02.荒川庸一の一時離脱とチームの混乱


 ◇ ◇ ◇



「ご機嫌はいかが? 隣さんの圭太さん。俺はとてもご機嫌ですよ。今日も晴天、好い天気ですね」


「あらやだ、お隣の庸一さん。こちらもすこぶるご機嫌ですよ。相変わらず体は痛い痛いなんですけれども。いやはや、もはや舎兄弟という名の運命を感じマスネ。お互いにお隣を陣取るなんて」


「まったくデスネ。おかげさまで退屈じゃありませんこと! ははっ、テメェの悪ノリが俺に感染っちまった。アリエネェんだけど、圭太さん」


「いやいや、庸一さん。俺のせいですか? それは責任転嫁っていうものですよ」


 おほほっ、おほほっ、あははっ、あははっ、きゃはっ、きゃははっ、最後に揃って溜息。  

 昼前から俺達はなあにお馬鹿なやり取りをしているんだろう。今は落ち込むべき状況なのに。こうやってお馬鹿やり取りを舎兄としている方が気分的に楽なんだけさ。

 さてと悪ノリも此処までにして、真面目に近状を説明する。土曜日の決戦で決着どころか第三者の乱入により、荒川チームと日賀野チームはほぼ全滅。壊滅。破滅(あ、最後はちげぇか)。

 とにかく第三者の乱入により俺等は『大敗』というレッテルを貼られて、病院に搬送された。搬送されている最中のことは覚えていないけれど(最後の記憶は五十嵐という男に首を締められたところまで。死にかけたって記憶はある)、目が覚めたら病室にいた。

 随分こっ酷く、そして粘着質の高い虐げられ方をしたものだから、チームメートの半数は入院している。


 入院しているのは俺、ヨウ、ワタルさん、キヨタ。

 かろうじてタコ沢、シズ、モトは入院を回避したみたい。通院は決定事項だったようだけれど。 

 大半は一週間程度の入院。皆、目に見える重傷を負っている。俺も例外じゃない。頭に包帯を巻いて人生初の入院を経験している真っ最中だ。首を動かしたり、寝返りを打つだけでも痛みが走る。普通に“動く”という行為が苦しくて仕方がない。

 酷い怪我を負っているのはワタルさんだ。肋骨に軽くヒビが入っているそうだ。

 彼とは病室が違うけれど、お見舞いに来てくれる女子組が一番やばい怪我を負っていることを教えてくれた。


 何かのご縁なのか、四人用大部屋で同室となった舎兄は俺の隣で体を労わっている(俺等以外、今のところ入院患者はいないから気兼ねなく話せる)。

 同じように頭に包帯を巻き、顔にはベタベタとガーゼを貼っている舎兄は見事にイケメンが台無しだ。傷だらけのイケメンと言ったら絵になるとは思うけれど、普段のイケた面子を知っている分、今の顔は見ていて痛々しい。

 そんなイケメンのことヨウ曰く、俺と一緒で初入院だそうだ。

 ここまで酷い怪我を負ったことも、喧嘩に負けたこともないのだと言う。なにより今回の喧嘩は不意打ち過ぎた。舎兄は奇襲でなければ、もう少し抵抗できただろうと判断しているようだ。うん、俺自身もこんな理不尽な喧嘩を経験したのは初めてだよ。日賀野達の決着以前にワケも分からず第三者にヤラれて腹が立っている。


 でも、それを表には出していない。

 俺もヨウもあの日の土曜のことは、まだ思い出したくも、話したくもないから。

 大敗はとてもショックだった。覚悟を決めて全部を終わらせようと日賀野達とぶつかったのに、こんな形で決戦が終わるなんて。そういえば、日賀野達もこの病院に入院していると女子組が言ってたな。同じ病室にならなくて良かった。

