19.決戦ノ日賀野戦(死闘④編)




 ピピピピピ―――ッ!




 健太とオイオイシクシク状況に泣いていた俺は、携帯の喧しい着信音に洟を啜った。

 なんだよ、人が友情という名のやり場のない感傷に浸っているのに携帯とか。電源はオフ、もしくはマナーモードにしとけって。公共の場に出た時の携帯のお約束だぞ。

 グズッと制服の袖口で涙を拭った俺は着信音が何処から聞こえてくるのか目で探す。「オフにしとけって」ケーワイだぞ、今の状況で携帯を鳴らすとかアリエネェ。グズグズに泣きながら健太にツッコまれた。


 いやいやいや、素晴らしく犯人扱いをしてくれるけど、俺じゃないって。

 しかも今しばらく着信音が鳴り響いている。俺や健太、ココロのじゃなさそうだ。ココロの持っている誰かの携帯でも無さそうだし……というか上から聞こえて?


 その時だった。

 一階出入り口から雄叫びのような、怒号のような声。

 俺と健太は顔を見合わせて、体を起こすとココロと三人で柵に向かった。この廃工場は中央部が筒状だから柵越しから一階や三階の様子が見れるんだけど、一階を見下ろして吃驚仰天。み、見知らぬ不良達が飛び込んで来たんだけど?! な、なんだ、いきなり見知らぬ不良……あ、まさか!


「健太っ、お前のチーム……援軍を」


 キッタネェ! 素っ頓狂な声を上げる俺に健太は眉根を寄せて一階光景を見つめる。


「いや援軍を呼ぶのはアズミの仕事。そこの彼女が持っているアズミの携帯からしか連絡できないよう、ヤマトさんは考えているんだ。お前のところじゃないのか? 圭太」


「バッカ、俺等のところは浅倉さんしか協定結んでいないし……あんな不良達……おい嘘だろ」


 飛び込んできた不良達は皆、制服じゃなく私服姿なんだけど(制服着てないとヤンキー兄ちゃんってカンジ…)、入るや否や一階にいる仲間達に複数単位で襲い掛かっていた。俺のチームメートもさながら、健太のチームメートも襲い掛かっている。

 あっという間に喧嘩をしている奴等に群がって、放置されている鉄パイプや自分の素手で予告ナシの喧嘩開始。仲間が奇襲を掛けられていた。

 なんだよ……これ。まったくの予想外なんだけど。


 前触れもない奇襲に二階にいる俺等は勿論、両チーム戸惑いと混乱に突き落とされた。

 一階にいるチームメート達はどうにか素早く状況判断をして一時休戦、第三者の乱入を迎え撃つ。だけど、数十秒前までお互いにぶつかり合っていたもんだから、体力の消費は激しくて第三者の乱入に応戦できていない。


「ワタルッ、なんじゃいこいつ等!」


「俺サマが知るかってぇーの! アキラッ、アッブネ避けろ!」


 一階ドラム缶山麓辺りでワタルさんと魚住が複数の不良に苦戦。  

 各々手腕はある筈なのに、人数の多さと体力の差にやや押され気味だ。刹那、ワタルさんが鉄パイプで横っ腹を殴られてドラム缶に体をぶつける。「ワタルさん!」俺は思わず手摺を握り締め、身を乗り出して仲間の名前を呼ぶ。次いで魚住もワタルさんの後を追うようにドラム缶に体をぶつけて、その場に崩れた「アキラさん!」二週間程度の怪我を負っているのに、健太が悲鳴に近い声で仲間を呼んだ。


 一方で、シズと斎藤が第三者に囲まれて執拗にフルボッコ。

 輪になって二人を殴る蹴るの暴行をしている。お互い抵抗はしてるんだけど、歯がまるで立っていない。まんまフルボッコされている。それに気付いたキヨタと紅白饅頭双子不良が助けに行くんだけど、立ちはだかる数の多さに輪まで到達できず苦戦していた。


「だぁあっ、ホシ! 今だけ今だけ今だけ助けてやるんだからな! カマ猫!」


「助けてなんて言ってないし! ほざいてろよぉ、この犬!」


 ギャンギャンワンワンニャンニャン吠えているのはモトとホシ。

 モトが負傷しているホシを庇うように乱入者の相手をしている。

 「恩着せがましい!」ホシは助けられる覚えもないって言いつつ、「ちぇ!」舌を鳴らしてモトの体を突き飛ばし、振り下ろされる鉄パイプからモトを守った。更に勢い余って転倒するモトを庇うように覆い被さって、再び振り下ろされる凶器からモトを守ってみせた。瞠目してるモトに、「恩返せよ?」空笑いを零してホシが倒れる。


「カマ猫……お前ふざけるなってホシ、う゛ぁああッ!」

 

 乱入者からの暴行で悲鳴を上げるモト。

 「ゴラァア! 世話焼かすなって」モトを助けるようにタコ沢が乱入も乱入。向こうに吹っ飛ばす勢いで相手を殴り飛ばしている。イカバも仲間を助けるために参戦。倒れているモトとホシを庇うように拳を振った。

