18.決戦ノ日賀野戦(死闘③編)



【廃工場三階:鉄筋・機械等置き場】



―――ドンッ、ドドンッ、ドン!



 何やら下の階から大きな金属音のような物音が聞こえてきたが、仲間は大丈夫だろうか。


 この階は工具が放置されているため工具等で仲間が怪我でも負っていたら、懸念を抱きつつヨウは向こうにいる犬猿の仲・日賀野大和を見据え、すり足で距離を縮めている真っ最中だった。

 此処三階は見知らぬ機械類や部品の袋等が沢山置いてあるが、まったくもって邪魔だとヨウは舌を鳴らす。相手の出方を窺うには丁度良いバリケードだが、向こうも同じ条件であるが故に、攻め込む時に邪魔で邪魔で仕方がない。ああ、まったくもって邪魔だ。真っ向勝負をしたい自分に取ってこの障害物は邪魔な事極まりない!

 苛立ちを覚えつつ、余裕綽々な笑みを浮かべているヤマトにギッとガンを飛ばす。「怖い怖い」棒読み同然の台詞に、唾を吐きかけたくなった。


「クソが。テメェの面を見ているだけで反吐が出そうだぜ」


「珍しく気が合ったな。俺もだ。貴様とは、初対面からソリが合わないと直感はしていたんだよな」


 それこそまさしく気の合う意見だ。

 ヨウは同感だと相槌を打ち、ジリジリと相手に詰め寄る。向こうもジリジリジリと慎重に詰め寄ってくる。障害物があるため、下手に動けば工具にぶつかって足を引っ掛けるかもしれない。体勢は崩したくないのだ。


「なーんでテメェとつるめたのか不思議なくらいだったんだよなぁ。俺の人生の中で、最も気の合わないランキング1位がテメェだった。なんっつーか挨拶する前からヤーな予感はしていたんだよな」


「言葉交わしてみたら、『マジ最悪こいつ』だった。生理的に拒絶反応」


「それだそれ。初対面のご挨拶でどうにか愛想笑いで過ごした俺、えっらぁ!」


「俺の台詞だ。まあ? 遅かれ早かれ、単細胞の貴様とだけは対立することは確定だと思っていたがな」


 瞬間、ヤマトが付近の袋に手を突っ込み、大量の螺子を鷲掴みにして所構わず投げてくる。

 コノヤロウ、喧嘩に道具ありかよ。そっちがその気ならこっちもやる気出しちまうぞ。サッと得体の知れない機械に身を屈めて、攻撃をやり過ごしたヨウは反撃だとばかりに六角ナットが詰まった袋に手を突っ込み、大量に鷲掴み。力いっぱいぶん投げた。

 しつこくもバリケードの多い三階であるからして、向こうも容易に身を隠してしまう。虚しくも六角ナットは床に散らばって悲鳴を上げるだけだ。甲高い金属音だけが周辺に響く。やはり小細工は自分に不向きだとヨウは再度舌を鳴らした。


「ああくそっ、テメェと向かい合えば合うほど思い出す。あの頃のヤーな思い出。いっちゃん思い出にあるのは、俺が髪にメッシュを入れた日に……テメェもメッシュを入れていたことだ! あああっ、思い出しただけで腹立たしい! なんで日が被るんだよ!」


「き、貴様……思い出させるんじゃねえ。あれは俺にとって人生最大の黒歴史だ!」


 ゾゾッとお互いに身震い。

 そうあれは遡ること中学時代、まだお互いにメッシュを入れていなかった若かりし頃、各々事情や気分によりメッシュを入れたのだが、まさか同じ日にメッシュを入れていたとは。顔を合わせて度肝を抜く、それを通り越して偶然という名の奇跡に悪寒がしたほどだ。

 幸いな事にメッシュの色は異なっていたが、散々ワタルやアキラから「気が合う」だの「正反対の色を入れた」だの馬鹿にされた忌まわしい記憶。仕舞いには互いに“運命の相手”じゃないかと言われ、指差され、仲間内からゲラゲラ笑われた。

