第三.五話 夜の小噺
「なにこれ……まるでお城みたい……」
部屋に入るまではしぶしぶといった表情をしていたリィンが、扉を開けるなり瞳を輝かせる。部屋の中を駆け足で巡り、ドアと言うドアを開け、隅から隅まで探索を始めた。
――部屋の装飾は、彼女がこれまでに見たことがないぐらいに豪華だった。
天井には小型のシャンデリアが備え付けられており、爛々と白い灯りで部屋中を埋め尽くしている。キングサイズのベッドには天蓋が付いており、風呂場へと繋がる通路にはステンドグラスが嵌められていた。風呂場は大の大人が数人横になれるほどに広く、浴槽の端には獅子の彫刻が象られている。
「――――」
こういったホテルの存在と用途は知っていたものの、実際に中に入るのはアベルも初めてのことで。内装の豪華さに驚きはしたが、そんな様子を表に出すほど迂闊ではなかった。
「私……こんなところで寝るの初めて……」
屋外では野宿、運良く雨風をしのぐことのできる場所に入っても床や椅子で寝ることもしばしば。キレイに洗濯され白く輝く、ふかふかのベッドなど夢のような存在だったのである。
「……そうか」
電子ロックのかかった硬質的な扉が唯一の出入り口、無機質で調度品などは最低限のものしかない、その中で一人佇んでいた
「私は“あの部屋”から出たことが無かったから。食事だけは豪華だったけど、それもわざわざ別の料理を作る手間が無駄だと感じたからでしょう? 壁一枚先にあって、ずっと夢見ていた光景が目の前にあるだなんて嘘みたい……」
そう言いながら、今度はベッドに上がり、枕元のパネルやらスイッチを弄り始めたリィン。そのうちの一つを押した途端、ゆっくりとベッドが回転し始め、驚きの声を上げる。
「ベッドが回転するんだけど!? 何で!?」
「…………」
突然尋ねられたのだが、アベルも初めて見たもので、その理由など分かるはずがない。リィンの純粋な質問の答えに窮した結果――適当な答えを返した。
「ここらは特に磁場が強いから、同じ方向で寝続けると脳に異常が出るんだ」
そんなこと、本来ならば有り得ない――そういった“
理屈で考えれば大嘘だということが分かるだろうが、知識の乏しいリィンはその嘘を素直に受け入れ、顔が青ざめていた。アベルもそこで嘘を白状すれば良かったのだが、うやむやにしたまま。後々それが嘘だとばれ、顔を真っ赤にした彼女から烈火のごとく怒られるのはまた別の話である。
更には『それならばアベルも同じ様に寝なければ』と同じベッドで寝かされた上、夜中の間延々とベッドが回転し続け、寝つきが悪くなったのも自業自得だった。
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