 健太だったらまだしも、日賀野とヨウが一緒にでもなったら、病室はまた戦場と化すに違いない! 大真面目な話、そんなことになったら入院が長引くって。


 そうそう。

 戦場といえば入院に関して、ちょいと俺達は家族と一悶着あった。正しくはヨウとヨウのご両親。

 先に病室で目が覚めた俺は両親が傍にいてくれて親身に心配してくれたんだけど(ついでにメッチャメッチャ怒られたんだけど)、遅れて目が覚めたあいつの傍にはご両親がいなくて、代わりにヨウの義姉さん、荒川ひとみさんだけが傍にいた。ひとみさんは大学生のお姉さんで、ヨウと血縁関係がないから顔はちっとも似ていない。

 けれどヨウの義姉さんだと言われても納得できる美人。しかも義弟思いで、優しい性格の持ち主のようだ。目が覚めたヨウのことを親身に心配していたのだから。


 ただヨウ本人はひとみさんに対して「ああ」とか「ン」生返事ばっかりだった。彼女が何を言っても曖昧に反応を返すだけ。

 傍から見れば素っ気ないようにも取れるのだけれど、それは勘違いであいつは彼女の優しさに戸惑っていたみたい。基本的に家族に対する気持ちは冷めているヨウだから、義姉に過度な心配を寄せられるなんて予想だにしていなかったらしい。どう反応すりゃ良いか分からなかったみたいだ。

 矢継ぎ早に喋っては心配を口にし、甲斐甲斐しく世話を焼く義姉さんに困惑の苦笑気味だったよ。

 微笑ましい気持ちを抱いて様子を見ていたのも束の間、ヨウの両親が遅れながらもようやく登場することによって事態は一変。病室は氷点下となった。


 ヨウの母親はあいつとまったく血縁関係が無い。お父さんと再婚した新しいお母さんだから、ひとみさんにとても似ている。

 一方、ヨウの父親はヨウに似て容姿端麗、鼻筋の通った顔立ちをしていた。

 ただし性格はめちゃくちゃ厳しいみたいで、病室に入るや否や俺や俺の両親がいるにも関わらず怒声。心配どころか、「またお前は家族に迷惑を掛けて!」病室なのに、頭ごなしに怒鳴り散らして愚行を犯すなと聞くに堪えない暴言を吐き散らす。

 「お父さん!」ひとみさんは俺達の存在を気にし、またヨウ自身を思って父親を非難していたけど、綺麗に無視して息子に怒声を張った。  


「愚息のお前を持ったことは大きな恥だ。入院を契機に馬鹿はやめることだな。金ばかり掛ける奴だ」


 出鼻からそりゃあんまりだろ、ヨウの心配はしないのかよ。あんたの息子は仮にも入院しているのに。

 心中で毒吐いて傍観者になってる俺を余所に、「これに懲りたら更生しろ」ヨウのお父さんは辛辣に今のヨウのすべてを否定していた。人格すら否定して嫌悪感を露わにしている。

 本人は言われ慣れているのか、「うっせぇ」一蹴するだけ。それに激怒したヨウのお父さんは、怪我人相手にも容赦せず平手打ち。ヨウのお母さんは静観するだけで庇うこともしなければ、止めることもしない。何もせず冷ややかに見守っているだけ。

 ひとみさんだけがしきりにヨウを庇い父親を非難していたけど、あいつは両親から、ちっとも心配されていなかった。それが見ていて悲しかった。なんだかヨウの家庭事情をまんま目の当たりにしている気分だった。


 しかもヨウのお父さんは何を思ったのか俺を一瞥し、「こうやって人を巻き込んで迷惑を掛ける」等々皮肉る始末。

 どうやら俺とヨウが関わりを持っていることは相手に知れているようだ。息子の言動すべてが気に食わないのか、何故か俺の怪我のことまでヨウのせいにしていた。違うのに……これはヨウのせいじゃないのに。


