03.舎兄vs舎弟(べらんめえ口喧嘩編)


 ◇



 それから一週間経った頃。


 入院組は無事に退院を迎え、学校にも元気よく……というわけじゃないけど、学校に通える程度までに体は回復することができた。

 幸いな事に入院中は日賀野チームと一度も顔を合わせずに済む。向こうの動きは気にはなるけれど今、両者が顔を合わせても喧嘩、もしくは口論になっていただろうから。健太のことが気がかりに思いつつも、顔を合わせなくて安心したというのが俺の本音だったりする。


 さて退院した俺がクラスに顔を出すと予想していなかったハプニングが起きる。

 なんとクラスメートから敬遠という洗礼を受けたのだ! 露骨に避けられることはなかったけれど、なんとなく距離を置かれているのだと察してしまう。どうやら俺の入院した理由が“喧嘩”だということを皆知っているみたいだ。地味くんのクセに不良の喧嘩に参戦しているとか、目を付けられたくないとか、そういう意味合いの眼を飛ばされて内心ちょっとだけショック。

 何だよぉもう。ここは喧嘩から生還してきた可愛そうな俺に、友愛とお帰りの意味を込めての「おはよう!」じゃないのかよ。クラスメートに優しくない奴等だなぁ。俺のガラスハートになぁ、ヒビ入ってもいいのかぁ?! 皆残酷よ!


 けれど、その中でも数少ない爽やかな挨拶を交わしてくれたのはジミニャーノ達。

 薄情も何もなく、いつもどおり「おはよう」、次いで「大丈夫?」、極め付けに「退院おめでとう」と言葉を贈られた。

 チクショウ、泣けたんだぜ! 優しさがガラスハートに沁みた。利二、透、光喜……お前等なぁ、俺なんかを泣かせちまって。これ以上お前等をどう愛せばいいか、俺にも分かんないんだぜ! 俺は三人の優しさに軽く泣いた。心でも面でも泣いたさ! ああ泣いたさ! 友情は何よりも傷の特効薬なんだぞ! お前等三人とも愛しているからな!


 こんなアッタカイ話がある一方、学校に出て来られた俺に待っていたのは学年主任と担任の地獄のお説教ターイム。  

 どーやら教師達にも喧嘩騒動のことがばれていたようだ。停学処分まではならなかったけど、厳重注意ということで放課後、喧嘩に関わった連中と生徒指導室で散々説教を受けた(主に入院組。入院を免れたタコ沢は一足先早く受けたらしい)。

 解放される頃には六時を過ぎていた。


「ありえないって……あの説教の長さ」


 げっそりのウンザリして生徒指導室に出た俺は一緒に思い切り説教を受けたワタルさん、ヨウに目を向ける。

 二人ともケロッとしているもんだから凄い。説教慣れしているようだ。俺なんて喝破される度にビクついていたってのに……その肝を少し分けて欲しいくらいだぜ。


「んじゃ、俺は行くかな」


 ヨウは学校に通えるようになると、俺達とあんまり行動を共にしなくなった。単独行動ばかりしている。

 今も説教が終わると、さっさと背を向けて帰っちまう。ぐるぐると思案をめぐらせているのは一目瞭然。俺等と距離を置いているのも以下同文。馬鹿な事をしようとしているのも以下同文。

 リーダーを一旦シズに譲ったヨウは、なるべく一人でいようと努めている。今日の昼休みも体育館裏には顔を出さなかった。

 だけど俺達を心配していることも知っている。「完治するまで喧嘩は控えろよ」と、血の気の多いワタルさんに言葉を掛けていた。


 だがしかし、である。

 残された俺とワタルさんはアイコンタクトを取り、にやにやっと笑い合う。顔は悪代官そのものだろう。


「さあて問題です、ワタルさん。俺達はこれから何をするでしょうか?」


「アンサー。ヨウちゃんの怒るようなことろろこんぶ!」


 ピンポンです。

 ウケケッ! ヨウのバーカ! おとなしくする俺達じゃねーぞ!

