24.雪辱を果たせ五十嵐戦(怒りの救出隊③編)




【北D-7倉庫一階】



 数秒の間、軽く意識を飛ばしていたようだ。

 気付くと高い高い天井と先端にS状フックのついた鎖、それから積み上がった部品袋のタワーに見下ろされていた。

 仰向けに寝転がっている俺は、そっと首を動かしてみる。小さな痛みが走った。でも思ったほどの痛みは無く、俺は体を起こすために腹筋に力を入れた。

 ここですぐには起き上がれないことに気付く。腹の上に重みを感じた。うつらうつらとした意識がはっきりとし、俺は腹にのっている彼女の頭に目を落とす。


「ココロ。大丈夫か」


 肩に手を置いて名前を呼びながら揺する。

 彼女も同じように意識を夢の向こうに飛ばしていたみたいで、俺の呼び掛けに「ん」小さな声と共にゆっくりと瞼を持ち上げた。

 「アイタタ」どうなったのだと体を起こすココロは状況把握を開始。取り敢えず、ココロに退いてもらわないと俺は起き上がれないから、彼女に退いてくれるよう頼む。寝転がっている俺を見て、ココロは慌てて腹から退いてくれた。痛む背中を無視して起き上がると、「大丈夫ですか?」彼女が真摯に心配してくる。

 それはこっちの台詞だって。ったくもう、元凶は俺の無茶振りだとしても、ココロも大概で無茶苦茶な事をしてからにもう。手を放さなかったから一緒に落ちちまったじゃないか。


「俺はなんとも、ココロは? 怪我してないか?」


 問いに彼女はうんっと一つ頷く。


「すみません……力があれば引き上げられたんですけど」


「無茶をしちゃってさ。どうしてあんなことを。不良の一件もそうだけど、ココロは無理をし過ぎだ」


 俺と対峙していた不良を押さえ付けたり、助けようとしたり、結局一緒に落ちたり。こっちの肝が冷え切っちまうところだった。

 「馬鹿だよ、ココロ」文句垂れる俺に、「舎弟の彼女ですもの」ココロは反論した。多少の無茶だってするのだと真剣に見つめてくる。生半可な気持ちで舎弟の彼女になったわけじゃない、強く訴える彼女に怯まされた。

 こんなに強く主張する子だったっけ、ココロ。まるで自分に自信がついたように、瞳に強い光を宿している。

 きっとココロは過去の自分と苛めの元凶である古渡に決別をできたから、大きく前進したんだ。だからってココロの起こした行動は、やっぱり無茶苦茶だと思うけどさ。


 苦笑を零して馬鹿だと繰り返す俺だったけど、ココロの無事が目の前にあると分かった途端、笑声を止めて彼女を抱きしめた。

 感情が爆ぜる。今まで我慢に我慢していた感情が体を動かし、彼女の柔らかな体躯をきつく抱き締める。ごめん、ココロ。怖い思いをさせちまって。すぐに助けに行けなくてごめん、ごめんな、ココロ。

 彼女は俺の胸部に顔を埋めた。  


「ケイさんごめんなさい。心配をお掛けて……ほんとに」


「ごめんはこっちだって。大丈夫だったか? 何もされなかったか? 酷いことをされていないか?」


 情けなくも上擦った声になる。微かに体の芯も震えてきた。

 怖かった、本当に怖かった。彼女が人質に取られたと知った時、ゲームの材料にされたと知った時、五十嵐のところにいると知った時、大きな絶望を噛み締めた。それだけココロの存在は俺の中で大きくなっていたんだ。

 必死に虚勢を張っていたけれど、いつ彼女が傷付けられるかと思うと現状に歯痒くなった。自分が不甲斐なくなった。現実に居た堪れなくなった。


 「ごめん」強くつよく抱き締める俺に、「大丈夫でしたよ」彼女は嘘偽りない笑みで顔を覗き込んでくる。

 曰くずっとマンションに軟禁、夕方くらいから此処に身柄を移されたとか。軟禁されている間は、単に一室に閉じ込められるだけ。一人じゃなかったから何かと乗り切れたのだと彼女は告げてくる。同じ立場の帆奈美さんに励まされ、良くしてもらったらしい。

