第2話

5月13日00:20

レイズ南西端 防衛拠点入口待機スペース


「やっと着いた~。」

 隊長車のティーガーⅠの車長席で少し一息。06:00に発動される迎撃作戦「オペレーション・カウンターナックル」に参加するため、2時間かけてレイズ北東の端にあるイルスタ駐屯地から輸送車両(トランスポーター)にも乗せず、サイドカー付オートバイのBMW R75の先導とヘッドライトで夜道を走り通してきた。ティーガーや他の戦車が壊れないか心配だったが改造はサスペンションやエンジン、トランスミッションなどの駆動系にまで及んでいるらしく壊れる素振りを見せなかった。

「ここは最前線です。気を抜かないで下さい、隊長。」

 彼女はこの戦車の砲手(ガンナー)。この隊一のベテランで、まだM6の大半が現役だった時に湾岸戦争に参加していた。帝都襲撃後の従軍者が半数を占めるこの隊には重要な人員だ。

「分かってるさ。撤退戦に参加してない訳じゃないからな。」

 インカムのスイッチを押して中隊各車に繋げる。

「報告に行ってくる。ルイス、戻ってくるまで指揮を頼む。」

『了解。』

「頼んだぞ。」

 キューポラのハッチを開け外に出る。日の出前だが防衛拠点は照明装置やヘッドライトによって明るくなっていた。灯火管制なんてあったもんじゃない。

 本部のテントは一際大きく、すぐに発見する事が出来た。

「失礼します。」

 中にはイリヤ少将と伝令と思われる兵士一人がいた。

「第3独立戦車中隊、先程到着しました。」

「来たか、レイ。貴様たちの防御陣地はここだ。」

「了解です・・・ってそこ予想進路の真っ正面ですよね?。」

 自分も作戦会議にいた筈、何故か知らされていなかった。

「そうだが?」

「自分の隊、旧式しか無いんですが?」

「そうだな。」

「いやいやいや!そうだな、じゃなくて!」

「まぁ支援は惜しまんさ。貴様から航空攻撃と支援砲撃の要請を出していい。が、投入するタイミングは見極めろよ。それと同じ位置に展開する対戦車砲4門と戦車6両を自由に使っていい。」

「はぁ・・・。」

「大丈夫だ。貴様と貴様の隊ならできる。」

「了解・・・。」

 諦めるしかない。ここで睨み合っても戦局に影響しない。

「そこまでの誘導は?」

「彼が行う。貴様の隊にはケッテンクラートがあったよな?それを使わせてくれ。」

「了解です。失礼しました。」

 敬礼をして退出する。すると

「レイ。」

 軍(しょくば)では絶対に使わない呼び方で呼ばれた。

「何ですか?」

 振り返ると、普段の大胆不敵そうな態度とは裏腹に、妙に深刻そうな顔をして

「死ぬなよ。」

「・・・了解。」

 返答に困る命令をしないで欲しい。ついでにそこの伝令君が固まっちゃってる。

 テントを伝令君と一緒に出て、待機スペースまで案内する。途中色々な兵士とすれ違ったがM74やミニミ、P90など現行装備で武装したもの、M1918BARやM1ガランド、M1903A3など退役装備で武装したもの、果ては武装がリボルバー拳銃のM1917のみのもの、鹵獲品のMP18で武装したもの、私物と思わしきM73レバーアクションライフルやガスライフルで武装したものもいた。

 この国大丈夫か本当に?空軍も何機かレシプロ機復活させてるし、そもそもセイバーとかファントムとかトムキャットが未だに現役だし、陸軍(うち)に至っちゃWWⅠの砲も現役だし・・・。

