15.昨日の敵は今日の好敵手




 ◇ ◇ ◇



 曜日(金)、AM10:15。

 携帯のディスプレイに表示されている時刻を見て、一つ溜息。

 72ゲームが始まって約40時間が経過。タイムアップまで32時間前後か。残り一日とちょいでココロを取り戻さないと俺達の敗北は決定する。敗北したその瞬間、ココロは……ネガティブは駄目だ。不幸な妄想は不幸しか呼ばない。ネガティブな妄想もネガティブしか呼ばない。ネガティブ田山になっても良いことなんてない。ハイパーポジティブ田山にならないとな!


 それにしても、こんなことになるなんて。

 みんな、“昨日の敵は今日の友”って言葉を知っているかい?

 俺は言葉を知っているどころか身を持って体験しているところなんだぜ! しかも現在進行形! いやさ、誰も予想しないじゃん? ずっとずーっと敵対していた敵の不良さんチームと手を結ぶ日が来るなんて。あんなに対峙していたチーム同士が嫌々ながらも手を組む。手を組むなんて。

 まさしく“昨日の敵は今日の友”。神様仏様女神様もいけずなことをしてくれるよな。閻魔様だって予想していなかった未来に違いない。


 さて簡単に現状の説明をすることにする。

 昨晩手を組むとお約束した俺達は、奇襲等の疲れを癒すためにその日は一旦解散。各々ゆっくりと体を休めて翌日の十時半に集合することが決まった。

 集合場所はヨウ達が中学時代、放課後によくたむろ場に使っていた場所。大通りから大幅に逸れている某地区の神社裏に集うことになった。

 神社でたむろとか、すこぶる罰当たりな気もする(てかめっちゃ罰当たり!)、中学時代のヨウ達は此処で集まって花火やプチ飲み会をしていたそうな。しかも深夜に。ははっ、いっぺん罰当たって来い、お前等!


 とにもかくにも中学時代のあの頃に戻るわけだから、中学時代に使っていたたむろ場に集おうという話になり、俺達は今、神社裏に溜まっている。

 つまり、学校をおサボリしてくれた利二も含むチームメート全員で神社裏にやって来たわけです。

 十時半に集合ではあったのだけれど、道中で奇襲をかける可能性も見越して早めに浅倉さん達のたむろ場を発った俺達は十五分前に到着。十五分も前に着いたのだから、きっと日賀野チームを待つ羽目になるんだろうな、と思っていたのだけど、向こうはそれよりも早くに到着していた。

 驚いた。向こうチームがもう待っているなんて、不良のくせに時間には余裕を持たせるなんて意外だ。授業時間にはルーズなんだろうけどさ。


 ただし、「ッハ、おせぇ」日賀野が挨拶代わりにヨウに悪態を付いていたから、危うく一悶着起きそうだった! なんとか喧嘩には至らず済んだけど、ドキドキハラハラしたよ、うん。


 二チームが全員集合したところで話し合い開始。

 木々が生い茂っている神社裏は石段や置石、ジベタリングできるくらのスペースがあるから広さ的には余裕のよっちゃんだったんだけど。


 へいへいへーい! 現在進行で空気は最悪なんだぜ!

 それは何故か? いや、確かに二チームは“昨日の敵は今日の友”精神で手を結んだ。結びはしましたとも。

 でもな、和解をしたわけじゃないから、集まっただけで異様な空気が一帯を覆ってしまい、天気は好いのに空気は最悪! ピリピリした空気が高圧線のように張り巡っている!

 お互いに顔は合わせてはいるけど、二チームを隔てるように距離が置かれているし? リーダー同士なんてそっぽ向き合ってるし? 誰ひとり喋ろうとしないし?


 ははっ、お前等、手を組むの意味は分かっているかい?

 これじゃあ、カタチだけだぞ! チームを結び合った意味がねぇ! 時間もねぇ! ついでに空気の重さに胃が重てぇ! ……リーダー二人さんよ、仕切っておくれよぉ! お前等は上辺でも手を結んだんじゃねえのかよ! なんで一触即発ムードが漂っているわけ? そんなに仲が悪いのか?!

 そりゃ犬猿の仲かもしんないけどなぁ、“犬猿”と書く犬と猿だって桃太郎や雉と一緒に鬼ヶ島に行って鬼を退治したじゃないか! 今だけでいいから仲良くしようぜ!