 だから彼女の身が心配なのだとココロは眉をハの字に下げた。自分はこの倉庫に拘束だったが、帆奈美さんはきっと五十嵐のところにいる。両リーダーと深い関わりを持っている彼女だから、勝利のために利用されるのではないかと懸念している。ココロは俺にそう教えてくれた。


 そっか、帆奈美さんがココロを。

 話を聞く限り、随分とココロの支えになってくれていたみたいだな。彼女には感謝しても感謝しきれない。


 俺はちょっとだけ腕の力を緩めて、ココロの瞳を捉えた。

 謝っても謝り切れない気持ちが胸を占める、だけどそれ以上にまずお礼を言わないと。彼女に言うと決めていたお礼を。


「ココロ、サンキュな。クッキー美味しかった。手紙も受け取った。また作ってくれよな」


 すると彼女がポロッと一粒涙を零した。

 ココロも本当は怖くて怖くて堪らなかったんだ。俺の一言で気が抜けたんだろう。うん、うん、何度も頷いて涙に頬を濡らしながら笑顔を作ってみせる。「今度は直接手渡します」彼女はしゃくり上げて再び俺の胸部に顔を埋めた。

 今度は優しく抱き締めるよう努めて、彼女の震える体を腕に閉じ込める。


「大丈夫。もう大丈夫」


 子供に言い聞かせるように、彼女に大丈夫を繰り返す。

 ココロは一句一句に頷いて俺の背中に腕を回すと、ぬくもりを共有するように縋ってきた。今までの恐怖を払拭するように、ただひたすら縋っていた。俺も軽く涙目になったけど、敢えて堪えることにする。涙を流すことにカッコ悪さを感じたから。


「ケイさん、私……ケイさんが好きです」


 スンスンッと洟を啜り、彼女は顔を上げて一生懸命に気持ちを教えてくれる。

 なんで今日はこんなにも気持ちを告げてくれるのか分からないけど、ココロは言葉を重ねて言うんだ。俺が好きだと、大好きだと。


「誰よりもケイさんのことが好きだと言えます。だから古渡さんに迫られたケイさんを見て、すごく嫌な気持ちになりました。だけどケイさんは拒んでくれました。嬉しかったです。私、ケイさんを守れる人になりたいと思います。ケイさんは私を守ると言ってくれました。同じように私も――大好きな圭太さんを守りたい。舎弟の彼女として」


 改めて決意を口にし、俺の傍にいると言ってくれる。

 今日はなんでストレートに物を言ってくれるのかな。勘弁してくれよ、心臓が爆発するって。顔も火照るんだけど。ああでも、言葉を返さないなんて男らしくないからさ。


「俺も好きだよ、ココロ。大好きだ」


 笑みを作って彼女の右頬に手を添えた。

 古渡に引っ叩かれて腫れた頬、ゆっくりと触って、彼女と視線を合わせてお互いに一笑を零す。大好きだよ、俺も。ココロを人質に取られて、馬鹿みたいに気が動転したほどココロが好きだ。

 期待された眼、でもそれ以上に「キス欲しいです」と言われて、「今日はよく気持ちを口にするなぁ」俺は笑声を漏らす。彼女は顔を赤らめながらはにかみをみせる。


「言葉にしないと分からないことがありますから。帆奈美さんにもアドバイスしてもらって」


 帆奈美さんの入れ知恵か。

 笑声を漏らしたまま俺は体を動かした。彼女を引き寄せてそのまま、「圭太! ココロさん!」



「あ、此処にいたのか、二人とも大丈夫か! 二階から落ちたけど……ど……あり?」


 俺とココロはバッと離れて、あたふたと一階に下りてきた健太に大丈夫だと誤魔化し笑い。

 「もしかして邪魔をした?」呆然とする健太の疑問に全然していないと俺達は首を振る。何度もなんども首を横に振る。

 は……ははっ、そうだよな。此処はまだ“港倉庫街”だぜ? 敵さんも味方さんもいるんだぜ? 恋人の空気作るにはKYな場所だぜ! いかんだろ、こういうところでチューなんてしちゃ、なあ? まだ勝敗も決まっていないのに!

