第二話 違和感

「へぇ……こいつは確かに、噂に違わないらしい」


 アベルがほんの少しだけ驚きの籠った声をあげる。街並みは壁も屋根も窓枠でさえも、どこも白に統一されており、その色に一点のくすみもない。流石に道路は例外で、アスファルトの黒が浮いていたが、そのどこを見ても紙や缶類のゴミなどはみられなかった。


“雨の街”エマルビア。かつて一人の男が、決して逃れることのできない大災害が待ち受けるこの土地に根を下ろし、幾年をかけて作り上げた街である。


 街の随所に、大雨の対策の為に設置された排水溝があった。用水路も街を縦横無尽に走っており、どこかに溜まり氾濫しないよう、街の地下へと雨水を逃がすような構造になっている。まさに“神の悪戯プランキス”に耐えるための街並みといった様子。


「確かに見た目はちょっと変だけど、それ以外は他の街と変わらないね」


 リィン自身、それほど多くの“まともな街”を見たことがないが、それでもその数少ない経験知識から照らし合わせても、街として機能するための殆どは備わっているように見えた。


 街の中で人が歩き、数は少ないものの車が走る。店も食料品や衣服などを取り扱う店がないこともない。人々の生活があった。営みがあった。確かにここは街だった。リィンはそう認識していた。


「……どうだかな」


 二人が町を訪れていた頃には日が傾き始めていた。しばらく歩き、夕暮れに染まる街並みの中で『ここにはちゃんと朝と夜がある』と話をしながら、二人は滞在に使う宿を探す。が、数が少ないという規模の話ではなく、肝心の宿が見つからない。


 通常ならば他の場所から訪れた者の為に、街の入り口付近に宿を置いているのが基本である。にも関わらず施設が置かれていないというのは、閉鎖的ということに他ならなかった。


「……まさか街の中で野宿するなんて言わないよね。アベル」

「…………」


 アベルが建物の屋根近くを見上げると、監視カメラがあった。一つや二つなどではない。街の中に死角がないほどに、カメラがあちこちに点在している。……例の規則の為だろうと溜め息を吐くアベル。


 建物の影で直接地べたに寝た結果、ゴミとして認識されるなんて。まさかそんなことで死罪になることはないだろう。


 それでも少なくとも――自分達は歓迎されてはいないだろうな。と、アベルは黙ったまま眉を顰めるのだった。






「アベルのなんでも手帳に、この街の地図とか描いてないのー?」

「そんな便利なものじゃない。ありもしないものに期待する前に足を動かせ」


 二人は街の中を、散々歩き回り。建物はある程度の規則性を持って建てられているものの、高さが微妙に違っていたりと見ている者の平衡感覚をじわじわと侵していく。まだ少女であるリィンにとっては階段の上り下りだけでも体力が削られ、ところどころで立ち止まってはアベルの溜め息を引き出していた。


 街の南端部。二人が歩いて来た途方もない荒野が見えた。殺風景そのもの。しかし、街の方も殺風景度合いで言えば負けていないとリィンが恨みがましそうに言う。


「街の様子を眺めているだけでも、なんだか疲れてくるんだよねー」

「……聞こうじゃないか」


 二人して向かい合うように、用水路にかけられた小さな橋の両側に腰掛ける。


「最初は、あそこの下水口とかアーチが少しずつ小さくなってって面白いなーとか思ってたんだけど、なんだか丸とか四角とか……なんて言うんだっけ、キカガクモヨウ?の中にいるというか……」


「難しい言葉を知ってるんだな。驚いた」

「バカにしないでよね!」


 決して高くはない語彙力。うんうんと唸りながら、自分の感じた違和感を伝わるように説明しようとするリィンに、腕組みしたままアベルが目を見開く。本人としては褒めたつもりだったのだが、リィンにとっては馬鹿にされたように伝わった。


「しかし言いたいことも分からないわけじゃない。街として、人が住む上の条件は整ってはいるが、決定的に欠けているものがある」


 わざわざ訂正することもなく。アベルはただ本題へと話を進める。


「犬や猫はともかく、鳥とかの動物がいるのを一瞬でも見たか?」


「植物を植えてすらいない。緑が全くないんだ、この街には。だから酷く人工的なものに見えたんだろう」

「…………」


 ――じわじわと、今になって。

 街の様子の異常さが、ちょっとどころではないことにリィンは気付いた。


 樹木の枝や落ち葉、動物の糞など――それらは全てゴミである。

 そもそも出ないよう徹底されているのだ。


 異常だった。


 世界一清浄、、、、、である街は、、、、、世界一異常、、、、、な街だった、、、、、


「……探し方を変えてみるか。日没までには一つぐらい見つかるだろう」

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