第8話

同14:30

ルタ駐屯地 第3会議室


「それでは詳細を説明する。」

 暗くされた部屋に明るいプロジェクターの光がやや眩しい。室内の人間は、イリヤ、自分、そして第6戦闘攻撃中隊中隊長のネクト・ゴールドマン中尉と副長のリチャード・ガイル少尉。

 表示されている地図には一応、森と表記されていた。

「空軍の偵察による結果、敵はこのエルンハルト周辺の森林を切り拓き飛行場を作った。」

 地図の隣に航空写真が表示される。地図上に森となっているはずの部分が、一部を残して飛行場になっていた。

「ほ~ん。」

 適当なゴールドマン中尉の返答と、

「なかなか手が早いですね。」

 冷静なザン少尉の返答がタイミングよくなされた。

「確かに、敵ながら天晴れといったところだ。まず第3独立戦車大隊が周辺に配置された対空機関砲やミサイル、レーダーを破壊。その後、赤色信号弾を発射。第6戦闘攻撃中隊は爆装した戦闘機が低空より侵入。赤色信号確認後、突撃。倉庫と格納庫、各種施設を叩く。B-17及びB-18爆撃機は高度を取り、滑走路を完膚なきまでに叩く。この破壊には第3独立の砲兵隊も参加する。これで詳細の説明は終了だ。質問は?」

 プロジェクターの電源が切られ、部屋が明るくなる。

 と、同時にスッと手を挙げた。

「飛行場を守っている敵の数。これだけは教えてください。」

「諜報員とEOPの報告によれば、対空機関砲が連装8基16門、単装7基7門の計15基、23門。対空ミサイルランチャーが連装18基、三連装12基の計30基。対空レーダーが8基。」

 うげぇ。

「それだけではない。守備兵200人。戦車41両だ。対人、対戦車地雷は森の中には仕掛けられていないが、真っ正面に地雷原がある。」

 あの~、戦力差、倍以上あるんですがそれは・・・。しかも地雷か・・・。

「さすがに三独戦だけではキツいだろうから、第1特機連配属分のAMX-13/90を1両、第2特機連配属分のチャーチルMkⅦとM4A3E8シャーマンを各1両、それとM7特殊戦闘車3両を貸そう。あと改装案も認可を出す。」

「はぁ・・・。」

「他には?」

 手は挙がらなかった。

「ではこれで解散とする。作戦決行は1週間後だ。」

「はっ!」

「了解。」

「了解しました。」

 第3会議室を後にし、細かい所を仕上げることになった。


6月4日09:50

ルタ駐屯地第4区画陸軍第4工廠


 4廠(よんしょう)と呼ばれることも多いこの工廠は整備や開発、製造を行う他の3つの工廠と違い、装備の改造や改良と整備のみを請け負う。そこにはⅥ号戦車E型とM4Mk2cなどといった第3独立戦車大隊各車が砲塔と車体が分けられ、何両かは砲塔から主砲が取り外されて鎮座していた。

「それで?」

「恐らくマズルブレーキを外したからだと思われます。」

 実はネストリア奪還の後くらいから、時速40km以上の高速走行をするときに主砲周辺から変な音がなるようになっていた。

「あんまり問題ないはずだったんだけどなぁ。」

「まぁ、撃ちまくりましたし・・・劣化に近い形ですかね。駐退器とかが死にかけています。」

「じゃあ、マズルブレーキの復活ってところか。」

「それと各種部品の交換ですね。それとM4の方はL7A3を弄ったやつを積めるようにしています。」

「今すぐにでもやってくれ。迷惑をかけると思うが・・・。」

「いえいえ、我々も整備以外の仕事があまり回ってきませんし。整備だけしてると吐き気がします。」

 ワーカホリックかっ!?