 イケメンくんにばれないよう、ちゃんとあいつが正門を出たことを確認して俺はワタルさんとたむろ場へ走る。


 日が半分ほど暮れた紫色の空の下。

 たむろ場にしている古びた倉庫に足を踏み入れると俺等以外の全員面子が揃っていた。

 ヨウとハジメはいないけど、タコ沢も来てくれているし、仮チームメートの利二も顔を出してくれている。どうやら俺達待ちだったらしく、「遅い……」開口一番に現リーダーのシズから文句をぶつけられた。ううっ、ごめんって……地獄の説教タイムを受けてたんだから仕方が無いじゃないか。

 全員が揃ったところで、現リーダーのシズが欠伸を一つ零すとポリポリ頬を掻いて肩を竦めた。


「あまり柄じゃないが……不甲斐ないリーダーが不在なんだ。仕切らせてもらう……眠い……が、まあ頑張る……今からの目的は、ヤマト達打倒から五十嵐打倒に変更だ」


 今回の大敗はチームにとっても大打撃、そして五十嵐は中学時代の因縁の不良だとシズ。

 この大敗は大きな意味がある。五十嵐がまた姿を現した以上、自分達を幾度も狙う可能性がある。それだけ五十嵐という男はしつこいらしい。

 また五十嵐が仕掛けた奇襲は、かつてヨウ達が起こした『漁夫の利』作戦に似ている。復讐という意味で自分達を狙う可能性は十二分にあるとシズは言った。


「ケイ達には五十嵐のこと……そして『漁夫の利』作戦の詳細を教える。まず目的変更に……異存は?」


 全員一致で一切なし。

 ヨウは望んでいないだろうけど、俺達はこれを望んでいる。

 ちなみにこの目的変更は俺が呼び掛けた。まずはキヨタ、モト、ワタルさんに、そして三人が皆に、各々目的変更の呼び掛けをして現在に至る。

 今の俺達は打倒日賀野達だと言っている場合じゃない。こんな情けないやられ方をしたんだ。打倒日賀野達の前に、打倒五十嵐だろ? なあ?


 それにきっとヨウは自分だけで五十嵐を潰す気でいる。

 最後まで目の前で仲間達がやられたところを見ていたみたいだから、どーしても許せなかったんだろう。俺達がフルボッコをされた以外にも、まだ何か理由はあるみたいだけど、とにもかくにもヨウは仲間をシズに託して一人で五十嵐を討ち取る気でいるんだ。仲間を巻き込まないように。そして無事に討ち取ったらチームに復帰、みたいな妄想でもしているんだ。

 ……あいつはバカじゃないのか? どーせリーダーとして一人で五十嵐に挑むつもりだろうけど、一人で何ができるんだよ。向こうは随分とお仲間がいたじゃアーリマセンカ。


 ったく、不甲斐ないぜ、リーダー。


 べつにお前の力量が不甲斐ないんじゃないぞ。お前のチームを想う気持ちが不甲斐ない。

 この大敗はチームのことであってお前の大敗じゃない。何のためにチームを結成したんだよ。

 お前さ、仲間を信じると言っていただろう? なのに、どうして現実に怖じて自ら仲間と距離を置こうとするんだよ。舎弟の俺も優しいばかりじゃないから? 時に心を鬼にしてヨウに……間接的だけど喧嘩を売ろうと思う。周囲が見えなくなったらいつも指摘していたけど、こればっかしは自力で気付いてもらうことにするよ。チームのあり方ってヤツをさ。


「しかし自分だけじゃ荷が重い……副が欲しいところだ」


 シズが意味深長に俺を一瞥してくる。

 推薦が欲しいようだ。周りにいるチームメートを見やって俺は誰が良いだろうと腕を組む。ここはやっぱり響子さんやワタルさんじゃないか? ヨウやハジメが不在の今、チームを先導できるのはこの二人しかいない。

 きっと皆同じ気持ちなのだろう。俺に視線を留めてうんっと頷いてくる。


「決まり……だな。ケイ、お前が副だ」


 そうか、俺が副か。決まりだな……え、なんだって?

