20.雪辱を果たせ五十嵐戦(本隊出動①編)



 ◇ ◇ ◇




 少し時間は遡り、ヨウ達が乗り込んで三十分後の港倉庫街正門前。 




 ブオンブオン―。

 それはまるで呻き声のよう、あの音はヨウ達がドンチャンしているバイクのエンジン音だろうな。

 遠くから聞こえてくるバイクの忙しいエンジン音に俺は一つ吐息をつく。只今待機中の本隊は三十分ほど前から正門で待っているんだけど、ヨウ達は激しくドンチャンしているようで、だだっ広い“港倉庫街”から此処正門前までエンジン音が聞こえてくる。

 正門に到着してからずーっとエンジン音が耳に纏わりついて離れない。ハエの羽音みたいに微かに聞こえるエンジン音もあれば、あからさま周囲に迷惑を掛けるエンジン音まで多々鼓膜を振動してくる。暮夜の刻になってるんだ。その音は白昼よりも余計大きく聞こえる気がしてならない。


 それにしても大丈夫かな、ヨウ達。上手くやってくれてるといいんだけど。

 もう三十分経っている。本当に遅いってヨウ達。十五分程度で合図を送る話だったのに二倍時間が掛かってるじゃんかよぉ。


 チャリのサドルに座り、前屈みになってハンドルに凭れる俺は舎兄や仲間達の安否が気になって仕方が無かった。

 予定時刻が大幅に遅れているんだ。そりゃ向こうに何かあったんじゃないかと憂慮も抱いてしまう。幾ら手腕揃いとはいえなぁ、斬り込み隊のヨウ達は本隊と比べて小数だし、敵数も把握してないし、協定チームを率いても……向こうの協定チームの数が分からないとなぁ。


 ここまで遅いと敵数は多そうだ。

 合図がなかなか無い点も気になる。ヨウ達の身に何かトラブル、もしくはハプニングが起きたのかもしれない。相手はヨウ達を苦しめた五十嵐だもんな。罠を仕掛けられた可能性もありうる。ただでさえココロのことで心配なのに、ヨウ達のことまで心配になってきた。俺、何人心配すりゃいいんだよ。田山の許容範囲オーバーしちまいそうだぜ。


 苦虫を噛み潰したような気持ちを味わっていると、「あ゛ー」苛立たしげな声音が聞こえてきた。

 恐る恐る声音が聞こえた方を見やれば、イッライラして地団太を踏んでいる我等が本隊指揮官の日賀野大和。忙しく腕時計と睨めっこしている。メチャクチャ機嫌が悪いことは言うまででもなく……。


「おっせぇ。マジおせぇ。なあにしているんだ荒川の奴。計画では十五分以内に合図だろうが。もう三十分経ってっぞ。手間取る時間を考慮しても三十分はねぇだろうが三十分は……まさかあの野郎、喧嘩に集中し過ぎて合図のことを忘れているんじゃねえだろうな。ススムやホシがいるから大丈夫だとは思うが可能性はなくはない。寧ろ奴の性格を考えると可能性は大きい。過去を辿ってみりゃ……ンなヘマしてみやがれっ、末代まで祟ってやるあの単細胞生物」


 パキパキ―。

 両手指の関節を鳴らし、こめかみに青筋を立てている日賀野の不機嫌オーラのおかげさまでスッカリ辺りの空気は濁っていた。

 は、ははっ、まさかヨウの奴。日賀野の言うとおり、喧嘩に熱中し過ぎて合図のこと忘れているんじゃ……いやいやいやヨウだって成長したんだぜ? そんなこと! ……あー、そんなこと無いとは言い切れない悲しい現実。

 ヨウならヤラかしそうだ。シズが傍にいてくれるから大丈夫だとは思うんだけど。

 