「よろしく頼む。体壊すなよ。」

「はっ!」


6月5日 17:50

ルタ駐屯地入り口


「よっ、と・・・。第3独立戦車大隊分遣隊、帰還したぜ!」

「おかえッ!?」「おかえりなさい!」

「グホッ!!て、てめぇ!何しやがる!?」

 セレス(ルイスの嫁)が自分を押し退けルイスにボディーブr・・・じゃなかった。抱きつく。

「だって~寂しかったんだも~ん!」

 ルイスからしたら、回りの独身(兵士将校)の絶対零度の視線と、既婚者及び通りすがった近隣住民の温かい(?)視線がキツいだろう。

 そういう自分もニヤニヤしているが。

「とりあえず離れろ!暑い!」


6月8日 14:05

ルタ駐屯地 第3独立戦車大隊用執務室


「ユリア・カイル曹長、現時刻より通常の勤務に復帰します。」

 最後の人員が休暇から帰ってきた。これで次の作戦ができる。

「よし。14:30に第1会議室に集合。それまで待機だ。」

「はっ。」

 最近、隊長業も板に付いてきたと思うんだがどうだろうか。


同14:30

ルタ駐屯地 第1会議室


「今回の目的は、飛行場の対空兵器およびレーダーサイトの破壊だ。」

 航空偵察の情報を反映させた地図に指示棒を叩き付けながら解説する。

「まず、飛行場から50kmの地点でレオパルト1、センチュリオン、BT-7、PT-76、ウォーカーブルドック、AMX-30 2両、T-28T 1号車、AMX-13、スナイパー組は別動隊として離脱。残りは囮兼本隊として守備隊と戦車を引き寄せる。別動隊は見つからないように全速で破壊して回ってくれ。別動隊の隊長はルイス、副長はクレアだ。本隊はレーダー・対空火器の沈黙を確認次第、正面の地雷原を突破。航空隊の支援を行う。」

「了解。また派手だな。」

 一番前の右端に座るルイスがそう答えた。

「・・・一つ、よろしいでしょうか?」

 センチュリオンの車長、クレア・スタフォードが手を挙げた。

「どうした?」

「副長は了承しました。ですが、この作戦、キツくないですか?」

 おお。流石歴戦のベテラン。

「ああ、正直キツい。これはあくまで事前の情報を元に作った作戦だ。何が起きるか分からない。だから、臨機応変な対応が求められる。君ら二人ならそれができると思っているが・・・。」

「・・・了解しました。」

 よし。

「作戦発動は明日!それまでに準備を済ませておけ!」

「「「「はっ!」」」」


同14:40

ルタ駐屯地 第1会議室


 会議終了後、思い出したかのようにルイスが聞いてきた。

「そういや、エイブラムスの連中がいねぇみたいだけど・・・。」

「あー。それなら・・・」


同時刻

ルタ駐屯地第4工廠


「ハンドル重い!」

「しょうがないでしょ!改造されてんだから!」

 M1エイブラムスは過剰とも言える改造を受けていた。搭乗員はその調整をしていた。

「砲弾重い・・・。」

「文句言わない!」


同時刻

ルタ駐屯地第1会議室


「あ~・・・。」

 妙に納得したような素振りだった。

 改造した車両の搭乗員はこの日までに錬成を重ねていた。


6月9日 01:00

ルタ駐屯地入り口


 月も雲で隠れ、街灯も灯っていない真っ暗闇。近くの人の顔も見えない。しかし、周囲はエンジン音(主にディーゼル)で叫ばないと隣にいるルイスと話せないくらいうるさい。

「こんな深夜に出撃すんのは、レイズ防衛戦以来だな!」

「ああ!あの時はヘッドライトだけだったなぁ!懐かしいよ!」

「2ヶ月前も前の話か!」

「そうなるな!」

 戦争をしている訳だが、色々あったおかげで時間の流れが早く感じられる。

 暗視装置だが、今はパッシブ赤外線式夜間暗視装置が車長用と操縦士用ベリスコープ、そして照準器に取り付けられている。

『点呼終了しました!』

「分かった!」

 戦車によじ登り、キューポラから入る。車内は暗くはない。

「行くぞ!各車前進!」

 ほぼ全速で針ネズミの如く武装された飛行場を目指す。


同02:20

飛行場から30km地点


『第3独立戦車大隊分遣隊各車、本隊からの離脱準備!』

 事前計画より近い30km地点で分遣隊を解き放つ。

 第3独立戦車大隊では本隊と別に動く部隊を分遣隊と呼ぶようになった。

「頼んだぞ。」

『応!分遣隊、前進!各車30kmを維持!』

 分遣隊は砂煙を押さえつつ、隊列を組んで離れていく。

「本隊も行くぞ!各車前進!日の出前には2kmまでに近づきたいな。」

 こちらも前進を再開する。今日の日の出は04:52。それまでに終わらせたい作業があった。

「工兵中隊と歩兵第1中隊、ネルント警備隊は先行!先に現地入りして野戦築城を始めてくれ。残りは追従!急げ!」

 土煙を上げつつ、履帯とタイヤの跡を残しながら進んでいく。


同02:56

飛行場から約2km地点


 所定の地点に着いたときには、陣地構築が進んでいた。

「早いな。あの後アレ貰ったからかな?」

 アレとは新たにやって来た多目的作業車のことだ。

 ニホン製の双腕作業車やジエータイの施設作業車ほど柔軟な作業ができるわけではないが、車体上部にバックホウとクレーン、前部に可変型ドーザーブレードを装備した新型車両だ。それが2両も配備されている。