 心中で涙を流し始めた時、「あひゃひゃひゃひゃ!」「おひょひょひょひょ!」二つのウザ口調笑い。謂わずもワタルさんと魚住だ。

 神社裏一杯に笑い声を満たして、これじゃあ時間の無駄だと指摘。さっさと始めないとゲームに負けるどころか、大敗! それはごめんだと二人して大笑い。ナニがそんなにおかしいのか、俺には謎も謎だ。

 でも二人なりに重苦しい空気を打破してくれようとはしているみたい。腹抱えて大笑いしている二人は声を揃えて話し合いをしようと提案。


「あひゃひゃひゃひゃ! このままの空気なら僕ちゃーん、ひとりで五十嵐に挑むっぽ! あひゃひゃ、僕ちゃーん死亡フラグ!」


「おひょひょひょ! まったくもってそのとおり! わしが一緒にお供してやっても良いぞい! おひょひょひょ!」


「あひゃひゃっ、アキラ! 一緒に死ぬ? 死ぬフラグ? きもーいお!」


「おひょひょひょっ! それも人生じゃい! 『我が生涯に一片の悔いなし』じゃ! 悔いあり過ぎるけどのう!」


 あひゃひゃひゃひゃ! おひょひょひょひょ!

 神社裏に響き渡る二つの笑い声。そして俺の心境はう、うぜぇ……。

 いつも耳にするウザ口調が二倍も三倍もウザく感じる。さすがは元親友同士、ウザ口調の持ち主が二人揃うとマジうっぜぇのなんのって、あひゃおひょ! 俺も笑いたいくらいうっぜぇと叫びたい! 叫んで胸の内をスッキリさせたい!

 ただ二人のウザ笑い声のおかげさまで沈黙は散り、ようやくリーダー二人が重い口を開いて話し合い開始。この開始までに十分ほど時間を要したのは、もはやご愛嬌だろ! な?!


 ジベタリングしているヨウはうーんっと腕を組んで、ポツリ。


「五十嵐の場所をある程度、特定はした。で、これからどうするかだろ? ……こりゃもう乗り込むしかねぇだろ」


 すると石段に腰掛けていた日賀野が出た出たとばかりに鼻を鳴らす。


「ッハ、単細胞はこれだ。過程を考えず、結論だけ出す。まずは順序を立てて物を言え」


 バチン、二人の間に軽く火花が散る。ちょ初っ端からそれ? それなのか?!

 あわあわと俺が「ヨウ。落ち着けって」、向こうチームの健太が「今は穏便に」と日賀野を宥めるけど、二人の火花は散るどころかエスカレート。


「ヘッ、頭でっかちサマは? ウダウダと過程を考えるのが相変わらずお好きなことですねぇ。結論は一緒のクセに」


「考え無しは馬鹿みたいに乗り込むしか考えねぇだろうが。ココを使え、ココを」


 「ヘッ」ヨウは青筋を立てて中指を立てた。「ッハ」日賀野も青筋を立て、カスと悪態。更にヨウが舌を出し、日賀野が立てた親指を下に向けた。

 刹那両者カッチーンのブッチーン、血管が切れかかる。リーダー二人はやんのかとばかりに勢いよく腰を上げた。ちょ、あんた等っ、ほんともうっ、口を開くだけで喧嘩かいなぁ!


「だいったい貴様は、そうやって考え無しに物を言うからアタマにくるんだ。なんでアタマを使おうとしねぇんだっ、クソめんどくせぇ!」


「はあ?! お前ほどメンドクセェ狡い男はいねぇよ! テメェみてぇに遠回しな考え方よりかはマシだろーが!」


 ああくそっ、フツーに始まっちゃったよリーダー同士の喧嘩。

 今にも食って掛かりそうなリーダー二人を俺と健太で必死に宥め止める。


「今、喧嘩しても得なんてないぞ。ヨウ!」


「ヤマトさんも落ち着いて下さいっ。帆奈美さんっ、救出しないといけないんですから!」


 両チームのインテリ不良からもこんなことをしている場合じゃないと呆れた声が飛ぶけど二人は火花を飛ばしたまま。

 ついに二人は口論勃発。「テメェは昔っから!」「出た出た馬鹿丸出し発言!」「脳みそパァ!」「単細胞のミジンコ!」等々、なんだか小学生以下の口論を繰り広げている。お前等二人ともめんどくせぇな! 喧嘩をしている場合じゃないと言っているのに!

