第5話
同10:45
ネストリア工業地域 共和国陸軍見張り所
プレハブ2階建ての見張り所に詰めていた2人の兵士は、自分たちの占領地域から響いた爆音で居眠りから叩き起こされた。
「なんだ?」
「さあ?」
見張り所から出てみれば、工業地域外周を覆うフェンスの先、少し離れた所から煙が上がっていた。
「おい、あれって・・・。」
「た、たぶん・・・。」
彼らは突っ立ったまま、大慌てで自前の双眼鏡を構え覗きこむ。見えたのは戦車の群れ。
「嘘だろオイッ!?上等兵、警報鳴らせ!」
「はっ、はい!」
伍長の耳と脳は、銃声と地面に倒れる様な音を捉えた。
「どうした!?」
見ると上等兵は脳天を撃ち抜かれていた。
「クッ!」
咄嗟に伏せ、そのまま見張り所の入り口まで移動しようとするも銃声。上等兵と同じように脳天を撃ち抜かれ、苦しむ間もなく、伍長も絶命した。
警報を出す者は誰一人居らず、共和国第4軍はいつも通りの昼前を迎えていた。
・・・
「目標βの死亡を確認。」
「了解・・・全く、揺れるサイドカーの座席で狙撃当てるとか・・・君の目と身体、いい意味でどうかしてるぜ。」
「これが私、ユリア・カイル曹長の普通。ダメ?」
Kar98kを構え、スコープを覗き込むのは帝国最強の狙撃手、ユリア・カイル曹長。銀髪を小さく揺らす彼女にとっては造作もないことだった。元猟師である彼女に、多少見え隠れする頭部を撃ち抜くのは食事のナイフとフォークの扱いと同じだった。撃つ相手が鹿や熊ではなく、人であるという点と揺れるサイドカーの座席から狙っているという点を除けばの話だが。
「いやダメじゃないけど。」
「それに、あなたも似たようなものよ。クリス・ウェーバー准尉。」
「一応君の上官なんだが・・・。」
俺も人のことは言えないらしい。何故だ。
・・・
同10:52
ネストリア工業地域内 元鉄道駅
外周を覆うフェンスを同軸機関銃で薙ぎ払い、あるいは車体で押し倒して中に入る。敵の銃声は未だに響かない。サイドカー組(クリス准尉とユリア曹長のペア)が見張りを仕留めたからだろう。
満杯のコンテナや放置された機材の裏に全速力で隠れ、射撃の用意をする。
「歩兵、下車戦闘用意!各車射撃開始!」
『了解!』
戦車砲は慌てふためく敵兵たち―――ではなく、停車している戦車やIFVに向けられ火を吹く。
戦車は幾らか弾くが、IFVは一瞬で屑鉄と化した。
『共和国軍の皆さん、我が国の産業回復へのご協力、ありがとうございます。』
「要らん口を叩いてもいいが、電波に乗せるな!」
『へいへい。』
キューポラに設けられた展視孔から2両のT-28Tが自慢の76mm短砲身砲と20mm機関砲で弾幕を張っているのが見えた。ある意味投入は正解だったかもしれない。
『歩兵隊、下車戦闘用意完了!』
「下車戦闘開始!制圧しろ!」
『了解!AT(アルファタンゴ、装甲列車のコード)、あと少しで突入だそうです!』
「了解。」
少しって・・・。
敵は冷静さを取り戻しつつあり、反撃の銃弾も(数は少ないが)飛んできている。装甲列車の到着まで幾らか数を減らさねば・・・。
同10:52
ネストリア工業地域 元鉄道駅手前1km
「おらおら飛ばせ~!エンジンが焼き付いても構わん!それと総員戦闘配置!全砲門開け!」
時速90kmで爆走する装甲列車。その中心部にある装甲機関車内にいる工兵隊隊長は自分のM1911A1を準備しつつ、電話に怒鳴り付けた。
砲車では主砲として取り付けられた76.2mm砲に初弾が装填され、兵員車では歩兵が自分達のライフルの薬室に初弾を送り込む。
ちなみに工兵隊隊長の武器がオンボロなのかは、軍の制度ではなく個人の武器だからだ。自由の国(アメリカ)で作られ、帝国に供与された後期スロット最初のこの銃は先の大戦の時、彼の父の命を救った銃だった。
「操縦変わるから、お前も準備せい。」
「了解しました。」
運転台から降りた若い兵長はM7A2をホルスターから取り出し、準備を始めた。
「そろそろだな。準備終わったか?」