 はぁ……小さな溜息をついてハンドルに肘をつく。

 そんな俺の様子を見て声を掛けてきたのは健太だった。「大丈夫だって。きっと上手くやっているさ、今は手間取っているだけだよ」綻んでくる。


「それよりお前は自分の心配しとけよ……機嫌の悪いヤマトさんの前でヘマしたら、後でフルボッコされるから。圭太、ヤマトさんを後ろに乗せるんだぞ」


「ば、馬鹿、脅すなよ」


「マジマジ。ヤマトさん、計画が狂うのを……いっちゃん嫌っているから」


 計画を立てるのがお得意な日賀野は、それを壊されるのがすこぶる嫌いらしい。

 ドッと冷汗を流す俺はブルッと身震い。だ、大丈夫だ。怖くなんか無いぞ、日賀野なんか怖くないぞ、怖くなったら『犬っころブッコロしゅん』だもんな! 魔法の言葉一つであら不思議、日賀野不良症候群が抑えられるのだ!


 とはいえトラウマ不良なことには変わりないしな。

 ど、どうしようヘマなんてしたら……お、俺、命無いかもしれないっ。命あっても、また入院しちまうかも! あああっ、これもそれもあれもどれもヨウ達が早く合図を送ってくれないからだ! 日賀野の機嫌がどんどん低空飛行になっているじゃんかよ!


 ブルブルブル、想像するだけで身震いが止まらない。

 ゾゾッと背筋を反らして恐怖と闘う俺に、「でもヤマトさん優しいって」健太は根拠も無い励ましを送ってきてくれた。ばかやろう、優しさってのはな。人のぬくもりでデキているんだぞ。優しかったら誰が好き好んでイタイケな地味男をフルボッコするんだよ。優しさどころかキャツの悪意を感じたんだが!

 そりゃ健太は同じチームだから? 優しいところも見てるかもしれないけど? 俺は優しさよりジャイアニズムを発揮している日賀野の方しか見ていないし。

 「例えば?」優しい一面を聞けば震えが止まるかもしれない。俺の問い掛けに、「たとえば……」健太は三拍間を置く。


「……案外太っ腹でジュースとかを奢ってくれた!」


「……俺も奢ってもらったことあるぞ。だけどそれは俺の友達の財布をスリして奢ってもらったけどな。しかも何故か野菜ジュース、忘れもしない」


 一拍間が空く。


「け、結構面白い話が好きでさ。おれのシラけそーな話も笑って聞いてくれる」


「そういや俺も笑ってくれたっけな。フルボッコ前に習字の話をして。そりゃもう、馬鹿にされる勢いで笑われた」


 また一拍間が空く。


「ちょ、超喧嘩が強くてさ! 仲間のおれ達を助けてくれるんだぜ!」


「ホーンット喧嘩強いよな。俺、身を持って体験した。フルボッコで」


 更に一拍間が空く。



「じ、実は女の子には優しいんだぞ! 女の子の気持ちをいつだって察するキザな人だ!」


「残念な事に俺はオトコだから優しくされたことなんてございません。寧ろ苛められるのですが?」


 「……」「……」俺と健太の間に沈黙が下りる。

 健太はヤケクソになって「とにかく大丈夫で優しいんだ!」投げやりに励ましを送ってきてくれた。勿論、俺は感謝感激感涙、日賀野の優しい一面を教えてくれてありがとう! なんて気持ちにもならず、いえ、なれず、大きく溜息をついてこれから身に降りかかるであろう災難に苛むことになったのは言うまででもない。


 ったく、優しい一面をちゃーんと考えてから物を言えってんだ。

 おかげさまで嫌な記憶たちを思い出して、もーっと気鬱になったじゃんかよ。「どーしよー」ゲンナリして合図を待つ俺と、「大丈夫だって」何度も励ます健太。ついには健太、ヤケクソもヤケクソになってこんなことを言い始めた。


「圭太、憶えているか。あの日のことを。あの日、お前はおれに言ったじゃん。『不屈の精神を持つ男に、俺はなる!』って。こんなことで屈しちゃ男が廃るぞ! 男が腐ったらナニになると思う? 答えは一つ、カマ一直線なんだ! 圭子になってもいいのか!」