「更生するまで他人と関わるな。人様にも迷惑が掛かる。特に今のお前はな」


 まるで今のヨウ全部が悪い、そういう言い方でヨウのお父さんは息子を責め立てていた。

 ちっともヨウのことを分かっていない。分かってないよ。ヨウは好い奴だよ。見た目は不良だけど、中身は気さくで兄貴肌。両親は知らないんだ。ヨウも仲間思いで優しい一面を。

 胸の締め付けがピークに達した時、ヨウのお父さんが不貞腐れてばかりで反省をしないヨウをまた叩こうとした。

 めちゃくちゃだ、この人! 思った直後のこと。それまで傍観していた俺の父親が止めに入った。まさかの事態に息子の俺は唖然。だって父さんはそういう風な争いごとがあっても他人事だからだと、絶対に口出しはしないのに。平和主義者なのに。 ついでに電波な不思議ちゃんなのに。

 「此処は病院ですから」父さんはそう、やんわり止めてヨウに味方。それは俺もヨウも、そして向こうの両親も驚く光景だった。愛想よく挨拶して、息子の怪我について物申す。


「圭太の怪我は庸一くんのせいじゃありませんよ。二人とも男の子だから、ちょっと馬鹿をして入院をしただけです。男の子ですから、やんちゃなくらいが丁度良いんです。馬鹿を見るのも二人ですけどね。入院費は追々は大人になってから親孝行する形で返してもらえればいいと私は思うのです。それに庸一くんはとても良い子ですよ。圭太と凄く仲良くしてもらっていますし、泊まりに来てくれた時は何かと家の手伝いをしてくれます。ご自慢すべき息子さんだと思いますよ。イケたお顔も含めてね」


 相変わらず父さんは場の空気も読まず、マイペースにのほほんと意見を述べる。


「親の我々が子供達にできることは、今の我が子の姿をしっかりと見てやることじゃないでしょうか? それに荒川さん、親に迷惑を掛けない子供はいませんよ。子供は親に迷惑を掛けて育つもの。違いますか?」


 俺の父さんの庇いたてに興ざめをしたのか、ヨウのお父さんは「他人の貴方達には分からない」家族はいい迷惑をしている、と暴言を吐いて踵を返す。

 病室に一分一秒いたくなかったのか、そそくさと出て行ってしまった。それを追うのはヨウのお母さん。息子を一瞥もせずに、夫の後を追ってしまった。和解はできなかったみたいだ。


 だけど父さんはそういう状況になると分かっていたようだ。

 他人が指摘をするだけ、相手の怒りを煽るだけだと察していたらしい。

 苦笑いを零し、不慣れなことに首と突っ込むものじゃないな、と本音を漏らして肩を竦めていた。母さんは父さんの勇姿に笑声を零したけれど、庇われた本人はまったくの想定外だったのか、「なんでだよ」と父さんに疑問を投げた。他人の自分を庇い、肩を持ってくれた父さんの行動や気持ちが分からなかったようだ。目を白黒し、ただただ疑念を口にしていた。

 すると父さんは何を思ったのか、険しい顔でヨウのベッドに歩むと不意打ち痛烈の拳骨。悲鳴を上げるイケメンくんに対し、息子の俺は愕然。もう父さんのやることなすことについていけなくなっていた。


「今のは当たり前の罰だよ。庸一くん。もう、おじさん達を心配させないでくれ。君はそのままでいい。やんちゃは大いに結構、けれど……おじさん達を悲しませることは感心しない」


 力なく頬を崩した父さんは他人の子供に目じりを下げ、両肩に手を置く。

 たったそれだけの言葉は、生涯俺の胸に留まる……温かなもので情愛溢れていた言の葉。父さんはヨウを本当に心配していたんだ。それはきっと母さんも同じなのだろう。スツールに腰を掛けて微笑を零していた。


