第三話 拠点
二人が宿にありついた、それから一時間ほど歩いた後のことだった。
まだ街の半分程度しか動いていないと考えれば、運が良かったのか。
あまりに殺風景な街だったこともある。リィンが疲弊を露わにしてきたところで、仕方なくアベルが通行人に道を尋ね、ようやく見つかったのだった。
道行く人に聞いても、『ホテルなんてあったかなぁ』と首を傾げる者ばかり。
同じ街に住んでいるのならば、基本宿など使う目的もないだろう。
その中で、いかにも品のなさそうな男が、にやけ顔で進めたのがそのホテルだった。
街の外れ、周りには空き地が多く、駐車場が四、五台程度。
利用者も殆どいないためか、外装は汚れており、看板のネオンは所々でフィラメントが切れ光を失っている。
「ここって……」
リィンですらピンと来るものがあったのか、言葉を濁す。
――ホテルはホテルでも、ラブホテルだった。
「よぉ、あんたらお客かい? 今なら安くしておくぜ」
支配人らしき男がカウンターにいた。普通こういったホテルでは、客は誰かに見られることを嫌う。もちろん、アベルたちはその類の客ではないのだが、それでもこうして予期してないタイミングで人が現れたことに、思わず眉を顰めてしまう。
「潰れたところを買い取ってるだけで、実質はただの宿だよ。ただの道楽だ。たまには、そういった客も来るがね。……まぁ、アンタみたいに“ヤベー趣味”を持ってる奴ぁ見たことがな――」
「――――ッ! ダメ、アベル!」
男は肘を突きながら、アベルとその背に隠れるようにしているリィンを見て、下卑た笑いを浮かべていたのだが――そのリィンの叫びによって、喉元へと伸びたアベルの右手に気付き、弾かれたように仰け反った。
「……命が惜しければ、余計な詮索はするな」
圧の籠ったアベルの言葉に、冷や汗を垂らしながら薄ら笑いをする男。
「ハァ……。リィン、他の宿を探――」
「待ちな」
「こんなところに偶然来るなんて、まずありえねぇ。誰かに教えられて来たんだろう? 見たところ、外から来たんだろうしな。……この街に他の宿泊施設なんてねぇぜ」
「えぇぇ……」
「そんな嫌な顔すんなよ。この街の規則を知らねぇわけじゃねぇだろ。知らねぇんだったら、さっさと街から出た方がいい。身をもって知るのは、自分の命が無くなる直前だぞ」
「……規則なら知っている。それと街に宿泊施設がないことに、なんの関係が?」
「泊まるところに困っているんだろ? 今ならがら空きだ」
暗に客じゃなければ話さないぞ、と言っていた。相変わらず嫌そうな顔をしていたリィンの方を見ず、アベルは幾らかの紙幣を渡した。
「アベル……」
「……屋根があって、雨風を防げるだけ十分だろう」
不安そうに様子を伺うリィンだったが、諦めろと首を振る。アベルもいくつもの修羅場を越えている。面と向かって話せば、相手が嘘をついているかどうかぐらいはぼんやりだが感じ取れるのだった。そして男は嘘をついている様子はなかった。
街には男の言う通り、ここにしかホテルはない。
そうして、代金を前払いで渡された男は目を丸くする。
「いったいどれだけ滞在するつもりなんだ。三日、四日泊まっても釣りが出るぜ」
「何日居るかは決めていない、また足りなければ言ってくれ」
多すぎる支払いは情報量も兼ねていた。これでいくらか口の滑りが良くなれば儲けものだというアベルの考え通り、男は詳しく説明を始めた。
「建物内だったら、いくらゴミを捨てようがお咎めなしだからな。その分、経営している奴が責任もって処分しなくちゃいけねぇ。決められた場所に、決められた時間に。それが出来なきゃ死罪だ。誰が好き好んで、死ぬかもしれないリスクを負おうとする?」
カウンターの中へと引っ込み、声だけがアベル達へと届く。一、二分後には鍵の束を引っ掴んで、二人の元へと戻ってきた。
「それじゃあ、なんでアンタはこんな商売をしてんだ」
「言っただろ、道楽だよ。そこまで真剣に商売はしちゃあいねぇ。ま、儲かりはするがね。みんな溜まってんだよ、実際のところ」
ストレスなのか、それとも別の何かなのか。意味ありげに含みを持たせて、男はまた笑いを浮かべる。愛想が良いのとはまた少し違うが、よく笑う男だというのが、アベルの感想だった。
「さて、お客様をずっと立たせておくわけには行かねぇよな。何番の部屋をお使いに?」
そう言う男の手の中で、鍵の束がじゃらりと音を立てた。
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