第12話

同08:30

ルベル沖21km地点 戦艦ネストリアCIC


「左舷より接近する3つの対空目標。α、β、γと呼称。」

「α、γ両目標、本艦上空方向に遷移。急降下体勢に入るものと思われる!β目標は降下!まさか・・・雷撃!?恐らく雷撃体勢!」

 SPY-1レーダーとCIWSを除く機関砲は同調していないため、得られた情報は艦内無線で伝えられる。また、今回に限って対空・対水上砲のMk42mod7Nと副砲の203mm砲Mk71も同調していない。

「迎撃用意。目標はα、γ。」

 カメラには鎌首を持ち上げる副砲が映る。

「撃ち方始め。」

「テッ!」

 副砲が火を吹く。散弾で鳥を撃つのと同じ要領で撃っていく。

「偏差調整!右2、上1!」

「了解!撃ち続けます!」


同08:32

帝国海軍外周艦隊より2km 共和国海軍Yak-38B攻撃隊


 高度を6000mくらいまで取った攻撃隊の周りに黒い花―――炸裂した対空砲弾―――が咲き始める。攻撃隊を巻き込もうとする的確な咲き具合だったが、被撃墜機は今のところ1機だけだ。

「クソッ、奴ら・・・上手いな。」

『それほどでもありませんよ!』

「うん、まぁ、そうだな!」

 彼らの操るYak-38Bは幾らかのVSTOL性能と速度を犠牲にし、主翼下に大型のダイブブレーキとハードポイント、比較的厚い装甲を備えた攻撃機型だった。

「さて、そろそろ往くか!全機、急降下用意!」

 頃合いを見計る。目標は先頭を行く戦艦だった。

「・・・ここだ!全機突入!アッサールト!アッサールト!」

 機首を下にして、エアブレーキを展開。先程までと同じ900km/h代を維持しながら高度を減らしていく。

『隊長。そのアッサールト!って何て意味なんだ?』

『確か、イタリア語で突撃という意味です。英語に訳すならアサルトですね。』

「その通りだ4番機。俺はイタリア系だからな。母なる国の言葉を使わずしてなんとする?投下!」

 機体下部に積まれた2発の250kg爆弾と翼下に積まれた4発の50kg爆弾を放す。

「上昇!抜けるぞ!」

『了解!ってウワアアアアアアア!?』

「7番機か!?」

『ひ、被弾!右主翼が半分無い!回り出した!もうダメだ!脱出する!』

 そして交信が途絶え、蒼空に落下傘の白い花が咲く。

「クソッ・・・引くぞ!」

『了解です!』

「攻撃は・・・。」

 爆弾は1発のみが当たった。

「よっし!誰の爆弾だ!?」

『たぶん隊長のです。』

「マジか!?」

『マジだよ。でもあまり被害が大きくないみたいだな。』

「嘘だろ・・・まぁいい!全機、帰投するぞ!」


同時刻

ルベル沖21km地点 ネストリアCIC


 着弾と爆発の衝撃が艦内の人間と設備を襲う。

「どこに当たった!?」

「艦首側VLSに50kgが直撃!火災が発生していますが、損害自体は軽微!」

「了解!ダメージコントロール急げ!」

 一番後ろに座っている艦長兼外周艦隊指揮官のシュテイン・フィッツジェラルドが口を開く。

「対空目標はどうか?」

「α目標、撤退!β目標、進路変わらず!γ目標、突っ込んできます!」

「対空戦闘続行。銃身が過熱してきたなら水でもかけて強制冷却させろ。」

「了解!」

「・・・何かこの艦だけ狙われてないか?」

 ため息混じりにフィッツジェラルドはそう溢す。

「まぁ、ネストリア級はリーリクトと同じく帝国海軍の象徴ですからね。しょうがないですよ。有名税ってことで諦めましょう。」

「・・・そうか。じゃあしょうがないな。」


同08:36

同地点 ネストリア最上甲板第2区画 左舷4連装40mm機関砲座群


「撃ちまくれぇ!」

「うぉぉぉぉぉ!」

「弾だ!弾持ってこい!」

「ピアノとか単装機関砲とか機関銃とかに負けられるかぁぁ!」


同時刻

同地点 ネストリア後部艦橋 第2増設機関銃座


 ネストリアの後部艦橋の両脇には『ピアノ』と呼ばれる、急造の4連装12.7mm機関銃が据え付けられていた。

「おらおら撃て撃て!」

「マズイ!銃身が真っ赤に!」

「ほれ水!」

 バケツリレーでビル3階の高さまで持ち上げられた(貴重な真)水を銃身にかける。すると湯気が立ち、赤熱から解放される。