 運命の相手……敢えて言うのならば黒い運命の相手だ。顔を合わせるだけで虫唾が走る相手も、そうはいないだろう。


 嗚呼、お互いに同じことを思った。すぐにでもメッシュをやめてしまおうかと。   

 しかし悲しきかな、二人はこれまた同じことを思った。なんで自分が相手の勝手な行動のせいでメッシュをやめなければいけない、と。此処で染め直してしまえば最後、相手に屈した気分になるではないか! 自分が染め直す必要はない。染め直すとすれば向こうだ向こう。元凶は向こうにある!

 両者ジコチューの念に駆られ(互いに「俺は悪くねぇ!」の一点張り)、二人とも意地を張ってメッシュをやめなかった。今に至るわけである。まだ各々メッシュをやめていないことに舌を鳴らしつつ、思い出してしまった黒歴史に苦悶しつつ、出方を窺いながら素早く移動。


 一方が駆ければ、一方も駆ける。  


「ああ。くそめんどくせぇ」


 ヨウはまどろっこしい戦法は嫌いだと使い道も見えぬ大型機械に飛び乗って上から攻めた。

 足場の悪い機械から機械に飛び移って思考を回す間も、息をつく間も与えずヤマトの前に着地。宙を切り裂くように拳を振り下ろした。的中、脇腹に入った。

 「単純戦法め」幾分余裕を消すヤマトは脇腹をそのままに、自由の利く右腕を振った。リーチの差で軽く首に入ったが、難なくやり過ごした。が、次の飛び膝蹴りは予想外。辛うじて鳩尾は避けたが、腹部に入ったことは変わらず、ヨウは一旦後退せざる得なかった。

 さすがは向こうチームの頭、今までの相手とはワケが違うし、身のこなしも違う。過大評価しているわけではないが、自分は近所で名の売れた不良。


 ゴロツキ相手ならばそう簡単に拳や膝を頂かないのだが、自分と肩を並べるように名の売れているヤマト相手だとそうもいかない。

 なんと言っても自分の永遠のライバルであるからして……いや、ライバルなんて好(よ)き響きの相手でもないのだが……とにもかくにも自分にとって不倶戴天(ふぐたいてん)の敵。一筋縄じゃいかないことくらい、容易に想像が付いていた。


 けれどこいつにだけは絶対に負けたくない。

 相手に負けるイコール、チームの敗北。それだけは絶対にご免だ。頭のプライドに懸けて、相手を討ち取らなければチームメートに顔合わせもできない。それにヨウ自身、もう嫌なのだ。大事な仲間が傷付いて消えていくなんて。

 最初は小競り合いに仲間が傷付くだけだった。喧嘩のできる者には喧嘩の強豪と呼ばれた不良が現れ、主に喧嘩のできない者は喧嘩の飛び火を食らい、各々怪我をする。それが次第にエスカレートしていき、ついには大事な仲間を失ってしまった。


 一時離脱も何もカンケーない。現に仲間がチームから消えてしまったのだ。一時的でも仲間が消えてしまった。

 チームメートは今、何処の病院にいるか分からないし、容態も見えぬ一方。大丈夫、絶対に戻って来ると励まされたし、自身も戻って来ると信じてはいる。しかし完全に不安が拭えたわけではない。もしかしたら、と脳裏に過ぎることも多々ある。ハジメは戻って来るだろうか(戻って来ると信じていないとやってられない)。

 この対立をなあなあにするだけ仲間が傷付き消えてしまう。だから終わらせる、終わらせるのだ。中学に始まった対立・衝突・因縁、すべてを終わらせるのだ! 今日で必ず!


 直球単純不良と称されてもいい。

 自分はなりふり構わず、相手を討ち取る。例えば骨折したとしても、自分の決意を壊すことはできない。相手が変化球深慮不良であろうと、乱心を誘惑した元セフレであろうと、誰であろうと!

