ベター・ハーフ

@mimasakana

第1話 ゴーイング・コンサーン

「これは夢だ」と気付いていながら、目を覚ますことができない夢にいたようで、今、現実とはどういうものだったか思い出している。


 パンの上に何か載せようと考えるが、何も思い浮かばない。何も載せないでもパンが食べられるほどには、食欲がない。昼食を買いにスーパーやコンビニに行っても、何分か立ち尽くしていた。


 それでも食べなければいけないし、眠らなければいけない。もう一人、不老不死が可能な人格を作り、その人格は私の意志でしか動かない。栄養不足、睡眠不足、精神不健全で判断を誤れば、その人格は永遠に続く可能性がある命を、すぐにでも失ってしまう。



 ゴーイング・コンサーン。



 継続企業という意味だ。


 会社は雇用を生む場所であり、経済の生まれる場所だ。会社は「法人格」という人格を持ちながら、人間と違って、命が終わる目安がない。


 継続していくことが、会社の使命である。会社は社会に、真に必要なものである。


 生きているだけで会社は価値がある。おそろしく繊細で環境に環境が左右されやすく、人間が常に世話しなければ生きていけない。


 まるで永遠の赤ん坊のようだ。


 もう何カ月も、赤ん坊と二人きりの世界から、ネットに救いを求める母親のように、スマートフォンを手放せなかった。その先には現実からの逃げ場があった。

 

 ただ、その逃げ場は夢でも現実世界でもあるところが非常にやっかいだ。


 ゴーイング・コンサーンという赤ん坊を守る自分が倒れないために逃げたところは、同時に自分を殺しかねない場所でもあった。





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