11.不良メモリアル



――各々過ごしていた中学時代の思い出。

 最初の頃は各々上手くいっていた筈だった。そりゃ仲が悪かったところもあるけれど、最初は纏まりのあるグループだったのだ自分達は。


「だっから! ヤマト、テメェはどーしていっつも曲がったことしか考えられねぇんだよ! アリエネェだろこれ!」


「はあ? 荒川、だから貴様は単細胞だって言ってるんだ。もっと脳みそを使え。勝てばいいんだよ、勝てば」


 ニヤッと笑うヤマトに対し、「最悪だテメェ」不機嫌且つ文句タラタラにヨウはトランプを投げて腕を組んだ。 

 昼休み。空き教室の一室を拝借して仲間とたむろっていたヨウは、ヤマトとポーカーをして勝負をしていたのだが先程から連敗。おかしいと思いつつ、勝負を挑んでいた矢先、ヤマトがイカサマをしていることに気付き、現状に至る。あれほど念を押してイカサマだけはナシだと言い聞かせたのに、向こうも快諾していたくせにこの始末。どうしてくれようか。

 唸るヨウに、「単純」ヤマトが皮肉る。カッチーンときたヨウがこめかみに青筋を立て、「このペテン師」反論。更に反論として、ヤマトの禁句の一つを口ずさむ。

 

「犬嫌い。犬に怯えて触れもしねぇくせに」


 ある程度の付き合いで知ってしまったヤマトの弱点(彼は必死に隠しているらしいがヨウは偶然知ってしまった)。お返しネタとして、ヨウはここぞとばかりに弱点を弄くる。

 そのため、余裕綽々のヤマトも軽く青筋を立て、口端を痙攣させる。


「俺は動物アレルギーなんだよっ。特に犬はアウトなんだっ。怯える? ッハ、ほざけ」


「それにしちゃ犬にだけ、すっげぇ距離を置くよな? 昨日の喧嘩帰りも、犬に吠えられてちょいビビッてたくせに。あーあ、ヤマトさんともあろうお方がお犬嫌いなんて、カッコわるぅございますね」


「……表に出ろ、荒川。どーやら調教を望んでるらしいからな。たっぷり甚振ってやる」


「はあ? だぁあれがテメェなんぞに躾けられるってぇ?」


 視線をかち合わせて青い火花を散らし、互いに表に出ろと椅子を押し倒す両者。

 そんな二人を宥めるのはハジメだった。「喧嘩しない」毎度ながら仲裁に入るハジメは、助っ人を呼ぶために机に腰掛けて漫画を読んでいる二人の不良に声をかける。アキラとワタルだった。ヒィヒィ笑声を上げていた二人は、ハジメのヘルプに放っとけと一蹴。


「二人の喧嘩なんていつものことヨンサマ。仲裁に入るだけ無駄っぴぃ」


「どーかんどっかーんじゃい。ぶっ、あひゃひゃひゃひゃ! ここのシーン最高じゃい!」


 まったくもって相手にしてくれない二人にハジメは溜息をつき、取り敢えず他に助っ人はいないかと目を配った。

 ホシが爪を研いでいたため、「ホーシ」ハジメが助っ人にきてくれと頼む。するとホシ、「にゃあ」可愛らしく鳴いて嫌だと笑顔を見せてきた。ちっとも可愛くない鳴き声に「キモォ」モトが顔を顰めている。


「カマ猫、勘弁しろって。そのぶりっ子」


「ひどーい。可愛いって言ってくれる?」

 

 ぶぅっと脹れるホシにキモイを連呼するモト。両者、助太刀はなさそうだ。

 ということは……嗚呼、駄目だ。机に伏して寝ているシズはおやすみモードだし、その横ではサブがギャンギャン吠えて、「相手しろ!」向こうは向こうで闘争心を剥き出し。助っ人になってくれるどころじゃない。

 自力で打破するしかないか。ハジメは青い火花を散らしている二人に話題を振る。


「ねえ、響子や帆奈美は?」


「あ゛ー? 知るかよ。どっちもオサカリなんじゃねえの?」


「ヨウ……あのねぇ。帆奈美は君の女でしょ。今の発言、無責任だって。セフレでも君の女には違いないんだから。ヤマト、知らない?」


「さあな。ま、響子はおっさんとエンコー中らしいからな。外に出ていると思うが…、帆奈美はあれじゃね? 待っているんじゃね。どっかで誰かさんの連絡を」


 意味深に言うヤマトは、流し目でヨウに視線を送る。

 連絡を待っている。ヨウは思わず自分の携帯を取り出してメールを確認。おや、新着メールが一件。中身を開いてみれば、噂をすればなんとやらである。「イチ抜け」ヨウはヒラヒラと手を振って教室を出た。

