第10話

同22:30

セレーナ・セレスティア曹長自室前


 新月のお陰で月明かりはなく、忍び足でここまでやって来た。

「よし。じゃあ始めるぞ。」

 親指を立てて、合図を送る。

「俺だ~。入るぞ~。」

『え、ルイス!?ちょっと待っ』

 ノブを回して、ルイスが部屋の中に入っていた。

『何これ?』

『・・・。』

 どうやら黒のようだ。

(突入用意。ショットガナーはマスターキーを出してビーンバックを再装填しろ。)

(了解。)

(分かりました。)

 小声で指示を出し、自身もM7A2のスライドを引いてセーフティーを外す。

 ハンドサインで前進を促し、ドア前まで移動する。

「突入!」

 大声で張り上げ、部屋の中に入る。

「セレーナ・セレスティア曹長!両手を挙げなさい!」

 M7を構えたクレアの怒声が響くと同時に俯いて両手を挙げるセレス。その頬から銀の滴が滴り落ちていた。

「はぁ・・・。」

 彼女に銃を向け、

「バカ!止めろ!」

 トリガーを2回引く。

 謎めいた機械のコンセントと画面に向けて放たれた銃弾はコードを叩き切り、画面を吹き飛ばした。その画面からはバリバリと青白い閃光が放たれた。

「えっ。」

「言うわけ無いだろバカ。」

 敵を欺くなら味方から・・・だっけな?たぶん。

「んったく・・・。」

「で、誰に言われた?」

 セレスがビクッと震えた。

 ルイスの婚約者―――しかも双方合意の上という珍しいタイプ―――である彼女がスパイに身をやつすなんて常識では考えられない。

「全部・・・お話しします・・・。」

 ゆっくりと語りだした。


~数分後~


 話を要約すると、


・スパイ行為は叔父による命令。

・父の死亡後、叔父に引き取られ、そこでいじめがあった。

・トラウマもあり、逆らうことは出来ない。


 とのことだった。

「私の、処遇は・・・。」

「本来なら銃殺だ。」

「ですよね・・・。」

「だが、君がルイス・マーシャル大佐の婚約者であることと自らの意図によらないスパイ行為であることを鑑みると・・・。」

「営倉2ヶ月といったところでしょうか?」

「それがいい。大攻勢にも間に合う。我々はいつも優秀な人材を求めている。」

 ついこの前優秀な装填手を失ったばっかりだから、ここで損失すれば手痛い損害となる。

「ッ・・・!ありが、とう、ございます・・・!」

 涙混じりに感謝を述べる。

 さて、投げるか。

 謎の機械を抱え、ルイスの肩を叩いて部屋を出る。

「あとは任せた。」

「え。」

「ルイス大佐。お疲れ様です。」

「お疲れ様で~す。」

 ルイスを残し、部屋を出る。

「え、ちょ、え?」

「自分は中将の所に行くけど、君たちどうする?」

「私は部屋に戻ります。」

「私も。流石に眠い・・・。」

「じゃあ、これで。」

 機械はイリヤに見せると、直ぐに情報部送りとなった。何でも、情報送信用の端末なんだとか。送信履歴を辿って、国内にいるスパイも洗いざらい探し出すとのことだ。

 あと、数日間ルイスと口を聞いてもらえなかったのは言うまでもない。


同11月4日 11:20

ネストリア駐屯地 第1会議室


 数ヶ月前に集められたのとほぼ同じ顔ぶれが第1会議室に集められた。ほぼ同じと言っても、情報部長のみがいない。

「さて、スパイもいなくなったことだし、勝利の矢を打ち込もうではないか。」

 部屋は暗くなり、プロジェクターの強い光が映える。

「特戦中隊の報告によれば、帝都の周辺に大々的な防衛線を築いている。兵士2万人、戦車3600両、装甲車両4230両、砲類8000門。全て概算だが、これらが約50kmに渡って配備されている。」

 部屋が一気にざわつく。

「このラインを突破できるかが本作線成否の鍵だ。」

「どうするのです?」

 新設部隊の第1特別戦車連隊の隊長が尋ねる。

「まず、MLRSとJB-2Aによる全線攻撃を掛ける。」

「JB-2A?」

 聞き慣れない兵器と思わしき名前に皆が首を傾げる。無論、自分もだ。

「JB-2A、というよりJB-2は有り大抵に言えばV1だ。」

「・・・は?」

 世界初の巡航ミサイルことV1は正式名称をフィーゼラーFi103と言う。パルスジェットエンジン一基で推進し、弾頭はTNT800kg。ナチスドイツがロンドンを攻撃するために開発した。低速で簡単に撃墜することができたがロンドン市民、そして恐らくチャーチルを恐怖に陥れた兵器だ。