 目を点にした俺はたっぷり間を置き、自分を指さして確認を取る。シズはうんっと頷く。俺が推したかった響子さんやワタルさんを見やれば、満面の笑顔で首を縦に振った。その他諸々仲間達にも視線を向けるけど、同じように頷くばかり。じょ、冗談だろう?!


「おぉおおおれぇ?! いやいやいや、なんで俺なの! ワタルさんや響子さんの方が適任でしょーよ! シズおかしいぞ。選ぶ基準間違っているぞ! もっとチームを思って決めてくれよ!」


「思った結果……ケイで全員一致だ」


 なんなのどうしてなのグルなの皆?! 俺の知らないところで話し合いでもした?!


「喧嘩できないんだけど。弱いよ? 取り柄は習字と自転車くらいしかないよ!」


「だが……今回の目的変更と……不在リーダーの考えを見抜いたのはケイ、お前だ。大丈夫、ヨウを……傍で見ているだけあって、纏め方も上手くなっている。やれるさ……」


 舎弟でお腹いっぱいなのにっ! まさかのチーム副リーダー!

 前触れもなしに学級委員に任命された気分なんだけど。

 引き攣り笑いを浮かべる俺に、「ヨウが戻るまでだ……」やってくれとシズが微笑して肩に手を置いてきた。逃げ道を塞がれた。


 く、く、くそう。

 やっぱヨウには自力じゃなくて他力で気付いてもらおうかな。俺がちゃっちゃかとチクって気付かせちゃうおうかな。お前のせいで、俺はチームの副リーダーに任命されちまったじゃないか! どーしてくれるんだよ! ワタルさんやタコ沢に俺が不良を指示する立場?! ……ないぜマジで。

 額に手を当てていると「自信を持てよ」モトが素っ気無く、そして力強く背中を叩いてきた。


「オレ、今のアンタなら適任だと思う。ヨウさんの舎弟してきたんだからな! ……それにオレ、今のヨウさんはちょっと慕えない。チームの意味を見失っているヨウさんが、仮にその状態で此処に戻ってきても、オレはシズやケイについて行くと思う」


「モト……」


「すっげぇ辛いけど、今のヨウさんより……シズやアンタの方がリーダーに向いてる。あのままのヨウさんじゃ、オレ……ついて行けない」


 モト、お前……本当にヨウを慕っているんだな。 

 中防は下唇を噛み締めて、信じていることを俺に吐いた。ちゃんとヨウが目が覚めてチームに復帰してくれることを自分は信じている。

 ただ不安がないわけじゃない。モトは嘆きを口にし、大きく項垂れたと思ったら、前面に凭れた。俺はその体を受け止めて、「大丈夫だって」モトの気を落ち着かせてやる。


「ヨウがお前を置いて、チームを去るわけ無いだろ。あいつが目を覚ましたら、お前の慕っているヨウに戻っているから。舎弟の俺が保証する。ヨウは戻って来るさ」


 ほんとうにモトは兄分思いだよ。

 こんなにもヨウを慕って、あいつは幸せ者極まりない。

 早く気付けよ、ヨウ。お前の考えている行動は独り善がり、仲間にとって嬉しくも何もない行動なんだって。寧ろ心配をさせているんだよ。メーワクはいいけど、心配はさせるな、そう俺に教えてくれたじゃないか。兄貴。ハジメが抜けて、次にお前が一時離脱とか……ほんと俺との約束、破ってくれちゃって。ド阿呆のコンチクショウ。


