第14話

同時刻

帝都北 聖騎士広場公園 共和国軍宿営地


「敵襲!敵襲!」

 宿営地を守っている兵士達は突如現れた敵の小規模部隊とレジスタンスに慌てた。

「くそっ!どこから!?」

「そんなことはいいから撃て!」

 AK-74を独自に改良したDEKAT(ディカータ)12アサルトライフルがそこらじゅうで火を吹く。

 その時、敵側から炭酸飲料用のペットボトルが投げ込まれた。

「ん?なんだこれ?」

 新兵が拾い上げ中を覗く。が、煙が充満していて見えない。また、少し膨らんでいた。

「軍曹。」

「どうした!?」

「これなんですか?」

 彼は、少し離れた所にいる軍曹にそれを見せる。

「こんな忙しい時に・・・って、おいバカ!今すぐ投げ返せ!」

「え?」

 すると、彼の顔の近くにあったペットボトルが、破裂した。


同09:23

帝都北 公園内のレストラン


 レストランの中は薄暗く、第4特殊作戦小隊の8人とレジスタンス3人が隠れるにはうってつけだった。

 軽快な破裂音と悲鳴が所々から聞こえると、投げた張本人(ヘルナンデス)が身を震わせる。

「エッグいなぁ。」

「でも火薬作って導火線指してってするより楽ですよ。火炎瓶より安全ですし。」

 投げ込んだペットボトルの中には、砕いたドライアイスと少量の湯が入っていた。

 ボトルの中でドライアイスは気化し、二酸化炭素になる。

 キャップをすれば、二酸化炭素の逃げ道は無くなる。頑丈に作られている為、大きく膨らむことも許されない。許容量を越えた瞬間に、大きな音を立て、破裂する。また、破裂時にペットボトルは破片となって周囲に襲い掛かる。ドライアイスだけなら約10~20分後、水なら約5分後に破裂するが、湯なら約1分程で破裂する。

 まさに簡易的な手榴弾だった。レジスタンス達は、ペットボトル手榴弾と呼んでいる。

「それ、もう一回!」

「はい!」

 さらにペットボトルを投げ込む。それが尽きれば、本物の手榴弾か火のついたアルコールランプ―――火炎瓶の代用―――だ。

 5回程投げた辺りで、銃弾が飛んできた。ペットボトルは、まだ10本程余っている。

「不味いな。敵が気づいたみたいだ。」

「他のところに移動しましょう。こっちです。」

 投げられるだけ投げ、店の裏口から出る。

「なぁ、一つ思ったんだが。」

「何でしょうか?」

 走りながら、ヘルナンデスは同行しているレジスタンスの青年に聞いた。

「火のついたアルコールランプ投げるって、火炎瓶投げるより危なくないか?」

「・・・そこは我慢と根性です!」

「無茶苦茶な精神論を聞いたぞ俺は。」


同09:25

帝都北 公園専用駐車場 共和国軍モータープール


 宿営地での混乱に乗じて、第5特殊作戦小隊とレジスタンスは、公園の駐車場を使った共和国軍のモータープールに、ランドローバーで乗り付けていた。

「よいしょ、っと。」

 少し大きめの鞄―――M1連鎖爆薬を2つ抱えてT-72によじ登るミリエラは、砲塔のハッチを開け、1つを車内に置く。降りてから、残った1つを転輪と転輪の間の履帯に置き、2つの爆薬から延びるコードをオコンネンに手渡す。

「こっちはOKです。」

 帝国軍が使用するM1連鎖爆薬は、爆発を誘因させるコード―――導爆線が付いた1kgのテリトル爆薬が8個、計8kgが合成皮革製の鞄に詰まっている。8つある内の1つを爆発させれば、残り7つが起爆する

「了解。IEDは?」

 さらに全ての車両の下に、18kg道路爆破薬や対戦車地雷、84mm無反動砲弾、鹵獲したPG-7VL対戦車榴弾などを素材にした即製爆発装置(IED)を大量に設置。確実に行動不能に追い込む為に一両につき3個仕掛ける。

 他のレジスタンスと共に、設置して回っていた軍曹が報告した。

「設置終了しました。」

「了解。じゃあ隠れる。行こう。」

「はい。」

 植木や花壇、放置された乗用車の裏などに隠れ、全ての爆薬から延びる、3つの導爆線の内1つを起爆装置に接続させる。導爆線は、導火線と違い、マッチやライターなどで直接火を着けても効果がない。一度、導爆線に雷管や信管を使って炸裂させてやるのが使い方だ。