「JB-2はV1のアメリカ版と言うべき物だ。その設計図を手に入れたので統合技術研究部で改良したのが、JB-2Aだ。」

「はぁ・・・。」

「通常の地対地ミサイルと比べ低速であることに代わりは無いが、M26の一斉射撃後に撃ち込めば問題無いだろう。」

 しかし、WWⅡの時、RAFはスピットファイアでV1を撃墜していた。つまり安定した運用を行うには制空権の確保が必須事項だ。

「制空権の確保は?」

「空軍及び海軍航空隊が行う。」

 なるほど。稼働機は合計で200機以上。これで確保できない方がおかしい。

「分かりました。」

「他には?」

 手は挙がらない。

「では続ける。」

 会議は12:30に終わった。

「各自準備を進めろ。」

「はっ!」

 その日から、全軍で訓練が始まった。


同11月6日07:35

レイズ南部 第2キリューイン基地


 試験航空隊が展開しているキリューイン基地のほぼ真南に新設された第2キリューイン基地にJB-2Aの発射装置や整備機能があった。他にも9個、合計10個の基地にJB-2Aが配備されている。ただし、全てが基地と名乗ってはいるももの、実際にはテントとプレハブがあるだけだ。

「発射準備!燃料注入開始!」

「了解。燃料注入開始!」

 倉庫から搬出された鏑矢はカタパルトにセットされ、ジェット燃料と水化ヒドラジン・高濃度過酸化水素水が充填されていく。

「燃料注入完了!」

「カタパルト内圧上昇中。あと一分で規定値。」

「了解。ブースター連結。」

「了解。ブースター連結!」

 両翼下にM31ロケット弾の弾頭と誘導装置、そして安定翼を外した物が取り付けられる。

「ブースター連結完了!」

「カタパルト内圧、規定値到達。」

「発射命令を待て。」

 5分後、発射の命令が下る。

『目標、帝都より50kmこちら側の地点。全弾発射。』

「了解!目標、帝都より50kmこちら側の地点!全弾発射!」

「ブースター点火!」

 カタパルトに置かれたJB-2Aの翼下からもうもうと白煙が立つ。

「カタパルト作動!発射!」

「発射!」

 制御台に付けられたレバーを引くとカタパルトのロックが解除され、25本の矢はレールを走りながら、パルスジェットエンジンを起動。ブースターでの加速も相まって暁天を時速750kmで駆ける。

「頼むぞ・・・!」


同07:36

共和国前線飛行場司令部


「帝国領内からの飛翔体を確認!」

「数は?」

「250です!そこまでは速くないみたいですが・・・。」

「迎撃機、全機発進しろ!」

「いいのですか?」

「奴らの戦闘機もじきにやって来る。上げておいて損は無かろう。遅いのではあれば、巡航ミサイルではなく航空機だろう。」

「了解しました。全迎撃機発進!」

 8つの飛行場にはSu-27だけでなくMiG-21やMiG-17、Su-15にLa-200といった多種多様な戦闘機が地上支援用の攻撃機と共に配備されていた。うち迎撃に飛び上がるのはSu-27、Su-15、La-200の3種だ。

 滑走路から飛び立つ銀翼は、制空権を維持するために高度を上げる。


同07:37

第2キリューイン基地発令所


「JB-2A、敵制空権内に到達!」

「よし、ヴァルターに火を着けろ!」

「了解!ヴァルターロケット、点火!」

 JB-2Aは秘密兵器を搭載している。

 それはヴァルター・ロケットエンジン。世界で唯一の実戦参加したロケット戦闘機、Me163コメートのエンジンと同じものを2つ付いている。危険なエンジンだが、アクセルにはちょうどいい。