 そんなことを考えていると、待機スペースにまで戻ってきた。

「隊長!お帰りなさい。」

 何故か車外に砲手がいた。簡易ベンチを広げてそこで持ち込んだと思われる小説を読んでいた。

「応!ちょうどいいや、彼をクラートの所に連れて行ってくれ。」

「了解です。」

「あと各車車長と砲兵隊長、歩兵隊長を呼んできてくれ。うちのテントに集合で。」

「分かりました。」

 自分もテントに向かう。


同00:30

レイズ南西端 防衛拠点内 第3独立戦車中隊用テント


 複数の蛍光灯で照らし出された、中隊用テントの中には大机とそれに載せられた地図、簡易黒板と12人の人間がいた。

「この隊の防衛地点はここ。」

 地図上にグリット用の木片を置いていく。

「そして敵の予想進路はこうだ。」

 地図上に赤マーカーでラインを引く。

 すると隊長ズの顔が一気に険しくなる。

「これは・・・。」

「無理がありますね~。明らかに。」

 のほほんとした声でそう言うのはセンチュリオンMk5の車長。こう見えて湾岸戦争では中東でM6の車長をやっていた・・・らしい。ちなみに女性だ。

「ああ。それは言った。増援で戦車6両と対戦車砲4門がうちの指揮下に入るのと砲撃支援とCAS(近接航空支援)を自由に呼んでいいって言われた。」

「それでもなぁ・・・。」

 そう言うのはPT-76Bの車長。この隊唯一の大戦後東側車両で、西側仕様に改造されて取り回しが通常と違う本車を操る熟練の車長だ。ちなみに女性だ。

「で、どうする?隊長。」

 ルイスが聞いてくる。

「どうするもこうするも、与えられた権限と戦力の中で遣り繰りするしかあるまい。」

「だよなぁ・・・。」

「とりあえず、ダックインは絶対しよう。相手は第2.5世代、レーザー測距儀は装備していない可能性のほうが高い。」

「逆襲の時は?」

 M4Mk2cの車長が聞いてきた。M4Mk2cは帝国型のM4で車高が低く、車幅が広く、要はM4の車体を潰したような形になっており、この隊のは105mm榴弾砲を積んでいる。非常に扱いづらい本車を操る熟練の車長だ。ちなみに女s(ry

「それは問題ないだろう。」

 逆襲が始まれば敵は大混乱に陥るに違いない。それに逆襲のタイミングはイリヤが出してくれる。

「じゃあ解散。防衛地点に移動!」

「了解!」

「了解しました~。」

「了解です。」

「こちらも了解しました。」

 各車長思い思いの返答を聞いてからテントより出て、ティーガーに乗り込む。

「お帰りなさい、レイ中佐。どうでした?」

 と言うのは装填手。帝都襲撃後に入隊した新人だが、装填手としての腕は確かなものだ。本人曰く

「重いものを持つのには慣れてますから。」

とのこと。ちなみに女s(ry

「ま、士官クラスの了解を取り付けた感じかな。作戦に無茶があるのは変わらないけど。」

 インカムをオンにして、中隊各車と砲兵隊、歩兵隊に繋ぐ。

「総員、移動開始。BT、PT、M41と歩兵はグリットD(デルタ)129に、砲兵はC(チャーリー)132に、残りはA(アルファ)250に移動。その後、全体通信があるまで待機!」

『了解!』

 複数の返答を聞き、車長用通信機のセレクターを隊全体から車内に切り替える。

「エンジン始動、先導のケッテンクラートの後に付け。」

「了解。」

 ディーゼルの甲高い悲鳴のような始動音。振動は大きくなり、車内はエンジン音ですぐ近くの砲手や装填手に声が伝えにくくなるくらいにうるさい。キューポラから上半身だけ出し、周囲の視界を確保する。他の車両もエンジンを始動している。

 軽快な音を立て横をケッテンクラートが追い越し、前に出る。

 通信機のセレクターを弄り、中隊各車に繋げる

「中隊各車、前進!」

 エンジンの回転数が上がり、ゆっくり前進を始める。

 全力反撃作戦はゆっくりと、しかし着々と進行していった。


同05:45

レイズ南西端 防衛拠点司令部テント


「少将。」

「ああ。」

 マイクを手に取る。送信先は陸軍と空軍の全部隊。

「陸空軍、全部隊に告げる。15分後より作戦が開始される。ここで勝利すれば帝都奪還も夢ではない。」

 一度言葉を切り、続ける。

「だが帝都奪還前に死んでしまっては意味がない。よって、全部隊に指導者権限で命ずる。生きろ。生き残って帝都に、全員で帰ろう。以上だ。」


同05:50

レイズ北東端 メルーザ空軍基地第一格納庫


 3本の滑走路と10個の倉庫と同数の格納庫、そして一際高い管制塔とその他諸々。

 今この基地の第一格納庫には帝国空軍の残存するほぼ全ての戦闘機部隊員がすし詰め状態に近いくらいにごった返していた。

「総員傾注!」

 機械式メガホンを介して話すのは帝国空軍最精鋭部隊、第6戦闘機中隊「ホワイトウィザーズ」の隊長アイリス・マクスウェル少佐。

 ちなみに空軍は大隊と連隊の結接が無く、中隊の上は師団に直接している。何故だかは今ではもう不明だが。

「少将閣下の演説は終わり各員もう飛びたくて飛びたくてウズウズしているのは私も分かる。なぜなら、私がそうだからだ。」

 発作的な、大きい笑いが格納庫内に巻き起こる。空軍の実質的なトップであるアイリスを含め彼・彼女らは憧れの的である戦闘機(ファイター)パイロット。空に生きる防人(さきもり)である。

