14.その頃の人質は待ちぼうけというか暇というか


 72ゲーム、現在40時間経過。タイムリミットまで、32時間。



 某マンション一室にて。


(今……朝の十時、か。二日、此処で過ごしたけど……ケイさん……皆さん……どうしているだろう)


 アナログ盤の腕時計を見つめ、ココロは目を閉じて吐息を零す。

 祖父母に無断外泊しているが、二人は心配していないだろうか。きっと姉分が上手く言い回してくれているだろうけれど、それでも不安を払拭することはできない。嗚呼、大体どうしてこんなことになったのだろう。


 怖じを抱いてブルブルと身を震わせているココロは疑問を抱いて仕方が無かった。

 あの日、あの朝、あの瞬間、自分はただ好きな人に手作りクッキーを手渡したい一心で放課後を待ち望んでいた。それだけだった筈なのに……ナニをどうすればこんな目に、人質なんて惨め役目を買わなければいけないのだろうか。


 早く此処から逃げ出さないと皆が心配している。

 キュッと口を結び、がらんと物のない洋風の一室の四隅で身を震わせた。畏怖を抱いている場合じゃない。分かってはいるのだけれど。


 災難は突然だった。

 バス停でバスを待っていたあの日、背後から忍び寄って来た不良達に囲まれ、見知らぬマンションに引き込まれ軟禁。トイレやシャワーを浴びる以外は殺風景な一室に押し込められ、時間を過ごすよう強要されている。寝る場所も此処、時間を潰すのも此処、逃げ出したいが扉の向こうではガタイの良い不良が見張っている。窓から逃げ出すことは不可能。七階から飛び下りるなど到底できっこない。嗚呼八方塞。


 扉の開閉音にココロはビクッと体を弾ませた。

 ぎこちなく顔を上げて出入り口を見やれば眩暈が起こる。まったくもってどうすればいいのだろうか。苛めっ子巨乳不良が目前にいるのだが。悪いジョークだと思いたい、思い込みたい状況だ。

 小中時代の思い出が湧き水のように溢れ出て、ついつい顔を目にするだけでも吐きそうだとココロは顔面蒼白。そんな態度を取っても相手を喜ばせるだけだ。歪んだ喜色に溢れるその女不良、古渡直海は口角をつり上げて絡んできた。


「御機嫌よう、根暗のココロ。今日も根暗な態度なこと。随分、いい身分になったよねぇ。アンタみたいなオドオドちゃんに、オトモダチ、更にはカレシができるなんて。アンタみたいな奴を受け入れるお友達、彼氏がいるなんてねぇ」


 肩を竦めている古渡のことのは一つひとつが刃そのもの。

 俯いてブルブル身を震わせているココロに、「独りぼっちだったくせに」古渡はクスリと自分の存在を嘲笑ってくる。


「アンタがそんな性格だったからお友達も逃げて行ったんだよね」


 歩み寄って片膝を折り、額を小突いてくる古渡に反論さえできない。本当のことなのだから。


「楽しみだね。アンタの大事なオトモダチ、カレシが消える未来」


 クスクスと笑声を漏らす古渡はグリグリっと額を人差し指で押してきた。

 何気に痛い攻撃だが、「痛い」と反論する勇気さえ持てない自分がいる。自己嫌悪だ。


「コーコーロ。キスしてあげよーかー? アンタの彼氏にさ。私、地味くんでもキスくらいできるけど? 勿論、セックスも」


 人の心を弄ぶ発言に、「そ……それは」ココロはオドオドとようやく言葉を発する。

 愉快犯は高らかに嘲笑い、「目の前でしてあげる!」何せ、その彼氏くんは自分の彼氏くんになるのだから! 一々人を脅してくる性悪女に内心悪態をつきたくてしょうがなかったが、ココロは何も言わなかった言えなかったダンマリになるしかなかった。相手がとてもとても怖い、のだから。

 