「あらやだ、圭子になってもいいかもしれない。アタシが圭子になる日には、アナタも健子ね」


「まあ、仕方が無いわね。覚悟を決めておくわ」


 お互い男が廃れた日には、夜のバーで働きましょう。

 おほほ、おほほ、口元に手を当てて二人で笑声を漏らしていたら、「バーカ!」揃ってモトにアタマを叩かれた。イッテェ、何するんだよモト。折角ノリノリでお互いに空気を緩和しようと頑張っていたのに。

 頭を擦る俺と健太に向かってモトはバカタレと握り拳を見せてきた。


「今、ヨウさんが頑張っているのに、なあにおふざけしてるんだ? 特にケーイー。ア・ン・タ、ヨウさんの舎弟としての自覚が足りてねえんじゃねえの?!」


 あ……しまった。

 ギッとモトに睨まれて、俺、田山圭太は猛省の意味を込めてごめんなさいと両手を軽く挙げる。いやだってな? シリアスムードバッカじゃ精神的に疲れちまうじゃんかよ。リラックスすることもニンゲン必要だと思うんだけど。

 「ちゃーんと自覚しています」言葉にしても反省してみる。

 だけど片眉をつり上げっ放しのモトは、「ホントか? 信用できないんだけど」と言って頬を抓ってきた。アイデデデっ、モト、ギブ! 加減無しに抓るのタンマ! 反省しているって、マジで!


「アンッタがそんなんだからっ、オレの気苦労は絶えないんだっ。いっそアンタの舎弟になってその根性、叩き直してやろうか!」


 ゲッ! それは無いっ、無いから!

 ンなことになったら、毎日がお前のお小言じゃんかよ! じょーだんじゃない! お前ってヨウのことを崇拝し過ぎているから、過度なまでに悪いところを指摘してきそうで怖いんだよ。それに……あーモト、その発言は撤回しないと。今度はお前が危ない。


 俺は抓ってくるモトの手の甲を指で突っついた後、後ろを指差した。

 「あ゛ん? ナンだよ」振り返るモトは、仁王立ちして脹れっ面を作っている親友の姿を目の当たりにして顔を強張らせる。「なーんちゃって」言葉を付け足して、抓っていた俺の頬から手を放してみせるけど、ぶーっと脹れているキヨタは、口をへの字にしたまま。

 ジトーッと相手を睨んで威圧あるオーラを放ってくる。


「やっぱさぁ、モトさぁ、モトってさぁ」


「だあああっ! 違うっ、違うから! お前ってどーしてそう勘違いするんだよ! こんなんで一々過剰反応してたらなぁ、身が持たないぞ! オレなんて最初からケイとヨウさんの舎兄弟を寛大に見てるんだし。お前も海のようにヒローイ心を持たないと! 舎弟に昇格できないぞ? な?」


 ははっ、最初から寛大な心で見てくれたら? 初対面相手(俺)に喧嘩なんて売らないよな、フツー?

 ご都合なことを言って親友を宥めるモトに、俺はまた一つ溜息。別にいいんだけどな、モトのご都合発言やヨウ崇拝発言には慣れているし。


 肩を竦めていると、健太が苦笑い交じりにイイ仲間だなと話を切り出してきた。

 ま、個性豊かではあるけどイイ仲間ではることには違いないし否定する気も無い。俺は頷いて中坊組を見つめた。むっとした顔で迫るキヨタに、愛想笑いを浮かべて目をきょどらせているモト。ああいう風にモトがキヨタに嫉妬されても、キヨタがモトに嫉妬していても、仲が良いことは一目瞭然。

 あんな時期が俺達にもあったな。おかしいな……中学時代の思い出が蘇ってくる。一年も経ってない筈なのに遠いとおい昔に感じる。


「なんかああいうのを見ていると、ほのぼのするな」


 健太がポツリと零す。拾い上げた俺は間を置いて口を開いた。


「健太。俺、今でも思っているよ。お前とはまた昔みたいに元通りになれるって。この騒動が終わって、また二チームが対立し始めても……さ」

  