「ヨウが……戻ってくるまで……一度たりとも負けない……」


 シズが右の手の甲を俺達に見せてきた。

 「まーた青春クサイコトすんのぉ?」ワタルさんはケラケラ笑って、一番乗りにその手を重ねた。その上に響子さんが、ココロが、ハジメ分まで手を重ねる弥生が、嫌々タコ沢が、キヨタが、利二が、そして俺は落ち込んでいるモトの頭を小突いて重ねようと綻ぶ。

 まずはモトが右の手を、俺が左の手、最後にモトがもう一度、誰かさんの分の左手を重ねて全員分完了。


「打倒五十嵐……もう負けない……これから巻き返しだ……いくぞ!」


 全員は声音を張って決意を固める。

 本来のリーダー不在だから、いつも以上に気張らないと。今回の大敗は個々人じゃなく、俺等チームの大敗。荒川チームの名に恥じないよう行動しよう。負けはもう、許されないぞ。




 それからの俺達はとにかく行動を起こした。

 まず五十嵐のことを知らなかった奴等は、その五十嵐という男の詳細を説明してもらう。曰く、五十嵐はヨウ達が中学時代に伸した高校生グループのリーダーだった男。先方に喰らった不意打ち作戦は、どーやらヨウ達が中学時代にやった戦法らしい。中学時代仲間がこっ酷くやられたから、仕返しに『漁夫の利』作戦を決行した。その経緯でヨウと日賀野が対立したみたいだ。

 とにもかくにも五十嵐は凄く評判の悪い男だったみたいだ。気に食わない奴は片っ端から苛め倒し、地味っこいヤツは奴隷のようにパシっていたとか! 不良の中の不良とは五十嵐を指すんだと思う。


 だから敵対している日賀野はまだ仲間思いで救いがあると感じた。

 俺のトラウマには違いないんだけどな! だってシニカルに笑って俺を散々苛め(中略)、運命の赤い糸とかほざき(中略)、フルボッコにされ(中略)、つまりトラウマなんだよドチクショウ!

 弥生と利二の調査によると、ヨウ達に大敗した五十嵐は近年また力をつけてきたようだ。輩は三つ上で、現在大学一年生。つるんでいる面子は評判の悪い不良さんばっかりで集団行動大好き。頭を使う事がお得意だそうな。怪我を負っている上に少数の荒川チームにとっては不利も不利な相手。そこんところは浅倉さん達を頼るしかなさそうだ。


 何が何でも勝ちたいから俺達は先日大敗した当時の状況を探り、五十嵐の情報を掻き集めていた。

 俺は喧嘩ができない男だけど、今回のことは超絶に悔しかった。日賀野達と決着をつけて終わりを求めていた筈なのに、こんな大敗を味わったら、やっぱり何か仕返しはしたくなるもんだ。なあ?


 しかも向こうは俺達を執拗に狙っているみたいだ。

 間接的にだけど五十嵐の回し者(=ヨウ達に私怨がある不良)が、よく俺達に喧嘩を吹っ掛けてくるようになった。弱っているところを仕留めろ、みたいな?

 度々たむろ場を襲撃されたけど、俺達は絶対にたむろ場を変えようとはしなかった。だって変えたら、抜けているヨウやハジメの帰る場所が分からなくなるだろう? だから絶対に変えてやらないんだ。怪我をしていても、重傷を負っていても、弱っていても何しても、帰る場所は変えてやらない。


 でもまあ……本調子でもないんで。


「アイタタタっ! 朝からワタルちゃん死亡のお知らせっぽ。死にそう」


「だ、大丈夫ですか? ははっ、俺もチャリを漕ぐだけで死にそうでした」


 輩と喧嘩をした翌日は体に響いてひびいて地獄を見ている。

 今もそう。ギリギリ登校をしてきた俺はワタルさんとばったり鉢合わせたんだけど、階段を目の前にお互い引き攣り笑い。段がのぼれないくらい体が悲鳴を上げている。脂汗を滲ませながら顔をチラ見してまた一つ引き攣った笑声を零す。


