第15話

同09:30

共和国多重層防御陣地最深部 地下8階司令部指揮所


「第5防衛線、突破されました!」

「敵騎兵、戦線側面より砲撃!最終ラインの被害甚大!」

 悲痛な叫びがコンクリートに反響する。その部屋の中にいる空軍の司令官は悲壮な顔で切り出した。

「・・・司令、降伏しましょう。我が空軍の戦力は完全に消滅しました。陸軍も同様だと愚考致します。」

「・・・確かに、あなたの言う通りだ。降伏しよう。」

「司令!」

 嫌がる様な調子で、参謀の一人が声を荒げる。

「降伏が嫌な者は逃亡しても自殺しても、抵抗しても構わん。」

 有無を言わさぬ強く、芯の通った声が地下に響く。

 噛みついた参謀は大人しくなり、参謀長がその肩に手を置いた。

「司令は決断されたのだ。その決断を無下にしないのが参謀の、我々の仕事だ。」


同09:33

敵陣地第4塹壕線


『地上にいる全ての共和国、帝国両軍の兵士将校諸君に告げる。私は共和国陸軍帝国遠征群司令、ヨハネクルト・カザバスだ。』

 突如、地面から伸びる柱に固定されたスピーカーから、初老の男性の声が響いた。

「なんだ?大隊各車、一時停止!」

 一応停車し、ハッチを開ける。

『我々は戦力を削りすぎた。帝国の反撃に抵抗するだけの力が、我々にはもう無い。よって、我々は投降する。』

「・・・は?」

『繰り返す。我々は投降する。帝国の諸君よ。帝都への道を開けよう。』

 理解が追い付かない。降伏する?敵軍司令部が?

「隊長、これって・・・。」

「私達・・・勝ったんですか?」

 セレス(装填手)とカルパティア(砲手)が車長(レイ)の顔を見る。

「た、たぶんな。一応警戒体制は解かないでおこう。」

 この降伏を聞いていない部隊、もしくは無視した部隊が攻撃してくる可能性が捨てきれない以上、警戒を解かないのは最善の手だ。このことを通信手経由で他部隊に伝えた。しかし警戒をしていたのは、3独を除けば、近衛騎馬隊と特殊作戦小隊、第1・第2独立戦車大隊だけだった。


同09:36

共和国多重層防御陣地最深部 モータープール奥


「何が降伏だッ!」

 モータープールの中にある格納庫の一つに彼らはいた。

「リリンがいれば、ものの数分で奴らなど片付くものを・・・弱腰め!」

「帝国の蛮族どもを分からせる良い機会だろうが!」

 彼らは最近の共和国軍内の主流である厭戦・非戦派ではなく、珍しい主戦派。さらに帝国蔑視派だった。

「・・・上が弱いならば、我らで変えよう!」

「・・・ああ、それがいい!」

「そうだ!俺達の怒りを示してやれ!」

「そうと決まれば、コレの出番だ。総員乗車!」

 3つの影は、背後にあった巨大な戦車のような何かに乗り込む。

 それは冷戦が産んだ、共和国の秘密兵器。冷戦の終結と共に忘れ去られたソレが、再び歴史に現れた。


同09:40

敵陣地第4塹壕線


 自分は敵軍の降伏と共に発生した大量の捕虜及び負傷者の救護活動に当たっていた。

「引き継ぎ感謝します。」

 後続の歩兵小隊にその作業を引き継ぐ。小隊長はにっこりと笑っていた。

「なぁに良いってことですよ!英雄様の頼みを断れるわけがありませんぜ!」

 英雄・・・なのか?

 頭の中に3つ程クエスチョンマークが表示された辺りで、轟音が響き渡った。大口径砲弾の着弾音だった。

「な、何だ!?」

 近くに停めてあるティーガーの装填手ハッチが開き、セレスが頭を出す。

「隊長!早く車内へ!」

「分かった!」

「わ、我々はどうすれば!?」

 ほとんどパニック状態の先程の小隊長が聞いてきた。

「折角勝ったんだ。死なないように、頭を低く。」

「りょ、了解!」

 ティーガーに駆け寄り、車体をよじ登って車長用ハッチから身を入れる。

「何事だ!」

「敵の攻撃です!恐らく投降宣言を無視した部隊によるものかと!」

「了解!大隊各車前進!ヤークトは現在位置を維持!他部隊にも連絡!近くにいる部隊は合流するように通達してくれ!」

「分かりました!」

 こっちの司令部は何やってんだか。ほとんどの部隊が警戒を解いていたので、パニックになっていない戦車大隊は恐らく第1と第2の独立戦車大隊のみ。それ以外の部隊では近衛騎兵隊と特殊作戦小隊だけだろう。