 両足首に力を入れ、持ち前の瞬発力を生かすと、風を切るように駆けて相手の懐に入る。

 悪い意味で長年の付き合いだ。向こうもある程度、読んでいたのだろう。入れる拳を手の平で受け止めてきた。握り潰さんばかりに握力を入れてくるその手を無視し、額に左肘鉄砲。「チッ」今のは効いたとしかめっ面を作ってくる相手は、やや怯みながらも左ストマックブロー(鳩尾を狙うボディブロー)。


 先程から連続的に腹部を狙われているヨウは、この攻撃に耐えかねた。

 思わず膝を折って腹部を庇う。その隙に相手が蹴りを顔面に入れてくるものだから、口の中が切れた。尻餅だけは避け、床に手をついて疼く腹部を庇いながら相手の膝裏を足の甲で思い切り叩く。「ヅッ!」膝かっくんが似つかわしいその攻撃、ヤマトは見事その場に尻餅をついた。「ザマァ!」ぺっと不快な血の味がする唾をその辺に吐き、ヨウは相手に馬乗り。勢いよく拳を振り下ろし、顔面を蹴ってくれたお返し。相手も負けていない。拳を受けながらも、上体を起こす。

 同時に頭突き。その反動を生かして頭突き。激しい攻防戦が続く。


「テメェだけはマジ、最初から気に食わなかった! さいっしょっからな! その辛気臭い面を何度引っ叩きたかったか!」


 手早く張り手、乾いた音が三階に響く。


「そりゃこっちの台詞だ! 貴様ほどっ、そのイケた容姿を崩してやりたくなる奴はいなかった! イケメンのくせにこの女ベタ!」


 こめかみに右フック、ヨウの呻き声一つ。


「テメッ、言っちゃならんことを言いやがったなっ。帆奈美を寝取った阿呆が! そのイケたキザな性格っ、マジ惚れそうだった! 嫉妬対象もイイトコロだ!」


 再び左フック、痛みにヤマトが吐息一つ。


「そーかよそーかよ。だがな、大体俺の欲しいのは貴様が先に掻っ攫っていくんだよ! その単純を振り撒いて仲間に媚び売る。ムカつく!」


 お返しのビンタ、乾いた音が再び三階に響いた。


「いっつ俺が媚売ったってヤマト?! 俺を女みてぇな表現で飾るな! 自分こそ仲間を意のままに扱えます、根こそぎ奪えます的な態度取りやがって!」


「あ゛? ンなジャイアニズム取った覚えねぇぞ阿呆荒川が! 貴様の残念な目は大概使えねぇらしいな。眼科に行け!」


「ッハ、俺の目は正常ですー。テメェこそ歪んだ性格、医者に診てもらった方がいいんじゃねーの?! 少しは更生できるんじゃねえか!」


「ケッ、だったら貴様は園児からやり直して来い。もっとも? 園児の方が貴様より断然優秀だろうがな!」


 はぁはぁっ、はぁはぁっ。  

 今まで腹に溜めていた鬱憤を次々に飛ばし、攻防戦に一呼吸。互いの胸倉を掴み合い、暴力から暴言。取っ組み合いから口論に変わった乱闘に一旦休息を入れる。

 肩で息をするヨウは相手を睨み付け、「大体やり方が気に食わねぇんだよ!」声音を張った。


「ゲーム感覚で喧嘩なんざしやがって! やり方がいつだって狡いっ、ふっざけてるんじゃねえぞ!」


 「狡かろうがな!」負けじとヤマトも声音を張る。


「貴様と違って俺は深慮に行動を起こしてぇんだよ! 仲間を守るためには、卑怯だろうが何だろうが手段を選ばない。そういうものだろうが。単細胞の貴様は自分の手腕を過大して、いつもプライドを優先。だっから仲間が傷付く!」