「ちょうど今終わりました。」
「操縦を返す。」
「はい。」
運転台から降りて、兵長に話す。
「そろそろ減速地点だ。ブレーキ用意!」
「はい!」
「まだだ・・・まだだ・・・。」
時間と残りの距離を見計らう。そして残り100mちょうどの所で叫んだ。
「今だ!ブレーキ全力!」
「了解!」
手前に引く様に設計されたブレーキレバーのストッパーを握り込んで一段階残して思い切り引く。鉄と鉄の擦れる音と火花を散らし、装甲列車は速度を落としていく。
「全兵装、3時方向に指向!下車は9時だ!」
「構内に進入します!」
「非常ブレーキ!」
「はい!」
残った一段階分まで引き込む。構内に入ると車両は敵と第3独立戦車中隊の間に入る形になった。
「撃ち方始めっ!下車戦闘開始!」
『了解!』
3時方向に指向された76.2mm砲が、VADSが、35mm機関砲が、RWSが、一斉に火を吹き始める。
「俺たちも降りるぞ。」
「はいっ!」
彼らの仕事は一度終了、銃撃戦に参加する。次の出番は撤収もしくは進撃の時だ。
同10:53
ネストリア工業地域内 元鉄道駅
「ATより通信!我突撃す、です!」
それとほぼ同時にATが突っ込んできた。突撃前に連絡を寄越して欲しい。
そして急停車。中心に位置する機関車の両側の兵員車からわらわら人が降りてくる。
「よし、地域制圧開始!」
歩兵22名と76.2mm4門、多銃身20mm2基、35mm2門の増援を受け本格的な制圧を開始する。
しかしまだ知らなかった。この隊とこの戦車に悪魔が忍び寄っていることを。
同10:55
ネストリア工業地域内 元鉄道駅 共和国陸軍第4軍第3歩兵師団第2大隊第4中隊第1小隊対戦車手
「フーッ。」
彼はコンテナの影に息を潜め、機を見計らっていた。右肩に担ぐのはRPG-7の共和国独自改良型のRPG-7R。
覗き込む照準器に1両の戦車が入ってくる。距離は必中の50m、狙うは砲塔の側面、砲弾の誘爆を狙う。
「喰らえ虎ヤロウ!」
トリガーを落とすと後ろから激しいブラスト。弾頭は火薬の圧で押し出され、ロケットの推力で増速していく。
そこまで見届けた所で彼は倒れた。帝国最強のスナイパーが放った一発の鉛弾によって。
・・・
「アアアアアッ!」
微妙に煙い車内がさらに煙くなり、それと同時に装填手が悲鳴を上げたのは、動こうとしていたT-72を接射で撃破して次弾を装填した直後だった。
「どうした!?」
「あっ、足ッ!右足ッ!イダイよぉ!」
見えにくいが空の砲弾ラックがひしゃげ、さらに砲塔に空いた穴が見えた。
「チッ・・・こちらハンマー031!装填手負傷、後退する!」
戦車を後進させ装甲列車の裏に逃げ込む。すぐに周囲にM12が4両やってきて取り囲む。キューポラのハッチを開け砲塔の上に乗り装填手用のハッチを開ける。
「少佐ぁ!助けてぇ!助けてぇ~!」
そこには右膝の少し上にラックの大きな破片を受け、痛みに悶え泣く装填手。
「待ってろ、持ち上げるぞ。」
彼女の脇に腕を回し、引っ張りあげる。一度砲塔に寝かせ、いわゆるお姫様だっこの状態にシフトする。周辺警戒中の兵士達の視線が痛いが、救護活動の一貫と自分に言い聞かせる。そのまま砲塔を降り、車体の上から飛び降りる。
「グッ!」
衝撃で自分の足が悲鳴を上げるが、構っていられない。そのまま、近くのコンテナに背中を預けるような形で寝かせる。彼女は出血で気を失っていた。
戦車備え付けの救急キットから止血帯を取り出し、太ももの付け根付近にきつめに巻き付ける。
「ふーっ。とりあえずこれで。あとを任せる。」
「わかりました。」
衛生兵に後を任せて、車体に飛び乗り装填手ハッチから入る。
「どうでした?ミリア・・・。」
「たぶん・・・足を切ることになる。破片が大きい。」
「そうですか・・・。」
「戦闘を続行する。」
「了解。」
その後、ネストリアの正面から突入した友軍によって都市部から援軍としてやって来た敵軍諸とも挟撃。殲滅した。
・・・
ネストリア奪還作戦 オペレーションアルターエゴ報告書より抜粋