 俺の言葉に一瞬硬直、刹那、「どうだろうな」生返事をして曖昧に笑う。

 今回が最後かも、こんな風に和気藹々と仲良く会話交わせる時間を持てるのは。苦言を零して、健太は俺から距離を取るために背を向けた。「健太」声を掛けても、振り返ることは無い。さっさと俺から離れて逃げちまう。

 お互い“あの頃”に戻りたい気持ちは一緒なんだよな。


 でも健太は俺よりもずっとずっと長く、深く、俺等の関係に悩んでいたから安易な事は口にしないんだと思う。口に出来ない、のかもしれない。

 そんな風に言っちまったら俺の気持ちは安易に言っているのか、という話になるけど、それは絶対にない。俺は心の奥底から思っている。またあの頃みたいに戻れる、と。

 甘っちょろい希望を持ったってイイじゃないか。だってこうやって和気藹々と会話できたんだから。お前、俺のこと真摯に心配してくれたんだし……戻れると信じてもいいだろ?


 目を眇めて健太の背を見送っていると、背後から腕が伸びて突然首を絞められた。

 く、苦しい! 誰だよっ、こんなことをしてくる奴ッ……視線を上げて犯人を確認。オレンジ髪と下唇のピアスが視界に入って犯人の正体を突き止めた。まあ、ある程度は予測してましたよ。ワタルさん。俺をこんな不意打ちを仕掛けるのはヨウかワタルさんしかいないから。


 「フラれたねぇ」健太を指差して、笑声を漏らすワタルさんは始終俺等のやり取りを見ていたらしい。ドンマイだと肩を叩いてくる。

 「ワタルさんの方は?」元親友と仲良くできたか、仲直りできたか、意味を込めて質問。ムーリムリと手を振ってくるワタルさんだけど、手を結んで以降はわりと魚住と一緒にいないか? 少なくとも話し合いの時は肩を並べていたところを多々見たんだけど。フツーに会話してるところも多々見たんだけど。

 それを率直に聞けば、「張り合っていた」喧嘩をしていたのだとケラケラ笑う。


「水面下でいーろいろとヤっちゃってさぁ。まあ、悪口が主だったんだけどんぶり。笑いながらお互い、“表に出て喧嘩おっぱじめる”かどうかで火花ムンムン。皆に隠れて喧嘩してたよぉ、た~のすぃー!」


 はは……チョー物騒。

 引き攣り笑いを浮かべる俺に、「なーんかねぇ」仲良しこよしするのも今更な気もするのだと、ワタルさんはポツリ零した。決着はつけたい、それは本心。あの頃に戻りたい、それも本音。互いのことを一番理解している、それも真実。

 けれどあの頃と決定的に違うのは、元親友に対し絶対的な対抗心が己の中に芽生えているということ。ライバル視している面が多いらしい。だから、この状況は今まで争っていた分、変な感じがしてならない。手を組むこと自体がしっくりこないとか何とか。


 俺はバイクに跨っている魚住の方を見やる。

 彼は歩み寄って来る健太と会話を交わし、豪快に(そしてうざく)笑っていた。つられてワタルさんも彼を見やり、似た者同士だから張り合いたくなったのかもしれないと一笑。ワタルさんはなんだか状況を楽しんでいるようにも思えるんだけど……彼を見上げていたら、「答えなんて幾らでもあるってぇ」関係のあり方についてワタルさんは諭してくる。

 焦って答えを出すもんじゃない。決めた道があればそれを信じて歩けばいい。男前なことを言って、俺の頭を小突いてきた。


「意外とさ、時間は必要なのかもしれないよんさま。時間が経てば変わるもの、ある……みたいなみたいな? カッコ良く言ってみた、みたいなみたいな?」


 意味深にワタルさんは笑声を上げた。

 俺はもう一度魚住の方を流し目。彼は健太の頭を小突いてゲラゲラ笑っている。瞬きをして光景を見つめた。

 時間が経てば、か。じゃあ俺と健太、時間が経てば少しは変わったりするものもあるのかな? 良し悪しに関わらず変わるものもあるのかな? 中学時代から高校時代(今)に渡って、時間が経ったから俺と健太の関係が一変した。悪い方向に。

 また時間を重ねれば……変わるのかな。あいつと俺の関係。



――音音音音音音音音音音音音音音音、音!



