早川恵美子

「三人とも、ちょっといい?」


お茶を出すと部屋を離れた裕の母親が三人に声をかけた。


「ほんとは裕に口止めされてたんだけど裕の秘密を話してもいいかしら。」

「あの、おばさん、秘密って?」

「美玖ちゃんに裕が言った事があるはずよ。”未来は簡単に変えちゃいけない。変えたらその分大きな代償が自分に返ってくるから。”って。それ、私も言われたの。」


裕の母親は目を閉じて話し始めた。





この子のお父さんは少し変わった人だった。

なぜか雨とか事故とか予測できたのよ。

結婚前提に付き合っていたけれどその前に子供ができた。裕が。


「その子供は生きられない。だからおろせ。」


すぐそう言われて。裕はきっと病気をもって生まれるのか、未熟児なんだってすぐに分かったわ。でも気持ちとは裏腹に体は正直だった。産婦人科でおろすと言うに言えなくて結局生むって宣言しちゃったの。

そしたらこの子のお父さんが同じような事を言ったわ。


「未来を本来変えるのはよくない事なんだ。その子がたとえ生きられたとしても、

幸せになれるのは未来の先のものしかわからない。それでも生むか?」


産む。って言った。もう叫んだみたいなものだった。

けれど覚悟はできていた。裕が生きられる時間を精一杯愛そうって。

そしたらこの子のお父さんは私に全財産を託してどこかに行ってしまったの。

婚約指輪と結婚指輪と婚姻届けと離婚届けに全部サインして。

たくさん泣いたわ。だって彼のすることはわかっていたもの。

一つの命を守るためには一つの命を犠牲にしなくてはならなかった。

彼の先祖はそういう類の種族で彼が強く引き継いでしまったの。

生まれてきた裕はもっと強く引き継いだ。全ての未来がわかるように。

普通引き継ぐのは何十年も先の子孫と言われていたのだけれどそれも普通の人にはわかるわけないのよね。


「僕、明日運動会休む。」


小さい時は嫌なことがあると分かれば休んだり遅刻したりした。

でもどんな時も翠ちゃんが一緒にいてくれた。

高校に入ってあまり言わなくなったけれど裕はたくさん見えていたんだと思う。


高校三年の冬、裕が私に教えてくれた。


「母さん、俺卒業式に死ぬから。」

「え、卒業式って、裕、どうして?」

「本当は翠が死ぬんだ。」

「意味が分からない。だからってどうして裕が死ぬのよ!」


裕は私を抱き寄せていった。


「ごめんね。守りたいものができたんだ。命に代えても大切な人が。

本当は未来は簡単に変えちゃいけない。変えたらその分大きな代償が自分に返ってくる。命を助けるために他の命を代償としないといけないんだ。」

「なんで、それを…裕、お父さんの事…」

「生まれた時から知ってた。父さんの種族の血を引き継ぐ者はみんな本能でわかってるんだよ。」


すっかり背が高くなって抜かされた背中を叩いて私は裕に初めて怒った。


「だから何よ!死ぬことを許せるわけないじゃない!大体、裕を生きさせたのはお父さんよ!?その命も無駄にすることになるのよ?!裕がいくら大切な翠ちゃんでもお母さんからしてみたら裕の方が大事に決まってるじゃない!」


声を荒げながら泣きながら裕を説得しようとしたけれどだめだった。

だって裕は笑ってたんだもの。


「ありがとう。母さんが俺の母さんでよかったって思う。父さんだって。あの日父さんが死んだのは俺の為じゃない。母さんのためだったんだ。」

「なに、意味がよくわから…」

「過去も見れるんだ、俺。たまに強い力を継いだものはその種族の過去未来全てが見れる。どうするわけでもないけれどただ、過去は知れるんだ。」

「だ、だからって、お父さんが死んだのは…」

「うん。父さんは俺が翠の為に死ぬことを知っているからおろせと言ったんだ。俺が死ぬのを母さんが悲しまないように。」

「じゃあ何も死ぬことは…」

「死んだのは母さんの命を助けるため。俺を産めば本当は母さんは体を壊して死ぬんだ。俺と父さんを置いて。だからそれを知っていたから父さんはすべて置いて死んだ。それも自分が愛したことを忘れられたくないから。」


ふらついた私を椅子に座らせ向かいに裕も座りなおした。

裕は私の手を握って笑った。


「どうしようもないよね。だって俺も父さんの子だし。好きな人は守りたいんだ。」




それから裕は出来る限り友達と遊んで私と一緒に出掛けて親孝行した。

卒業式の日は誰よりも早く起きて支度をして時計を見ていた。


「母さん、行ってきます。」


行ってらっしゃいなんて言えなかった最後に何も言えないままドアが閉まった。

やっぱりだめだと思って靴を履いたら裕がドアを開けて抱き着いてきた。


「ありがと、大好き。産んでくれたことも引き留めてくれたことも。母さんの子供で本当に良かった。大丈夫、母さんは前に進める。父さんも俺もそばで見守ってるから。だから幸せになってね。俺みたいに!」


離れてドアが閉まる直前にドアを開けて叫んだ。


「裕!行ってらっしゃい!」


裕は笑って手を振って走った。

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