 なお、完全な新規設計だ。車体の流用もされていない。

「いやぁ、多目的作業車のおかげでさぁ!」

 ならよかった。


同03:25

同地点


 簡易陣地、具体的にはジグザグの塹壕一本、野砲用塹壕、迫撃砲用塹壕、それを守る鉄条網。そしてAFV用の盛り土が完成した。

 ティーガーのキューポラから上半身を出してそれを確認し、次の指示を出す。

「よし。取り敢えずこれでいいかな。工兵中隊は後退。安全圏まで退避だ。」

『了解。』

「迫撃砲、射撃準備。」

『了解!』


―5分後―


『工兵中隊、退避完了。』

『迫撃砲射撃準備よし!何時でも撃てます!』

「了解。迫撃砲斉射開始!」

『了解!』

 外から軽快な、ただしとても小さい音が響く。

 これに驚いて、敵が出てきてくれるといいんだが・・・。

 この淡い期待は、運良く叶った。

『3・2・1、インパクト!』


同03:31

飛行場前 共和国空軍見張り所


 プレハブ二階建ての見張り所には4人の兵士がいる。それが2時間毎の交代で監視任務に就いている。

「・・・おい、何か聞こえないか?」

「いいえ、僕には何も聞こえませんが・・・。」

「気のせいか。」

 その言葉を発した後に81mmと120mmの迫撃砲弾が一斉に着弾した。破片は届かなかったが打ち上げられた土と爆風、放射状に拡がる衝撃波は見張り所まで届いた。

「け、警報鳴らせ!」

「は、はいっ!警報!敵の砲撃着弾を確認!守備隊は早急に対処に当たれ!」

 まだ日も上がらない中、飛行場を巡る攻防が始まった。


同03:40

第3独立戦車大隊 簡易陣地


 敵の戦車はこちらから700m、飛行場から1.3km離れた地点から射撃を開始してきた。

 これ幸いなことに、戦車はT-34/85、T-44、T-55だった。不幸なことは数が多いこと、輸出用の劣化版(モンキーモデル)ではなくフルスペックモデルだということ、改造されていることだけだ。

「どうやら陸軍じゃないな・・・。」

「何がですか?」

 セレスが聞いてきた。答えようとしたら、

「今対峙している敵よ。セレスティア曹長。」

 照準器を除いたままの砲手、ミランダ・カルパティア准尉がかっさらっていった。

「そ、その通りだ。」

 仕事を奪うんじゃない。

 彼女が言った通り、この基地の防衛は陸軍ではない。空軍の地上部隊だ。

 陸軍が防衛任務に当たっているとすれば、戦車はT-62かT-64。最悪T-72だった。こちらのほとんどの砲弾は当たり所が良くないと撃破なんて夢のまた夢。大戦期の戦車砲としては破格の強さを誇る88(アハトアハト)の硬芯徹甲弾(APCR)でも傾斜の付いた、実質装甲厚が500mmを超える均質圧延綱の貫通は不可能。HEAT・HESHといった化学弾頭か世界最強の通常徹甲弾、レクリング弾を撃ち込むでもしない限りだ。そしてそんな砲弾の設計図(レシピ)は帝国に無い。と言うより世界中どこにも無いだろう。128mm対戦車砲?あれはまた別だ。

 しかし、相手が大戦中もしくは大戦後10年までの戦車は別だ。対ティーガー用に出来ているため撃破は難しい。が、出来ない訳ではない。

 M2中戦車やチャーチルMk.Ⅶ、DL43。そして77mm野砲Fk96nAが放つ砲弾こそ弾かれどもその運動エネルギーは効果を示す。言い方は悪いが、装甲がただの鉄で出来ている彼らにとってはハンマーで殴られているのと同じ。その衝撃は歪みをもたらす。

「撃ち続けろ!そして当て続けろ!敵に反撃を許すなッ!」

『了解!』

 火は点いたばかり。ここからさらに燃え上がり、広がっていく。ルイス達は大丈夫だろうか?

 そんなことを考えている暇があるはずもなく、戦場は刻一刻と移ろう。

 雑念を振り払い、戦闘指揮に注力する。あいつらなら大丈夫だろう。なにせ、二人とも戦車とその運用のエキスパートなのだから。

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