知ったかぶりの知らんぷり
腕と足の骨を損壊させた日──なんて遠回しな言い方をせず素直に言うと骨折して入院した日。それからおよそ一週間が経過した。折れた部分はなんとなく治っている気がしないでもないけれど、気のせいなのかもしれない。でもまあ速度はどうであれ、さすがに回復してないってことはないだろう。仮にも治療を受けている身だし。
と、なぜそんなことを考えてみたかというと早い話、今その診察を待っているからである。
「一郎」
野太い声で僕の名前が呼ばれた。マッチョさん後押しの下、僕は診察室に入る。で、室内にいた眼鏡がよく似合う白衣の、まあイケメンと言っておいてやらんでもない容姿の医師になんやかんや質問されたり弄くられたりして出た結論。
『うん。これならもしかすると本当に一ヶ月で退院できるかもしれない勢いだね』
言葉のチョイスに妙な感覚を覚えた僕が問いただすと、彼は存外誤魔化すことなく白状した。
「いやね、ほら……何分病室が病室だから。あんまり正直な見積りを白状しちゃうと、すぐまたいつものように『病室を変えてほしい』とか言われると思って。だから上手く事が運べばギプスが外れる時頃を、退院期間として彼女に伝えさせたわけ。ごめんね」
そんな医者としてあるまじきことを言葉の末尾に星マ―クでもつきそうな調子で吐露した彼は、幾分語調を明るくして続けた。
「でもよかった。まさかその後であんな展開になるとは。事の大方は聞いているよ。このまま世界が上手く循環すればいいのにね。死神も仕事をすることなく」
繕った笑顔。偽りの仮面。そんなものを装備していながら、宣う心は残虐で。一気に不快感に包まれた僕が遺憾を言葉にしようと口を開くより先に、彼の発言を咎めたのはマッチョさんだった。
「以前でたらめに反抗されて腹が立っているのは分かりますが、患者の前でそういう話はやめてください。殴りますよ? 鞘真先生」
それは即ち死を意味する。やんわり包んだ殺人予告。
「おおそうだったね。失敬失敬」
本当に悪いと思っているのか。詫びる鞘真の顔には、相変わらず感情を読み取らせない笑みの梱包が施されている。それでも一応謝ったということで。
「おまえもだ、一郎」
戦慄の宣告が僕にも。
「その案を企てたのは鞘真先生じゃない。私だ。尤も、もしその時の私がおまえの性格を今ほど理解していれば、きっともっとべつの方法を選んだだろうがな。だからなにか言いたいことがあるなら、その矛先はこちらに向けろ」
その矛を容易く弾きかねない、全身筋肉の盾で覆っている人がよく言うよ。
「……べつにいい」
普通ならここは患者として抗議すべきところだろうし、それが当然。だけど生憎僕は普通ではない。少なくとも速水 一郎を紹介するならその一文が”僕はどこにでもいる普通の高校生”で始まることはないだろう。そんな捻くれた僕は、格好の反抗対象を抱えた彼女に出会えるという結果をもたらしてくれたその過程に感謝すらしている。だからなにも言うことはない。そしてそれは決してマッチョさんが怖いからではない。ただちょっと、鞘真の物言いにムカついただけなのだ。
「なら、そういうことだ。診察結果はすこぶる良好。また近いうちに呼ぶ。帰っていいぞ」
「と言われても……」
「ああそうだった。一人じゃまともに動けないんだったな。普段あんまり生意気なもんだから、時々おまえの状態を忘れるよ。仕方ない。誰かその辺のナ―スでも掴まえるか」
今それを調べたところ。忘れるはずがないだろうに。嫌味。皮肉。要はそれを言うか言わないか。まったく。よく舌の回る熊だこと。彼女に鮭を取らせたらきっと右に出る者はいない。だからたぶん同様にナ―スもスパッと掴まえてくるのだろう。その水道管みたいなたくましい腕で。
言わない派の僕は心中でそれを留め、その辺にいた北条に部屋まで送ってもらうことに。。そしてそんな話が成立してからおよそ数分。
「はい到着」
「おかえりなさい。ニコリ」
死にたガールがの笑顔が僕を迎えてくれた。
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