第13話
同09:06
共和国多層防御陣地最深部 地下1階兵員室
「敵はここまで来れるかなぁ。」
「無理に決まってらぁ!」
「ちげぇねぇ!ギャハハハハッwww」
下卑た笑い声がこだまする兵員室にはこの3人しかいない。彼らはいわゆるサボりだ。頬はほのかに赤く染まり、吐息は臭い。単純に言うなら、呑んでいた。
「まったく、いつまで続けるんかねぇこの戦争。」
「ホントそれな。」
そんな厭戦ムードと酔いを吹き飛ばすかのように地面が激しく揺れる。電気が消え、天井に設けられた採光窓のガラスが降ってきた。
「こ、これが地震ってやつか!?」
ちなみに、共和国でも帝国でも、滅多なことが無い限り地震は起きない。
「と、とりあえず外に!」
地下一階といっても、そこまで深いわけではない。榴弾避けのため、5mは掘られているものの何かあれば階段かはしごですぐに地上部に出れる。
しかし、兵員室には地上に繋がる階段も、はしごも無い。あるのは外の廊下に繋がる扉のみだ。
「クソッ!扉が歪んでる!」
「抉じ開けよう!」
3人がかり、全身を使って、重厚そうには見えない―――実際、重厚ではない―――扉を押す。押すというよりは、タックルに近かった。
「硬っ!」
「歪んでるから当たり前だ!」
「でも何とかなりそうだ!せーので行くぞ。」
「「「せーの!」」」
何度目が分からないタックルで、固く閉ざされていた扉が開け放たれ、眩しい光が網膜に映る。
「眩し・・・って!」
「お、おい・・・。」
「嘘だろ・・・なんで」
眩しい光と共に彼らの瞳に飛び込んだのは、信じられない光景だった。
「なんで廊下がないんだ!?」
本来なら廊下である部分が、綺麗さっぱり無くなり、すり鉢状の窪みになっていた。
同09:08
敵陣地上空3000m 陸軍観測機 ソードフィッシュMk.Ⅳ「バイプレーン」
敵陣地上空を飛行する複葉機。それは普段は砲兵隊の、今日に限って火器類試験隊の、着弾観測機だった。
「うっわぁ凄い。食らいたくねぇや、あんなの。」
「FCC(射撃管制所)、こちらバイプレーン。少し逸れたが初弾良好、信管も正常に動作した模様。第2弾は右に3度修正。」
3人の内、真ん中に座る偵察員が成果を報告し、次の目標を指示する。
『了解した。第2弾を発射次第、連絡する。』
「了解。オーバー。」
「にしても敵機がいないと暇だなぁ。酔いそう。」
この機の中で一番若い後部銃座士が暇そうに呟く。
「バカ言ってんじゃねぇ新入り!敵機いたら着弾観測なんざする前に叩き落とされちまうだろうが!」
「吐いたらその席の掃除、お前がしろよ。」
「それに、お前には敵機の警戒っつー任務があるだろうが!忘れんな!」
怒鳴られた銃手は反論する間も無く、そのまま黙った。
「警戒してるからそんなこと言えるんじゃないか。」
なんて反論できる度胸を、彼は持ち合わせていない。
『第2弾発射!』
「了解。」
撃ち上がる砲弾はなく、最後の複葉機はその翼を悠々とはためかせていた。
『3、2、1、インパクト!』
その時、下から突き上げる揺れが、機体を襲った。
同09:10
ネルント地区 帝国陸軍機動作戦指揮システム1号車
車内は薄暗く、モニターとボタン類の明かりのみが鈍く光っていた。その空間の中にイリヤはいた。
「406mm急造列車砲、敵陣地後方への射撃継続中。残弾6。観測機健在。」
「流石に砲弾は間に合わなかったか・・・。」
「あの巨砲が見つかって、4日間で8発も揃えたんです。設計図も無い状態からのスタートだったので、これ以上の短期間量産は無謀かと。」
設計図も無いのにどうやって、と言われれば、ネストリア級の380mm砲弾とルタの356mm砲弾、そして記念艦アクリオンの332mm砲弾を元に一から設計、製造した。途中で何度も設計変更したのと、艦艇としても大口径に分類される砲弾という慣れない作業だったのが起因し、マトモに使える弾は8発だった。歪みや寸法違いなどの使えない物を含めれば、16発の製造が終わっている。
