああわからないとも。
過去に行ったことが過ちだとして、いくら善行を重ねようとその過ちが消えるはずもない。一回きりの人生ゲ―ムならなおのこと。北条は、それでも咎を背負って善進することに決めた。マッチョさんは咎を背負う気構えで前進している。なら僕は──?
──僕はもう考えても始まらないことを考えない。意地でも咎を背負わない覚悟で前を向いていてやるさ。過去を否定しないことで未来を肯定してやる。
だから”その日”が来たら────。
「……」
倒錯する生死の迷いから抜けて、揺るぎない答えをぶつけてくれよ?死にたガ―ル。
†
────枯れ木。いざ同じ高さに立ってみると想像より大きかった。もはや名前すら忘れたやせ型の友人をぼんやり思い出す。
出会いは見下すことから始まったのに、僅か十数分で今度はこちらが見上げている現実がなぜだか笑える。遠近法云々もあっただろうが、少し驚いた。病院二階分くらいはあるんじゃないだろうか? それでも病院はその高さの四倍あるけれど。
「さっ、もういいだろう。帰るよ」
なぜだかマッチョさんは焦っていた。同じ内容を早三度口にしている。
「車も全然来てないし、大丈夫だろ。それに見ておきたいんだ。しがみついた”最期”の一枚を」
「あっ、同感です」
死にたガ―ルが、木の真下で見上げる僕の方へ揚々と歩いてくる。
「翠はダメだ」
「はわっ! ビックリ」」
その進行を、華奢な腕に自らの腕(ぶき)を乗せてマッチョさんが妨げた。
「どうして私はダメなんですか? 私も見たいです……」
「ほ、ほら、あれだよ。こういうのは遠目で見るからいいのさ」
「近くで見るともっといいかもしれません」
「寄れば寄るほど醜く映るのが物の道理さね」
「寄らなければ映らない綺麗もあると思います」
「……あんた、なんだか一郎に似てきたね」
「じつにいいことだ。なんて戯れ言は置いておくとして」
────ふぅん、そういうことね。
「アリスさんの言う通り、キミはそこから眺めているといい」
僕は”人為的”工夫を発見した。だからこそ、どう動くかは決まっていた。冬の凍えた風に吹かれる、色を落とした葉がたったの一枚。握っただけで折れてしまいそうな細い枝の中腹でその身を揺らしていた。──茎をガムテ―プで止められて。
「葉っぱはどこですか―?」
僕にまで制されて、理由も悟れぬまま仕方なく木へ近づくことを諦めた死にたガ―ルは、しかし探索自体をやめようとはしない。近く──そう、例えば真下くらいから覗かないと、あの枝と同じく茶色に塗られた粘着材には気づかないだろうな。
「アレだよ、アレ」
片方の杖で場所を示しながら、それとなくマッチョさんを見る。そして困惑した表情を見て確信した。
(──やっぱりあんたの仕業だったか)
落ちない葉はない。しかしそれはあくまで自然の理が犯されることなく、生と死を運命的に全(まっと)うした場合のみ。マッチョさんが自然界の条理を歪めてまで願ったことはなんだったのか。想像するのは容易くて、空想するにはあまりに儚い抵抗。
「……葉が落ちない限り、生きていられるとか」
呟き、密かに笑う。
「あっ、ありました、葉っぱ!」
──上出来の反抗、早速してみせようじゃないか。
「て―い!」
僕は葉のついている──否。葉が貼られている枝目掛けて、勢いよく松葉杖を投げつけた。杖は見事脆弱な枝にヒットし、ポキッとな。それを葉ごと地面に落とす。最後の一枚を失い、これで正真正銘、この木は他と同様丸裸だ。
「ガ―ン!?」
そう発した後、これでもかと口を大きく広げて固まってしまった死にたガ―ル。声にこそしないものの、驚きのレベルではマッチョさんも負けてはいないようだ。そんな筋肉と思いやりでできたナ―スに、僕は軽く鼻を鳴らしてドヤ顔を決め込むことで伝えた。
『どうだ、無謀に無鉄砲をやっているだろう?』と。
これからは迷いなく。他人の情を蔑(ないがし)ろにすることを躊躇わない。じつにあまのじゃくらしい運命への抗い方で、救世主たるこの立場を謳歌してやろうじゃないか。
「葉っぱが……葉っぱがァ……」
「実証完了」
嘆く死にたがりに悪辣の微笑み。
「葉は落ちた。だが、キミの命はその身体に未だ繋がれている。これ──夢も覚めるくらいの現実だろ?」
泡沫の悪い夢には邪気なる槌を。
「……一郎さん……」
捻くれ(悪)者にしかできないこともある。どうだ、これが僕なりの────。
「──それで? 病院関係者の目の前で堂々院内における古参の木の枝を折るたァ、いったいどういう了見だい?」
死にたガ―ルにバレないよう逸早く落ちた枝の回収に向かったマッチョさんだったが……あれ? なんだか怒っているような。
「いや、だから反抗を、ね」
「それが迷惑行為の正当化に繋がるとでも?」
「死にたガ―ルへのメッセ―ジ性もあったり……あっ、ついでにそこに転がっている杖を──」
「フン! 自分で捨てたんだ、自分で拾いな」
要求を弾き飛ばし、マッチョさんは死にたガ―ルと病院に戻っていく。心配そうに何度かこちらを振り返っていた彼女も、自ら施した細工をあっさり壊され怒り心頭の熊を止めるには些か役不足だった。
……あれ? 一応僕のリハビリが理由でここを訪れたはずなんだけど。杖、取れないよ? 残された一本じゃ歩けないし、だったらとそれを伸ばしてみたが、届かない。そんな距離。
「……こんな扱われ方、僕のキャラじゃないんだけどな」
呟いた愚痴はたちまちヒュルリラ風に乗り。結局、しばらくの時を僕は冬空の下、なにをするでもなく、なにができるわけでもなく一人で過ごすハメになった。
(そういえば最近、雨──降ってないな)
そんな至極どうでもいいことを思うしかなくなった頃にようやくやって来た見ず知らずの人に救助を求め、なんだかとっても世知辛いと感じたクリスマス一週間と少し前の出来事。
──305号室に帰った後、死にたガ―ルに「アリスさんはなんだか嬉しそうでしたよ」とか言われたけど、とても信じられなかった。自分のベッドに置かれていた飲料を見たとしても────。
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