10.嫉妬にも形があるように



 うんぬん考えながら、集会を終えた俺は利二に声を掛けることにした。

 集会を終えた利二はしきりにビリヤード台に興味を示している。「やってみたいな」台を興味津々に観察していた。ビリヤードに興味があるのかもしれない。俺が声を掛けたことによって顔を上げてくる。


「どうした田山。表情が険しいが……まさかまだ頭が痛いか? 一応頭痛薬は持っているが……外傷だしな、お前の場合」


「まあ利二ちゃん、用意がいいのね! まるでおにゃのこみたい。いいお嫁さんになれるわぁ。利二ちゃんがおにゃのこなら、俺、お嫁さんに貰いたい。結婚してくれ!」


「断る。自分は女が好きだ」


「……じゃねぇ! 乗らすな!」


「完全に今のは一人漫才だろ? 田山」


「いや確かにそれはそうだけど……なあ利二、さっきはどうしたよ。なんか利二らしくなかったけど」


 すると利二は「さあな」おどけ口調で笑う。

 えー……そこではぐらかしちまうの? お前。俺がこんなにも心配をしているのに。

 大きな不満を抱く俺は、利二にチームに入りたくなかったのかと率直に聞く。チームの勧誘を断るため口実だったらのなら、ちとやり過ぎだと思うけど。ストレートに言っても利二は笑みを深めるだけ。誤魔化すように、「お前みたいになりたくないだけだ」肩を竦めてビリヤード台に乗った。お行儀が悪いぜ、利二!  


「舎兄を認めていないのは本当だしな。自分は荒川を認めていない」


「実力はスゲェと思うけど。少なくとも俺よりかは」


「いや、実力の問題じゃない。器の問題だ。そしてこれは自分自身の問題。田山に言われようと、誰に言われようと、自分自身で消化できるまで舎兄は認めないと決めているんだ。チームの頭としては最高だと思うがな。舎兄としては……それに………チームに入ったら――堪えられる自信もないしな。自分はモトと呼ばれた中坊のように、器が大きいわけじゃない。心の狭い人間だ」


 何に堪えられる自信がないって? 声が小さくて聞こえなかったんだけど。それにモトって……なんでそこでモトが。

 「ワンモア利二」頼む俺に、やっぱり何でもないと利二は一笑して台から飛び下りた。

 この話は仕舞いだと俺に背を向けて、さっさと隣室に向かう。隣室に置いている鞄の中の飲み物を取りに行ったみたいだ。俺も追い駆けようとしたんだけど、その前にヨウがちょい待ちと止めてきた。どうやら俺等のやり取りを盗み見てたらしい。

 代わりにモトが利二の背を追い駆けた。

 え、ちょ、なんでモトが……それこそ止めるべきじゃ。懸念する俺に対し、ヨウは大丈夫だと肩を叩いて「少し話をしようぜ」外に誘ってくる。すごく迷ったし、できれば二人の下に行きたかったけどヨウが大丈夫だと言ったし、意味深に誘ってくるんだ。断るわけにもいかない。


 俺はヨウの後に続いた。

 ビリヤード室を出ると浅倉さん達のたむろ場を後にして、二人で薄暗く狭い階段に腰掛ける。

 階段向こうに見える、吹き抜けた外の景色はすっかり夜景と化していた。時刻は九時を過ぎている。スッカリ空は暮夜顔だ。


「あれだよな。五木ってモトに気質が似ている。最近になってモトのことを分かるようになった俺だから、五木を見ていてアイツと重なるところがある」


 そっと切り出された話題は非常に同意し難い内容だった。

 利二がモトと似ている? あのヨウ信者忠犬モト公とクールツッコミジミニャーノの利二が似ているか? 吠えるモトと薄情者その3利二(その1は光喜・その2は透) ……ちっとも似てないと思うんだけど。性格とか正反対じゃね? モトが感情を表に出すタイプなら、利二は感情を内に秘めるタイプっつーか。そりゃキレた時は面に出すけど、普段は冷静沈着という四文字熟語が似合う普通の地味っ子だと思うけどな。

 「そっかなぁ」生返事をする俺に、「超似ているよ」ヨウは微苦笑を零して、組んだ膝に肘を置いた。


「俺に敵意を見せてくるところとか・ズバッと舎兄失格だと言ってくるところとか。手前にとって大切な繋がりを守ろうとするところとか……めちゃくちゃ似てる。ははっ……五木の俺に向けてくる言葉って超痛烈なんだよな。痛恨の一撃を食らったっつーの? 的を射ているから反論できねぇし。 

 ああいう五木を見ていると、モトがテメェを初対面で蹴り飛ばそうとした時のことを思い出す。ケイ、こりゃ俺が言ったってことを本人には黙っておいて欲しいんだけどさ、あいつは俺に嫉妬しているんだよ」


「は? 嫉妬ってナニヘソ?!」


 ま、まさか利二……俺を異性として見始めた?