「分かっている。」
通信席に陣取る中尉から報告が来る。
「先頭の第6戦車大隊、及び第3機械化歩兵大隊から通達。敵第3塹壕線攻略を完了。」
「了解。後続の第6機械化歩兵大隊と第3独立戦車大隊、第2特別戦車連隊に次の攻略を引き継ぐように伝えろ。」
「了解しました。」
ちなみにイリヤのいる1号車のコンソールを扱っているのは、陸軍本部でも有能と評価される者のみである。彼らは、刻一刻と移ろう戦場からの報告を聞き、イリヤに伝えるのだ。
「中将、第4および第5特殊作戦小隊から通達です。帝都への潜入成功。活動に移る。だそうです。」
「分かった。そちらの指揮は2号車に委譲する。」
「了解。」
画面を見つめながら、イリヤは口角を持ち上げる。その顔を見た者は、後にこう言った。
あの時の顔はさながら、獲物を追い詰めた猛獣のようだった、と。
同年11月4日 01:18
帝都北方120km 第4・第5特殊作戦小隊
彼らは洋上の低空をCH-47輸送ヘリコプターで、自らの足と共に移動し浜辺までやって来た。
「さて、120kmを2日で走破しなければな。全く、無茶な作戦を立てたものだ。」
第4特殊作戦小隊隊長のヘルナンデス少佐が、ちょっとした司令部批判を呟く。
「徒歩だけと言われるよりはマシ。ランドローバーも持ってこれた。」
第5特殊作戦小隊隊長のマーク・オコンネン少佐が淡々と答える。
彼らの足であり、輸送の根幹であり、火力の増強役でもあるランドローバーは、幾つかの機関銃で武装した型が2両持ち込まれていた。ただし、これに乗れるのは90km進むまで。残りの30kmは、徒歩と徐行運転だ。帝都潜入時に車両は使えない。
「確かにな~。」
「隊長!各隊、準備整いました!」
「よし。進軍開始。」
同年11月6日09:10
帝都北部 第4・第5特殊作戦小隊
道中にも、現在地にも、見張りはほとんど無く、やって来る気配すら無かった。そのお陰か、ランドローバーの擬装も簡単な物になっていた。
「案外簡単に入れたな。」
「意外。」
警戒の薄さに拍子抜けしていると、背後の茂みを掻き分ける音。
「本当に・・・誰かッ!?」
部下が銃―――銃剣付きのHK416を向け、警戒する。
「う、撃たないでください!レジスタンスです!」
茂みから出てきたのは、市販のイサカM37ショットガンを手に持ち、腰に着けたホルスターにリボルバーを入れた女性だった。後ろから狩猟用ライフルや競技用ガスライフルを持った数人の男女も現れた。
ちなみに、アメリカやイギリス程では無いが、帝国ではスポーツシューティングが盛んで、一つの都市に必ずと言っていいくらいにガンショップがある。また、北部にある山脈では狩猟が盛んだ。すなわち、競技用や狩猟用の銃とその弾薬なら、比較的簡単に入手できる。
「驚かさないでください。」
「すいません・・・あ、ミリエラ・エーギシュガルトと言います。」
「これは丁寧にど・・・エーギシュガルト?」
「私の姓に何か・・・?」
「レイ・エーギシュガルトのご家族で?」
「はい・・・姉ですが何か?」
それを聞いたヘルナンデスの眉間にシワが寄りだし、とても険しい顔になる。
「何でここにアイツの家族が・・・。」
「あ、あの~。」
「気にしないで。彼はコイツと同期。学校で色々あった。」
「は、はぁ・・・。」
『・・・あ~、ブレイカー01。お楽しみのところ悪いが、早く逃げた方がいい。見張りと思わしき連中がそっちに向かっている。』
耳に着けたインカムから少し間の抜けた声。ネルントにある、作戦司令部のオペレーターが、彼らの指揮に当たっていた。
「了解した。レジスタンスも含めて移動する。アイツ・・・覚えてろよ・・・!」
同時刻
戦線正面 第3独立戦車大隊隊長車
「ッ!?」
いきなり、背筋に嫌な、電撃に似た何かが走る。
「大丈夫ですか?」
「も、問題ない。」
何だ今の悪寒は!?