「悪かったな考えナシの単純人間で! けど、テメェみてぇな遠回しなやり口じゃ仲間も戸惑うだけ! 納得もしねぇだろうが! 真正面からぶつからねぇと分からないこともあるだろ! 俺は俺のやり方を否定するつもりはねぇ! ついて来てる仲間もいる!」


「ッハ、だから仲間が傷付くんだよ! “あの時”もそうだっただろうが! 真っ向バッカ勝負して、油断してたから仲間がヤラれちまった!」


「るっせぇ! “あの時”のやり方が対立を生んだんだろうが! まどろっこしいやり方じゃなくて、真正面から勝負すりゃ良かったんだ!」


「あの当時、敵方のチームは高校生相手だっただろうが! 勝てる筈もねぇ! 完全な犬死にだっただろうが!」


「やってみねぇと分からないだろうが! スポーツでも何でもやってみねぇと分からないっつーの!」


「出た出た単純思考、馬鹿がすることだそれ!」


 戻せない過去を穿(ほじ)り返し、互いに分裂事件当時のことを罵倒。  

 やり方、もとより相手の存在すら否定し、最終的に相手が気に食わないと結論付ける。自分達の関係は、譬(たと)えるならば平行線だ。何処までも一直線。一捻りでもない限り、絶対に交わることが無いのだ。

 「テメェなんざ」「貴様なんざ」舌を鳴らし、「ぜってぇ」「認めねぇ!」両者やり方も存在も何もかも認めないと毒づいて声音を張る。

 掴んでいた胸倉を手放したと同時に足に力を入れて体を起こすと距離を置く。ぺろっと上唇を舐めるヤマトに対し、口角を舐めるヨウ。一触即発の雰囲気を作り、殺意にも似た火花を散らし合う。


 刹那、ヤマトが動いた。すぐ傍で息を潜めていた台車を引っ掴むと蹴って此方に飛ばす。 

 綺麗に避けて風を切るように駆けるヨウ、つくづく真っ向勝負が好きな奴だと舌を鳴らすヤマトは一旦機械類に飛び乗って逃げる。「あ、待ちやがれ!」急いで追い駆けるヨウ、そんな彼を見やってヤマトは足に急ブレーキを掛けた。

 素早く方向転換し、「これはアキラの分だ!」痛恨の回し蹴り。騙まし討ちとも言えるその攻撃に構えることができなかったヨウは蹴り飛ばされて機械から滑り落ちた。

 「イ゛っ!」機械の留め金尖端に引っ掛けたようだ。右腕に裂かれた痛みを感じ、ヨウは思わず患部を押さえる。左の手の平を開いてみれば、わぁお、鮮血がびやっと線状に伸びている。深く留め金尖端に引っ掛けたらしい。


「チッ、ブレザーに穴があいたか」


 あーあーあー、これ三年は使うのに……どっかの誰かさんも以前、川に落ちた経緯を話してくれた際にそんなことを口走ってったっけ。口振りがうつったらしい。舎兄弟も付き合いが長くなればなるほど、感化する部分が出てくるようだ。

 しかし参った。利き腕をヤラれたなんて。ヤマト相手じゃ必ず支障が出てくる。そう思っている間にも、向こうの飛び蹴りが見え、紙一重で避けた。


 ガンッ――背後の大型機械が左右に忙しく振動する。 

 急いで体勢を整えるが、腕の傷は熱を帯びるばかり。畜生、この間抜けな怪我を負うなんて仲間にでもばれたら笑いの対象だ。

 今度は自分が逃げる番だった。この傷をどうにかするために一時撤退。何に使うのか分からない古びた大型機械に手を掛け、「は?」ヤマトの素っ頓狂な声音を無視し、力任せに引き倒した。


 しかも向こうに倒すのではなく、自分側に引き倒したため、ヤマトは驚愕の声を上げている。

 血迷ったかと言われようが何を言われようが、ヨウはこちら側に倒れてくるよう大型機械を力任せに引いた。グラッと体を浮かせ、ゆっくりと自分の方に傾く機械を見定めたヨウは急いで後ろへ跳躍。