 結論から言えばキスしていないけれど、空気の読める健太にはもろばれ。気まずそうに目を泳がせ、ゆっくりと彼に背中を向けられる。


「あの、えっと、どうぞ。おれは後ろを向いているんでやることはさっさやっちゃって下さいな」


 いっらねぇ、その優しくも余計な気遣い! 寧ろ羞恥を煽るだけだ!

 「あうー」ココロは恥ずかしいとばかりに両手で顔を覆い、俺も恥ずかしさのあまりに悶絶。「終わったか?」健太の問い掛けには揃って、 「「気遣わないでくれ(下さい)!」」声音を張ったのだった。





「ココロ! 無事で良かった。よかった。よく頑張ったな」


 程なくして二階から響子さん達が下りて来る。

 響子さんは下りて来るや否や妹分の体躯を抱き締め、優しくと頭を撫でる。彼女もすごくココロのことを心配していたからな。妹分の無事に心底ホッとした様子だった。

 「心配お掛けしました」ごめんなさいとありがとうを口にするココロは目尻を下げ、親身に心配してくれる響子さんや弥生と友情を確かめ合っている。ちょっぴり涙目だったのは気の置けない女の子と話せているからだろう。目元を人差し指で拭っていた。


 和気藹々と女子達が再会の喜びを噛み締め合っている中、イカバは妙に顔を顰めている。

 何か不都合でもあったのかと耳打ちして確かめると、「女は怖ぇ」とだけ言葉を返す。「は?」目を点にする俺を余所に、健太も女は怖いと溜息。揃って顔を渋くしているから余計俺は頭にクエッションマークを浮かべることになった。どうしたんだよ、女は怖いって……それ今更だろ。


 ふと俺は弥生がキャップ帽を被っていないことに気付く。

 被ることなく手に持っているキャップ帽を指差して、「被らないのか?」彼女に質問を投げる。

 すると弥生はペロッと舌を出して、もう被れないのだと笑顔を見せてくる。曰く古渡とタイマン張った時、キャップ帽に穴があいたとか。タイマンって……絶句している俺にグッと握り拳を見せて弥生はフンと鼻を鳴らす。


「ハジメの仇を取ってきたんだ。喧嘩してきた! 古渡に勝利してきたんだから! ね、響子!」


 二人でタイマン張ったんだよね、と言う弥生の物騒な発言に、もはや俺は引き攣り笑いしか出てこない。

 古渡、どうなったんだろう。なんかイカバや健太の表情を見る限り知らぬが仏、なんだろうな。

 「だ、大丈夫でした?」タイマンしちゃいました発言にココロは心配そうな表情を作る。「ヨユー!」向こうは超弱かったと、弥生は胸を張った。相手がナイフを持っていてもこのキャップ帽が自分を守ってくれた、ちょっとはにかみながら。

 その表情にココロはホッとした表情を作り、「あいつに勝たないとさ」弥生は言葉を重ねる。


「ココロに顔合わせできないじゃん。私、ココロにあんな偉そうなこと言ったのに。古渡に勝ったココロはもう、昔のココロじゃないね、ウジウジオロオロオドオドする必要はもうないじゃん」


 弥生の笑顔に強く頷いて、ココロは自分が大きな一歩を踏み出せたことに綻んでいる。

 うん、俺も彼女に言いたい。自分を卑下することも、もう無くなったなって。


 人質を救出できた喜びを噛み締めつつ、俺達は北D-7倉庫の外に出た。

 出る際は倉庫の明かりを消しておいた。外に漏れる明かりは俺達の居場所を知らせるようなもんだからな。本当はもっと早く消しておくべきだったんだろうけど、外に出てみる限り周囲に不良らしき奴等はいない。どうやら周囲の不良達は東エリア、もしくは協定チームを相手にしているみたいだ。