「また気兼ねなく泊まりに来なさい。庸一くんが来たら家はにぎやかになる。煩くなる、の間違いかもしれないけれどね」


「おじちゃん……」


「ただし、田山家のルールは父さんにある。君だって例外じゃない。泊まりに来たら、それに従ってもらうよ」


 片目を瞑る父さんがイケメンを抱擁して、頭を荒く撫でたのは直後のこと。

 「お、おじちゃ!」まったくもって行動が読めない父さんにヨウは始終戸惑いを見せ、これはハズイと主張していたけれど、父さんは完全に無視。これも罰にしようかな、と言って何度も頭を撫でていた。


 いつも父さんは電波系マイペース、母さんは口喧しい。そんな親を鬱陶しい思うことは多々ある。

 でも、ああやってヨウに言葉を掛ける父さんを見て、微笑ましそうに見守る母さんを見て、ちょっとだけ親を敬おうと思った。ちょっと、いや、友達のことも親身に心配してくれる親のことをちゃんと敬おうと思った。心配やメーワク掛けたことも、いつか親孝行ってカタチで返そう。そう、心中で思った。


 その後、両親はひとみさんに挨拶。

 解放されたヨウはといえば、ぼさぼさになった髪をそのままに俺にこっそりこんなことを漏らしてくれる。


「大人って上から目線で汚い奴ばっか。正直、大人にはなりたくもねぇと思っていたけど。俺、ケイのおじちゃんおばちゃんみたいにならなりてぇかも。やっぱケイの両親好きだ……んーたださ」


「ただ?」


「さっきの拳骨は親父の張り手より痛かった。加減してもくれなかった。おじちゃんパねぇよ。ハッズイことはしてくれるし……ノリ良く抱擁を返せば良かった」


 おどけと苦笑いを口にするヨウは何処となく穏やかな表情だった。

 うん、分かる。俺も父さんに何度も喰らったから。苦笑いで返し、拳骨の痛さについては親身になって同情してやった。抱擁については冗談まじりに、「これでお前も田山家の人間だな」と返事する。「まじなりてぇよ」苗字を田山にしてしまいと舎兄は諸手を挙げ、自分の父親に垢を煎じて飲ませてやりたいと皮肉っていた。

 こうして入院した俺達は、ちょっとした大人と子供のトラブルや交流を経験。これは大敗という現実を少しだけ忘れさせてくれるエピソードだ。


 閑話休題。

 入院をしている間、俺達の下に見舞い客が何人もやって来てくれた。それは勿論かろうじて入院を免れた仲間もそうだし、浅倉さん達も見舞いに来てくれた。利二を含むジミニャーノ組も見舞いに来てくれたし、ヨウと知り合いであろう先輩不良方(ははっ、俺は狸寝入りをしていたんだぜ)も見舞いに来てくれた。

 皆の気持ちは嬉しかった反面、入院生活はとても窮屈で退屈だ。フルボッコされた体だから行動範囲も限られている。ベッドの上で本を読む気にもなれず、勉強なんてとんでもない。テレビを観ようにもお金がいるし、ゲームをしたくとも機器は手元にない。

 だから必然と俺は隣の舎兄と日夜駄弁るしか時間潰しができなかった。

 今もそう、駄弁って時間を潰している。冒頭でお馬鹿会話をしていたのも、俺とヨウが手持ち無沙汰だからだ。 


「ふぁー……ねっむ。でも今寝ると夜眠れねぇし、かと言ってやることもねぇ。暇だなぁ。こうやってジーッとするだけって」


 小さく欠伸を噛み締めるヨウは暇だとぼやいた。

 まったくもってそのとおりだと、俺も欠伸を一つ零す。欠伸が感染ったじゃんかよ、ヨウのバッキャロ。さほど眠くもない筈なのに頭を使わずにいると不思議と眠気が襲ってくる。でも眠りに達するまでじゃない。