「隊長!第1及び第2独立戦車大隊、それと第1戦車試験小隊と連絡つきました!合流するとのことです!」

「了解。感謝する旨を伝えておいてくれ。」

 これで純粋な戦車のみで22両、BT-7ASを含めて23両だけの戦車隊が、60両近い大所帯になる。

『こちら第1独立戦車大隊長のクリストフ中佐。現有の戦力は、M10が15両とM6A1が4両、M6A2が8両。さらに随伴歩兵2個小隊とM113A3Bが2両。そちらの指揮下に入りたい。』

「クリストフ中佐、本来なら貴方が指揮を執るべきではないでしょうか。」

 第1独立戦車大隊は帝国が誇る精鋭部隊の筆頭だ。その部隊の長である彼が、指揮を投げたのだ。ついでに言えば、今自分の階級は大佐だが実質的な階級は中佐なのだ。帝国軍内、ひいては世界でも異様な昇進スピードである。ちなみに、士官学校卒の場合、准尉スタートで長くて8年、早ければ5年で少佐になれる。しかし、中佐以上ともなれば戦時か二階級特進でもない限り難しい。ちなみに、士官学校卒業は18~19歳で、5年で少佐まで駆け上がったのは自分とルイス、そして過去にもう一人いるだけだそうだ。

『いや、一度オンボロ戦車隊の隊長がどんな風に戦うのか気になってね。』

「はぁ・・・そうですか。自分の指揮はあまり良い物だとは思いませんが。」

『何、ただ単に先輩の気紛れだ。君はいつも通りに指揮してくれれば構わない。』

「・・・了解しました。」

 他の人は良いんだろうか?

『こちら~第2独立戦車大隊長マイゼル中佐。第1独立と同じく、うちも君の指揮下に入る。戦力はM10が8両、M6A1が1両。M6A2が6両。それと歩兵1個分隊しかない。すまないが、さっきまでの戦闘でほとんどやられちまった。』

『第1戦車試験小隊長のキリア大尉。私もあなたの指揮下に入ります。本部隊はXM10-1、XM10-2、XM10-3のみです。』

 うわぁ・・・ナンダコレ。いくらなんでも凄すぎる。てか結局みんな指揮下に入るのか・・・しょうがないか。呼んだのこっちだし。

「了解しました。一時的な名前を臨時合同戦車隊とします。まずうちで偵察を出しますから、どう動くかはその結果次第です。」

『了解だ。』

『了解。』

『分かりました!』

 通信機を部隊内限定にセットし、この部隊唯一の偵察特化車両に繋ぐ。

「サイレントシーカー、行けるか?」

『何すれば良いんですか?偵察ですか?』

 嬉々として聞いてくる車長―――安定の女性である―――に内心引きながら答える。

「偵察だ。帝都方向の熱源反応を探してくれ。」

『委細承知!お任せください!』

 脇を走り去っていく魔改造のM41。センサーや観測装置が増やされ、戦闘よりも偵察向きに強化された車両だ。時速70kmの快速は離脱も容易に行える。

「大隊各車、速度落とせ。」

『了解!』

 報告を待つため、速度を落とす。

 数分後、敵の姿が明らかになった。

『敵を発見しました。ヤバイです。ぶっちゃけヤバイです。』

「ヤバイのは分かったから報告を頼む。」

 ヤバイだけじゃ分からない。

『はっ。敵は全長15.6m、車体長15m。車高5mの化け物です。現在の速度は30km/h、現在地はそちらから40km地点です。』

「了解、帰投してくれ。」

『分かりました。』

「各員聞いたな?相手は全長15m、主砲は150mm級の怪物だ。コイツを倒せば、本当の意味で戦争は終わる!各車突撃!全兵装使用自由(All guns free)!3独と試験小隊は左、残りは右から攻撃を仕掛ける!ヤークトは射程圏に収める為の移動と自由発砲を許可!歩兵部隊は林から対戦車ミサイルを撃ちまくれ!」