 あいつ等、体力と根性だけはピカイチだから……暫くは体を動かせるだろうけど限度がある。二人だけじゃ絶対に無理だ。絶対に。


 想像もしていなかった奇襲という名の惨状に慄く俺等だけど、「ケイ!」二階に上がってきた響子さんから名前を呼ばれて我に返る。

 首を捻れば、響子さんが帆奈美さんの腕を引いて俺達の下に駆け寄って来ていた。弥生やアズミも一緒だ。女性群はどうにか一階の混乱から脱出して此処にやって来たようだ。俺達の前で立ち止まるや否や響子さんは、「応援を呼ぶぞ」矢継ぎ早で喋る。


「こりゃ決着どころじゃねえ。外部の仲間を呼びに行かないと全滅だぞっ……チッ、そろそろ二階にもやって来そうだな」


 一階に目を向けて響子さんは舌打ち。

 とにかく誰かが外に出て携帯なり、直接助けを呼ぶなりしないと、このままじゃ不味い。「携帯!」アズミはココロに携帯を返すよう言う。応援を呼ぶから、その言葉にココロは素直に携帯を手渡した。


 だけど此処じゃとてもじゃないけど、携帯を掛ける暇なんてない。

 響子さんは二階の窓から外に出るぞと皆に指示。この時ばかりは向こうチームもスンナリ言うことを聞いてくれた。事態が事態だ。協力しないといけないことくらい謂わずも、なんだろう。


 俺達は揃って二階フロアの大型機械陰になっている窓辺に向かう。

 途中走ることが苦手なココロが遅れを取ったから、速度を落として俺はその手を掴み一緒に走った。彼女の手が恐怖に震えていることくらい、そして俺の手が恐怖に震えていることくらい容易に伝わり合ったけど、お互いに何も言わなかった。言えなかった。怖過ぎて『怖い』なんて単語を安易に口にできる状況じゃなかったんだ。


 日陰になっている埃に汚れた窓を開ける。

 このままダイブ、は怪我をする。けど幸いなことに向かい側に背丈の高い木が見えた。これを伝って下りれば怪我をせず地上に立てるだろ。古い雨樋(あまとい)も見えるから、両方を上手に使えばうん、大丈夫。きっと下へおりられる。

 木の枝も太そうだから人間が乗っかっても大丈夫だろ。折れたら、運がなかったということで……ははっ、笑えねぇ!


 下に敵がいないかどうか十二分に確かめて、まずは弥生がぴょんっと窓枠に足を掛けると雨樋と使って木に飛び移った。

 次に帆奈美さん、同じような動作で木に飛び移ると下へとおりて行く。「こ、こわっ」アズミも震えながら雨樋を伝い、木に移ってぎこちなく下りて行く。次はココロなんだけど、惨状を目の当たりにしたせいか足が震えている。自力で下りる気持ちは持ってるんだけど、足取りが覚束ない。

 ちょ、落ちないでくれよ、ココロ! さすがに俺もスーパーマンじゃないから、飛んで助けることは無理なんだぜ! 所詮はヘーボンマンなんだからな!

 

 不安になった響子さんが先に窓を越えて、雨樋を使い木へ。木の幹を支えにココロに手を差し出した。

 「これなら大丈夫。来い」響子さんの指示にココロも意を決して雨樋を掴み、震える手で響子さんの手を掴んで、俺も後ろで背中を支えてやりながら木に移させる。響子さんの胸に飛び込んだココロは助かったとばかりに息をついていた。


 同時に聞こえてくる二階からの物音。

 「やっべぇ」健太が顔を引き攣らせて背後を振り返っている。「圭太」どうするとばかりに空笑いを零した。その意味は俺も十二分に分かっているから同じく空笑い。

 馬鹿、これはもうやるっきゃないだろ。このままじゃいずれ此処も見つかるし、二人分木に飛び移る時間もない。移ったとしてもきっとばれる。それじゃあ意味がない。全員捕まってなーむ、最悪だろ? それに男は女の子を守ってこそ輝くってもんだ。なあ?


「健太。お前は行けよ」


「ジョーダン。おれも男ですから」


 なるほど、健太は俺と同じことをしようとしているようだ。


「そういうことで響子さん、後のことはお願いします」


 あーあ。

 こんなことしたらまーた利二にカッコつけとか言われそうだけど(しかもカッコつけの前に“馬鹿”を付け足してくれるんだろうな)、女の子の前じゃ、特に好きな子の前じゃ格好つけたい。そう思ったってイイジャンか。俺だって男なわけだしさ。

