第7話

同11:30

ルタ駐屯地


 自分達に割り当てられた第1ベース内で出撃前最後の確認作業をしているとイリヤが来た。

「貴様らに預けた増派車両群があるだろう。」

「そうですが・・・それがなにか?今さら返せと言われても困りますよ?」

「いや、もっと後に合流させるつもりだった第2陣も追加で使え。それとT-28T2両も貴様にやる。」

「はぁ・・・。」

「第2陣とT-28Tは5分後にここに来る。」

「了解しました。」

「お前の度肝を抜く装備ばかりだ。安心していい。」

 それって要はオンボロ兵器ってことですよね?

 思っても口には出せない。


同11:35

同地点


「・・・。」

 当たり前だけど、またオンボロ戦車だった。しかし、数だけは揃った。それに、工兵隊一個小隊に野戦砲3門。対戦車運用可能な小型の歩兵砲2門も手に入った。

 不幸中の幸いというやつだろうか。


6月1日 11:00

ネストリア市 ネルント橋ネストリア側


 シュマル市ネルント地区の端を流れるクシィ川に架かり、シュマル市とネストリアを結ぶ大型鉄橋、ネルント橋のネストリア側で第3独立戦車大隊は10分ほどの休憩を取っていた。

「敵は必ずこの橋を破壊するだろう。」

「敵より早く着けたのはラッキーでしたね、レイ大佐。」

 あの空襲の後、非常時任官として大佐に昇進(ルイスも大佐に昇進した)。敵部隊のシュマル市ネルント地区での防衛を命じられ、遠路はるばるやって来た。

 ネルント地区はこの戦争の序盤に空襲によって廃墟と化していた。まぁネルント地区、というよりもシュマル市自体あまり大きな建造物はなく農業と畜産、それの加工品製造で生計を立てていた。被害者もそれほど多くなかったらしい。

「にしても・・・誰かいますかねぇ?」

「空襲の時に地下に逃げて、そのまま逃げ遅れた人たちが度々共和国軍と戦闘になるっていう噂は聴いたことがあるけど・・・。」


同11:10

ネストリア市 ネルント橋ネストリア側


「小休止終わり!歩兵隊より対岸に渡れ!」

『了解。』

 いくら耐荷重75tの橋でも、ティーガーⅡやヤークトティーガー、エイブラムスにチーフテンなどの超重量級戦車を一片に渡すことは不可能だ。そんなことをした日には、頑強な橋が戦車を巻き込んで落ちる。


同11:20

クシィ川対岸 ネルント地区


 全ての部隊が渡りきるには10分を要した。

「予想より早く渡れたな。」

「ああ。」

「で、どうする?隊長。」

「歩兵隊と砲兵隊は三叉路に大体3分割して配置。戦車は正面の道、BにM1エイブラムスとティーガーⅡ、ヤークトティーガー、AMX一両、T-10M、Strv103(Sタンク)、DL43、M2中戦車。左の道、AにティーガーⅠ、コメット、M48一両、AMX一両、チーフテン、T-28T 1号車。残りが右の道、Cに陣を置け。各場所での配置はルイスに一任する。」

「了解。隊長はどうする?」

「歩兵隊から5人借りて、生存者の捜索に行く。もちろん、他の隊も捜索に参加な。」

「わかった。」


同12:30

ネルント地区中心部 旧聖堂


 ネルント地区中心部に位置する広場の中心に聖堂があった。もっとも、今では空襲が原因なのか老朽化なのか、ぼろぼろで一部が倒壊しかけている。

 木製の大きなドアはかろうじてついている程度で、蹴破って破壊する。

 中は取り敢えずもぬけの殻だった。M74A1の銃口を下に下ろし、指示を出す。

「軍曹、二人率いて二階を捜索してくれ。」

「了解。リザ、カイル、付いてこい。」

「了解。」

「了解です。」

さて、この階を捜索するか。

「大佐!」

「どうした?」

 少し離れた位置でレオンハルト曹長が声を上げる。

「9パラの薬莢が落ちています!相当な数です!」

 窓の方を探しに行ったマクラミレ上等兵も声を上げる。

「こちらにもあります!」

「どういうことだ・・・?」

『こちらレナード軍曹。変なものを見つけました。』

「変なもの?」

『見たこと無い薬莢です。』

「取り敢えず持ってきてくれ。」

『了解。』

 すると後ろから

「おい。」

 と、野太い声。振り向くと、ボルトアクションライフルを構えた40代くらいの男性が立っていた。

 撃たれたら撃ち返さなければならないので、銃のトリガーに指を掛ける。

「あんたら、帝国軍か?」

「・・・ああ。」

「そうか・・・良かったぁぁぁ~。」

 え?