 その際、ヤマトとハジメの会話を耳にすることに失敗する。


「ヤマトって女心がよく分かってるよなぁ。ソンケーしたいよ」


「てか、あの馬鹿がなあんも見てねぇだけだろ。帆奈美って女は常に構ってオーラを出して、相手に気付かれようとアピッているんだよ。口に出すのが恥ずかしい分、態度で示してくる。あいつはちっとも分かってねぇ。チョー馬鹿だから」



 空き教室を出たヨウは、人気の無い廊下を通り、屋上に通じる階段を上る。

 屋上は普段閉鎖されているため、途中までしかいけない。階段を上る途中で、段に腰掛けている女を見つけ、ヨウは軽く吐息をつく。「こんなところまで呼び出さなくてもいいだろ」もうちっといい場所あるだろうに、ヨウの意見に帆奈美は脹れ面を作る。

 「誰もいない場所。好き」ぶっきら棒な返答に、へいへいとヨウは彼女の隣に腰掛ける。

 まったく、別に教室でもいいだろうに、どうしてこんなところで二人きり。女って分からん。まったくもって分からん。一抹も分からん。此処でどーしたいのだ、この女は。


「ヨウ……」


 不貞腐れ面のまま、学ランを引っ張ってくる帆奈美を流し目。

 間を置いて、軽く彼女の細い腕を引くと唇を重ねた。最初は子供のような啄ばむバードキス、そして覚えたてのディープキス。次第次第に深くなる口付けを堪能しながら、合間合間に息継ぎ。音が更に興奮させるが、学校でそれ以上の行為は無理だと踏んでいる。

 「続きは帰りな」軽く口端を舐めて、帆奈美の頭に手を置く。頷く帆奈美に、んっとヨウも頷き、さっさと立ち上がって教室に戻ろうと彼女を誘う。

 すると帆奈美はやや哀しげに微笑を浮かべ、たっぷり間を置いて頷いた。その意味、当時のヨウには分からず仕舞いだった。早く皆の下に戻りたいヨウが、もっと二人の時間を堪能したいなど……帆奈美の心情に気付く筈もなかったのだ。従順に従う帆奈美の表情に首を傾げつつ、ヨウは彼女と皆の待つ教室に向かった。

 さっさと戻って来たヨウと帆奈美の姿に、「あいつ、女って生き物を全然分かってねぇな」ヤマトが独り言のように皮肉っていた。それでもグループの中で些少の溝やすれ違いはあったものの、どうにか纏まりは見せていたのだ。分裂事件までは、確かに纏まりを見せていた。



 分裂事件が起こる契機は、とある高校生不良グループを伸したことから。

 やり方・考え方の違いからヨウとヤマトが本格的に対立、仲が良かった者達も各々亀裂や対立を見せ始める。


「やっぱヤマトの方が正しいと思うんじゃい。ワタルもそう思うじゃろ?」


「あ、んー、分からないぴょん吉……」


 どうして迷う必要があるのだと首を傾げる大親友に、ワタルは曖昧に笑い、ヨウに付くか、ワタルに付くか迷い始め。ハジメは迷うことなくヨウを選び、ヤマトと対立。シズもヨウを選び、ヤマトを切り捨てた。しかしアキラはヤマト側に付き、ヨウと決別。ホシも「ヤマトがいい」でヤマト側へ。

 そうして仲間達が分裂を始める間、帆奈美は全員と一緒にいたいを切望していた。またやり直せるじゃないか、そう思っていたのだが……いやグループが分裂することで自分の居場所がなくなってしまうことを恐れていたのだが、セフレのヨウには気付いてもらえず。彼自身に不安だと言っても、「しゃーないだろ」と一蹴されてしまい、帆奈美はどうすればいいか分からず。

 不安ばかりを募らせる帆奈美は、分裂を契機に自分の居場所と存在価値を失うかもしれないと恐怖を噛み締めていた。


 そんな時、帆奈美に声を掛けたのはヤマトだった。前々から自分に優しくしてくれた彼は、不安を噛み締めている自分にこう告げた。


「おい帆奈美、どっちに付いてもお前の居場所は無くなんねぇ。大体お前、そんなちっぽけな価値の女か? 荒川と一丁前な性交はしておいてよ。つくづくくそメンドクセェ女だな」


「ヤマト……でも」


「価値がねぇなら、俺は今までテメェの存在を無視している。被害妄想も大概に……おい、頼むからその目はやめろ」


 ぶわっと涙目になる帆奈美に、「あ゛ー」なんで泣くんだよとヤマトは頭部を掻き、舌を鳴らし、やきもきし、ついにはぽんぽんっとぎこちない手付きで頭を撫でた。

 「柄じゃねえんだよ」誰かに優しくするなんて俺の性分じゃねえ、皮肉るのが本業だ。ヤマトは頼むから泣き止んでくれと懇願。どうすりゃいいか分からない、らしくない困惑の含まれた声に帆奈美は泣き笑いした。