 あーあ、暇だ。暇は人を駄目にする。使っていない脳みそが眠気によって溶けてしまいそう。


 ふと俺は眠気を嚥下して、ゆっくりとした動作で舎兄に流し目。否、視線を固定。

 「なあ……」それまで触れぬよう努力していた話題を、思い切って出すことにした。あんま思い出したくないけど、先に疑念が浮かんで。


「ヨウ……あのさ。あの日の土曜のことなんだけどお前、あの乱入者知っているんじゃ」


「悪い、ケイ。やっぱ眠くなったから少し寝るわ」


 サーッと仕切りの桃色カーテンを閉めて、「おやすみ」能天気な声でご挨拶をされてしまう。

 ヨウは俺の話を聞くどころか、あの日の土曜という単語を聞いただけで逃げちまった。「ヨウ」俺が呼び掛けても反応ナシ。応答ナシ。返事ナシ。静寂だけが病室を包み込む。

 うーん、そりゃ俺もショックだったけど……ヨウも話から逃げ出すほどショックだったのかな、大敗したこと。第三の乱入者は薄らボンヤリの記憶だけど、ヨウは知っているようだったみたいだし。


 普段だったらすぐにでも嫌でも喧嘩の話題を出して話してくれるのに、この話題に限っては何も話してくれない。


 それだけショックだったのかもしんないけど、心当たりがあるのなら俺達チームを襲ってくれた相手くらい教えてくれもいいじゃんか。なあ?

 浅倉さん達に事を尋ねても襲ってきた相手は既にいなかったらしいし、響子さん達も逃げることに手いっぱいで不良達のことは分からずじまいだそうだし、弥生や利二の情報網も今しばらく情報収集に時間が掛かると言っていた。

 なら一番の情報源は五十嵐という男と一緒にいたヨウに聞くのが早いんだろうけど、こいつ「五十嵐の名前は仲間内に言うな」なんて口止めをしてくるんだぜ? 余計気になるじゃんかよ。

 まさかこのまま流すんじゃないだろうな。今回の事件のこと。お前らしくもねぇぞ。いつかはチームに教えてくれるんだろうな?


 小さな吐息をついて一眠りすることにした。

 今はどーあっても俺と会話してくれなさそうだ。話し相手もいなくなったし、寝るしかやることがない。あんまり眠くない瞼を閉じて再度吐息をつく。あいつ等、何者だったんだろう――?



 その日の昼過ぎ。

 起床した俺とヨウの下に見舞い客がやって来た。チームメートの弥生達だ。それに辛うじて入院を免れたシズやモトも一緒……ゲッ、病室で療養中のワタルさんやキヨタもいるじゃんかよ。チームの大半が集結したってことか? ははっ、煩くなりそう!

 でもワタルさんは病室を移動なんかして大丈夫なのかな? いっちゃんの重傷者と聞いているんだけど。


「ケイさーん! お労しいっス!」


 右腕にギブスをつけているキヨタは、俺を見るや否や会いたかったと両手を挙げて駆け寄って来る。

 ばっ、バカバカバカッ! 抱きついてくるな! 駆け寄っても来るな! 俺もお前も重傷者、体が痛アデデデデデ! ギブッ、ギブだってキヨタ!

 抱きつかれて身悶えている俺を余所に、「ヨウさんぅうう!」次いでモトもヨウに同じことを「だぁあ! モト、テメッ、いってぇえんだよ!」やっぱり俺と同じようにヨウは痛がっていた。身悶えていた。離れるよう頼み込んでいた。

 ですよね、痛いっすよね。過度までに慕われるのも問題ですよね。ついでに病室っすよね、此処。静かにしないと看護師さんに怒られますよね、はい。


 そんな身悶え舎兄弟を余所に、シズはヨウのベッドサイドに置いてあったスツールに腰掛けて腕を組む。

 「ヨウ」険しい顔を作るシズは、開口一番に土曜の決戦の話を切り出してきた。それは俺達チームにとって腫れ物話題なんだけど、構わずシズは重々しく口を開く。


「今回の事件は『漁夫の利』作戦に似ているんだが……首謀者はどうやら五十嵐竜也らしいしな」


 弥生の根性情報収集のおかげで、チーム全体に五十嵐って名前が知れ渡る。

 良かった。俺は口止めされていたから、情報を早く入手して欲しいと思っていたところなんだ。でも『漁夫の利』作戦ってなんだ?