 その人は脱力したかのように銃を下ろし、息をついていた。

「あなたは?」

「私はネルント自警団の者です。みんな~出てきてくれ~!帝国軍が来てくれたぞ~!」

 奥の方からわらわらと、男や女、子どもまで出てきた。


同13:30

ネルント地区ネルント橋付近 簡易防衛陣地


 ネルント自警団。

 その成立と歴史は中世にまで遡るという。

 その時の帝国は小さな国で、領土もこの辺りが国境だった。当時からネルント地区はこの国の穀倉地帯で、幾度か野盗や隣国からの襲撃を受けていた。

 そこで、ネルント地区のリーダーを指揮官とする自警団が設立された。

 今ではネルント地区の警察組織として活動している、らしい。

 国軍や警察と別で武器を揃えているので、見た限りチェコのZB26や日本のタイプ38ライフル、イギリスのSMLE MkⅢ、ロシアのフェドロフM1916オートマチックライフルにドイツのMP38などなど。あの博物館館長が見たら狂喜乱舞するに違いない。

「それで、ここを通ろうとした共和国軍に対して攻撃を加えていた、と。」

「はい。」

 ちなみに聖堂の2階でレナード軍曹が拾ったのはタイプ38ライフルとフェドロフM1916用の6.5×50SR弾の薬莢だった。

「あなた方の協力があれば、我々自警団はこの町に来る共和国軍を撃ち破ることが出来ます。どうか、お願いします!」

「・・・それを自分の一存で決定することは出来ません。なので自分の上司に一度聞いてみます。」

「よろしくお願いします!」

 彼は臨時で指揮所として使っている建物から出ていった。

 さて、

「こちらハンマー03。マザーベース、問題が発生した。」

 マザーベースとは陸軍の司令部のことだ。

『こちらマザーベース。どうしましたか?』

「ネルント自警団から協力の要請を受けた。要請の承認は自分の一存では決定できない。イリヤ中将の指示を乞う。」

『おいちょっと替われ。』『え、閣下。いきなり取らないでください。』『いいから。』『いやでも。』

 無線の先では聞き覚えのある声が、通信係と軽く揉めていた。

 まったく。

『ふう。で、何だっけな?』

 目的の人に替わった。

「ネルント自警団から協力要請を受けました。自分に要請承認の権限は無いので閣下に伺おうとした次第です。」

『・・・協力要請は承けろ。ただし、ここから先の戦闘に協力して貰うことが大前提だ。』

「・・・了解しました。」

 自分の仕事はこの言葉に異議を唱えることではなく、彼らに伝えることだ。


同13:35

同地点


「上からの回答をお伝えします。了承すると。」

「本当ですか!?」

「ですが、条件があります。」

「何でしょうか?」

「・・・今後、帝国陸軍の行う戦闘への参加、と言っておりました。」

「・・・皆と相談してきてもよろしいでしょうか?」

「もちろんです。」

 彼らには重大な問題だ。警察以上正規軍以下の装備を揃えているとはいえ、彼らは本来ネルントの警備と侵攻時の正規軍到着までの時間稼ぎが職だ。この国全体の戦闘への参加ではない。


6月2日10:30

ネルント地区ネルント橋付近 簡易防衛陣地


 彼らが回答を持ってきたのは翌日だった。

「我々、ネルント自警団はあなた方帝国軍に協力します。」

「本当によろしいのですか?」

 意外だった。彼らはあくまでも自警団だからだ。軍人ではない。まぁ準軍事組織だし治安維持組織だからある程度は大丈夫だが。

「この国が無くなっては、我々の守るべきネルントは無くなってしまいます。」

「・・・分かりました。あなた方の協力に感謝します。共に共和国を叩きましょう。」

「はいっ!」

 この後、第3独立戦車大隊とネルント自警団改め帝国陸軍ネルント警備隊は最前防衛線をネルント鉄橋前から中央広場に前進。この周辺を主戦場とし、最終防衛線をネルント鉄橋前に設定した。