 ご、ごめん利二。結婚してくれとは言ったけど、俺にはココロという彼女がいてだな。


「いやいやいやケイ。嫉妬は恋愛だけじゃねえだろ? だからそんな驚く顔をされても困るんだけど。ほらよ、モトは俺の背中を追い駆けていたから、舎弟になったテメェに嫉妬心を向けた。暫くはテメェにばっか突っかかっていただろ? 性格が性格なだけに今も突っかかっているけどさ。そして五木はテメェといっちゃん仲が良いから、舎兄の俺に嫉妬心を向けている。表向き平然としているけど、俺がテメェを疑った時期があっただろ? あれのせいで五木は心のどっかで俺を信じられなくなっているんじゃねえかと思う。

 よくあるよな。仲の良いダチを取られたら、物寂しいってヤツ。五木もその気持ちなんじゃねえのかなぁ。だーかーら、俺に辛辣な言葉を浴びせるんだと思うぜ」


 そう、なのかな。

 利二は俺に全然そんなことは言わないから。


「ほらな、モトと同じだ。大事な奴だって想っているから、周囲とはちょっと違う関係を持っている俺に嫉妬する。多分モトも、今もテメェに嫉妬する部分は多々あるんじゃないかと思っている。あいつ結構思い詰めるタイプだから、また変に考え過ぎて自分の存在価値に悩んで、苦しんで、葛藤をしているんじゃないかと心配しちまう。俺的にあんま順位付けとかしたくないけど、無意識に順位付けをしている自分がいる。誰だってしちまうと思わね? 同じように位置付けはしているけど、特に気の置けない奴を優先しちまうって。手前にとって特別だったら尚更」


 言われたらそうだ。

 俺も地味友三人は自分の中で同位置にいるのだけれど、無意識に利二を優先順位として挙げている。

 それはあいつが俺に手を貸してくれることも然り、俺自身が三人の中で一番気の置けない奴だからと自覚しているからだ。


「ケイは五木を誰に取られちまったらヤじゃね? 俺、モトが別の奴を追い駆け始めたら、かんなり寂しいぜ。可愛い弟分が誰かに取られちまった! そう思ってヘコむ。俺になんか問題があったんじゃないか? とか悩んじまうんだろうな」


「そうだな。利二は俺にとって一番の理解者だから……特別に誰かと仲良くしていると、そういう奴ができたんだなって嬉しさ半分。でもこっちにも目を向けて欲しい半分って感じかも。仲が良いからこそ、ちょいそう思っちまうかも」


 いや、結構寂しいぞ。 利二は俺のオアシスだから、めちゃくちゃ寂しいかも。

 別の学校に通って環境が変わったってなら、そういう奴もできたんだなっと、すんなり受け入れられるけどさ。

 同じ環境にいるわけだから結構寂しい思いを抱くと思う。実は俺、利二をそういった意味で苦しめていた……のかもしんないな。んー、あいつは気前よく話を聞いてくれていたから、ちっとも気付いてやれなかった。


「ま、そーんな俺は五木に嫉妬してたりするんだけどな。どっかの誰かさんは、不良の俺等に一線引くところがあるしなぁ? んでもって舎弟に恋愛のアドバイスしてやったってのに、俺はキャツに嫉妬されてたりしたし?」


「ま、まだ言うか。ヨウ」


「だーってそーだろうよ。何処でどう間違えれば、ココロが俺を好きって結論に達するんだ? 言ってみ?」


 言ってみ? と言われても……。


「そ、そりゃ……ココロのヨウを見る目が優しかったし。お前はチームを結成してから超リーダーシップを取るようになって、前以上にカッコ良くなったし。喧嘩は強いだろ。お洒落さんだろ。日向男子だろ。最大のキーポイントっていったらやっぱイケメンだろ。女の子の憧れが詰まってるボーイじゃんかよ。なあに一つ、俺はヨウに勝てる要素ないし……別にお前が嫌いとかじゃないけど、嫉妬はしたなぁ」


 素直に白状したら、「ダチ同士でも嫉妬するよな」ヨウが可笑しそうに笑声を漏らした。

 ほんとにな、友達同士でも嫉妬しちまうよな。俺の場合、妬みというより羨望に近い嫉妬を抱いた。ヨウは友達だけど、まーったく嫉妬を抱くなってのは無理だろ。自分にないもの友達が持ってたりしたら、やっぱ羨ましかったり、自分も欲しかったりするわけだ。