 首を傾げる俺と同じような反応をするのは、キヨタ、ココロ、弥生。全員高校からヨウのグループ(もしくはチーム)に関わり始めた面子。他の奴等は『漁夫の利』作戦を知っているらしく、単語を聞いた瞬間顔色を変えた。

 まさか、そんな、あいつが、みたいな顔をしてる。


 でもヨウだけは無言を貫き通していた。

 その内、「負けたんだよ」と苦言。俺達は五十嵐に負けた、『漁夫の利』作戦で、としかめっ面を作る。

 次いで俺等にこう告げる。今回は素直に敗北を認めよう、と。どんな形であれ負けは負け、怪我も負ったし病院送りにもされた。負けを認めざるを得ない、と苦言苦笑苦悶している。


 そして。


「全員、暫くは体を休めてくれ。五十嵐のことはどーしょーもねぇ。奴のことは追々考えるとして、完治したらまずヤマト達の決着だ。奴等との決着、一から練り直そう」


 え、俺は目を丸くしてしまう。五十嵐はどうでもいいのかよ。


「ああそれとシズ、頼みがあるんだが……チームを暫くテメェに任せたい」


「は……? お前、何を言って」


 混乱に混乱をしてしまう。

 なんでシズにチームを任せたい、なんて言うんだ? ヨウは何がしたいんだ?


「少しだけ考えてぇんだ。悪い。今の俺じゃリーダーも何もできねぇんだ。俺の気持ちが混乱している……そのままリーダーを継続すれば、チームをもっと混乱させる。暫くの間、副のお前にチームを託してぇ。大丈夫、ちゃんと戻って来るから」


 そう付け足すけれどヨウ、それってつまり間接的にチームを離脱するのか? 途中リタイアしないって言ってたくせに?

 こんの嘘吐きバカチタレ! 俺との約束どーするんだよ! 約束を破ったらなぁ、針千本と拳万なんだぞ!

 ただヨウにはどうしても考える時間が必要そうだ。顔を見りゃ分かる。仕方がなしに俺はヨウを信じることにした。すぐに戻ってくるという、その言葉を(だけど何故か嫌な予感が拭えなかった)。


 チームメートはリーダの決断に目を白黒。

 特にモトはショックを受けているみたいだったけど、副のシズは「それがリーダーの願いなら」真摯にリーダーの気持ちを汲み取って一時的にチームを受け持つと承諾。戻ってこなかったら承知しない、そう補足して。

 「サンキュ」ヨウだけは助かると綻んでいた。その綻び方が、とてつもなくヤーな予感を誘ってさそって。


 この瞬間、俺はヨウと同室になったことに心苦しさを覚えていた。

 チームメートが撤収すると、余計心苦しさを覚えておぼえて。寧ろ、俺、ちょいヨウの判断に納得いかないからカーテンを閉め切って、むすーっと亀布団、極め付けに不貞寝。舎兄が呼び掛けても、勇気を振り絞って無視。完全に不貞腐れモードに入っていた。


 いやだってよ? ありえなくないっすか? リーダーの決断。お前の気持ちは分かるけど分かりたくない。俺との約束は破るし。

 だぁあっ、結局五十嵐のことも、『漁夫の利』作戦も教えてくれなかったし! 何だよ何なんだよ、俺は不貞寝するからな! するからな! しちゃうんだからな! 不良だからってなぁ、偉そうにするなよ! 怖かねぇよ! ……ごめんなさい、嘘吐きました。不良は怖いです。


「おいケイ……ケイ? 実は怒っていたりするか?」


 あ゛ん? 母音に濁点つけてあ゛ん?