「貴方、とても悪い女。見ていて虫唾が湧く」


 空気を裂いてくれたのは、同じ人質になっている敵チームの女性。小柳帆奈美。

 「弱い者いじめ、良くない」カタコトに喋って鼻を鳴らす。弱いという単語にグサっとくるココロだが(弱い者って自分のこと?)、帆奈美は関係なく古渡を睨んだ。

 しかし性悪女はフフンと鼻を鳴らし、「五十嵐の女になれば?」そしたら愛しい彼、助かるかもよ? なんて嘲笑する古渡に怖じることなく素っ気無く返した。


「それは私が決めること。貴方に言われる筋合いない」


「ふふっ、その強気、いつまで続くやら」


 クツリと笑う古渡は、せいぜい今の内に強がっておくことだと一笑。さっさと扉向こうに消える。

 閉じられた扉に人の気配。見張りが再び扉に立ったようだ。閉め切られた扉を見つめ、ココロは大きく溜息をつき自己嫌悪を噛み締める。また何も言えなかった。 反論もできなかった。怯えることしかできなかった。苛めっ子に完全に屈している自分がいる。


(強くなると決めたのに……)


 深い溜息をついて膝を抱えていると、「隣。いい?」向こうに座っていた帆奈美から声を掛けられる。

 彼女、帆奈美とはこの部屋に閉じ込められている間に随分と仲良くなった。

 最初こそ敵チームだからと警戒心を募らせていたが(姉分とすこぶる仲が悪い)、乙女痛で悩まされている自分に薬をくれて甲斐甲斐しく世話をしてもらった。人質にされ怯えてしまっている自分を励ましてもくれた。姉分とはまた違った姉分肌の帆奈美に今ではすっかり気を許し、仲良しさんとなっている。

 帆奈美の問い掛けに、コックリとココロが首を縦に振る。

 すると帆奈美は場所を移動。隣に腰を下ろして、体を震わせている自分に大丈夫だと綻んできてくれた。仲間がきっと助けに来てくれる、自分達は信じて待てば良い。頼り甲斐のある台詞にココロもようやく笑みを零す。


 うんっと頷き、古渡の放った台詞は忘れることにした。

 大丈夫、仲間も彼氏も自分から離れて行かない。いつだって傍にいてくれたのだ。きっと、今頃血眼になって捜してくれているだろう。そういう人達なのだから。それに彼氏が言ってくれたではないか。もう独りぼっちじゃない、と。

 だから大丈夫、大丈夫なのだ。

 あ、そういえばクッキー。バス停に置いて来たけれど、あれはどうなったのだろう。彼に食べて欲しかったんだけれど。また焼けばいいかな。


「ココロ、さっきよりイイ顔。舎弟のことでも想っている?」


「あぅ……ち、ちが、違います「顔が赤い」あうっ……ちょっとだけ」


 ううっ、糸も容易く見抜かれた。

 頬を紅潮させるココロに、「大事にしてくれる?」微笑ましそうに質問。

 とても大切にしてくれる、ココロは蚊の鳴くような声で呟く。

 現状が現状なだけに二人で過ごす時間は少なく、他校同士で合う時間も限られている。彼は大半を舎兄や仲間と過ごしているから、ちょっとだけ物足りない気持ちを抱いていた。気持ちを疑っているわけではないが、好きという気持ちが不足していた。

 けれど彼氏は気持ちを察してくれて自分を甘えさせてくれる。軟禁される前日は我が家に遊びに来てくれたし、夜には体調を心配し電話も掛けてくれた。思い出作りだと写メも撮ったし、キスもしてくれた。キツク抱き締めてもくれた。何より彼は傍にいてくれる。凄く大事にされているのだろう。


 そう思うと、彼が古渡の魔の手に掛かるとは思えない。否、自分のために行動を起こしそうで少し怖い。自分のためであろうと、別れ話を切り出されるのは嫌だ。とてもとても嫌だ。うんぬん悩むココロに、「百面相」自分の頬をつんっと突っついてクスリと一笑。