同11:00

ネルント地区中央部 時計塔最上階テラス


「暇だぁ・・・。」

「いや暇に越したことはないでしょ・・・。」

 帝国トップ狙撃手の2人は聖堂に隣接している時計塔の最上階にいた。

「ま、こんな所に攻めてくる敵なんていない・・・ヘックチッ!」

 ユリアが右手で口を押さえた。

「どした?」

「間違って・・・あれ見た・・・。」

「あれって?」

「あれ・・・。」

 彼女の右人差し指の先には金に輝く尖塔。日光を反射し、それが目に直撃したらしい。しかし、くしゃみが出るとは・・・。

「面白いな、君は。」

「感心してる場合?」

「交代するよ。」

「お願い・・・。」

 少し下がって、監視任務を俺と交代する。

「暇だぁ・・・。」

 彼女の言う通り、本当に暇だった。

「・・・ん?」

「どした?」

「なんか今、空に見えた。」

「どこだ?」

 双眼鏡を取り出し、上空を見回す。

「・・・いた!あれ!」

「どれどれ・・・ゲッ!」

「どうしたの?」

「あれ敵!」

「嘘・・・!?」

「マジ!俺があいつに報告する!何機いるか掴めるか?」

「え~っと・・・目算で21機・・・その内5機は翼下になんかでっかいミサイルっぽい何か積んでる!」

「分かった!」


・・・


 川の対岸、ネストリア側に展開していた対空車両群は前線の前進と共に最終防衛線に進んだ。

 渡りきってから、警戒のため探知距離と精度に優れるオトマティックの対空捜索レーダーを起動した。

「レーダー、正常に起動。ッ!?高度6000mに20機程の編隊確認!」

「国籍は?」

「共和国と思われます!」

「こっちに来ているか?」

「・・・いえ、上空をフライパスするだけのようです。こちらに気付いている素振りは見れません。」

「了解。今すぐにレーダーを落とせ。俺が報告しよう。」

「了解しました。」

 スナイパーと対空部隊からほぼ同時にされた敵機群の報告は、重大な情報だった。

 彼の国の機体が向かう先には帝国陸軍最強の第1独立戦車大隊と、第3機甲大隊、そして第8歩兵大隊が、帝都奪還の布石を打とうとしていたからだ。


同11:05

ネルント地区から北に2km 街道上


 石畳がぎっしりとある程度隙間なく敷き詰められた道、通称、石畳街道の脇を縦一列に進む車両群に敵部隊の来襲を告げる報は、本部でたらい回しにされた挙げ句届いた時には遅かった。

「クッソ誰だよ情報士官は!?」

「それ言っても始まらねぇだろ!逃げるぞ!全車回頭!」

 戦車61両の内、対戦車ミサイルや23mm機関砲で凪ぎ払われた戦車は36両。対空車両は対レーダーミサイルによって随伴していた15両全て、M113A3Aは20両の内、15両と乗車していた人員の半数が失われた。

 歴史的な石畳もミサイルの破片によって一部が剥がれた。

 こうして、帝都の奪還作戦は2ヶ月の遅延が発生することになった


6月2日 11:20

ネストリア東部 ルタ駐屯地指揮官室


 帰還命令が出され、ネルント警備隊とレオパルド1、AMX-30B1改 1両、M2中戦車、T-28T 2号車を残してルタに戻るとてんてこ舞いだった。主にイリヤが。

「第3独立戦車大隊、ただいま帰還しました。」

「やっと帰ってきたか!一部戦力が見受けられないが。」

「ネルントを空っぽにするわけにはいきませんので。」

「そんな事はどうでもいい。」

 どうでもいいなら言うなよ・・・。

「次の作戦だ。飛行場の制圧破壊に行ってもらう。貴様らだけで。」

「我々、第3独立戦車大隊だけで、ですか?」

 また無理難題を・・・。

「貴様らだけ、というのは言葉の綾だ。実際には第6戦闘攻撃中隊も参加する。詳しいことは本日1430時から第3会議室で話す。遅れることの無いように。」

 オンボロ部隊が総出で事にあたる感じか。無謀極まりない。

「はっ!」

 無理難題しか押し付けられないから少し慣れたが。

 旧式兵器による新式兵器の仇討ちが始まろうとしていた。

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