「ヤマト……いつも優しい。貴方、私の気持ち……いつも分かってくれる。気付いてくれる。言葉にしてくれる」


「あんだけ気付いて下さいオーラを出されて、気付かない方が無理だっつーの。荒川は鈍いみてぇだがな。テメェの構ってくれオーラは見え見えだ。少しは自重しろって思うく……マジかよ帆奈美。なんでそこで嗚咽、号泣、勘弁しろって。俺が泣かせたみたいだろうが」


 「ったく、メンドクセェ!」荒々しく涙を流している帆奈美を抱きすくめ、背中を叩きながら泣き止めと吐き捨てた。

 まったくもってらしくない。ああ、らしくない。ヤマトの不機嫌声に、帆奈美は涙の量を多くした。不機嫌に怖じて涙しているのではなく、彼の優しさに涙が出るのだ。どうしても涙が出るのだ。優しくされればされるほどしゃくりあげる帆奈美の髪を梳いて、ヤマトは彼女の両眼を見据えた。


「テメェはどうしたい? 言ってみろ。その口で望みを言ってみろ。叶えてやれるかもしんねぇぞ。あくまで“かも”だがな。絶対ってのは無理だ。不可能だと思っとけ」


 ぶっきら棒な物の言い草に帆奈美は涙を流しつつ、「不安嫌い」不安なんて感じたくないと真情を吐露。

 ヨウとセフレになってから、不安が募るばかり。彼は望む言葉を掛けてくれないし、どう思っているのかも分からない。こっちから歩んでばかりだし、求められることなんて少ない。気持ちを聞いてもはぐらかされるし、いつ捨てられるかと思うと、怖くて仕方が無い。捨てられたら、自分は仮にヨウを選んでも居場所などなくなってしまう。

 赤裸々に白状すると、彼は呆れもせず、なるほどと頷いて言葉を返す。


「荒川に恨まれる覚悟と後悔する覚悟ができるなら、俺がメンドクセェ女を貰ってやるよ」


「ヤマト……だけど同情いらない。邪魔……思うならべつに」


「お前って一々面倒な女だな。だったら最初からこの案を持ち出さねぇよ。くそっ、わーったよ。言ってやる、必要だってな。それがテメェの欲しかった言葉だろ? べつに俺、テメェみたいなメンドクセェ女、嫌いじゃねえしな……っまた泣く。どーすりゃ泣き止むんだ。お前は」


 大概で勘弁しろ、ヤマトの嘆きに泣き泣き泣き笑い。


「いつだって気持ち……分かってくれる。見てくれている」


 帆奈美はヤマトの背に腕を回し、彼の胸に顔を埋めて温もりを感じた。

 「分かりたくて分かってるんじゃねえよ」言葉を返すヤマトは、残念ながら女の気持ちが分かってしまう性格なのだと自嘲。損な性格だとぶうたれている。それはヤマトの言い訳であり、照れ隠しなのだと分かっていた帆奈美は今度こそ笑って見せた。帆奈美がヤマト側に付く瞬間だった。

 後日、帆奈美はヨウにすっぱりとセフレを切ると言い放つ。何故ならば自分はヤマトに付くからだと、帆奈美は力強くヨウに告げ、「貴方はプライドを取った」仲間を見ていないと発言。


「ヨウ、喧嘩ばかり見て周りを見ない。ヤマトは違う。仲間をよく見る。私のことも見てくれていた。だから私、ヤマトを選ぶ。貴方を切る」


「帆奈美……」


「ヨウのこと、好きだった。でも今は嫌い。貴方は仲間、見ない。自分のことばかり。嫌い。とても嫌い。ヤマトの方が、ずっと好き」


 嫌いだと連呼して、帆奈美はヨウに背を向けた。

 物言いたげなヨウだったが、帆奈美は気付かない振りをしてヤマトの下へ駆けたのだった。自分や仲間を見てくれるヤマトの下へ。胸を締め付けられるような泣きたい気持ちはあったが、涙は露一つ出なかった。  

 こうして分裂していったグループは、やがて高校へ進学。衝突を繰り返し繰り返し、そしてついに決着をつける日がやって来る。


「――荒川達もそろそろ、今日辺りに仕掛けてくるだろうな。ゲームクリアか、ゲームオーバーか、見物だな。取り敢えず帆奈美、起きろ。シャワーを浴びてこい。お姫さん、起きろ。あーあ…起きやしねぇ」


 ベッドに寝転んでいたヤマトは、猫のように自分に甘えて擦り寄ってくる帆奈美に溜息。

 メンドクセェ女だと呟きつつも、その言葉に毒はなく、「まだ寝かせとくか」不慣れな手付きで髪を梳いた。今日は長い日になりそうだと、思いながら。




「――ヤマト達を落とすには今日しかねぇな。今日ですべてを終わらせる。ぜってぇに…、行くか。決着をつけに」


 ヨウはぺったんこの通学鞄を肩に掛け、自室を出る。

 これ以上仲間を犠牲にさせないためにも、ハジメのような事件を無くすためにも、今日という日を最後に対立に終止符を打つ。



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