 大型機械が倒れたことにより、鉄板床が忙しなく振動。軽い地震を感じつつ、ヤマトに背を向け走った。

 傷の処置をするために、ある程度距離を置き、積み重ねられた部品袋の陰に腰を下ろす。熱を帯びる患部に目を落とし、舌を鳴らして迷う事無く自分の身に纏っているカッターシャツに手を掛けた。器用に八重歯を使ってシャツを長めに裂き、それをしっかり患部に当てて固定。しっかりと縛る。

 止血程度では応急処置にもならないだろうが、何もしないよりかはマシだろ。時期に痛みも麻痺してくれるだろうし、これくらいなんてことない。


(負けたらハジメにもチームメートにも顔合わせができねぇからな)


 何が何でも勝つ。  

 カッターシャツ巻いた右腕を見つめ、軽く患部を擦り、うんっと一つ自分の中で消化するように頷いたヨウは体勢を座るからしゃがむに変えた。

 恐る恐る袋の陰から顔を出し、相手が何処にいるのか目で探す。真上から気配と殺気らしきオーラを感じた。考える間もなく反射的にその場から離れたヨウは、部品袋のてっぺんから飛び下りてきた相手に空笑い。


 「どっから現れてきやがる」ちょいビビッたじゃねえかと表情を引き攣らせつつ、相手の蹴りを受け流した。

 ふわっと青メッシュの入った黒髪を靡かせるヤマトは、「カッコイイじゃねえか」右腕を見て皮肉をしっかり飛ばしてきてくれた。そりゃどうもな気分である。


 しかしヤマトのシニカルな表情は一変、「ホシの分がまだ残っている」と意味深に口走ってきた。

 先程から一体全体何の話だと、ヨウは眉根を寄せてきた。さっきはアキラの分だと言われ、回し蹴りを食らった。そして今度はホシ。チンプンカンプンな状況に首を捻るしかない。アキラもホシも向こうのチームで敵なわけだが、最近は直接的に関わった記憶がない。

 ついつい、「ワッケ分かんね」本音を漏らす。それが向こうの癪に障ったのか、「ざけんな!」珍しくも喝破してきた。


「ゲーム好きの俺だが、さすがに身内にしてくれたことはゲームでも頂けねぇ! 昔から貴様はそうだ、真っ向勝負好きとは言うが、自分の優位を保つため、優位に立つため、小さな芽は絶やす。いずれ強くなるであろう奴等、また厄介になるであろう輩に真っ向から勝負を挑んで、根絶やしにする。今回、俺の隙を突いてホシとアキラに真っ向勝負を挑んだのはこっち(チーム)の基盤を歪ませるためだろ? 貴様も随分知恵を使うようになったじゃねえか。だから仲間にあんな負傷を」


 喧嘩に対し狡く卑怯な手口を使うヤマトだが、身内に対してはとても仲間思い。否、卑怯は仲間を守るために使っている彼だ。

 身内に対する仕打ち、二週間ほどの怪我を負ったアキラとホシに心を痛め、ヨウに大きな憤りを見せてくる。が、ヨウはますます混乱し、なんのこっちゃな気分になった。相手の右の拳を左手で受け止め、「ンなの初耳だぞ」大反論。次いで怪我のことならばと、ヨウはハジメの一件を責め立てた。


「テメェ等こそ、よくもハジメを病院送りにしやがったな! あんな画像送りつけてきやがってッ」


「は? 何の話だ。土倉の病院送りなんざ、随分昔のことを出す。袋叩きの話なんざ、宣戦布告前のことだろうが」


「何言ってやがるんだ! 二週間も経ってねぇぞ! あいつ……あいつをよくもッ、古渡って女と手ぇ組んで重傷を負わせやがって!」


 途端にヤマトもなんのこっちゃと眉根を寄せた。

 「古渡? 誰だそれ」素でヨウに質問してくる始末。惚けるなと怒声を張っても、向こうはワケが分からんと肩を竦めるだけ。本気で何のことか分かっていない様子。


 待てよ待てよ待てよ、おかしいじゃないか。

 じゃあハジメは誰にやられたのだ? 古渡という女は「ゲーム」を口にしていた。だからてっきりヤマト達が過度なちょっかいを出してきたのだと……ハジメが襲われたのはこれで二回目だし。ヤマト達だと当然のように思っていたのだ。