 ふと聞こえてきた音の重ね塗り。

 まるで輪唱しているように音は音を追い、ついには大合唱を始める音たちが本隊の耳に届く。夜空一杯に鳴り響く音はヨウ達の合図だ! 斬り込み隊のヨウ達、自分達の任務を成功したんだな!

 弾かれたように俺達は顔を見合わせ、腕時計と睨めっこしていた日賀野はやっときたかとばかりに鼻を鳴らし声を張った。


「すぐ位置につけ! 打ち合わせどおり、本隊は前衛、救出隊は後衛だ。急げ!」 


 なんで本隊が前衛、救出隊が後衛かというと、後々救出隊は本隊から離脱して人質を助けるために移動するからだ。

 実は俺も後衛でチャリを走らせる。というのも、前衛を走っていたら後衛のバイク組の道を塞ぐことになるからだ。やっぱチャリはさ、速度的にいえばバイクに勝てねぇって。運転手もニンゲンなんだし?


 ちなみにチャリ組は乗り込み隊と本隊と救出隊、各々いるわけなんだけど、当初の話ではチャリ組は救出隊オンリーだって決まっていたんだ。

 救出隊が相手チームにばれないよう移動手段として使おうと考えていたんだけど……もしも見つかった場合を想定すると、全員がチャリだと相手がバイクだった場合対抗し難いじゃん? 日賀野はそれを考慮してちょっと作戦を変更。

 チームに一つチャリを置いて状況判断その他諸々、バイクじゃできない細かな把握をチャリ組に任せた。そのチャリ組の運転手を俺はそれを任されているってわけ。ははっ、日賀野兄貴と一緒に把握しちゃうんだぜ! ……嬉し過ぎて泣きてぇ。マージ泣きたい。

 

 指揮官は各々位置についた仲間達を確認。

 前衛の本隊にまず大回りして敵数と位置を調べると告げ、一報は必ず寄越すよう命令していた。挟み撃ち作戦のことを念頭に置いて、ヨウ達がいそうな場所はなるべく避けるよう言い放つ。作戦を決行する際は必ず連絡するからと付け足して。

 次いで後衛の救出隊には自分の合図で移動するよう念を押し、前を見据えた。



「行くぞ。最高のショーにしようぜ」



 シニカルに笑みを浮かべて、日賀野は片手で合図。

 刹那、バイクのエンジン音が唸り声を上げて発進。俺もチャリのペダルを強く踏んで本隊バイク組の後を追った。

 すぐにバイク組とは距離が出来るけど、これは仕方が無い。いや俺だってニンゲンだもの、バイクには敵わないって! 日賀野も範囲内だって分かっているから、指笛で前方のバイク組に合図を送る。指笛で本隊のバイク組は左右の道を別々に進んだ。


 俺達や救出隊は真正面の道を突き進んで敵がいないかどうかを目を配る。

 どうやらヨウ達や協定チームが敵さんを引きつけてくれたおかげで、今のところ敵が見受けられない。何処からともなくバイクのエンジン音は聞こえてくるけど、それまでだ。ゴーストタウンみたいに俺達の通る道は静かな事極まりない。好都合だと日賀野は口角をつり上げ、救出隊に行くよう指笛を鳴らす。


 すると俺達から離れ、救出隊は別の道を走り始める。

 その際、救出隊のバイクに乗っている響子さんと弥生から「任しとけ」「ココロは助け出してくるからね!」

 イカバには何も言われなかったけど(日賀野に帆奈美さんは任せろと言っていた)、モトには「しっかりやれよ」と声を掛けられ、同じチャリを漕いでいる健太には「彼女のことは心配するな」頼もしい一言を送ってくれた。


 うん、皆、ありがとう。

 ココロのこと、任せたよ。俺は俺で彼女を助けるために仕事をまっとうしてくるから。本当は自分の手で助け出したいけど、俺は本隊に属しちまったからな。私情で動いてもチームに勝利なし。救出隊に人質のことは任せた。


 救出隊と別れることで、本隊バイク組とも離れちまった俺達は完全に孤立。

 傍から見れば“港倉庫街”でポツンとサイクリングを楽しんでいる馬鹿な高校生二人組に見えなくも無い。だけどすぐに皆と合流するつもりだし、俺等は俺等でやることがあるしな!