戦果
戦車・IFV多数撃破
榴弾砲等多数破壊
捕虜25名
損害
戦死15名
重軽傷38名
Ⅵ号E型ティーガー小破(装填手重傷)
M10ディフェンダー1両撃破(搭乗員脱出)
T-28T 2号車中破(左履帯断絶、主砲塔及び第2副砲塔旋回装置損傷、第2副砲装填手軽傷)
(中略)
ネストリア工業地域の奪還は今後の戦局を好転させるだろう。
課題
第3独立戦車中隊の一部車両のHEAT弾やHESH弾などの科学エネルギー弾に対する脆弱性である。対策としてシュルツェン等の増加装甲を取り付けなければならない。
(以下略)
5月25日14:05
ネストリア公務員共済病院外科203号室
彼女は未だに目を覚まさない。
彼女の右足は太もも4分の3より下は無く、部屋にはただバイタルの音が響く。
「はぁ・・・また来る。」
「・・・っ。少佐?」
「っ!?ミリア!」
抱きつこうとするが、理性が一歩手前で止めた。
「・・・ミリア曹長、言いにくいのだが。君の右足はもう無い。」
「はい。」
「それと、配置転換だ。」
「え・・・?」
彼女が目を覚ましたら伝えることだった。
「その足では戦車でこれまで通り装填手(リローダー)をすることはできない。」
「でもっ!」
「君を失うわけにはいかない。」
「・・・分かり・・・ました。」
「・・・すまない。転換先の希望はあるか?」
「少し、考えさせてください。」
・・・
同16:50
ネストリア東部 ルタ駐屯地
ネストリア東部に位置するルタ駐屯地の司令室にイリヤに呼び出された。
「失礼します。」
「入れ。」
「レイ・エーギシュガルト少佐、ただいま到着しました。」
見渡すと部屋の端に近い位置にある応接セットのソファーに男が座っているのが見えた。中肉中背を体現しており、スーツをばっちり着込んだ、50代くらいだ。
「おお、彼が?」
「はい。紹介しよう。彼はルイハス私設兵器博物館館長のマルザス・カンザ氏だ。」
「初めまして。マルザス・カンザと言います。シュリビアール少将からお話は聴いております。」
そう言ってカンザ氏は手を差し出してきた。
「初めまして、カンザさん。レイ・エーギシュガルト少佐です。」
カンザ氏の手を握り返す。
「まぁ座れ。」
応接セットのイリヤの横に(少し間を開けて)座る。
「よし、軽く自己紹介が済んだところで、本題に入ろう。」
「本題?」
ああ、とイリヤは頷く。
「帝国軍は人不足かつ兵器不足だ。人不足はPMCと勇気ある国民で取り敢えず何とかなっている。だが兵器不足はどうにもならん。」
「はぁ。」
「そこで、彼の兵器博物館というわけだ。」
「どういうことです?」
「それは私から説明しましょう。」
「お願いします。」
彼は軽く咳払いをして、
「えー、我が博物館では全展示品のレストアを進めております。」
だいたい話が読めた。
「レストアの終わった車両を貸し出すということですか?」
「いえ、貸与ではありません。譲渡です。」
は?
「譲渡、ですか?」
「もちろん無償ではありません。展示品のレストア費や設備維持費をいただきます。」
「・・・あなたがそこまでする理由は?」
さすがに踏み込み過ぎただろうか。
「・・・そうですよね。私が言っていることは最悪収支が取れない。こちらもそれは重々承知です。」
「では何故?」
「この国が好きだから、ではダメでしょうか?」
・・・ちょっと胡散臭い。
「まだダメなようですね・・・。私の妻を彼らに殺されたんです。」
「っ・・・申し訳ございません。」
頭を下げる。
「いえいえ、あなたはそういうお人だと少将から聴きました。」
こいつ・・・どこまで喋った?イリヤの方を見ると全力で顔を逸らしていた。
「はぁ・・・ま、いいんじゃないですか?」
「本当ですか!?ありがとうございます!」
二日後。
彼の博物館から戦車10数両と装甲車4両、対空自走砲1両、航空機9機がやって来た。
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