「点火。」

 スイッチを入れると、装置内の銅線に電流が走り、電気式信管が作動する。

 炸裂した導爆線は、その爆発の衝撃を約20両の戦車に仕掛けられた爆薬に均等に伝え、一両辺り16kgのテリトルが、爆発した。見た目は特に変化はない。

「戦果確認。」

 起爆装置に新しい信管をセットしながら、部下の報告を聞く。

「起爆成功!撃破には至っていませんが、恐らく車内は衝撃波でグチャグチャ。使い物にならないでしょう!履帯も叩き切れているはずです。すぐには身動きが取れません!」

「了解。2つ目を起爆。」

 その後、最後の導爆線も起爆し、60両の戦車を行動不能に追い込んだ。

「IED、起爆して。」

「了解しました!」

 軍曹が懐から携帯電話を取り出し、番号を入力して、発信キーを押す。

 3コールの後、地面が少し揺れ、轟音とアスファルトが舞い上がる。

「戦車を含む装甲車両、撃破しました!」

「やったぁ!」

 ミリエラ達レジスタンスも喜びを浮かべる。

 すると、耳につけたイヤホンからヘルナンデスの声が響く。大分慌てていた。

『すまない!50人くらいそっちに行った!今そっちに合流する!』

「了解。できるだけ急いで。」

『分かってらぁ!』

 通信が切れ、溜め息を吐く暇もなく、隣で黙っていた軍曹に言った。

「敵が来る。Mk21をローバーから降ろして。戦闘配置。」

「了解。ロジャース!」

「何でしょうか?」

「Mk21取ってこい!」

「了解!」

 ロジャースと呼ばれた上等兵が、ランドローバーの隠蔽場所に向かって走り出す。

「あの~。」

 ミリエラが、オコンネンに話しかけた。

「何?」

「大砲、隠してるんですが、取りに行っていいですか?」「急いで取ってきて。」

 即答だった。

「は、はい!」

 そして、脇の大通りを渡り、路地に消えていった。

「さて。私たちも準備しよう。」

 そこら中からタイヤをかき集め、積み上げて代替の防壁に。花壇にバイポッドを装備したMk21mod7や、M1918A2BARを設置する。

 すると、先程レジスタンスが消えた路地からミリエラが戻ってきた。

「すいません!何人か貸していただけませんか?」

「分かった。軍曹、ロジャース、グリム。行って。」

「了解。行くぞ!」

「はい!」

「了解です!」

 オコンネンを含め正規の軍人達が勝手に思っていたのは、精々鉄パイプに簡易的な撃発装置が付いているような代物だった。

 しかし、彼らが持ってきたのはそれらとは比べ物にならないくらいに上等な物だった。


同09:30

帝都北 駐車場公園側歩行者用出入口


「急げ!敵はこっちにもいるぞ!」

「行け!行け行け!」

 広場の宿営地から爆音を聞き付けてやって来た兵士達は瓦礫と化した戦車や装甲車の間を抜けつつ、時には遮蔽物にして戦闘を開始した。

「敵は少数だ!数で押しつ」

 彼らの小隊長の言葉は、爆発音と土煙で掻き消された。

「何だ!?」

「敵の砲撃です!発砲炎を2つ確認!」

「なっ。」

 部下の報告を聞き、彼は絶句する。特殊部隊だから、火砲の類いは精々無反動砲か小口径の迫撃砲程度だと思っていた。しかし今の土煙は、約百年前の骨董品の野砲か75mmクラスの榴弾砲のそれだった。

「敵は複数の大型火砲を持っている!できるだけ固い遮蔽物を選んで進め!」

 彼は、小隊と自分自身が冷静なことに内心驚いた。ただ所々から聞こえる叫びから推測するに、他部隊は統率を失っているようだった。


同時刻

公園専用駐車場 簡易陣地


「撃て!」

 掛け声と共に撃鉄が落とされる。

 18ポンド野砲QF MkⅡ。イギリス製の旧式火砲で第3独立戦車大隊に配備されているFK96nkと同程度の古い火砲だ。しかし対歩兵ともなれば、有効な兵器である事は間違いない。