 苦手な不良を乗せてチャリをかっ飛ばす俺は、ハンドルを切って日賀野にこれからどう動くか指示を仰ぐ。「全体の敵数と配置を知りたい」数は無理でも配置を知りたいと唸る日賀野は俺に言う。“港倉庫街”を一周しろと。しかも最短ルートで。ははっ、またとんだ無茶振りを。

 けど命令されたからにはやらないとっ、俺が殺される!


「日賀野さん、向こうに見える倉庫列のどれか記番を教えて下さい。今の場所を把握したいんで」


 倉庫に書かれている記番を教えてくれるよう促す。

 一応、これでも地形を短時間で頭に叩き込んだんだぜ! ご丁寧に倉庫に記されている番号まで手書きの地図に書かれていたから、必死に頭に詰め込んだという。俺って超偉くね? 手腕が無い分、頭を使えと言われりゃそれまでなんだけどさ!

 「A-9だ」記番を教えてくれた日賀野に相槌を打ち、俺はしっかり掴まっておくよう注意事項を伝達。最短ルートで行くなら超荒運転でいかないと。落ちても知らないんだからな!


「ああ、そうだ。プレインボーイ、この俺を落としたらどうなるか……落とさないよう運転しろ。いいか? なぁー?」


 後ろに乗っている指揮官に強く肩を握られて、俺はカッチンコッチンに表情を強張らせた。

 こ、コイツは協調性というものをご存知なのだろうか。一々々々俺を脅しては楽しんでっ、この苛めっ子! エス、ドエス! 俺はエムじゃないけど、お前ほどSっ気の強い奴もいねぇよ! バァーカ! 犬が嫌いで苦手で怖いくせにっ、くせにー! この犬っころブッコロしゅんっ! 犬と結婚しちまえー!

 あー、スッキリした。心の中の俺はいつでもどこでも最強だからな。どんな不良相手でも悪態悪口言えちゃうん「プレインボーイ、お前。今、すげぇ俺のムカつくこと思っていないか?」


 日賀野のタイプは悪(あく)アンドエスパーのようだ。人の心を容易に見透かそうとする。

 取り敢えず、なんの取り得もないノーマルタイプの俺との相性は最悪だってことだな。コワッ、まじこの人、怖っ。下手なことできないじゃんかよ!


「ほぉ、ダンマリってことは図星か? プレインボーイ。まーさーか? この俺に喧嘩売るようなこと、思っていたり?」


「(ビンゴ、犬と結婚すりゃいいとか思ってました)は、はははっ。まさか! 日賀野兄貴に喧嘩を売るなんて売るなんて」


「あ゛? 犬が何だって?」


 お、俺、口に出していないじゃんかよー! なんで分かるの、この人!

 あ……もしかして俺、顔に出ている? 出ている系? だったら仕方が無い。俺はいつでも何処でもどんな時でも正直ボーイで通しているからな! もう知らね。俺、しーらね! 今のことだけ考えようそうしようそうしましょう。

 過去より今、未来より今、だ!


 ド不機嫌になっている日賀野を余所に、「曲がります」俺は愛想良くそして親切丁寧に曲がり角を曲がると教えてやる。

 アイデデデッ、なんか超肩を強く握られている。握り締められているんだけどっ! く……くそ、ま、負けるもんかっ、俺だってヤラれっぱなしなんてごめんだからな! 俺は曲がり角を曲がる時わざとガサツに運転。ガックンガックンとチャリは大揺れ。肩を掴む手が縋る手に変わった。

 へへっ、や、やってやったんだぜ。ちょっとだけすっきり。内心恐怖でいっぱいだけど、すっきりしたのも事実だ! ……アデデデデッ、肩っ、肩が痛いっす、日賀野兄貴っ!