同時刻
帝都上空 高度6590m 第6戦闘機中隊ホワイトウィザーズ
補給を済ませたトムキャットは、珍しくスーパーフェニックスを6発搭載していた。AIM-54としては、アメリカ軍やイラン軍でもやったことの無い最大搭載量だった。
また、YFR-1シルフィードも、最大の12発を搭載していた。合計48発、帝国内の全ての不死鳥が、この空域に集結していた。
「うちの隊が初めての実戦部隊での使用か。」
『楽しみですね~。』
一番若く、そして新人のウィザード06が嬉しそうに答える。
『私(わたくし)は何か面白くないですな。』
最古参のウィザード02が、不貞腐れた様な声で呻く。
「ほう。何故そう思う?ウィザード02。」
『何と言いますでしょうか・・・ミサイルを運んでるだけな気がして。』
「なるほど。」
実際、彼女もそのような感覚があった。普段なら、もう少し興奮しているはずだが、今回は妙に冷めていた。
「まぁ、任務だから仕方がない。Wizerd全機及びシルフィード、統制射撃!目標、集合中の敵機群!」
『シルフィード、了解。』
『02,roger.』
『03,roger.』
『04,roger.』
『05,roger.』
『06,roger.』
「スカイキッド、ランターン。データリンク問題ないか?」
アイリスは、高度1万5000mに陣取るE-777とG550 CAEWに電波を飛ばす。
『こちら、スカイキッド21。問題ない。』
『ランターン01、こちらも大丈夫だ。』
「了解。全機、FOX1(フォックスワン)、Fire!」
翼下と胴体下から放たれる不死鳥は、空中集合の真っ最中の敵集団に向かい、その舳先で信管を作動させた。
同09:11
同地点
「スカイキッド、ランターン。戦果確認を頼む。残っているなら掃討戦に移行したい。」
『こちらスカイキッド。5割撃墜だ。』
『ランターン。こちらでも同じように確認した。掃討戦をするにしても、君達にはもうミサイルが無いだろう?』
「そうだ、ランターン。一度どこかで補給しなければな。」
『ブラックウィッチ、近場にガソリンスタンドがある。案内しようか?』
ちなみに、ブラックウィッチはアイリスのTACネームだ。
「・・・何処だ?スカイキッド。」
『データを転送する。驚くなよ?』
アイリスは地図に表示された光点を見て、疑問を呈し、そして思い出した。
「こんなところに何か・・・あ。」
『気付いたか。そこで追加の燃料とミサイルを補給してくるといい。』
「感謝する、スカイキッド。」
『構わんさ。俺は一旦ここを離れる。ランターン01、引き継ぎを頼む。』
『Copy(了解)。』
『シルフィードは現空域より更に前進。偵察任務に移る。』
「よし。ウィザード全機。指示された飛行場まで行くぞ。そこで補給を受ける。」
『了解。』
銀翼は各々の行くべき先に、その軸線を向ける。
同09:20
敵陣地第4塹壕線手前 帝国陸軍第3独立戦車大隊第1歩兵小隊・ネルント警備隊
「下車戦闘開始!」
M113A3Bのバックドアから8名の兵士が降りる。全周囲を警戒しながら、車体の側面に回る。これと同じ動作が、もう2回繰り返された。
「各個に射撃!撃て!」
帝国軍制式のM74ライフルは、アメリカ軍のM4カービンともロシア軍のAK-74とも違う。どちらかと言えばジエータイの89式ライフルや、HK416に似ている。フルオート射撃時の発射サイクルをあえて落とすことで安定性を確保している。また、動作方式はショートストロークピストンで、ある程度汚れていても確実に動く信頼性があった。無論、泥を洗い落としただけで発砲可能なAKには劣るが。
そんな良銃を相棒(バディ)とする陸軍歩兵の一個小隊24人を率いる小隊長の通信用のインカムが、声を伝える。
『こちらネルント警備隊!支援します!』
後ろを確認すると、BTR-60とBMP-2が停車し、そのキャビンから旧式火器―――何故か帝国1790年式フリントロックシューターと帝国1877年式グラース型ライフル、帝国1889年式グラース型ライフルも混じっていた―――で武装した兵士が降りてくる。
「警備隊、到着しました!」
「支援感謝する!塹壕に向って撃ちまくれ!」
「了解!」
銃撃戦は、機関砲や重機関銃の支援も合わさり、第1歩兵小隊とネルント警備隊に軍配が上がった。
海上の戦いは一息つき、地上の敵陣地正面と空の各所で戦いが続く中、帝都内でも動きがあった。
レイの姉ミリエラが所属するレジスタンスの協力の下、帝都に潜入した第4・第5特殊作戦小隊の両部隊が動き出す。共和国軍の資材への破壊活動及び帝都内の共和国軍のAFV(Armoured Fighting Vehicle)や歩兵等の戦力無力化を謀っていた。
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