『『『『了解!』』』』

 化け物狩り、そしてこの戦争における最後の戦闘が始まった。


同時刻

共和国陣地第5・最終塹壕線間


 二列の長い履帯を持つ超大型戦車は、敵を蹂躙しながら進んでいた。

「30mm掃射開始!」

「了解!」

 砲の左隣に設置されたGSh-30-2が火を吹き、徹甲弾と榴弾を吐き出す。

「掃射止め!」

「ナンダコレ・・・強すぎるだろ!」

 先ほどまで機関砲のトリガーを落としていた砲手が、吹き飛んだ車両だった物を見て歓喜の声を上げる。

「ああ!行けるぞ・・・!突撃!」

『了解~!』

 元々ミサイル艇用に開発・製造された高出力ディーゼルエンジン2基が唸りを上げ、前進を始める。その巨体の重量を感じさせない走りは、まるで象の様だ。

 走り始めて約5分後、車長用の観測レーダーに大量の輝点が表示される。

「レーダーに反応。敵の部隊だな。」

「どうする?撃つか?」

 主砲のBr-2Sは基となったBr-2重カノン砲の性能を持ったまま改装されている。射程も通常弾で25kmある。光学照準器とレーザー測距儀の有効距離圏外だが、走査距離20kmの観測レーダーを使えば精度は落ちるが、撃つだけは可能だ。

「いや、近づいて確実に仕留める!光学照準器で捉えられる距離まで近づく!」

「分かった!」

 さらに速度を上げて、砂塵を巻き上げながら接近する。

 最初に砲門を開いたのは臨時合同戦車隊だった。


同09:45

共和国陣地第4・第5塹壕線間


「見えた。あれだな。」

 キューポラから頭だけを出し、敵を確認する。

「何だあのバケモンは・・・。」

 報告には聞いていたが、改めて実物を見るとサイズ感が分かる。

『どうする?』

 ルイスが聞いてきた。彼のレオポルドは3列縦帯の中央二列目にいる。先頭は第1戦車試験小隊だ。

「各車に通達!左上斜行帯で突撃する!射程に入り次第自由射撃!敵の砲身の向きに気を付けろ!」

『『『『了解!』』』』

 左列が増速し2両分前に、中央列が1両分前に出る。

 砲塔が右側面に向き、射撃体制が整う。先頭を走るM10の試作3両は主砲を撃ち出している。

「射程入りました。撃ちます!」

「撃て!」

 放たれた高速徹甲弾は緩い放物線を描き巨体に吸い込まれていく。が、

「チッ!弾かれました!」

「うん、知ってた。」

 綺麗に弾かれた。徹甲弾では意味が無いようだ。HEATでも有効打が入るか怪しい。また、他の戦車が放つ高速徹甲弾やAPDS、APFSDS、HEAT。更にはHESHも効果を示していないようだった。この日の為だけに用意された、3独最大の火力を持つヤークトティーガーの128mm対戦車砲の強装APBCCR(高速仮帽付徹甲弾)も弾き返されていた。

 右に砲を向けた敵が撃つと、車内にまで砲声が轟き、遠雷のような音と金属がひしゃげる音が微かに聴こえる。

『第1独立第3小隊隊長車被弾に付き、2号車が代理で指揮を取る!』

『第2独立、被害甚大!残弾少ない!』

『試験小隊、1号車と2号車の20mmが弾切れです!』

「くっ・・・無理か・・・。」

 諦めかけたまさにその時。

『こちら第6戦闘機中隊ホワイトウィザーズ。航空支援は必要かい?』

 救いの天使、いや魔法使いが現れた。


同09:33

帝国軍前線飛行場指揮所


 いつぞやの戦闘で、第3独立戦車大隊と第6戦闘攻撃中隊が完膚無きまで叩き潰した飛行場。そこを一時的に整備し、再度使えるようにしたのが、第6戦闘機中隊が案内された飛行場だった。