「うあっちぃぃぃぃぃぃぃ!!」

 お湯が水をかけた兵士に跳ねた。

「熱っ!てか銃身歪んでる!ぜってぇ歪んでるよこれ!」

「そんなこと気にしてたら始まらんぞ!」


同時刻

同地点 ネストリア前部艦橋 第1主砲塔上


「来たぞぉ!撃て撃て!」

 砲塔に登ってトライポッドを対空体勢で展開した機関銃のトリガーを落とす。

「丁寧に撃てよ!すぐ弾が切れるし、すぐに熱くなるからな!」

「あっ。」

 射手の間抜けた声。彼の撃つ銃が唸るのを止めていた。

「ほら言わんこっちゃない!」

「すいません!」

「謝ってないで、再装填急げ!」

「はっ、はい!」


同08:40

外周艦隊から1.2km 共和国海軍Tu-14TA攻撃隊


 波を被りそうなほど低空を時速900km以上の速さで突撃するTu-14TA群は射撃による損害は無く、射点につこうとしていた。

「波食らって落っこちたの以外、全機付いてきてるな?」

「はい。」

 波飛沫を浴びてエンジンを壊した者や、目測を誤って海面に突撃した者を除けば、全機付いてきていた。

 全機が魚雷を装備しているので、攻撃が命中した際の損害は爆弾より大きい。

「よし、ここだ!全機、突げ」

 突撃を宣言し終える前に、隊長機が撃墜され、その他の機体も戦艦ルタの対空射撃によって撃墜された。帝国海軍は単座の戦闘攻撃機で行ってかろうじて成功したが、双発の大型機がやるには向かないようだった。投弾に成功した機体は9機。その魚雷が、ネストリアを討ち取るべく前進していた。

 その数秒後、ネストリア左舷に二本の大きな水柱が立った。


同08:41

ルベル沖22km地点 ネストリアCIC


「左舷第2区画、第3防御区画に2発被弾!浸水発生!」

「排水急げ!」

「全目標群、撤退もしくは全機撃墜。後続の敵機は確認できません。」

「了解。対空戦闘終了。被害の最終報告急げ。」

「はっ!」


 ルベル上陸作戦は大成功となった。

 艦隊の被害はネストリアの爆弾1発と魚雷2発のみ。上陸部隊は帝都と共和国国境部のラインを断絶するために前進した。


同09:06

敵陣地 前線の塹壕


「怯むな!撃て!」

 塹壕の要所要所に備え付けられたPKM機関銃が吠える。

「なぁ、何か聞こえないか?」

 その脇にある塹壕で耳を地面に付けた曹長が隣に座る同期に話しかける。

「俺には何も聞こえないが・・・。」

「そうか・・・?」

 すると、脇にある森―――といっても、塹壕群や陣地からは数百m離れている―――から何やら黒い、比較的高速の物体が出てくる。

「何だ・・・がっ!?」

「おい!!って、」

 その目に映ったのは二人乗りの、

「う、馬ぁぁ!?」


同時刻

陣地近くの森


「突っ込めぇぇぇぇ!!!」

「「「「「「「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!」」」」」」」

 近衛服と呼ばれる臙脂色の古風な軍服を着た帝立第7近衛隊長のリリア・サンソンが黒い馬の上に跨がって叫ぶ。彼女は第7近衛を含む残存近衛20名を従え騎馬にて戦線を迂回し、帝国軍最左翼に展開。森の中で、突撃のタイミングを窺っていた。

「進め進め!機関銃は後ろの仲間が潰してくれる!」

「あんまり飛ばさないでくださいね!?揺れまくって狙えすらしません!」

 その後ろにサイレンサー、フォアグリップ、ドットサイト付きのM4A1カービンを持つ、帝国軍正規の服でも近衛服でも共和国の軍服でもない。どこか中途半端な服装の兵士が乗っていた。

「おやおや?帝国最精鋭の特殊部隊の、それも総大将の吐く言葉では無いと小官の愚考するところでございます。ハンク殿。」

 ハンクと言われた兵は第1特殊作戦小隊小隊長である。もちろん、ハンクは本名ではなく偽名だ。ちなみに6つある特殊作戦小隊の総司令官的立場でもある。

「限度があるってことですよ!」

「成る程!ではこれから更に速度を上げます故、舌など噛まれないように!ハァッ!」

 馬に拍車を掛け、速度を上げるリリア。その後ろで、揺れに耐えながら狙いをつけるハンク。他の馬も似たような状態だった。いかなる状況にも的確に反応する事が可能な特殊部隊の本領発揮である。