「プレインボーイ……やるじゃねえか。今の、ワザとだろ?」


「ははっ、そういう日賀野さん。その手っ、ワザとですよね?」  


「いや、俺の場合は握力が強いだけだからな」


「あ、でしたら俺の場合は地面の問題ですから。ほら、平らじゃなかったらガタガタ揺れますもん、チャリ」


「ほぉ? 問題の地面とやら。平坦でアスファルトのようなんだがな?」


「ははっ、日賀野さんこそ。最初よりも格段に握力アップしてますね。しっかり掴まるレベルの度が超えていますよ」


 どーして張り合っちまうか分からないけど此処で屈したら俺の負けな気がするから、絶対屈してやらねぇぞ! フルボッコは別として、口で言いくるめられて堪るか! 俺だってやるときゃやるんだぞ!


「プレインボーイ。後で覚えておけよ?」


「さあ、俺って物覚え悪いんで覚えていないかもしれませんね」


 「ふーん」意味深に鼻を鳴らす日賀野、「へへっ」誤魔化し笑いを零す俺。両者の間に妙な空気が流れたりなかったり。

 変に意地が出てくる俺は例え、日賀野大和から潰されるような勢いで肩を掴まれても表に出さず、寧ろちょいと荒い運転をして仕返し。こういう場面こそ一致団結しなきゃいけないのに、俺と日賀野、水面下でちょいとしたバトルを繰り広げていた。 

 地味にもプライドってヤツがありやすから? あんまり弄られキャラに成り下がっていると俺も黙っちゃーならんと思うわけですよ、はい。つまりは単なる負けず嫌い。俺も変なところで意地張るからな。自覚はあるよ、自覚は。

 あ、暴力は駄目だぞ。喧嘩に持ち込まれたら俺は一気に意地の張り度が下がって不屈精神がポッキリ折れると思うから!


 お互いに乾いた笑いを浮かべつつ(あ、俺だけかこれ)、チャリは颯爽と“港倉庫街”を駆け抜けて行く。

 薄暗くて見えにくいけど、今は積まれたコンテナの街沿いを走ってるみたいだ。無機質な金属箱が俺達の様子を冷然と窺っている。

 相変わらず俺達の間でバトルは繰り広げられているけど、ふと絶え間なく聞こえていたバイクのエンジン音が近くなっていることに気付いてバトルを中断。険しい顔で日賀野は左右を見渡す。


「こりゃ来るかもしれねぇな。プレインボーイ、今走っている大体の場所は?」


「“港倉庫街”西エリアです」


「西?」  


「ああ、すみません。地形を頭に叩き込む時、勝手に東西南北エリアに分けたんです。俺達が入って来た正門は南の位置に属しています。そこから時計回りに西、北、東と“港倉庫街”を回れば最短ルートになります。ここら一帯はコンテナやドラム缶等が多く積まれているエリアっぽいですよ。エリア的には一番身を隠しやすい場所でもありますね。

 バイク達にとってはあまり近寄りたくないエリアでもあります。ほら、バイクじゃちょっと窮屈であろう細い道が多々存在していますし。バイクだったらやっぱり大きな道を爽快に走りたいですしね。一方で俺達にとっては有利な地形です。説明せずとも分かりますよね」


「なるほどな。ということは貴様の言う西に属するエリアはあまり人がいねぇことになる。向こうもバイク移動が多いだろうし、こういう入り組んだエリアはバイクじゃ不利だしな。エリアの面積が一番広いところは?」


「反対側、東エリアです」


「オーケー。東エリアをバイク組に詮索させる。方位的にもアキラ達が近いだろうしな……ん?」


 日賀野が後ろを振り返る。

 軽く右肩を叩いて、速度を上げろと指示を促してくる。鼓膜を振動してくる明確なエンジン音に、俺は振り返らずともどういう事態か容易に呑み込めた。「数は?」「二台」淡々とした会話を交わし、俺はハンドルを大きく切って小道に逃げ込んだ。ギリギリ小道はバイクも入れるせいか、一台が俺達の後を追って来る。

 でも追っ手は二台、てことは一台はどっか行っちまったってことで……そういうことか!