 何度も時間が無いと言って止めたおかげさまで、どうにかこうにか喧嘩闘志の炎は消火したけど、これじゃあ、いつまで経っても前に進まない。


「クソハイエナ」


「能無しクソ野郎め」


 …… なんだか俺、お前等さえ仲良くすりゃすべてがまあるくおさまる気がしてきたよ? ヨウ、日賀野、お前等、取り敢えず仲良くしろ。ワタルさんと魚住でさえ喧嘩しないよう努めているんだからさ!

 見かねたインテリ不良代表のハジメ、向こうチームからはアズミが急いで行動を起こそうと意見。時間のロスだけは絶対にしてはいけない、と口を揃える。


「手を組んだ以上、これから求められるのは協調性だよ、ヨウ。ヤマト。まったく、リーダー二人が協調ゼロでどうするんだい? このままじゃ五十嵐にまた大敗する」


「そうだよ。一緒になることで五分五分まで勝率を持ち込めるけど、今のままじゃ勝率49%でこっちが負けるよ? たった1%の差異でも負けは負け。今、アズミ達に必要なのはお互いを信じて行動を起こすことにある。たった1%のBelieveが無かっただけで負け。それじゃあ手を組んだ意味がなくない? ねぇ、たっくん」


 相変わらずアズミは片手にゲーム機を持って“たっくん”にベタ惚れ中。うっとりとゲーム画面を見てハートを散らしている。

 乙ゲーのたっくんの顔がチラッと目に入る。イケメソにもほどがあるだろうとツッコミたくなるくらいカッコイイな。そんな煌びやかなオーラを出す美形は二次元にしかいないぞっ! 二次元は萌えを最大限にまで追究できるから凄いよな。ということは二次元に田山が飛び込めば、俺もイケメンになるのか? ……いや、イケメンを引き立たせる所詮脇役的存在なんだろうけどな! ははっ、むないんだぜ!


 インテリ不良の助言により、改めて空気の入れ換えをした俺達は話し合いを再開。

 お互いに喧嘩しないよう、なるべく穏便に、そう穏便且つ慎重に集会が開かれた。

 まずは現状確認だと司会進行を買って出たのは日賀野。五十嵐のある程度の居場所は分かった。順を追って何を話し合うべきか、まずは向こうの動きと力、そして自分達の力について話し合うべきだと説明を簡潔に、全員に伝わるよう話を纏めた。

 向こうの動きと力が分かれば、こっちもそれ相応の力を分配できると日賀野は語る。



「アキラの情報網によると五十嵐は十ほどチームと協定を結んでやがる。各々実力チームだと聞いたが、こっちにも協定がいる。恐れるに足らない。だが問題は数。向こうの数に手間取って、時間をロスしちまうことは致命的だ。何故だか分かるな?このゲームはタイムリミットが決められている。

 なるべくは雑魚を放置して、親玉を討ち取る。それが最善の策だと俺は思っている。時間がオーバーしちまったら元も子もねぇ。親玉を討ち取ってのタイムオーバーなら、そりゃ結局こっちの勝利で終わるが……人質を取られている以上、こっちは向こうのルールに則(のっと)っていかないといけねぇ。ルールを決めている親玉を潰さない限り、ルールもクソもあるか。

 しかも両チームの野郎共はほぼ全員、『漁夫の利』作戦で重傷を負っている。まだ完治に至っていない。なるべく無駄な労力を使わないよう努めねぇと、体力の差でこっちが敗北する。作戦や戦闘スタイルを組み立てるには個々人の役割と能力、そして力の配分が何よりも必要だ。怪我の具合も兼ねて全員のことを把握する必要がある」



 一呼吸置き、司会進行役は両チームに視線を配る。


「まず戦闘重視パーソン。個人重視パーソン。面子を二つに分けようと思う。此処まで意見は? 反対意見でも遠慮なく出せ。考慮していくつもりだ」


 日賀野の問い掛けに、俺等荒川チームはぽけぇっと口を開けて聞いていた。

 ナニこの人。リーダー性もカリスマ性もパねぇんだけど。俺達、この人の率いるチームと対峙してたわけ? よくもまあ、渡り合えていたよなぁ。


「なんかスゲェっスね、向こうのリーダー。まさしくリーダーって感じがするっス」


 キヨタの発言に、高校からヨウ達に絡み始めた俺や弥生、タコ沢、利二はうんうんと頷く。

 思考の回るリーダーが此処まで頼もしいと、チームメートも心強いよなぁ。こっちのリーダーなんて思い付き戦法が大半。取り敢えず考えてくれるようにはなったけど、今も周りが見えなくなったり、一人で突っ走るところが多いから苦労もする。