 台詞だけで察しの良い響子さんは理解をしたんだろう。


「男だよ、アンタ達」


 すぐに応援を呼んでくるから、泣き笑いして俺に一つ頷くと目を白黒させているココロを抱えて木から飛び下りた。

 「ケイさん?!」ココロの声が聞こえた気がしないでもないけど見送ってやる余裕はない。急いで窓を閉めると、素早く健太と窓辺を離れて肩を並べながら駆ける。何事もなく無事に逃げてくれよ、弥生、響子さん――ココロ。

 祈るような気持ちを抱きながら二階フロアを駆ける俺に、「ウラヤマシィ」健太の軽い毒づき。


「あんなカワユイ彼女がいると何でも頑張れるよなぁ……怖くてもさ。圭太に春かぁ。ねぇよなぁ」


 嫌味ったらしく吐き捨ててくる健太に、


「ははっ、ごめーん。俺、人生最大の春だから! 超しあわせっす!」


 嫌味ったらしく返してやった。

 ははっ、健太とこんな馬鹿げたやり取りをしているけど足がめちゃくちゃ恐怖で震えてらぁ。カッコはつけてみたけど、所詮は虚勢を張った行為。カッコつけはカッコなんだ。気持ちで身体能力がレベルアップしてくれるかっていったら、そうでもない。

 寧ろ、足が上手く動いてくれねぇ。武器のチャリは一階だし、喧嘩はできない方だし、健太とドンパチしてたから体力的にも身体的にもダメージが残っているし。どうしようかねぇ、マジで。


「健太さん健太さん。手腕に自信は?」


「圭太さんを伸せるくらいなら。それ以上は無理っすかね」


 上等な答えをドーモ。揃って喧嘩できないのね。

 ですよねぇ、俺等、中学時代は平和主義で通してきたわけですから? 幾ら健太が不良デビュー、俺が舎弟デビューしても簡単に手腕レベルが上がってるとは思えませんよねぇ。

 そうこうしている間にも、向こうに私服姿の不良サマ発見。んー、どちらかというとヤンキーに見える。私服だからかな? 俺と健太は取り敢えず、抵抗の意味合いを込めて付近に転がっている錆びた鉄棒の束から数本鷲掴みすると向こうにブン投げた。怯ませる程度にはなるけど、それだけ。ダメージは皆無に近い。

 ははっ、どーしようマジで! この恐怖、日賀野にいよいよフルボッコされます! というあの感覚に激似なんだぜ! こっわーい! テンションアゲアゲにしていないと、マジ泣きそう!


 事態の打破策は逃げながら考えることにしよう。

 少しでも俺達に集中してくれたら、応援を呼んでくれる響子さん達の時間稼ぎにもなる。一階で仲間を嬲っている敵さんもこっちに来てくれるかもしれない。いや、来られても俺等がダイダイダイ大ピンチになるだけなんだけどさ!

 くそっ、一階、二階がこれだ。三階は大丈夫なのか。確かヨウは日賀野と三階に上がっていたような。


 一階の様子を見るために、柵をなぞるように不良達から逃げる俺と健太。

 ふと健太が声音を強張らせた。どうしたんだ、目で訴えれば健太が三階を指差す。視線を上げて俺も顔の筋肉を硬直。三階の柵付近でヨウと日賀野が奇襲仲間であろう不良達に押さえつけられてる。


 おい、マジかよ。

 天下の荒川庸一、肩を並べる日賀野大和がヤラれているじゃんか。ボロボロだぞ、二人とも。

 それになんだ、あのガム噛んでいる不良。日賀野よりも嫌味ったらしい笑みを浮かべて逃げる俺等、そしてフルボッコにされている仲間を傍観しているんだけど! ……直感であいつは危険だと思った。本能の警笛がピーピー鳴り響いている。



「ヨウ―――ッ!」



 腹の底から声を出して、俺は舎兄を呼んだ。



「ヤマトさん―――ッ!」



 同じように健太が日賀野の名前を呼ぶ。  

 すると両者リーダーが気付いて、俺等に視線を向けてくる。

 「ケイッ!」逃げろとばかりにヨウが叫んで、「ケン!」ヤラれるなと日賀野が怒鳴った。そ、そんな無茶苦茶な……俺達二人とも喧嘩を避けてきたジミニャーノなんだぜ? 大勢の不良相手に勝てるわけ、逃げ切れるわけ、ヤラれないわけないだろ! 息も切れてきたしっ!

 思った傍からぁっ、ほらぁあ! 前方にも不良さん!


 挟み撃ちにされた俺と健太は足を止めて、背中合わせに佇む。

 「次会う時は天国かもな」縁起でもないことを言う健太に、「せめて病院にしとけって」同じ病室になっていることを願うよ、俺はノリよく返事。どっちにしろ縁起でもないっつーの。嗚呼、またフルボッコかよ畜生!

 吐き気さえしてきた緊張感は一瞬のこと。複数の不良達に囲まれて、俺達なりに抵抗はしてみるけど、あっちゅう間に拳やら蹴りがっ、馬鹿っ、鉄パイプは卑怯っ! 俺、あれを肩に喰らったことがあるけど完治するのに時間が――……。


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