 

「そうはさせるか!」


 俺は小道の小道に逃げ込んで、どうにか難を逃れようとする。

 悪知恵だけは極端に働く日賀野だから、俺の一台詞で事に気付いたのだろう。


「挟み撃ちか。ったく、俺達と同じ手を使うんじゃねえよ」


 舌を鳴らす日賀野は俺に向こうの手に落ちないよう命令。そんなこと言われなくても分かってるっつーの。

 ここらの道は入り組んでいるから、知恵を使えば振り切れる筈だ。

 ただ問題は背後の追っ手だ。所詮チャリとバイク、距離はドンドン縮んでいく。このままじゃ挟み撃ちの前に後ろの奴等に……速度じゃ絶対敵わない。急ブレーキを掛けても向こうは角材らしきものを持っているらしいから、高さ的に乗客の日賀野がヤラれる。

 どうする、どうすればいい。こうしている間にも、距離が数秒単位で詰め寄られていく。


「仕方がねぇ。いっぺん降りる。いいかプレインボーイ、合図で道端に寄せろ。俺が降りた後はすぐ拾え。ヘマしたらどーなるか分かっているな?」


 「はい?」目を点にする俺に、「カウントは3だ」愚図愚図するなと指揮官は不機嫌に鼻を鳴らす。

 ちょ、ちょちょちょ、なんか容易に理解できたけどっ……あんたそれ、無謀ってヤツじゃ「3」、ああもうっあんたもヨウに似て「2」、無鉄砲なところあるって! 急いでチャリのハンドルを握り直し、「1」の合図で道端にチャリを寄せた。

 瞬間、日賀野は道の隅っこに向かって飛び下り、勢い余ってうつ伏せ状態に。

 俺は俺で日賀野が飛び下りた後、急ブレーキを掛けてチャリを倒すよう体重を右に掛けて道端にダイブ。見事にチャリは倒れたけど、俺は間一髪で地面に着地。身を屈ましてバイクが突っ切って行くのを見送った。


 バイクは方向転換に些少時間が掛かる。

 急いでチャリに跨った俺は上体を起こしている日賀野を拾って、さっきまで走っていた道を戻り始めた。嗚呼、この一連の動作だけで寿命が三年縮まるかと思ったよ。再び日賀野をチャリに乗せて小道を出た俺は、彼に無茶苦茶だと本音をぶつける。

 

「こういうことは、よーく話し合ってから実行して下さい。突発的過ぎて寿命が縮まるかと思いました」


「弱ぇ寿命だな」


 るっせぇよ! 誰のせいで肝がビビッたと思うんだ! 相談もなしにイキナリ作戦決行とかナンセンスだろナンセンス! お前、チームプレイって知ってるか? チームとは二人以上で輪をなし、一致団結して行動を起こすことを指すんだぞ! 俺様的口調でいきなり「降りる」、次に「降りた後はすぐ拾え」、極め付けに「ヘマしたらどーなるか分かってるな?」と、脅し。

 最悪のチームプレイだぞおい。

 だけど日賀野はさも当たり前のように言うんだ。


「俺がするっつったらするんだよ。作戦は成功したんだ。ウダウダ言っているんじゃねえ」


 この無鉄砲さと、我の強さは舎兄にすこぶる似ている。

 前にワタルさんが「ヨウちゃんとヤマトちゃんは根っこが似ている」と言っていたけど、まさしくそのとおりだ。無茶振りと無鉄砲さに両手を挙げたくなったね、マジで。俺の高校時代はこういう我の強い不良に振り回される運命なのかも。

 残り二年もこんな我の強い不良に振り回されると思うと、溜息しか出ないよな。あーあ俺って運のない奴。



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