 そして、アイリスは指揮所の中でシルフィードの報告を聞いた。

『こちら「シルフィード」。敵大型兵器視認。』

「何だと?」

 その後、陸軍の通信が混じった。

『こ・・・第3独・・・近り・・・隊は・・・今すぐ・・・流を!』

 途切れ途切れであったが、何とか聞き取れた。どうやら第3独立戦車大隊は周囲の部隊をかき集め、反撃するらしい。

「Mk83はあるか?」

 武器担当の下士官に聞くと、戸惑いながらも返答が来た。

「え?はい。いくらでもありますが・・・。」

「今すぐ爆装しろ。翼下に4発だけでいい。」

 有無を言わせない声で命じる。ヘルメットを掴み、パイロットスーツのファスナーを上げる。

「は、はい!」

「ホワイトウィザーズ、総員しゅ」「もう全員いますよ。」

 命令を言い終える前に彼女の後ろに全員が完全装備で立っていた。

「なら話は早い。敵の新手を空爆する。以上だ。総員、出撃!」

「「「「「はっ!」」」」」

 彼らも最後の戦いに飛び立つ。目標は敵の新手、超大型の戦車である。

「でもいいんですか?勝手に出撃して。」

「責任は全て私にある。何も気にすることは無い。」

 滑走路上では4つの台車に載せられた6発の1000ポンド無誘導爆弾Mk83と2発のサイドワインダーがトムキャットに付けられていく。

「搭載作業が完了次第、随時出撃しろ!」


同09:45

元共和国軍陣地第4・第5塹壕線間


『あのデカイのが目標だな?』

 魔法使いの長がそう聞いてきた。

「ああ!何とかしてくれ!砲撃じゃどうにもならない!」

『了解。ヤツの周囲から退避してくれ。巻き込みかねん。』

「了解した!」

 航空機との交信を切り、部隊に繋ぐ。

「戦車隊各車!空軍の航空攻撃が始まる!目標を射撃しながら全速で後退せよ!」

『『『了解!』』』

 砲塔を敵に指向させたまま車体が180度後ろに向き、全速力で戦場から遠ざかる。キューポラのハッチを開けると、緩降下の爆撃体勢に入ったF-14が見えた。

 機体から小さな黒い物体が離れ、それが敵に降り注ぐ。外れもあるが数発が砲塔の天板で起爆し、土煙が晴れた時には完全に止まっていた。

『こちらウィザード01。どうだい?成果は。』

「大成功だ。感謝する!」

『礼には及ばないさ。』

 陽光を反射しながら、上空を高速で駆け抜ける6つの羽根に少し見惚れていた。よく分からない感傷のような物に少し浸っていると、驚くべき光景を目にした。

 ヤツの車体と砲塔が旋回し、こちらを向いていた。

「マズい!急停車!」

 急ブレーキによる慣性で、体が前に思いきり傾く。それと同時に頭を引っ込める。

 車体の前ギリギリを砲弾が掠め、地面に突き刺さり炸裂した。

「あれだけ食らってまだ生きてやがる・・・!」

『おいどうする!?もう後がねぇぞ!?』

 ルイスが無線に叫ぶ。

「分かってる!」

『・・・あの~。』

 すると、どこからか通信が入った。

『忘れ去られてる気がしますが・・・歩兵隊の展開完了しました。』

 あ。

 林に回した歩兵の存在をすっかり忘れていた。

「了解!すぐにミサイルを撃て!」

『はっ。直ちにミサイルを発射します。』

 林の方を見ると、茂みの中にジャベリンミサイルを構えた歩兵が見えた。


同時刻

同地点


「う・・・く・・・無事か?」

「何とか・・・。」

『生きてます・・・。』

 リリンの車内は散々たる光景だった。コンピューター管理の自動診断システム用の画面が真っ赤だ。自爆装置でも付いていたらカウントダウンが始まっていることだろう。だが、そんな気の利いた装置は生憎積んでいなかった。

『エンジンは無事ですが足が死にました・・・。』

 右側の履帯が断裂し、起動輪が吹き飛んでいた。いくらエンジンが無事だとはいえ、片側分の動力を伝える物と、地面との摩擦を起こす物が無い為、出来るのは旋回だけだ。

「副砲も砲身が無いし、薬室部に何故か破片が刺さってる。」

 爆弾の破片で2つの砲身が両方とも切り裂かれ、比較的装甲の薄い部位にあった薬室にも破片が届いていた。戦闘関係で言えば、右側の『リェースクラ』散弾迎撃システムもセンサー類を含め、全基が沈黙している。