「とても好き、それは分かった。彼氏に、ココロ……とても大事にされている。でも、ちゃんと準備はしないと駄目。妊娠するから」


 帆奈美、真顔で爆弾発言を投下。

 ココロ、目を小粒ほどに小さく丸くして硬直する。


「……妊娠って、あの」


「子供ができたら一大事。宿る子供も大変、貴方も大変、周囲もパニックになる。だから、ちゃんと」


「そ、そそそそそそそれってあのっ、えぇえええっとっ、わ、私っ、ケイさんとッ、だ、だ、だ、男女の営みッ……?!!!!」 


 なんてことを言ってくれるのだ、この人。

 自分達は学生だというのに、そんな不謹慎な。いや、不良の皆さん方はするかもしれない。アダルトワールドウェルカム、何でもばっちこーい! なのかもしれない。

 だがしかし、此方はジッミーに生き、ようやく恋愛というものを経験し始めている子供な高校生であるからして、あるからして、だ! 滅相も無い妄想をし、「初デートもまだなのに」ココロはブンブン頭を振って不要な心配だとボソボソ。

 「シたくない?」首を傾げる帆奈美に、「こ、子供ですから」ココロはモゴモゴボソボソモジモジ。


「ほ、帆奈美さんみたいに……お、大人でっ、魅力ある女性だったら……その体にも自信……あると思いますけど」


 ココロは己の胸を見つめ、古渡の胸を思い出して頭上に雨雲を作る。


「う゛ー……ぺったんこですもん。Aですもん。魅力だって全然」


「舎弟は貴方のことが好き。真っ直ぐ貴方に好き、伝えている。それで十分魅力あると思う。相思相愛、とても羨ましい」


 そういう恋愛をしてみたいものだと帆奈美は吐露。

 ココロは薄々ヨウと帆奈美の関係を知ってはいたが耳にする程度。今は日賀野大和のセフレになっていると知っているし、安易な言葉は口にできなかった。しかし黙ると沈黙が襲ってくるため、「好きな人いないんですか?」遠回しな物の言い方をする。

 ると即答する帆奈美。しかし、好きと想うに想えないと彼女は苦笑を零した。


「ココロ、今のヨウ。どう? 優しい?」


「え? あ、ヨウさんですか? ……はい、優しいですよ。地味な私とでも隔たりなく話してくれますし」


「そう……そういうところは変わっていない。ヨウは真っ直ぐだから、きっと仲間を一番に想っている。彼のイイトコロ」


 元セフレを語る表情は限りなく柔らかい。

 思わず彼の事が好きなのかと尋ねれば、嫌いだと即答。ムッと不機嫌になっている。

 でも何処と無く哀愁漂っているのも現実だ。「じゃあヤマトさんが?」言葉を重ねると、「好き」これまた即答。やはり哀愁は取り巻いたままである。


「ヤマトとはセフレ、でも好き。彼は大事にしてくれる。私の一番の理解者。元セフレのヨウも……多分、大事にはされていたと思う。好きだった。でも嫌い。とても嫌い。私はヤマトを選んだ。だからヨウは嫌い」


「うーん。えーっと……帆奈美さん、矛盾しているような。なんだかヨウさんを嫌いって思い込んでる様にしか見えないんですけど。どうしてヤマトさんとセフレに? 好きなんでしょう?」


 好きになったら普通は恋人になるものじゃ、そう思うのは自分が子供だから?

 曖昧に笑う帆奈美はココロの頭に手を置いて告げる。些細な事でも何か想うことがあったら気持ちは相手に伝えた方がいい。でないと自分とヨウのように、またヤマトと自分のようになってしまうのだから、と。

 謎めいた言の葉を紡ぐ帆奈美は、「私と同じはダメ」とにかく今の彼氏を大事にして信じなさい、あどけない笑顔で助言してきてくれる。

 話をはぐらかされた気もするが、ココロは深く追究しなかった。帆奈美にとってきっと踏み入れて欲しくない領域だろうから。

 フッと息を吐き、ココロは天井を仰ぐ。自分達がゲームの材料にされているのは分かっている。足掻いてゲームを掻き乱してやりたいが、現段階では少々無理な状況下である。だから願うのだ。


(皆さん……ケイさん……今、どうしていますか? どうか無事でいてくれますように)


 ココロは、深く強くそう思わずにいられなかった。


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