「お見事です!小官も負けてられませぬ!」

「ちょ、ちょっと!は、速い!」

 銃口は上下左右にブレ続け、正確な狙いなど出来なかった。

 しかし、彼女は加速を止めない。

「近衛総員、抜剣突撃!」

「えぇ!?」

 近衛達は左腰に帯びるサーベルを抜く。

 まさに時代遅れの戦法だ。第一次世界大戦を通り越し、日露戦争や日清戦争の戦法。しかし、それが廃れた今、対処できるものはそういない。

 塹壕の近くまで来てサーベルを振り上げた彼女達に対し反撃の銃弾と銃剣は無かった。

「セッ!」

「グアッ!?」

 最初の攻撃は的確に頭部を捉え、防刃加工の為されていない合成樹脂とケプラーの複合で出来たヘルメットをいとも簡単に突き破る。

「まず一人!」

「む・・・無茶苦茶だ・・・そろそろ降ります!」

「ムッ?そうですか。では一度」

「止めなくて大丈夫ですよ。ヘリから飛び降りるのと一緒ですから。」

 と、言いながら馬から飛び降りた。

「ちょっ、ハンク殿!?」

 一応受け身を取っている様だが、落馬同然だった。

 いくらか地面で転がるとすぐに立ち上がり、銃を撃っていた。

「問題なさそうですな・・・退けぇ!」

「了解!」

 近衛騎兵隊は機関銃の唸りを心配することなく悠々と撤収し、特殊作戦小隊は塹壕内で愛銃を的確に乱射する。

 その隙を突いて、正面で戦闘していた第3独立戦車大隊を含む主力部隊が突撃する。

 先頭を進んでいた第3機械化歩兵大隊の一小隊が塹壕に飛び込む。

「よし取ったぁ!旗揚げだ!」

 帝国陸軍旗が塹壕から揚がる。

 一陣の風が吹き、緑に赤い花弁の映える旗が靡いた。


同09:06

共和国陣地 最奥部地下 帝国遠征軍司令部


「第一塹壕線、突破されました!」

「第二塹壕線との連絡途絶!」

「第四塹壕線と最後部から予備兵力を第三塹壕線に引き抜け。」

「はっ!」

 兵が作戦指揮室の電話にその内容を叫ぶ。

「大丈夫でしょうか・・・?」

 女性の参謀が不安そうに溢す。

「大丈夫だよ。ここは敵砲兵の展開位置から30km離れているんだ。砲弾すら届かないさ。」

「でも、航空機に貫徹爆弾を投下されたら・・・。」

「ここの対空防御は遠征軍の、どの陣地よりも強力だ。それに敵機は我らの戦闘機を相手取るのに奔走中だ。」

「参謀長の言う通りだよ。」


同時刻

砲兵展開位置より10km後方 統合技術研究部火器類試験隊


「何て話をしているだろうが、関係ない!僕達にはこれがある!」

 そう叫ぶ火器類試験隊隊長の背後には、ゆっくりと、その鎌首を上げる巨砲と言うのが相応しい構造物があった。

「まさかウチの倉庫の中にこんなものがあるなんて・・・。」

「うん。僕もはじめて知ったよ。」

 拳銃から艦砲まで、帝国が正規採用している火器装備の試験を行う火器類試験隊には各種実験データや一部の試作装備が保管されている。

 その中にネストリア級の改装用に開発・試作された砲があった。

「まさか、ネストリア級改装計画の為の406mm砲が残ってるなんてね。しかも列車砲に改造済み。ご老獪達に感謝だ。」

 10m離れた射撃管制所から無線に連絡に入る。

『射撃準備完了しました!退避を!』

「分かった!行こう。このまま撃たれたら爆音と衝撃波で死んでしまう。」

「はい。敵の弾か自分のベッドの上以外で死ぬ気はありませんからね。」

 部下と共にコンクリート製の指揮所に駆け込む。

『こちら観測機。着弾観測の準備完了。いつでも行けるぜ。』

「了解。各部チェック完了、初射準備よし!」

「・・・撃て!」

 隊長の号令の直後、指揮所の撃発ボタンが押される。その力は電気信号となって銅線の中を駆け、薬室に入る。その中に鎮座する真鍮製の装薬嚢の底部に火花を散らす。

 初期着火の火管に火が走り、発射薬に引火し爆発を起こす。発生したガスは逃げ場を求めて、少量の炸薬と分厚い殻で出来た徹甲榴弾を砲口から押し出す。

 大きな円弧を描く、一発の砲弾が着地するのは約70秒後。

「さて、当たるかな?」

「当たりますよ。計算は正確・・・なはずです。」

「そこは言い切ろうよ。第2射の用意を開始しろ!」

「了解!」

 全重量約1tの怪物は着々と敵陣地に向かって飛んでいた。

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