 ふとバイクの音がこっちに向かってきている。

 身構える俺達だったけど、こっちにやって来たのは味方の協定チーム。浅倉チームの不良数人が倉庫の明かりを見て、俺達がいるかどうか安否確認をしに来たようだ。丁度良かった。女子達は彼等に任せよう。

 夜風を胸いっぱいに吸い込んだ俺は、健太とイカバに向かって振り返る。これから俺達男組はヨウ達のいる東エリアに向かわないと。人質を救出で終わり、じゃないんだ。待っている、大事な仲間達が。舎兄が。ヨウが。


「いいのか?」


 ふと健太から思わぬ言葉を向けられ、俺の方が面を食らう。

 いいのか。それはどういう意味だ。健太を凝視していた俺だけど、含みある眼差しに心中を察した。健太は救出した彼女の傍にいてやらなくても良いのかと、訴えかけてきてくれるんだ。救出したとはいえココロの気は落ち着いていないだろう。それに俺達は切々に再会を願っていた。傍にいて再会をもっと喜ぶべきなんじゃないかと健太は気遣ってくれるんだ。


 煩いな、このお節介。

 俺だって本当は傍にいてやりたいよ。心配していた分、彼女と思い切り過ごして喋って触れたいよ。


 だけどな、俺達の目的は救出じゃないだろ。

 あくまで救出は一つのクエスト、最終の目的は五十嵐への勝利。俺達チームの誇りを懸けて勝利することだ。彼女のことは響子さんや弥生に任せれば大丈夫。それにココロだって分かってくれてる筈だ。

 彼女に視線を投げたら、強い気持ちが宿っている瞳を返された。


 俺はバイクに乗るイカバ、チャリの前に立つ健太にちょっとだけ背を向けてココロに歩み寄る。

 一から十まで説明しなくても状況を理解しているココロは、「帆奈美さんを助けて下さい」懸命に頼み込んでくる。勿論だと頷く俺に弱々しく一笑するココロは、ちょっとだけ視線をアスファルトに向けた後、


「ケイさん、いってらっしゃい」


 一変して花咲く笑顔を作った。俺は苦笑して彼女を見つめ返す。


「ごめんな。本当は一緒にいてやりたい。でも俺はヨウの舎弟。行かないと」


「はい、分かってますよ。私はその舎弟の彼女ですから」


 頑張ってきて下さいと小さな右の拳を俺に差し出す。全部が終わったら俺や皆にお礼を言いたい、そう笑みを零して。

 まさか彼女から拳を差し出されるとは思わなかった俺は軽く瞠目、すぐに頬を崩すと「いってくるよ」拳をコツンと軽く合わせた。ついでに緋色のブレザーを脱ぐと、彼女に手渡す。これからココロ達は避難をするために何処かに身を隠すのだろう。

 でも優しい彼女達は“港倉庫街”の一角に留まると思う。長丁場になったら夜風で体冷やすし、向こうはセーラーだしな。重ね着をしても損は無いと思う。

 本当はキザに彼女の肩に掛けてやればいいんだろうけど、この行為だけでもキザだから……アー、これが俺の精一杯だ。キザなんて俺には似合わないと分かっているしな。はは……っ、ヨウ達が見たら爆笑もんだろうしな!


 ココロは差し出されたブレザーに瞳を真ん丸お月さんにした。そして嬉しそうに受け取ってくれる。

 一笑して、俺は彼女に背を向けると響子さんや味方の不良達に後のことを任せてチャリまで駆け足。颯爽とチャリに跨って後ろに健太を乗せるとペダルに足を掛けてチャリを発進させる。そして一度も振り返ることなく、チャリを漕いで東エリアへと向かった。

 バイクで先を走るイカバを見やりながら、健太はニヤニヤっと俺の顔を覗き込む。


「キスはしなくて良かったのか? 圭太くん」


「……うるさい。次そんなことを言ったら問答無用で落とすからな」


「まったぁ、そんなこと言っちゃって。いいよなぁ、彼女ができると沢山カッコつけられるんだから。『行って来るぜハニー。チュー』とか言って、キャッとギュッと彼女を抱き締めたりなんかして」


「ぶ、ぶっ飛ばされたいか健太!」


 「おーコワイコワイ」からかってくる健太に、舌を鳴らして俺は火照る頬を夜風に曝す。

 カッコをつける、それは仕方が無いじゃないか。元々見栄を張りたがる調子乗りの性格なんだし、彼女の前じゃ余計それが前面に出るんだよ。

 誰よりも彼女に好意を寄せているんだ。どーせならカッコイイところ見てもらいたいじゃないか。なあ?