 フーンだ。怒ってねぇよ! 俺って寛大だから? あははははっ、怒ってねーもん! 不貞腐れているだけだもんね! まだ入院の日数もあるし? お隣の庸一さんとはフレンドリーに、超ちょうちょう仲良くしたいじゃないですか? ね!  


 「なーあ」ヨウがカーテンを開けてきた。

 「あらヤダ庸一さんのえっちぃ」俺はこめかみに青筋、引き攣り笑いを浮かべつつ布団から顔を出す。


「何事もモラルは大切デスヨ。カーテンオープンはお返事をしてからとお決まりなんデス。お着替えでもしていたら、どーするんデスカ?」


「……お前、めっちゃ怒っているだろ?」


「怒っていないヨ。ナイナイ。怒る要素なんてどこにも無いですカラ? では、お隣の庸一さん、オヤスミナサイ。ポク、眠いんデ」


 うふふのうふふっ、舎兄に微笑んで、めいっぱい微笑んでカーテンを閉めた。

 今の俺なら普通に不良と喧嘩ができそう。あーあ、くそっ、何もかもが腹立たしいっつーの。お前に最後までついて行くつった俺がバーカみたいじゃないか。まるで仲間を遠ざけるように話題から逃げて……ん? 遠ざけるように。


 俺はちょっと冷静になって物事を考えてみた。

 ヨウの性格上、イチにもニにもサンにも仲間を優先する。ハジメのことで特に仲間意識が高くなった。その先の未来で五十嵐に大敗し、ヨウはリーダーを一旦降りると言った。それは自分自身の気持ちが混乱しているから、リーダーとしてチームを纏められない。チームを混乱させるかもしれないから。

 舎兄は言ったな。五十嵐に襲われたこと追々考えるとして、完治したら日賀野チームとの決着を一から練り直そうと言っていたよなぁ。


 でもさ、よーく考えてみるとおかしくないか?

 優先順位的に、奇襲を掛けてきた五十嵐の方がフツーに先だろ。五十嵐のことを解決することの方が先だろ。あんなにも仲間がフルボッコ、ギッチョンギッチョンのメッタンメッタン、仕舞いには病院送りにされたのだから。

 今までのヨウなら仲間を考えて五十嵐打倒を優先する筈。

 なのにヨウは日賀野チームの決着を優先させた。


 ヨウの奴、何を考えているんだ? 順位が違うだろ。順位が。

 五十嵐のことも『漁夫の利』作戦のことも、その場で教えてくれなかったヨウ。仲間内が事情を知らない俺等に説明しようとしても、「後日でいいだろ」とか言ってくれちゃって。それじゃまるで五十嵐に負けたこと、スルーするみたいじゃんか。

 スルー? 仲間意識が人三倍高いヨウに限ってスルーなんて。あいつだったらなりふり構わず、仇をとるため、仲間のために全力疾走――そういうことかよ、ヨウ。

 憶測だけどヨウの考えていることが何となく分かっちまった。それは俺が舎弟だからかもしれない。


 だからこそ、俺はベッドから下りて早速行動開始。

 「ケイ?」キャツに名前を呼ばれたけど、「便所」不愛想に返して病室を後にする。

 向かう先は同じく入院中の仲間のところ。パスパス、乾いた音を奏でるスリッパが脱げないよう足元に注意を払いながら、まず俺達の病室から一番近い病室に入院中の弟分の下に向かった。

 キヨタのところも四人用大部屋の病室で中に足を踏み入れると四十過ぎのおじさんと目が合い、軽く会釈された。どうもどうも、の意味で俺も会釈。窓辺を陣取っているキヨタのベッドに足を運ぶ。