「階段……四階でシンドイんだけど……僕ちゃーん」


「俺なんて一限目体育ですよ……昨日は人数が多かったですからね。普段ならなんてこともない不良達相手に苦戦の悪戦でしたね」


「ほーんとほーんと。はぁーあ、健康ってありがためんたいこ」


「どーかんです」


 重い溜息をついて、俺とワタルさんはしゃがみ込むと長い階段を見上げた。

 一段いちだんが三メートルの壁に見えて仕方が無いんだけど。嗚呼、のぼらないと遅刻になるけど、もういいや。ちょっとくらい遅れても。学校に来るだけでもシンドかったんだ。少し休憩を此処で「何しているんだ、テメェ等?」


 おーっとそのお声は。

 俺はワタルさんと力なく顔を上げる。そこにはイケメン不良くんの顔が。我等がリーダーのお顔が! あっ……今はちっげぇか。現在のキャツはただの舎兄くんで、俺等のチームメート。幽霊部員ならぬ幽霊メートだ。


 俺達の様子に眉根を寄せてくるヨウは、開口一番に何か遭ったのかと質問を投げる。

 ははっ、何が遭ったかだって? お前が不在の間、俺達は襲われているんだよ! 大事な戦力が欠けているから毎日が死にそうなんだぜ?! ……今のヨウには一抹も言ってやらないけどさ。向こうから俺等と距離を置いているんだ。自分で距離は詰めてきてもらわないと。


「なあにって、そりゃもう階段をナナメ45℃から見上げて楽しんでいるだよ。ね、ワタルさん」


「そーそー。たまには階段を下から眺めてみよーとしてマスマスマース。構わず、のぼっていいよ? ヨウちゃーん」



「……ぜってぇちげぇだろ。おいテメェ等、まさか喧嘩を」



「ッハ! ワタルさん。階段の神秘を知っていますか?」


「おっと? 聞こうじゃありませーんか。ケイちゃんの言う階段の神秘とやらを」


「やだなぁ。そりゃもう下から階段を眺める、これって男のロマンじゃありませんか! ほっらぁ女子が階段を上り下りすると、スカートがチラチラッと。俺はこれを階段の神秘と命名したいのですが、如何でしょう?」


「もぉーん、ケイちゃーんったらぁえっちぃ! よーし、今から女子が下りてこないかどうか見張ろっか! パンツの柄を予測してみよーん!」


「あ……でも最近の女子は下に体操着を穿いてますよね」


「あー……確かに。最近の女子は男のロマン泣かせだよねぇ」


 残念だとぼやく変態二人組。体は未だ痛くて堪りません。

 ついでに頭上からグサグサと鋭い視線が飛んでくるけど、頑なに無視。スルー。心を鋼鉄にしないとやっていけないんだぜ! ……早く行ってくれないかなぁ、ヨウ。そろそろチャイム鳴るぜ?


「ヨーウ、行かなくていいのか? チャイムが鳴るぞ」


「テメェ等は?」


「男のロマンのために此処で見張りをしたいと思いますアニキ。水玉パンツが恋しいんで」


「僕ちゃーんもいちごパンツが恋しいので見張りマーススンスン。あ、ヨウちゃーんもする? 仲間に入ってもいいよんさま? ナニパンツ派? 鬼パンツ?」


 相手は呆れて物も言えないようだ。

 仲間に入ろうともせず、ヨウは俺とワタルさんに馬鹿をする暇があるならさっさとあがって来いよ、と命じて各々頭を叩き、悠々と階段を上って行く。

 に、に、憎たらしい! 殺意すら湧くんですが! 俺達は段が上れないから、こうやってしゃがんで休憩をしているのに。「嫌味だよねぇ」ワタルさんは不機嫌に唇を尖らせ、「ですよねぇ」俺は遠い目をする。揃って憎たらしいと舌を鳴らした。