「索敵レーダーも死んでる。」

 レーダーの結果を映すPPIスコープの明かりが消えていた。

「でも主砲は生きてる。」

「ああ。旋回装置も昇降装置も照準器も、自動装填装置も生きてる。」

『エンジンと左側の走行装置は生きてるので、照準の支援くらいならできますよ。』

「まだだ。リリンは戦える!」

「そうだな!ところで、どれを狙う?」

「そうだな・・・。」

 キューポラに取り付けられた潜望鏡を覗く。そこに映ったのは1両の大戦型重戦車だった。

「ティガールを狙え。あれが向こうの隊長車らしい。タイミング任せる。弾種徹甲。」

「了解!」

 後ろから機械の動く音。152mmという薬莢式大口径砲弾を車体中央下部にある弾薬庫から砲尾のある地上4mの高さに揚げられる。

「操縦手、車体を2時方向に回せ。」

『分かりました!』

 尻から振動が伝わり、旋回を始める。

「照準良し!発射!」

 トリガーの数瞬後、砲が後退し焼尽式薬莢の底部を吐き出す。

 一撃必殺の砲弾は、ティガール―――ティーガーの急停車で前方を掠めるだけに終わった。

「外した!」

「全諸元そのまま!ティガールを仕留めろ!」

 自動装填装置が次弾を弾薬庫から押し上げ、砲尾から薬室に押し込もうとしたその時。

 何となく見た左側から、飛んでくる物体があった。

「対戦車ミサイルか・・・効かんな。」

 事実、最初に着弾すると思われたFGM-148ジャベリン対戦車ミサイルは迎撃システムの放つ荒々しい散弾の群れにへし折られていた。

 しかし、その後すぐにやって来た2つのミサイル―――M113A3Bに搭載されたBGM-71 TOWと処分品のSS.10は違った。リェースクラは第3世代型ミサイル、所謂ファイア&フォゲットの出来る高速のミサイルの迎撃が可能であるが、第1・第2世代型の、有線誘導型で比較的低速のミサイルの迎撃にはあまり向いていない。また、先の爆撃の余波で左側リェースクラの再装填装置が故障。さらに不運なことに、その事を乗員に知らせる自動診断システムの回線がその部分だけ断ち切られていた。


同09:47

同地点


 ミサイルの連続着弾によって生じた爆炎で赤く染め上がった。

 煙が晴れたときには、主砲身が下を向き、炎に包まれていた。

『よっし!』

「やっと終わったか・・・。司令部に通達。全戦闘終結。これより帝都に帰還する。」

 2009年12月30日に始まった戦闘は、翌2010年11月6日午前9時47分に終結した。


同11月15日10:25(現地時刻)

イギリス ロンドン・ヒースロー空港第1ターミナル


「さて、ようやく仕事だ。」

 イギリスで最も大きい空港かつ国際線利用者数世界一の空港に降り立った帝国の外交団。その中には帝国首相、ハイネス・マバリガンドの姿もあった。

「あの日からずっと逃げるのに精一杯で、おちおち公務をしてる暇もありませんでしたからね。ここからは我々政治家の領分です。」

 秘書の女性がそう言うと、ハイネスは笑った。

「ハッハッハ!全くもってその通り!忙しくなるぞ!」

「承知の上です。」

 秘書も微笑みを浮かべた。彼らがこれから行うのは終戦交渉、主に賠償金を多く貰うための交渉だ。



 3日間に渡って会議は繰り返された。結果は、

・平和条約締結

・2000億アルタ(約25億ドル)の賠償金

・侵略分の領土返還

 となった。



同11月20日10:00

帝都東部 ジェミナタ宮 皇女の間


 第1皇女カルナ・エスグルタは46代皇帝、そして帝国初の女帝になる。

 そう思っていた時期が自分にもあった。大方の予想もそうだった筈だ。

 その予想を裏切るかの様に、帝位継承を拒否。海外に周遊に出ていた第1皇子マルシアス・エスグルタが46代皇帝に戴冠した。マルシアス・エスグルタは愚者ではない。むしろ頭の良さと機転、人格も皇女カルナに勝るとも劣らない。

 近衛にも侍女にも話さないからといって、男子禁制の場に自分がいてもいいのだろうか。彼女らと同じくらいに仲が良いとはいえである。

「どういうことですか?皇女殿下。」

「・・・だって。」

「だって何です?」

「だって、クリスマス一緒に過ごせなくなるじゃないですか!」

「・・・はぁ。」

 そんなに楽しいのだろうか。アレが。まぁでも17の女の子に皇帝とか無茶過ぎるしな。

「あ、そう言えば。」

 殿下が扉で間仕切られた部屋の奥からゴソゴソと何かを取り出す。

「お誕生日、おめでとうございます。」

「え?」

「え?違いましたか?」

 日付をカレンダーで確認すると、今日は11月20日。自分の誕生日だった。

「忘れてたぁ・・・。ありがとうございます。」

 家族親類以外の女性からプレゼントなんて初めてだ。

「では、失礼します。さっきのことは侍従や近衛には言いませんからご安心ください。」

「ありがとうございます。では。」

 そう言って部屋を出る。

 少し歩けばそこはもう正面入り口で、そこから外に出る。皇居であるジェミナタ宮の正面庭園には、キンモクセイの甘い香りが漂っていた。

 青い空と日の光が、自分達の往く先を照らしている気がした。



・・・・



オペレーション・ヴィクトリーアロー陸軍報告書より抜粋


損害

戦死45名

負傷261名

戦車被撃破36、中大破44(全車種合計)

AFV被撃破42、中大破26(全車種合計)


戦果

装甲車両多数撃破

火砲類多数破壊

捕虜221名


中略


我々は共和国に勝利した。荒廃した地域の復興と戦死者家族への援助が最優先である。

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