 「ヨウも頑張っているんだけどな」俺、「カリスマ性がイマイチ」キヨタ、「考え無しが多いというか」弥生、「ただの馬鹿というか」タコ沢、「いえ、ただの馬鹿でしょう」利二、ボソボソッと会話して溜息。勿論、ヨウにバッチリと会話が聞こえてしまい、我等がリーダーはこめかみに青筋を一つ浮かべる。

 ヨウ信者のモトだけは、リーダーはヨウこそが適任だろうとフォローしているけど、その他中学時代からつるんでいる奴等からフォローは一切なく、寧ろシズや響子さんからチームの纏め方が上手いのは向こうだと溜息。ワタルさんは言われてやんのってゲラゲラ笑っている。

 荒川チームの様子を見ていた日賀野は得意げな顔を作り、余裕綽々に嫌味を飛ばす。


「ッハ、やっぱ馬鹿がリーダーをしているとチームは苦労しているみたいだな荒川。お前次第で苦労しているチームをこっちに吸収してもいいぜ?」


 よってヨウのこめかみに青筋が三つほど立った。


「だぁあっ、るっせぇぞヤマト! テメェ等もっ、俺もちったぁ成長したろうが!」


 立ち上がって地団太を踏むヨウは悔しそうに大反論をしている。

 分かっているってヨウ。お前はちゃんと努力しているし、成長もしている。向こうチームのリーダーはスゲェとは思うけど、やっぱついて行くのはお前なんだ。だからそんなに悔しがるなって。


 話を戻し、日賀野の意見に俺達は賛同。

 早速個々人の能力把握から始まった。俺は勿論、戦闘に不向きだから個人重視パーソン組。その他に弥生、ハジメ、アズミに利二。健太もこっち側についた。残りは戦闘重視パーソン。つまり腕っ節のある奴等だ。魚住は情報網に長けているから基本個人重視パーソンだけど、喧嘩もできるから戦闘重視パーソン組についている。


 ハジメとアズミは頭脳派、弥生と利二は情報派、その他派は俺と健太という具合に細かく分類。

 だけどハジメは療養中だから今日中に帰らないといけない。彼はその旨をリーダー二人にしっかりと告げていた。

 日賀野は個人重視パーソンの面子を見て、「特に上手く使わないとな」悶々と思案している。


「土倉が抜けるっつーことはアズミ、お前が戦闘スタイルの調整をしろ。土倉も携帯があるだろ? その場にいなくとも会話できる口があるんだ。連絡を取って調整しあえ。情報二人は今から情報収集に行ってもらうとして……ケンは“港倉庫街”で活躍することになると思う。貴様のモノ作りに対する器用さはパねぇからな、その場で武器を作ることもあれば、倉庫の鍵を開けることもあるだろう」


 実は山田健太は手先が器用で、特にピッキングが超上手い。

 昔からプラモデルとか細かい作業をするのが大好きで、ピッキングもドラマを見て、ちょっとしてみようかなー? と好奇心から独自にピッキング法を開発。簡単な扉なら開けられる。俺も何度か目に見たけど、手際の良さは天下一だぞ、あいつ。

 あ、良い子の皆はマネしちゃだめだぞ? れっきとした犯罪だから!


「プレインボーイは謂わずもチャリと土地勘、それから……ああ、習字だったな。俺に延々習字伝説を語ってくれた」


 ははっ、今、かるーく馬鹿にされた気がするぞ?

 でも俺、何も言わない言えない言えないんだ。目前に日賀野が立っているおかげさまで、足がちょい竦んでらぁ! トラウマだからしゃーないだろ! はははっ、怖い、怖いよぉ!