 なのにヤマト達ではない? ……この決着の発破はハジメの事件が契機だというのに。


 相手の胸倉を掴んで、向こうに突き飛ばすもののヨウは抱き始めた違和感に嫌な予感を肌で感じていた。

 内側から大きく警鐘を鳴らしているような気が……なんだ。なんだ。なんなんだ。この駆り立てられる焦燥感。


「いつの話だ?」


 二、三歩後退して体勢を整えたヤマトがやや冷静になったのか、ハジメの一件を尋ねてくる。

 彼も何やら話に辻褄が合わない違和感を感じたのだろう。弾んだ息をそのままに、それはいつの話だと尋ねる。二週間も経っていない事件、そう……十日ほど前だっただろうか。約十日前、雨が降っていた日だとヤマトに告げた。

 するとヤマトが眉根の皺を増やす。


「ホシとアキラがヤラれた日と同じ? ……荒川、貴様等が協定チームに頼んで真っ向勝負を仕掛けたんじゃねぇのか?」


「ンな余裕あるわけねぇだろうが。あの日、俺等は行方不明になっていたハジメをずっと捜してたんだからな。しかもそんな策略考えたこともねぇ。テメェ等じゃあるまいし。テメェ等こそ……協定チームに頼んでハジメにちょっかい出させたんじゃ」


「生憎、俺等もホシとアキラを捜してたもんでな。余裕なんざなかった」


「……嘘だろ?」


「……そっちこそ」


 いやはや、まったくもって不本意ではあるが、付き合いがそれなりにある相手の面を見れば真偽などすぐに分かる。

 では両者の言い分は真実そのもの。じゃあ犯人はヤマト達じゃないというのか? 胸の内の警鐘が更に甲高く鳴り響いた。おかしい、何かがおかしい、これではまるで、まるで誰かに故意的な発破かけられたような。

 確かにこれ以上、対立を長引かせるつもりは無かった。なあなあにするだけ仲間内が傷付くと思っていたから。

 片隅でこの対立に意味などあるかと疑念を抱いていたのだが、ハジメの一件がなければ、この因縁を終わらせようと踏ん切りをつけることもなかった。向こうもきっと同じ理由なのだろう。表情を見ていれば分かる。


 まるで踊らされたかのように発破を掛けられた自分達は激しくぶつかり合い、今、衝突している。下の階では仲間達が勝利をもぎ取るために奮闘している筈。

 だがそれが他者の手によって仕組まれたものだとしたら? 今すぐぶつかるよう唆されたとしたら? 「仕組まれたのか?」ヨウは答えを口に出してみた。「考えるじゃねえか」俺も同意見だとヤマト。考えることは同じらしい。

 二人は視線をかち合わせ、息を詰めた。嫌な予感と不安は最高潮に達している。

 もしもこれが本当に仕組まれたものだとしたら、ものだとしたら、この対立は……この対立の発破は……。




「この状況を指すなら、んー、『漁夫の利』ってヤツなう」




 含みある笑い声は第三者のもの。両者のものではない。

 軽く瞠目、次いでサッと身構えた二人は声のする方角を見やる。


 カツン、カツン、カツン――ゆっくりとした歩調で此方に向かってくる靴の音。歩く度に鳴る鉄板床と絶妙なハーモニーを奏でている。それが不気味さを誘った。

 嫌な予感に鼓動を高鳴らせる二人は、相手の姿を目の当たりにして愕然。携帯を弄りながら歩んで来たのは、久しいながらも見知った顔。ふんふんふん、鼻歌を歌いながらグチャグチャと風船ガムを噛んで、携帯のボタンに指を掛けている。