 モトも利二も、俺等“舎兄弟”の関係に欲してたり、羨ましかったりしていたのかもな。


「モトや五木も嫉妬していることに対して変に気遣われたくはねぇと思う。俺だったらヤだね。惨めになる。どんだけ心の狭い男だって、自己嫌悪にも走る」


 それが分かってるから、今までどおり必要とするんだとヨウ。

 可愛い弟分のモトを、ヨウは必要としていくと断言する。自分にとって必要なダチであり、後輩なんだと態度で示す。口で言うだけ相手に勘ぐらせてしまうから。

 利二もなるべくダチとして歩もうと舎兄は努力をしているらしい。が、すこぶる様には厳しいとか。


「言葉がナイフだナイフ! ドライで素っ気無い態度を取りつつ、さらっと毒を吐いてくるからヘコむ。不良だからって何でも強いってわけじゃねえぞ。毒吐かれたら、そりゃ俺だって、俺だってなぁ……」


「あ……あー、そうね。利二ってちょっとクールだよな」


「五木って実は俺の苦手なタイプかもしんねぇ。図星を突いてくるところがな。 『貴方がもう少し、知恵のある頭の使う人ならば舎兄と認めないこともありませんけどね』なんざ、まんまその通り。仰るとおりだぜ。分かっているからこそ、指摘されたくねぇっつーのにっ。ああいうタイプほどチームには必要だとは思うけど、俺自身が廃人になりそうだ。ヘコむ」


 俺もモトに散々言われているから心中は察する。


「まあ……一番は俺がテメェを疑ったのが悪かったと思うけどな。ケイ、俺さ、最近よく考えるんだけどよ。決戦目前にあれだけど、誰かと繋がるって難しいな」


 こうやって人を理解するって難しい。

 ヨウはポツリと呟いて夜景を見つめた。中学時代の分裂事件を懐古しているみたいだ。あの時、こっちが妥協していたらグループは分裂しなかったのか。他に解決策はなかったのか。和解という選択肢はなかったのか。今では不仲だけど、昔は一人を除いては気の置けない奴等だったから(その一人ってのは勿論ヨウと犬猿の仲のアノ不良のこと!)、ヨウ自身、ちょい決戦に思うことがあるみたい。

 「迷っているのか?」心情を尋ねる。「んにゃ」ヨウは曖昧に綻んだ。


「迷いなんざあったら、チームを引っ張っていけねぇだろ? それに……分裂事件がなかったら俺はテメェと関わることもなかった。今が良いのか悪いのか分かんねぇけど、出逢えた仲間には感謝している」


「うっわぁお、兄貴カックイイ。さすがイケメン」


「顔カンケーねぇだろ。大体な、イケメンにはイケメンなりの苦労があるんだぞ。例えば女の扱い方。顔だけでセックスの経験豊富そうとか、女の扱い方に手馴れてそうとか、なんとかかんとか。

あ゛ー俺はンなに女を抱いたことねぇっつーんだ! 下手ってわけじゃねえけど、どーせ俺はヤマトと比べりゃ、女ベタだよ」


「へ? 日賀野って女の扱い方上手いの?」


 あら意外、日賀野って女の扱い方上手いんだ。俺の反応にヨウはムッスリと脹れ面を作る。


「癪だがな癪だがな癪だがな。フツーの顔立ち、んでもってお洒落さんのあいつの方が実情モテるんだよ。女の気持ち、よーく分かってらっしゃる。なんっつーのかなぁ。男女問わず、不安な時ほど気持ちを察してやれる気の利いた男っつーの?  帆奈美の時も……ヤマトはあいつの不安な気持ちを察して優しくしてたみてぇだし? 俺は手前で手一杯だったから気付いてやれなかったし? ヤマトのそういうキザな面には俺も惚れたいぜ。あー惚れたい。嫉妬だ嫉妬! そっれこそ人生最大の嫉妬だ! あんのキザ男っ、思い出しただけでもムシャクシャするっ~~~ッ!」


「お、お、落ち着けヨウ」


「……イイデスカ、弟くん、顔だけで女の心は射止められねぇ。そんなに女は軽いもんじゃねえよ、OK? 所詮顔は顔で終わるんだよ。ルックスとか二の次三の次なんだよ。女に必要なのは自分を分かってくれる、年齢的に落ち着いた男。包容力のある男。つまり理解者だと俺は思うね。多分恋愛面じゃ、俺の方がガキだったろうしな。女の不安を気付ける男ほど、イケた男はいねぇと思うぜ?」