「土地勘ってことはだ。地形を覚えるのは得意だな?」


 大魔王、じゃね、日賀野が疑問を投げかけてくる。得意不得意かと問われたら、得意な分類に入る。


「ええ。それなり覚えることは得意です。ただ広範囲だと多少は時間が掛かります。一番はその場所に行って視察するのがいいんですが」


「ご尤もだが時間がねぇ。それに危険過ぎる行為だ。プレインボーイは“港倉庫街”を知っているか? 此処から二つ向こうの町にあるんだが」


 記憶のページを巡らせる。

 薄っすらぼんやりとだけど中一の時、健太とその辺りをチャリで通ったことがある。二つ向こうの町程度ならチャリですぐ行ける距離だ。

 更に思考を巡らせ、「近所に市場がありますよね?」相手に質問を飛ばす。軽く頷く日賀野は、地図を用意する。すぐに地形を覚えろと命じてきた。けれど俺はすぐに頷くことをせず、できれば周辺の地図も欲しいと意見を返す。

 「え。なんで?」近くにいた健太が“港倉庫街”の地形だけ覚えればいいじゃないかと言うけれど、察しの良い日賀野はなるほど、と一つ頷いた。


「周辺の地形を覚えることで、ある程度の裏道を特定する寸法か」


 それがどうしたのだと健太が視線を投げてくる。俺に代わり、傍で聞いていたヨウが説明役を買って出た。


「裏道は抜け道になる可能性もあれば、奇襲を掛ける、掛けられる道にもなる。俺達にとって、そういった道は利害どちらにも転ぶ。“人質”が捕えられている以上、ある程度の裏道は知っておかねぇと、いざという時に敵が人質を連れてその道を使い、遠くに連れて行くかもしれねぇ。一方で敵の態勢を崩すための道になる可能性は大いにある。だから覚える必要があるんだ。これは荒川チームお得意の地攻めだな」


「そういうことだよ健太。日賀野さん、周辺の地図は用意できそうです?」


「アズミに頼む。少しだけ待ってろ」


 ある程度の個人重視パーソンを把握した日賀野そしてヨウは戦闘重視パーソンに目を向ける。

 特に手腕のある合気道経験者のキヨタ、紅白饅頭不良兄弟を戦闘の要にしようという話になった。本当はワタルさんや魚住も要に入れたいらしいけれど、ワタルさんや魚住はチームメートの中で尤も酷い重傷者。取り敢えず非戦闘員扱いにしておいて、重要な場面で動いてもらおうということになった。


 さてほぼ全員の能力や怪我の具合が把握できたわけだけど、問題は“港倉庫街”に乗り込む際の作戦だ。

 日賀野の話によると、いまいち五十嵐の動きが読めないらしい。動きが読めない以上、安易な作戦は立てられない。

 しかも“港倉庫街”は広範囲。俺も容易してもらった地図を眺めているんだけど、無駄に広い。グーグル検索で航空写真設定でそこを見たけれど、倉庫の数がパない。並列している倉庫のどこかに多分人質がいるんだろうけど……五十嵐と一緒にいるかもしれないし、倉庫に閉じ込められているかもしれない。

 どうしたものかと二チームが悩む中、ヨウがそうだと手を叩く。


「乗り込み作戦、いっちょいってみね?」


 「はあ? また馬鹿な発言をする」日賀野は悪態を付いたけど、ヨウは構わず話を続けた。



「どーせ相手は底知れぬ悪知恵の持ち主だ。『漁夫の利』作戦はもうきかないし、また悪知恵で挑もうとしてくるんじゃないかと警戒心を抱いているに違いねぇ。んじゃ、真っ向勝負でいってみるってのはどうだ? あ、意見は最後に聞くからまあ聞けって。途中で口を挟まれると俺も混乱する。


 まず二手に分かれるんだ。

 真っ向から乗り込む斬り込み隊と、裏から回って最後に真っ向勝負する本隊の二つに分かれる。邪魔者の協定チームはこっちの協定チームに協力してもらってかく乱してもらう。

 きっと五十嵐のことだから、俺達が悪巧みを持って挑んでくると思っているに違いねぇ。過去を振り返るとそう思っても仕方が無いだろうし。だったら裏を掻いて真っ向から勝負を挑み、あいつを混乱させる。それが斬り込み隊の役目だ。本隊は裏に回ってまず人質救出。最後に斬り込み隊と合流してどどーんと勝利をおさめる。


 乗り込み作戦っていうより、挟み撃ち作戦だなこれ。

 とにかく人質の救出が最重視されているんだ。人質を救出しねぇと、向こうの決めたルールに俺等も束縛されるまま。

 打破するためには二手に分かれて一手は混乱、一手は救出に動くしかねぇと俺は思うんだ。斬り込み隊は危険極まりねぇが……なにも乗り込んで伸すだけが斬り込み隊の仕事じゃねえ。時には逃げて相手の油断を誘うことも大切だと思う。向こうの動きが読めない以上、俺達も読めない動きをして向こうを混乱させるんだ。俺が五十嵐だったら、まさか馬鹿みたいに真っ向から乗り込んでくるなんざ思わねぇし。本隊と斬り込み隊の連絡はバイクのホーンでやり取りする、という感じだ……質問等は?」



 やばい、俺は泣きそうだぞ。

 ヨウが、あのヨウが知的に発言しているなんて! お前も成長したよな。舎弟として誇らしいぞ!