 見事なまでにモーヴ系ヘアカラーにしているその不良。マゼンタよりも灰色・青みが強い、薄く灰色がかった紫色の髪を持った年上少年。否、年齢的に青年というべき男。「ちょい待ちな」ツイッター中なう、地元で有名な不良二人相手に余裕綽々の態度。


 パタン―。

 シルバーの携帯を閉じてジャケットに放るそいつはカラコンで染めた真っ赤な瞳を此方に向け、ニッタァとシニカルにご挨拶。


「『漁夫の利』の意味くれぇ分かるだろ? 漁夫の利作戦。テメェ等が俺等にしてくれたんだし? まあ、懇切丁寧に教えてやれば漁夫の利の意味、他人同士の争いに乗じて利益を得ることだな」


「テメェは……五十嵐 竜也(いがらし たつや)」


「憶えてくれてて嬉しいぜ。荒川。元気か? 日賀野」


 クツクツと笑声を漏らす男の名前は五十嵐 竜也。

 それは忘れもしない中学時代、自分達が地元で有名不良となった契機になった(そして分裂する契機になった)喧嘩の首謀者。彼、五十嵐は自分達が中学時代に伸した高校不良グループのリーダーだった男なのだ。まさかこんなところで再会するとは。

 驚き返っている両者リーダーに、「ドンパチしているなぁ」五十嵐は二人のナリを見るなりせせら笑う。


「仲間のために。それだけはグループが二つに分かれても変わらないみてぇだな? 友情を感じるなう」


 だがそれが命取りにもなる。

 意味深な台詞、短い言の葉だが二人はそれだけで察してしまう。こいつに発破を掛けられたのだと。そして彼が口にしている『漁夫の利作戦』に肝を冷やしていた。漁夫の利作戦と呼ばれる作戦は自分達が過去に使った喧嘩スタイルだ。


 まさしく漁夫の利というべき戦法。

 二グループに発破を掛けて喧嘩をさせる。両者が弱ったところを第三者の自分達が仕掛けて勝利をもぎ取るという卑怯極まりない戦法なのだが、これは高校不良グループを伸した時に使った戦略なのだ。仲間内が高校不良グループにやられ、実力不足の自分達ができる敵討ちとしてこの戦法を編み出したのだが、しっぺ返しのように自分達に返ってくるとは。

 ということはお互いの仲間をヤッったのはこの男か! ハジメをリンチにし病院送りにしたのも、ホシやアキラに二週間程度の怪我を負わせたのも、両チームに発破を掛けたのもこの男が……。


 すべてが見えた二人はギッと五十嵐を見据えた。

 「休戦だ」ヤマトの一言に、「了解」ヨウは同意してみせる。伸す相手として優先するべき輩がいるようだ。

 だがしかし、五十嵐は余裕のよっちゃんだと鼻で笑った。ガンを飛ばしてくる二人に怖い怖いと肩を竦め、にやりにやりガムを噛んで風船を作り、割って口についたそれを舌で掬い取る。


「目には目を歯には歯を。仲間をダシにされた挙句、自分達の作戦を実体験する気分はどうだ? 超ちょうちょう長かったぜ。これを決行するまで」


 仕返しすると決めた頃は丁度忌まわしい中坊達が二グループに分かれた頃、

 その頃から手ぐすねをひいていた自分は各々にちょっかいを出していた。お互いがお互いに過度なちょっかいを出しているように見せかけて。おかげさまで中坊達は踊るように仲をどんどん亀裂させていった。