 「もういいや」ワタルさんは階段に腰を掛けて一休み。俺も上れそうにないから隣に腰を掛けた。


「しんどい。階段さえ上れないってどんだけうどんだけそばだけー。昨日の多さは参ったよねぇ……戦力が欠けているからまたツラっ」


「ほんとうですよ。戦力の要になっ……あー……ワタルさん、パンツじゃなくてイケメンを発見しました」


 やってられないとばかりにぐわぁあっと二人で天を仰いだら、手摺越しにこっちを見下ろしているイケメン不良一匹。

 堂々と盗聴をしているらしく、俺達の会話に聞き耳を立てている。片眉もつり上がっていた。「やっぱ喧嘩か?」上から物を尋ねてくる舎兄に俺とワタルさんの返答は以下の通り。


「パンツは水玉派でーす。オレンジ系がいいデース」


「パンツはいちごちゃんスキーです。王道に真っ赤ないちごでお願いしマースマスマスマス」


 あくまでパンツでこの場を押し通した。

 向こうの軽い怒気を感じつつも、「へへっ」「ひひっ」俺、ワタルさんは笑いで誤魔化す。

 このままではいけないと察し俺達は根性で立つと、気丈に階段を上ってみせた。痛みのあまり、俺もワタルさんも上る途中で悶絶。チャイムが鳴っても走れずに身悶えてしまう。俺達と足並みを揃えるヨウがやっぱり何か遭ったんじゃないかと聞いてきたけど、「いちごも捨て難いんですよね」「僕ちゃーん水玉はピンク系」あくまのあくまでパンツの柄でこの場を押し通してみせた。

 訝しげな顔をするばかりのヨウに落胆の色が見える。話してくれると思ったのだろう。


 ははっ、残念!

 お前が俺達に歩んでくるまでぜぇーったいにチームのことは教えてやらないもんね! お前が先に距離を置いたんだ。教えてやらないもんね!

 悔しかったら、まずは俺達のところに帰って来い。誰もお前を拒まないんだ。目が覚めても覚めなくても、気持ちの整理がついたら仲間に歩んで、ぶつかって、そして目を覚ましてくれよ。ぶつかる役目は俺が買って出るからさ。


 今朝の出来事で、単独行動を起こしていたヨウも仲間達の様子が気になり始めたみたいだ。多分、あいつのことだからチームメートは大人しく療養してくれていると思っていたんだろうけど、甘い! 俺達はそんな大人しい奴等じゃないぜ!。休み時間もちょいっと顔を出してくれるようになった。そんなヨウを拒むわけもなく、俺達はいつもどおり迎え入れて駄弁った。

 ヨウ自身、チームの事が気になっていたみたいだけど、あいつから質問がないから俺達も答えないし教えない。

 だけどヨウに質問されたことはちゃーんと答えるようにもしている。あいつから歩んでくれるように。

 これは俺がチームに考案したことだ。こうでもしないと、あいつは気付いてくれない。チームの存在異議ってヤツをさ。ヨウはチームの近状について、俺達から話してくれることを望んでいる。同じように俺はヨウが自分からチームに歩んでくれるのを待っている。いつまでも、待っている。




「なあ……今、チームはどうなってんだ?」




 ある日の昼休み。

 体育館裏で飯を食いながら駄弁っていたら、ついに痺れを切らしたヨウが質問を飛ばしてきた。

 「どうって言われてもねんころころ」ワタルさんはいつもどおりウザ口調でチームは今、本来のリーダーが不在の状態だと笑声を漏らした。それは分かっているんだとヨウは決まり悪そうに頭部を掻き、自分が離脱している間のことを聞く。

 質問されたら答えるのが流儀であるからして? 間髪を容れずに弥生が答えた。


「来る日も来る日も喧嘩ばっかりだよ。ウーンザリしてきた」


「……は? テメェ等、その体でか?」


 そう言ってくれるヨウも多分、隠れて喧嘩をしちゃっているんだと思う。五十嵐の情報を掴むために。

 なんで喧嘩をしているんだとヨウは眉根を寄せた。「しょーがないじゃん、向こうから襲ってくるんだから」弥生は肩を竦めながらイチゴミルクを飲む。誰に襲われているのかは伏せたけど、喧嘩については察しの良いヨウであるからして?