「なるほどな。荒川にしては気色悪いほど知的な作戦だが問題が二つ。 一つは人質を救出する本隊の存在がばれる可能性があるってことだ。基本はバイク移動、エンジン音で人質救出する本隊がばれたら、人質が移動される可能性もある。もう一つは人質の救出にどれほど時間を要するかってことだ。斬り込み隊にも体力的に限度がある。長引けば危険だ」


「確かにな。けど最初の問題は、さほど重視しなくても大丈夫だと俺は思うけどな」


 だって別にバイク移動だけが手段じゃないだろ。

 ヨウはチャリを使えば良いじゃないかと大真面目に意見。「チャリ?」喧嘩にチャリを持ち出す馬鹿が何処にいる、日賀野が眉根を寄せた。あー、此処に居ちゃったりするんだけどなぁ……何故だか肩身が狭いぞ。

 「結構使えるって」ヨウは訝しげな眼を投げている日賀野に、チャリ手段のメリットを出した。

 

「バイクっつーのはスピードがある分、簡単には方向転換が利かない。 俺はずっと舎弟のチャリに乗っているから分かるんだけど、チャリの方が幾分方向転換が利き易い。裏道に入りゃこっちのもんだし、何より音が少ない。エンジン音で気付かれる可能性は小さいぜ。更に斬り込み隊のバイク音でチャリの音なんざ一抹も聞こえねぇに違いない」


 チャリを使う価値は十二分にある。ヨウは断言した。

 確かに、一つ頷く日賀野は今の作戦に異論等ある奴はいるかと投げ掛ける。異議なし。時間も無いしそれでいこう。

 早速作戦の手直しが始まる。


「斬り込み隊と本隊は肯定でいい。二つ目の問題は別枠で人質救出の一隊を設ける。斬り込み隊は手腕のある奴等を多めに入れる。この一隊はなるべく向こうのペースを掻き乱すよう真っ向から仕掛けていくでいいな。一方の本隊は裏から回って挟み撃ち合流。ただ裏を回るじゃ芸がねぇ。裏からなるべく向こうの戦闘スタイルと現状を把握するために、探りを入れつつ合流でいくぞ。

 救出する一隊は同じく裏から回って気付かれないよう動く。最初こそ本隊と共に動くが、後から枝分かれして人質の所在を掴む。人質解放後は本腰を入れて潰しに掛かる。これでいきてぇが何か意見はあるか?」


「意見はねぇけど……すげぇな。俺の思い付き作戦を此処まで仕立て上げるなんざ、感心だ。感心」 


 日賀野の知性に対して素直に褒めを口にするヨウだけど、ハッと弾かれたように手を叩いて相手リーダーに異議申し立てをする。


「ヤマト、斬り込み隊と本隊には指揮官がいる。どっちがどっちに就くかは謂わずも、だろ? 俺はテメェほど頭が回らねぇ。本隊の行動すべき戦闘スタイルと現状を把握は俺にとって重荷だ」


「願ってもねぇことだな。ただの真っ向勝負なんざあんま俺のスタイルに合わない。が、挟み撃ち作戦なら俺のスタイルに合う。本隊は俺が指揮する」


 決まりだと二人はシニカルに笑い、早速三つにグループを分けようと仲間達に指示を出し始める。

 直球型不良のヨウが斬り込み隊の指揮、変化球型不良の日賀野が本隊の指揮、か。

 何だかすっげぇな。二人は正反対の戦闘スタイル・考えを持っていて、折り合いがつかないことが多いのに……こうして自分達の得意分野を如何なく発揮して協力をし合う。ほんとうに凄いことだ。

 

「分裂以前にさえなかった光景だぁ」


 ポツリとホシが零した独り言を、俺は聞き拾ってしまう。

 中学時代にさえなかった光景か。ヨウも日賀野も仲間を想う気持ち、大切にする気持ちは一緒だった。でも常に二人は考え方が180度違い、折り合いがつかなくて喧嘩ばかりだった。こうしてお互いを認め合ってタッグを組めば、良いコンビなのにな。ヨウと日賀野。