 最初こそ分裂しておしまいだったろうに、それが外部の悪戯によってどんどん仲が悪くなる。見ているだけで愉快愉快。

 仲間意識の高い輩だからこそ、亀裂する進行が早かったのだ。エスカレートする対立に笑う自分、とても愉快だ。今も超愉快なう。


「おっとそんな怖い顔してくれるなよ。照れるじゃねえか」


 五十嵐は目を細めて口角を持ち上げる。


「漁夫の利作戦はこれからだ。分かるだろう? これから起こる楽しい出来事。漁夫の利は第三者が動いてこそ意味がある」


 閉じた携帯を見せ付けてくる五十嵐。

 彼の放つ台詞を聞いたと同時に二人は地を蹴って駆けた。この男を仕留めなければ腹の虫がおさまらない。話を聞けば踊らされるだの、ちょっかいを出すだの、亀裂だの、自分達はこの男にすっかりさっぱり動かされていたのだ。腹立たしいこと極まりない。

 何より、仲間の仇。此処で取らず何処で取る! 完全に頭に血が上っている二人だが、「弱っているなぁ」五十嵐は動きの鈍さを指摘。

 難なくヤマトの蹴りに跳躍、ヨウの拳を受け止め、その拳を握り締めると勢いづいたままヤマトに体を投げ飛ばす。バランスを崩したヨウはヤマトと折り重なるように倒れた。


「貴様ッ、ざけんなよ!」


 「重い、退け!」何様で自分の上に乗っているんだと唸るヤマトに、 「だあぁっ、うっせぇ! 不本意だ!」好き好んで倒れたわけじゃないとヨウは怒声を張った。

 この二人、息が合っているようでまったく合っていないらしい。「さっさと退け!」「分かってるっつーの!」喧嘩を勃発させている。それを尻目に、五十嵐は向こうに指笛を吹いた。


 すると仲間らしき不良面子が三階の何処からかぞろぞろ。何処に身を隠していたのだろうか? 否、二階辺りで身を潜め、上がってきたのだと憶測した。

 倒れている二人はどうにか体勢を立て直すが、人数の多さに五十嵐まで到達しない。それどころか、体力が消耗している二人では、幾ら喧嘩ができるとはいえ人数の多さに太刀打ちできず。果敢に抵抗してみるが、多さと体力の差から瞬く間にまたその場に崩れてしまう。フルボッコされたとはこのことだろう。

 再び折り重なるように倒れ、「また俺が下かよ。重いんだよ」ヤマトが一々嫌味を飛ばしてくる。「だから不本意だ。何度も言わせるな」ヨウも一々反論した。


「ハッ、だっせぇ……この俺がフルボッコされる日が来るなんざ。しかもお連れが貴様とか……最悪にも程がある。いっそ殺してくれ」


「また一つ……黒歴史ができちまったじゃねえか。くそ……忘れてぇ」


 お互いに声に覇気がないのは余裕の『よ』もないからだろう。  

 仲良しこよしに倒れる二人を嘲笑い、五十嵐は二人を連れて来るよう仲間に指示。髪を鷲掴みにされ、無理やり立たされた二人は引き摺られるように移動。その間も抵抗してみるが、まったくもって歯が立たず。寧ろ脇腹に肘打ち、鳩尾に拳、髪は何本か抜けるくらい強く引っ張られる。


 完全に弱り切った両者リーダーを、五十嵐は下の階が見える柵まで連れて来た。

 この廃工場は中心部分が筒状になっており、柵から下の階が見えるようになっている。一階ではまだ仲間達が決着をつけようと奮闘。二階では、何やらシリアスムードなのか仲間が泣き崩れている。無理やり二人を座らせ、仲間の手でその場に押さえ付けさせる指示を出した五十嵐はリーダー達に一笑。


「よーく見ておくんだな。仲間大事なお前等に、最高のパレードを見せてやる。漁夫の利作戦って最高のパレード、な?」


 ゾッとするほど厭らしく笑う五十嵐は、慌てて仲間達に知らせようとするヨウに蹴りを入れて、閉じていた携帯を開き起動。フォルダから着信音を呼び出すとピピピピピ―――ッ!

 廃工場に全体に聞こえるよう、音を鳴らした。





「さあ、始まりだ! 雪辱の漁夫の利作戦!」




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