 まさか、と顔を顰めて思案。数十秒自分の世界に浸っちまう。


 そろそろ(仮)副リーダーの出番かなぁ。


「ま、丁度良いと思うよ。今の俺等の目的は日賀野じゃないんだ。向こうから仕掛けてくるなら、やり返せばいい話だよ」


「おーっとさすがは現副リーダー! 言うことカックイイねいねいねーい!」


 あざーっす! カックイイはお世辞として受け取っておきます!


「……ちょっと待て、それはどういうことだ?」


 ヨウの表情が険しくなる。俺は笑いながら答えた。


「まんまの意味だってヨウ。今のチームの目的は日賀野達じゃない。別の目的で動いてる。ちょいと本来のリーダーが不甲斐ないから? 目的変更は俺が提案したんだ。現リーダーもチームメートも受け入れてくれたよ。すーんなりと」


 おーっと向こうの眼光が鋭くなってきた。怖い恐いKOWAI!

 だけど決めただろーよ。憎まれ役を買うって! ああっ、嫌味キャラになれ田山圭太。田山ガンバ、俺ガンバ! ま、負けるな俺! 日賀野大和のように憎まれ屋になるんだぞ!


「ちょっといいか?」


 個別に呼び出されたから、俺は内心泣きつつも、表向きでは「分かった」と頷いて体育館裏から用具倉庫裏に移動。ははっ、死のカウントダウンは始まっているなんだぜ! 余裕か? んなの一抹もあるわけねぇだろーよ! 天下の荒川庸一さまに喧嘩を売ろうとしてるんだぜ?! 余裕どころか、本当は泣きたいっつーの!


 用具倉庫裏まで連れて来られた俺は、まずヨウに副リーダーなのかって尋ねられた。イエス、俺は頷く。

 次に別の目的は何だと尋ねられた。簡略的に説明する、土曜日の決戦で大敗した奴等を打ちのめす目的に計画変更したって。若干向こうの温度が下がるのを感じつつ、ヨウは更に質問を重ねてくる。考案したのはお前か? と。

 力強く頷いてやった。オレサマが皆に言いましたとも! ハッハッハッハ! ヨウが望んでいない、寧ろ避けて欲しかったことをやってやりましたとも! ザマァ!


「だって悔しいじゃん? ヘンチクリン乱入者に負けてさ? チームの皆に、『日賀野達の前にあいつ等をやっちまおうぜ?』的な意味合いで提案。皆は受け入れてくれました。おわりっす、兄貴。ご質問は? 気持ち的に混乱中であらせられますのに、更なる混乱を招いたら申し訳ございません」


「ケイ。副リーダーなら今すぐ目的を当初に変えろ」


「いやいや、なんで? チームは納得してくれたぞ?」


「俺等の目的はヤマト達だっただろうが。五十嵐のことは……暫く放っとけ」


「チームはヨウみたいに意気地なしじゃないから? 今更撤回なんて聞かないと思うけど?」


 途端に向こうの温度が絶対零度に……ははっ、恐いぜマジで。 

 だけど重ねて言ってやる。


「そうじゃないか! 五十嵐が恐くて、一旦リーダーを降板したんだろ! 俺との約束も破って!」


 当て付けのように言ってやるんだ。

 完全に火に油な発言だと分かっているから、ほっらぁ、向こうの怒りがピークに。「ちっげぇよ!」胸倉を掴んで否定してくるヨウに、何が違うんだと俺は大反論。


「意気地なしだからリーダーを降板したくせにっ! お前と違って皆、意気地のある奴等ばっかりだから? 今日明日にでも五十嵐のところに喧嘩売りに行くつもりだよ! どーぞ、ヨウは気持ちの整理がついてからっ、こっちに戻ってくればいい!」