「しかし、荒川にまともな意見を飛ばされて、挙句作戦を提案される日が来るなんてな。アリエネェ。俺が地に落ちたか、それとも向こうが少しだけ、ほんっの少しだけ成長したのか……」

  

 不意に日賀野が溜息をついて唸り声を上げる。

 あー……フツーにそこは成長を喜ぶべきじゃね? 認めてやるべきじゃね? とか思うのは俺だけか。ヨウも随分成長したと思う。出逢った頃に比べれば格段に頭を使うようになったしな。認めてやってくれよ、日賀野! 癪なのは心中お察しするけど!


「ヨウも頼もしくなったな! 敵ながらアッパレ、このままいくとヤマトさんと並ぶな!」


 スゲェスゲェとイカバが素直に人を褒め、凄いと豪快に笑声を上げている。

 調子のいいヨウはどうもどうもと手を挙げ、褒め言葉を素直に受け止めている、その傍らでは。


「誰が単細胞に負けるかっ……ああくそっ、胸糞悪い! 貴様と同じレベルのアタマになんざならねぇよ!」


 日賀野は悔しそうに地団太を踏んでいた。

 さっきと逆のパターンだな。ご機嫌のヨウは向こうチームに褒められて愉快そうに、「チームメートをこっちに吸収してやってもいいけど?」と胸を張っていた。あんまり調子に乗らせると、いつもの悪い癖を発揮するヨウが出てくるから、褒めるのはここまでにしておこう。


 作戦も決まり、早速三つにグループを分ける。


 まずは戦闘重視パーソンから。

 斬り込み隊はヨウを筆頭に腕っ節のあるタコ沢、ホシ、紅白饅頭双子不良(名前なんだっけ。こいつ等)。それからシズに副頭さん。どいつもこいつも喧嘩に強い面子だ。多めに戦闘重視パーソンを入れることで真っ向勝負作戦、否、混乱作戦に持ち込むという寸法だ。


 本隊は日賀野を筆頭にワタルさん、魚住、キヨタ、イカバにモト。

 人数は若干少ないけれど、何人か腕っ節のある奴を残すことで、後から合流する祭に巻き返しを図るという寸法だ。ワタルさんや魚住は特に重傷者だからな、本隊に入る必要性がある。

 女でも腕っ節が強い響子さんは本隊兼救出隊についた。本隊の内、モトとイカバが救出隊に加わるみたい。三人でこっそりこそこそと人質救出することになった。


 さてと問題は俺達、個人重視パーソンだ。

 弥生は自己申告で救出隊につきたいっと言ったから決定。利二、ハジメ、アズミは外部から協定チームや敵の動きを見るために連絡係り。間接的に救出隊。平成のルパンのこと健太はピッキングの腕を持っているから当然救出隊。


 じゃあ……俺は?

 できることなら俺、斬り込み隊に入りたいな。

 腕っ節に自信はないけど、指揮官的に安堵感を抱けるのは舎兄なわけだし? それにトラウマが、あったりするわけだから……なあ?

 俺の気持ちを察してくれたヨウは、「ケイは俺達と行こうぜ。いつもどおり俺がチャリの後ろに乗るから」と告げてニカッと笑顔を向ける。ホッとしたのも束の間、何を言っているんだとばかりに日賀野が意見する。


「プレインボーイは本隊に入れるに決まっているだろうが。なにせこいつは土地勘、チャリの腕に長けている。プレインボーイは俺と行動してもらう」


「お、俺と……って?」


「そりゃ勿論、意味はそのまんま。なー? プレインボーイ。後ろに乗せてくれるよな?」


 日賀野大和が俺のチャリの後ろに乗ってくる、だと?

 目の前は真っ暗になりそうだった。ちょ、ちょちょちょっ、なんの試練? なんの試練なわけ?! まさかの事態、緊急事態っ、日賀野大和が俺のチャリの後ろに乗ってくるとか乗ってくるとか乗ってくるとかっ! な、泣きたいっ、ぬぁあああああっ、俺は泣きたいぞぉおおおお! 

 ガッチンゴッチンに体を硬直、ぎこちなく足が一歩いっぽ後退を始める。「おーっと」日賀野が逃げる俺の体を引き戻して、肩に腕を乗せてきた。お、重いっ。


「逃げるなんてナンセンスだろうプレインボーイ。まさか乗せてくれねぇとか、馬鹿なことほざくわけじゃねえよな?」


「へ、へへっ。まさか! よ、喜んで……あはははっ」


 チクショウ、半泣きだぞ。おりゃあ半泣きだぞ!