 自信を失くすとヨウは項垂れる。

 あのイケメンが自分の過去の敗北を口にしてくれるなんて不思議な光景だ。


「あいつの前じゃいつも、敗北感バッカ噛み締めてたし。まじアリエネェ……セフレでも女を取られたとか。しかもあのヤマトに取られたとか。人生最大の汚点だ」


「ヨウも人の子だなぁ。負ける時は負けるんだな。なんか安心したよ」


「テメェな、落ち込んでる兄貴に向ける言葉か? それ」


「んー? 俺はこれでも、兄貴は仲間思いだって知っているから? 恋愛は知らないけど、お前は友情面じゃピカイチだよ。 例えば? ぶっ倒れた舎弟のために酷く動揺してくれたこととか? いや、そこまで動揺してくれなくても、俺は怪我をしても這ってついて行くから安心しろよ? ははっ、兄貴の友愛を感じたけどさ!」


 ポカンとした間の抜けた顔を作るヨウだったけど、「テメッ!」今日のことをからかわれたんだと理解して舌を鳴らしてくる。

 うわぁい俺ってば超勇敢だな! 不良のヨウ相手にからかっちまうとか……からかっちまうとか……おばかだろ。後悔しても後の祭りだってのは分かっているよ。調子乗ってからかっちまったんだから。さてと……此処は一丁逃げますか!

 「兄貴に惚れそう!」また馬鹿な俺は調子に乗った発言をかまして、その場から逃走。急いでビリヤード室に逃げ込む。此処でヨウが「仕方の無い奴」とか不機嫌ながらも大人な発言をして、終わってくれれば俺もハッピーエンドなんだけど残念ながらヨウは大人ではなく子供だったみたいデス。

 ビリヤード室に逃げ込む俺の後を追い駆けて、「こんのド阿呆!」握り拳を見せてくる。


「ケーイー。テメッ、取り敢えず殴らせろ。その面、殴らせろ!」


「いやん、ヨウ兄貴。そんなに照れないで! ケイ、貴方の友愛はしかと受け止めましたわぁ! ……うわっつっ! 馬鹿! 俺っ、今日を怪我したんだって! 少しはスルースキルを覚えろって!」


「そこまでほざけるなら元気も元気だろうが! 待ちやがれっ、ケイ!」


「待てと言われて待つ馬鹿はいないってヨウ! だっ、こわっ、兄貴っ、怖ッ!」



 ◇



「相変わらず、不良相手に馬鹿をしてるな。怪我したくせに、アノ元気はどこから出たやら」


 ミネラルウォーターの入ったペットボトル片手に隣室を出た利二は、微笑ましく舎兄弟の追いかけっこを見つめていた。

 どうやら地味友が馬鹿を言って舎兄を怒らせたらしい。一方的に舎兄に追い駆けられている。その光景は、普段地味友と接する光景とさほど変わりない。随分彼も不良に対し、素を曝け出すようになったようだ。微笑ましいやら、複雑やら。

 壁に寄り掛かると利二の隣に、モトが並ぶ。先ほど少しばかり会話を交わしたせいか、幾分彼と自分の間に纏う雰囲気が和らいでいた。


「やっぱ嫉妬するか?」


 モトの問い掛けに、「さあな」表向き素っ気無い態度で返答。内心は少々……かもしれない。

 見透かしたように「オレもさぁ」モトは苦笑い。

 

「ちっと嫉妬したりする。向こうにとって“舎兄弟”が特別ってわけじゃないのは……分かっているんだけどな。許し難いとこがあるよなぁ。オレ、ケイのことは好敵手だと思っている。何だかんだで一番ヨウさんに近いところにいる気がするからさ、嫉妬するんだ。大事な仲間でも」


 仲間を協調するところが、なんともモトの優しさを感じる。自分の気のせいだろうか、利二は軽く笑声を漏らした。


「しかも自分だけがグルグルしている悪循環。向こうに悟られたら格好悪いしな」


「それだよそれ! 五木、気ィ合うな。さっきはヨウさんの悪口を言ったからカッとなったけど……五木にとってケイは本当に大切なダチなんだな。それでヨウさんの悪口を言ったのなら、納得もするさ。納得するだけどな! 悪口は許さないぞ!」