 さらに、RATOも後部のロケットエンジンに干渉しないように3発分取り付けられている。計算上は全力噴射すれば音速を超えるとのことだ。


同07:38

共和国空軍第6飛行隊第2中隊中隊長機


 前線基地に迫るJB-2Aを発見したのは、一番最後に離陸したLa-200の部隊だった。

「隊長!あれ!」

「ああ。報告にあった飛翔体だな?見た目は・・・V1だと!?迎撃する!」

「は、はい!各機、下の飛翔体を攻撃せよ!」

 降下を始めたタイミングで胴体後部の膨らみから炎が迸る。

「な、何だ!?」

「V1が急激に加速!追い付けません!」

 ジェット黎明期の傑作エンジンであるロールスロイス・ニーンのコピー、クリモフVK-1を前後に2基積んでいるLa-200でも音速を超えた物に追い付くことはできない。

「可能な限り迎撃する!」

「了解!」

 全力で接近を試みるも、みるみる放されていく。一部の機体は後方の集団に37mm機関砲を撃ったが撃墜できたのはたったの2発だった。

 2種のエンジンが轟かせる音はLa-200中隊からすればますます小さくなり、地上からすればますます大きくなり、50kmの長さの前線にある程度均等に落ちた。炸薬の爆風と爆発により衝撃波、それに飛翔体自体の衝撃波が加わり3m程のクレーターを作る。

 その数秒後、鏑矢に少し遅れて発射された大量の矢が降り注いだ。戦線後方から放たれたM26ロケット弾は子弾が敵部隊全体に当たるように空中で炸裂。これらの攻撃で2万の兵、3万の戦車、4230の装甲車両、8000の砲類は兵1万人、戦車2万4000両、装甲車両230両、砲類6500門となった。ただ、あまり数が減っていないのは数字的にも見た目も正しかった。


同07:45

ネルント地区 帝国陸軍機動作戦指揮ユニット


「JB-2A及びM26による攻撃成功!数は減りましたが、まだ多いようです!」

「全線攻勢を開始。騎兵隊は迂回開始。陸戦隊は上陸を開始しろ。」

「了解!」

「取り戻すぞ。私達の帝都を!」


同08:10

敵陣地正面8km地点


 相変わらずのティーガーの車長席。椅子には座らず、テレスコープに顔を押し付けていた。

「迫撃砲、野砲!撃ちまくれ!」

『了解!撃てっ!』

「いつにもなく激しい戦いですね。」

 スパイから足を洗い、装填手を続けることに成功したセレスが声をかける。

「そうだな・・・。」

 自分も思ってはいなかった。この作戦に帝国の所有する全戦力が投入されることになるとは。あと、制空権を奪取する前にJB-2Aで攻撃するとは。

 もともと、オペレーション・ヴィクトリーアローは陸軍の帝都奪還作戦として軍高官なら誰でも知っている作戦だった。

 本来なら陸軍―――と支援の空軍―――のみで行われる(はずの)作戦で、海軍の戦艦部隊や海兵隊に近衛が引きずり出されているあたり、それだけ敵の数も多いということだ。

「目標、2時のT-54!弾種HEAT!」

「了解!」

 セレスが砲の尾栓を開いて次弾を素早く装填する。

「装填よし!」

「撃てっ!」

 間髪入れずに叫んだ。

「着弾!」

 HEAT弾はT-54の砲塔脇に当たり、爆散した。

「あーもう数多すぎる!各車、各個に射撃!徹底的に踏み潰せ!」

『了解!いいんだな?』

「徹底的にやれ!」

 同時に砲が後退する。

 激しい戦いは空中、そして海上でも始まっていた。


同時刻

敵陣地より40km地点の上空 第6戦闘機中隊


「ロッテを崩すな!必ず僚機と飛べ!」

『隊長後ろ!』

「何っ!?」

 一瞬の隙を突いてSu-27がアイリス機の後ろに着く。

「クッ・・・!」

 アイリスも空戦機動(マニューバ)を行いながら反撃のタイミングを窺う。

「こいつら・・・巧い!」

 ついにコックピットにロックオンアラートが響き渡る。

「ここまでか・・・ん?」

 後方にぴったり着いていた敵2機の反応が消え、代わりに味方2機の反応が現れる。その2機が速度を上げて、アイリスと並走する。

『こちら海軍リーリクト戦闘機隊ブラックタイガース隊長、レオン・カイザー。貴隊と空軍の救援に来た。』

『統合技術研究部試験飛行隊所属のYFR-1シルフィード。支援に来た。』

「ありがたい・・・!感謝する!」

『どうすれば良いですかな?魔女の頭目さん?』

「敵機を全て落とす!それだけだ!」

『了解!全機突入!』

『了解。』

「待て、シルフィード。」

 アイリスはシルフィードを呼び止めた。

「私のスカウトを蹴っ飛ばして、中々良さそうな物に乗っているな?」

『・・・乗せませんよ?』

「空軍最高峰を蹴ったんだ。それくらいの対価、あってもいいと思うんだが?」『嫌な物は嫌です。』

 即答だった。

「・・・ケチ。」

 子供のように呟くアイリスだった。

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