 「だよなぁ」にやりと笑う日賀野に田山圭太は情けなく首を上下に振る。完全に逃げ腰だけど、これは生理現象だ。仕方が無いだろーよ! こいつにフルボッコをされちまったんだぞ! トラウマになるなって方が無理だろ!


「プレインボーイはヤサシーからなぁ? そーんな馬鹿を言うわけねぇもんな?」


「へ、へへ」


 「乗せてくれるもんなー?」「く、くれるです!」「喜んで乗せてくれるもんなー?」「よ、喜んで乗せるです!」「舎弟になってくれるもんなー?」「は、はい! 舎弟になりますです!」「イイ返事だ。じゃ、今の舎兄にバイバイしろ。はい、バイバイ」「ははっ、ヨウばいば、い……あっれー?」


 もしかして乗せられた?

 サーッと青褪める俺にキャツは一笑し、「男に二言ねぇよな? 今、舎弟になるって言ったよなぁ?」ニッコリニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべてくる。

 完全に半泣き、いやマジ泣き一歩手前の俺は意味不明な奇声を上げながらトンズラ。泣き喚きながらヨウの後ろへ隠れた。

 ははっ、俺、ダッセェ! けっど怖ぇ! ガチコワっ! ついでにこの人、ほんっと嫌い! イタイケな地味ボーイを苛めるなんてさぁ!


 大体苦手なんだよ、日賀野大和。

 フルボッコという行為は五十嵐にもされちまったけど、断然トラウマにしてるのは前者。

 キャツはフルボッコプラス、毎度人にちょっかい出してくるから完全に俺の苦手な類(たぐい)になっちまったわけだ。

 単なるフルボッコなら、ある程度の時期が来れば俺も立ち直れるけれど、立ち直る前にこいつが一々々々ちょっかいを出すからトラウマに! 傷口に塩を塗るような行為をしてくるこいつは俺にとって生涯忘れられない天敵になっちまっている。

 ブルブルに震えて、「無理だ無理」頭を抱えている俺の様子にヨウは眉間に皺を寄せる。


「おいヤマト、ケイを苛めてんじゃねえよ。ぜってぇ楽しんでるだろ? あんま出過ぎたマネすると……舎兄が黙っちゃねえぞ」


「ッハ。苛めているんじゃなくて、可愛がって(結局は苛めて)いるんだよ。ま、俺とこいつのコミュニケーションだな」


 何がコミュニケーション! お前と俺に友情はねぇぞ!

 けれどヨウも俺も分かっている。田山圭太がどこの部隊に入るのが適任なのか。だから俺は半べそだし、ヨウは溜息を零す。

 舎兄はブレザーのポケットから封の切ってあるチューインガムを取り出し、一枚を俺の手の平にのせた。


「まずはそれを開けて口に入れる」


 言われるがまま包装紙を取って、口にガムを押し込む。

 「よく噛む」命じられるがまま咀嚼をする。「味は?」「みんと」「俺の名前は?」「荒川庸一」「お前は?」「田山圭太」よしよし、ヨウは少しは落ち着いただろうと一笑を零す。


「いいかケイ。確かにあれはジャイアンでテメェを苛めてばっかりだが、よーく見ろ。ただの態度と口がでけぇ不良だ。そう、あいつはただの人間なんだよ! あいつは小物だ!」


 そのただの人間にやられたのが、小物の田山圭太なんですけどね!

 目をうるうるさせているへっぴり腰に、「お兄ちゃんが後で迎えに来てやらぁ!」「ほんとか?」「お兄ちゃんは嘘なんてつかねぇよ」ヨウは人の頭をわしわし撫でると背中を押して日賀野に俺を差し出す。


「て、ことだ。ヤマト、ケイは一応テメェに預けるけど、あんまりこいつを苛めると使いものになんねぇから宜しく。おらケイご挨拶。ガムを噛んだから言えるだろ? テメェを預かってくれる不良お兄ちゃんにご挨拶」


「よ……よろじぐおねがいじまず」


「よーし言えたな。偉いえらい」


「……俺はこれからガキを預かる保育士か」


 さすがの日賀野も舎兄弟の阿呆なやり取りにツッコミを入れるしかなかったようだ。

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