「だが、命令を無視して飛び立てば軍法会議ものだ。空を飛べなくなってしまう。」だが、

「だが敢えて言おう。それくらいの気概が無いとこの国の空は守れない!」

 実際、それだけの勢いが無いと制空権確保はおろか、航空戦力の優勢も取れないくらいに戦闘機の数は少なかった。

「さて、そろそろコックピットに入らないと私が死にそうだから少将の言葉を借りて締めるとしよう。」

 一度言葉を切り、

「生きろ。生き残って帝都の空を、ここにいる全員で飛ぼう。以上だ。」

 格納庫内の全員が敬礼を送る。

「総員、出撃準備!パイロットは席に着け!」

「「「「「「応!」」」」」」

 威勢の良い掛け声と共に愛機に駆け寄るパイロット達。ここの基地には中古のF-14の後席を潰した単座型のF-14LトムキャットⅡ、輸入したF-16Cの帝国向け機体のRとそれの複座型のDR。中古のF-4に改造を施したF-4NファントムⅡ。そしてF-86に大改造を施したF-86ZセイバーⅡがあった。

 他に単座迎撃戦闘機JAS39CRグリペンとその複座型JAS39DRグリペン、攻撃機のA-10RサンダーボルトⅡとレシプロのハリケーンMk.Ⅳd、Ju87G-3「スツーカ」、A-1Dスカイレイダー、モスキートFB.MkⅥが2機ずつ、その他輸送機、練習機、早期警戒管制機と早期警戒機があるが、輸送機と練習機は後方に逃がしてある。そして、早期警戒管制機と早期警戒機は常時空に上がっている。2種のグリペンとレシプロ機は航続距離が短いため、サンダーボルトは対応時間を短くするため、更に前線に近い基地にある。

「おい!アイリス!」

 基地の長がアイリスに声を掛ける

「何でしょう?」

「お前らは2機ずつ一片に上げる!編隊離陸、いけるな!?」

「愚問です。」

 アイリスはヘルメットを着けコックピットに収まる。

「よし!まずはホワイトウィザーズだ!誘導始めろ!」


・・・30秒後・・・


 アイリスはヘルメットに付けられたマイクに話しかける。それに応えるのは、現状一番高いところにいる管制官だ。

「Meluthe tower. Reqest QNH」

『Wizard01,Meluthe approach. 3102』

「QNH3102,Wizard01」

誘導員の指示で格納庫内から外に出る。

『Wizard01, order vector120 climb free. Contact Channel 1 .Read back.』

「Wizard01. vector120 Climb free. Contact Channel 1.」

『Wizard01, Read back is correct.』

誘導路に入ったところで、管制塔から地上での最後の指示が出る。

『Wizard01. Wind calm. runway01 Cleared for takeoff. Good luck.』

「Wizard01 roger, runway01 Cleared for takeoff.」

 ジェットの噴流炎の色が変わり、1本の滑走路から勢いよく2機が空に駆け上がる。隣とその更に隣でも同じだった。

 1分で6機全てが上がった。帝国空軍最精鋭部隊の本気だった。

「さて、困っている陸の友人を助ける前に同業者を落とさなくてはな。中隊全機、アフターバーナーオン、全兵装使用自由(オールガンズフリー)!レーダーに入った奴から撃ち落とせ!」

『02、ラジャー。』

『03、ラジャー。』

『04、ラジャー。』

『05、ラジャー。』

『06、ラジャー。』

「往くぞ!」

 音速を超えた無数の銀翼は戦の空へと駆けていった。


同06:00

レイズ南西端 防衛拠点司令部テント


「時間だな。」

 15分前と同じマイクを手に取る。

「これより、オペレーション・カウンターナックルを発動する。総員、戦闘配置!」

 前線行きのトラックの最後の便が出発し、途端に防衛拠点は静かになる。上空からジェットの音が響く。

 遂に戦いの火蓋が切って落とされた。

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