 レジスタンスが路地から持ってきたのはこれだけではない。

 レジスタンスが肩に担いでいる筒のような物の後ろに、カッターを持った一人がしゃがんだ。

「圧力安定、発射準備よし!」

「発射!」

 カッターで筒の後端に張られた紙を切ると、ポンという音と共に球状の何か―――サイズ的に卓球ボール―――が飛び出した。

 筒のような物の正体は真空砲だった。空気圧で加速された卓球用ボールは、至近距離で空き缶を砕くこともできる。比較的離れれば当たっても死にはしないものの、凄く痛い。

 バチーンという皮膚―――主に顔面を叩く、ビンタの様な音が2分に1回のペースで聴こえる。

「痛そう。」

 オコンネンが消え入りそうな声で呟く。流石に敵兵に哀れみを覚えた。

「敵兵、左側面より接近!」

「ちっ。」

 正面と右側面の敵を正規部隊は対応できない。

「任せてください!」

 ミリエラが銃を構え散弾を連射する。さらに、高圧洗浄機と殺虫スプレー改造の火炎放射器の支援が加わる。

「・・・なんだろう、この何でもあり感は。」

「気にしたら負けだと思います隊長。」

「敵、退きました!」

「了解。レジスタンスはそのまま左側面を守って。」

「分かりました!」

 さらに、後方から部隊が来る。

「隊長!第4来ました!」

 宿営地で暴れまわった第4特殊作戦小隊とレジスタンス3名が合流した。

「すまない!遅れた!」

「謝罪はいいから撃って。」

 総勢26人で射撃を行う。しかし、

「不味い。押される。」

 敵は数を駆使して押してくる。戦力差は当初の2倍から2.5倍に膨れ上がっていた。

「野砲の砲弾、あと各20発です!」

「洗浄機の水が無くなった!」

「弾がもう無い!」

 レジスタンスから悲痛な叫びが上がる。弾薬が尽きそうなのは、2つの特殊作戦小隊も同じだった。

「不味いぞ!このままじゃ・・・!」

 諦めかけたその時。

「隊長!」

 第4特殊作戦小隊の通信兵が叫ぶ。悲鳴ではなく、まるで何かを喜ぶような声だった。

「何だ!?」

「FACと空軍のA-10が来ます!」

「何!?本当か!?受話器寄越せ!」

 彼の持つ広域通信機の受話器を引ったくったヘルナンデスが叫びつける。

「FAC、本当にいるんだな!?」

『う、うるさいよブレイカー01。こちらミッドナイト27、上を確認してくれ。君たちの約1km後方だ。』

 空を仰ぐと、OV-58Aが後方の空域にいた。

「確認した。で、どうすればいい?」

『黄色発煙筒はあるか?』

 胸元のポーチを探るが、黄色のシールが張られた筒は無い。あるのは緑のシールが張られた筒のみだった。

「生憎黄色は切らしていてな。緑色しか無い。」

『じゃあそれで構わない。攻撃して欲しい地点に投げてくれ。』

「分かった!」

 安全ピンを抜き、敵前に投擲する。すると敵の中に緑色の煙がもうもうと立ち込める。

「これでいいか?煙の辺りを徹底的に叩いてくれ!」

『ああ。クラッシャー55、56。攻撃開始。煙の辺りを叩いてくれ。』

 上空を2機のA-10がフライパス。機首の30mmガトリング砲AGU-8アヴェンジャーが火を吹き、煙を薙ぎ払う。

 その光景を見た兵士達は歓声を上げる。

「ヒャッホー!」

「いいぞー!やっちまえー!」

「ミッドナイト、そのまま叩いてくれ!」

 ヘルナンデスも少し興奮した声で、無線機に話す。

『了解だ。』

「俺達も残りの弾を全部あそこに叩き込む!」

「了解。掃射して。」

 機関銃がなけなしの弾を吐き出し、ライフルがセミオート射撃で幕を形成する。ライフル弾が尽きれば拳銃に持ち替え、射撃を継続する。

 未だに残っていた緑色の煙が晴れると、そこには何もなく、ただ大量の血痕があるだけだった。

「ミッドナイト、もう十分だ!ありがとう。支援感謝する!」

『了解だブレイカー。騎兵隊の皆様、引き上げるぞ。また何かあったら呼んでくれ。オーヴァー。』

 ジェットの騒音が無くなると、辺り一帯は静になる。

「そういえば・・・。」

「どうした?」

 オコンネンが思い出したかのように尋ねた。

「航空支援を要請したのは誰?」


同時刻

ネルント地区 機動指揮ユニット2号車


「な~んてことになってんじゃないかなぁ?」

「世話焼きだねぇエイハは。」

 エイハと呼ばれた、お世辞にも座り心地が良いとは言えない椅子にふんぞり返る女性下士官。彼女が航空支援を要請した張本人だ。

 彼女が所属する第6特殊作戦小隊はサイバー戦の専門部隊でありながら、第4、第5の両部隊の支援も行う。彼女は帝都中の生きている監視カメラを全てハッキングし、様子を観察していた。同小隊構成員にとって、一つの都市に存在する監視カメラをハッキングすることなど朝飯前である。

「さぁて、敵さんどうするかなぁ?」

 正面を陸軍と近衛、後方を海兵隊と特殊部隊に押さえられた共和国軍に勝ち目はほぼ無い。秘密兵器でも無い限りは。

 共和国軍指揮官に決断の時が迫っていた。

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