「あ、ケイさんじゃないっスか!」


 ベッドの前に立つと、そこに身を置いていたキヨタがパァッと目を輝かせて手を振ってきてくれる。

 「よっ」俺はキヨタに手を振り返し、側らのスツールに腰掛けているモトにも声を掛けた。どうやらキヨタがモトを病室に連れ込んで個別に五十嵐のことと、それから『漁夫の利』作戦のことを聞いていたみたいだ。 

 説明を買って出ているモトはすこぶる、ヨウの決断にすこぶる落ち込んでいるようだ。重々しく溜息をついている。俺を一瞥して、また溜息。二度溜息。三度溜息……なんだか非常に失礼な態度を取られた気分になったけど(なんで俺を見て三回も溜息だよ!)、気を取り直して二人に話を持ち出した。


「キヨタ、モト、頼む。協力をしてくれ。ヨウが馬鹿なことをしそうだ」


 瞠目する後輩達に「まずいことになりそうだ」手遅れになる前に協力をして欲しいと眉を寄せた。


 キヨタの病室を後にしたその足でワタルさんの下に行く。

 「おややーん? ケイちゃーんじゃん」漫画片手に手を振ってきてくれるワタルさんに、俺は会釈をして側にあったスツールに腰を掛けた。ワタルさんは重傷だったせいか、個室だ。気兼ねなく話せる。

 早速話を切り出し、俺はワタルさんに協力を求めた。

 最後まで黙って話を聞いてくれたワタルさんは「オモシロソーじゃん」ノってあげるとニタニタ顔で頷いてくれる。安堵の表情を見せる俺に彼はふふんと鼻を鳴らす。


「ヨウちゃーんも大概で馬鹿なんだよねぇ。僕ちゃん達を舐めているってゆーのかなぁ。 付き合いの長い僕ちゃーんだから? ヨウちゃんの出した案だけで意図はなんとなく分かっていたよ。シズちゃーん達も一緒。ケイちゃーんが動かなかったら、きっとシズちゃーん辺りが動いてた筈だぴぴっぴ!」


 ……うざ口調はスルーだぞ、俺。  


「ですよねワタルさん。ヨウは完全に俺達を馬鹿にしていますよね。というか、勘違い?」


「思うぴょーん! ヨウちゃーんは勘違いをしている。僕ちゃん達はチームだってこと。今回の敗北はチームがしたってこと。それなのにヨウちゃん勘違いとか乙! 勘違いリーダーを持つ僕ちゃん達苦労スリュー」


「ほんとうに苦労しますよ。さてと、俺はそろそろ戻らないと……帰りが遅かったらヨウに怪しまれますから。ワタルさん、早速シズに伝言をお願いします。俺はヨウと同じ病室だから、行動が起こせるのはワタルさん達です」


「へいほー。リョーカイ」


 ニヤニヤしているワタルさんは俺が病室に戻る際、「そのリーダーシップはヨウちゃんに似た?」と褒めてきた。

 いやいやいや、そんな素質は俺に一ミリもないし(不良を束ねる素質なんていらねぇし!)、リーダーはヨウ、もしくはシズだと思っている。今、俺が行動を起こしているのは、俺がヨウの舎弟だからだ。



 なあヨウ、俺はお前の舎弟だ。

 舎兄のことを理解してナンボの舎弟だと思う。

 舎弟だからこそ、時に憎まれ役を買わなきゃいけないんだと思うよ。お前はきっと俺達がこれから起こすであろう行動を止める。やめろとも言うし、主犯の俺に憤りも見せるとも思う。

 ははっ、しょーがないから怒られてやるさ。それでお前の馬鹿が止められるなら、俺はなんだってやってやる。俺はお前の舎弟なんだからさ。


「あーあ、俺っていーっつも不良に振り回さればっか、不幸な男だぜ」


 廊下を歩く俺は思わず苦笑交じりの独り言を吐く。

 シンと静まり返っている廊下に、やけに馬鹿でかくそれは響き渡った。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る