 夜風はちょっち冷たく、ブレザーを彼女に託したおかげさまでさっき以上に冷たく感じる。けれどその冷たさが苦にならないのは、体全体が熱を帯びているから。彼女を想いながら俺はチャリの速度を上げる。

 半分に欠けたお月さんが、いつまでもいつまでも俺達の頭上遙か遠く彼方遠くで優しく照らしていた。



 ◇




「良かったの? ケイと一緒にいたかったんじゃない?」


 彼氏達の背中をいつまでも見送っていたココロは弥生の問い掛けに、暗闇が広がっている道から目を放して彼女に視線を投げる。

 本音を言えば一緒にいたかった。離れ離れにされ、軟禁されていた恐怖を彼の温もりで拭って欲しいとも想っている。


 でも、それは後からできることなのだ。

 体を張って自分を助けてくれた彼はかの有名な不良、荒川庸一の舎弟。一連の騒動がおさまるまで右へ左へ奔走し続けるだろう。それだけ大変なポジションに立っているのだから。きっと自分が我が儘を言っても彼を困らせるだけ。

 彼は自分を大事にしてくれる。同じように仲間も大事にしている。


 大切な仲間が、無二の相棒の舎兄が、正念場を迎えている。彼はジッとなんてしてられないだろう。喧嘩がどんなに嫌いで苦手でも、そうやって仲間と一緒に動く男の子なのだとココロは知っている。自他共に認めるカッコつけさんなのだ。

 じゃあ彼女の自分もちょっぴり背伸びをしてカッコつけさんになろう。自分の我が儘を押し殺し、笑顔で彼を見送ってやろう。それが舎弟の彼女の今やるべきことなのだ。


 それに……彼は単に仲間のところへ走るわけではなく、自分のことをちゃんと想ってくれている。


 ココロは手渡された緋色のブレザーをギュッと抱き締める。

 まるでちゃんと自分の下に戻って来ると約束してくれるように手渡してきたブレザー。おもむろに羽織ってみると、自分には一回り大きいようだ。袖から指先が少し見える程度で、とてもブカブカだと両手を横に広げ笑ってしまう。

 「おっきい」ココロの笑声に、「愛されてるねぇ」響子は妹分に一笑。


「ちょい前まで『恋人ができるとは思えない』とか言っていたのに。ちゃーんとアンタのことを好きと言ってくれる奴いるじゃねえか。なあ?」


「ううっ……響子さん。蒸し返さないで下さい。もう昔のことです」


「ああそうだ。過去のことだ。イジイジしていた過去とはもう、おさらばだよ。ココロ」


 目で優しく微笑まれ、ココロは姉分に対し満面の笑顔を作った。そして思うのだ。


「響子さん。弥生ちゃん。私、大きく一歩前に進めたと思います。だから……これが終わったら皆さんに言いたいです」


 大切な友達二人を正面から見つめ、ココロは今までに無く柔和に表情を崩した。


「助けてありがとうございます。私、皆さんのお友達で良かった。皆、大事で自慢のお友達ですって」


「言ってやれ言ってやれ。皆、体を張った甲斐があるって喜ぶぜ?」


「ふふっ、でもココロ。例外が一人いるんじゃない? 例外さんはオトモダチじゃないでしょ」


 弥生の茶化しに軽く頬を桃色に染めつつ、ココロは纏っているブレザーの裾をギュッと握り締めて台詞を訂正する。


「チームの皆さんは自慢で大事なお友達。ケイさんは大好きで大切な彼氏です」


  嗚呼ブレザーから、微かに彼の温もりを感じる。それは優しさに近い、大好きな温かさだった。

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