「はあ?! おまっ、バッカじゃねえの! 今、喧嘩売りに行ったって犬死にだぞ!」


「やってみないと分からないじゃん?」


「ケイ、テメェは仲間の何を見ているんだ。ぜぇって無理だろ! チームメートをまた病院送りにさせてぇのかよ! ……五十嵐は何よりも甚振りを楽しんでいるんだぞっ。やめろっ、馬鹿なことしたって結果は一緒だ! ケイ、テメェはナニ馬鹿なことをチームメートに提案しているんだよ」


「勝てばいい。俺は、俺達は勝てばそれでいいよ!」


 俺の言葉にブッツンと血管の切れる音。

 わぁお。心中で十字を切った刹那、ガンッと外部からの痛烈な衝撃。尻餅つく俺に「そんな馬鹿だとは思わなかったぜ」忌々しそうに見下ろしてくる舎兄が一匹。俺は狂ったように高笑いを上げた後、薄ら笑いを浮かべて殴られた右頬を手の甲で拭った。


「じゃあ、止めてみれば? 今のチームメートを。お前の力で止めてみろよ。皆、馬鹿承知の上でやるつもりだから!」


「ケイッ……ざけるなよ。ざけるなよ!」


 人の背中を一蹴りして立ち去るヨウの背中を見送る。

 今しばらく見送った後、俺はドッと身震い。全神経が悲鳴を上げているかのように、カタカタと震えて震えてふるえて恐怖心を拭おうと努力した。

 これで良かったんだろうヨウ。お前のことだから、こうでもしないと……こうでもしないと……チームメートをちゃんと見てくれない。俺が口で言ったとしても、きっと繰り返すだけだから。お前、好い奴だから、仲間思いだから……でも思い過ぎるから、自力で気付いて欲しいんだ。ヨウが好きな仲間はお前が思っているほど、弱くないことを。


 だけど恐かった。超恐かった。

 天下の荒川庸一に、俺の舎兄に真っ向から喧嘩を売ったんだから。 

 殴られたことよりも、あんな風に白眼視をされる方が恐かった。あいつとは特別仲が良いからこそ、ああいう眼は堪えるんだ。ほんと恐かった、恐かったよ。正真正銘、初めての舎兄弟喧嘩だった。


 ポンッ。

 その場に座り込んで身震いしている俺の頭に何かが乗った。おずおず顔を上げれば、「お疲れさん」煙草をふかしているワタルさんの姿。オレンジの長髪を微風に靡かせて快晴の空を仰いでいる。こっそり俺達のやり取りを見てたみたいだ。デガバメかよ、悪趣味な。


「ケイちゃんって大根役者だねぇ。ベタベタな演技だったよんさま。でも、熱意は伝わってきた」


「……ワタルさん。間違っていないですよね? 俺」


「少なくとも、僕ちゃーんの目にはねんころり。ヨウちゃんの背中を預かっているケイちゃんは、いつだってヨウちゃんのことを想っているんだねぇ。これで気付かないなら、僕ちんがやってあげるってぇ。ケイちゃんより喧嘩はできるし」


 それだけの言葉が貰えれば十分だ。

 「ありがとうございます」俺は殴られた頬を擦って、しきりに苦笑いを繰り返した。恐かったけどワタルさんが間違いではないと言ってくれたから、救われた気がしたよ。だまっていつまでも傍にいてくれるワタルさんの優しさが沁みて、ちょっぴり涙を誘ったけど必死に我慢した。

 いいじゃんかな? 俺、カッコつけなんだし……これくらいカッコつけてもさ。


 俺は荒川庸一の舎弟。

 ヤなことも買って出ないといけない貧乏くじ野郎なんだ。


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