 ぶーっと脹れるモトに一笑し、利二は舎兄弟に視線を戻す。

 倣うようにモトも視線を戻し、軽く肩を竦めた。


「キヨタには悪いけど、アンタもあいつの舎弟を狙ってみたら? そしたらスッキリするんじゃね?」


 舎弟か。利二はとんでもない提案だとまた一笑。

 あいつの舎弟になるくらいならあいつの舎兄を狙う、なんてモトに強がってみる。「むりむり」間髪容れず、彼に無理だと一蹴された。何故ならば、彼の舎兄は自分の大尊敬している不良しかいないのだから。

 鼻高々に断言するモト、そんな彼に利二は羨望を抱く。


「お前は凄いな。自分の感情を受け入れるだけの器があるのだから……自分には無理だ。チームに身を置いたら毎日が嫉妬のやきもきだ。あんな馬鹿げたやり取りを見てたら尚更な」


 舎兄から逃げ回っている舎弟を見つめ、「特別なほど厄介だ」苦々しく頬を崩す。

 賛同してくれるモトだが、自分だって最初は気持ちが穏やかじゃなかったと吐露。毎日が嫉妬の嵐で、日夜親友のキヨタに愚痴を漏らしていたほどなのだと苦笑い。表情に嘘偽りはなかった。


「向こうの力量は分かっているんだけど、何となく認めるのが悔しいんだよな。認めるのが悔しい。先にオレが出逢っているからこそ、後からヨウさんに出逢ったケイが舎弟になって悔しかった……だろ? 五木。気持ち的にそんなカンジじゃん?」


「ああ、そうだな。仰るとおり、と言っておく。別に自分は荒川さんを認めていないわけじゃない。いや、片隅では認めているさ。田山の舎兄はあの人しかいないって。ただそれを認めるのが悔しいだけだ。こればっかりは自身の問題だからな、どーしようもない」


「ほんとほんと。スゲェー分かる。五木がチームに入りたくない気持ち、スゲェ分かる。だけどさ、アンタ、ケイがヨウさんの舎弟でも舎弟じゃなくてダチとして続けていくんだろ? じゃないとこうやってオレ等に手を貸さないだろうし、結局のところ向こうが“舎兄弟”でもカンケーねぇじゃん? 向こうは向こう、オレはオレなんだし」


 彼から同意を求められる。

 返事をせずにいると、「今までどおり、オレはヨウさんの背中を追い続ける」モトがこれから先の未来に誓いを立てた。

 嫉妬心に駆られようとも、やきもきする一晩があろうと、ケイは大事な仲間。彼には嫉妬を抱くだけで嫌いではないとモトは頬を崩す。勿論、ケイを思い付きで舎弟にしたヨウも嫌いじゃない。大尊敬している。

 今も昔もそしてこれからも、ヨウの背中を追い続ける。ケイとも好敵手として、仲間として接し続けていくつもりだ。自分は舎兄弟を見守っていくつもりなのだと胸の内を明かす。


「……ケイはリーダー気質なのかもしれない」


「田山が?」


「あいつは気付いていないだろうけど、ヨウさんに似てきてリーダーシップが撮れるようになっているんだ。ヨウさんに似て仲間のためなら、何処までも走る男だ。無自覚みてぇだけど。いつか、ケイは舎弟を作ると思う。それがキヨタなのか、それとも別の奴なのかは分からない。オレは五木でもいいと思っているんだ。 そしたらケイは調子を乗らずしっかりしてくれそうだし……って、ナニ笑ってるんだよ?」


「いやお前はよく田山を見ていると思ってな。よく田山の性格を把握している」


「そりゃあ、ヨウさんの顔に泥を塗られたらヤじゃん? だから仕方が無く見ているんだよ。こっちが面倒を看ている気分にならぁ」


 仕方が無しという言葉に、またクスッと笑声を漏らす利二。

 訝しげに見やってくる彼の背後を指さしてやる。

 モトが振り返ると、そこにはいつの間に立っていたのか、ぶすくれているキヨタの姿が仁王立ちしていた。睨みを利かせてくるチビ不良に思わず後ずさりをし、「な。なんだよ」恨めしい顔を作る親友に生唾を呑む。


「モト……ケイさんの面倒を看てる気分さぁ。もしかしてさぁ。もしかしてさぁー? ケイさんの舎弟とか狙ってさぁー? なぁー?」


「お、おいキヨタ……誤解。すっごい誤解……」


 禍々しいオーラを纏っているキヨタに、モトは専業の汗を流している。利二はとばっちを食らわないように距離を置いた。


「モトぉ……ケイさんと超仲の良い五木さんにさ。よくケイさんのことを見ているとか、性格を把握しているとかさ、褒められちゃってさ。俺っち、すっげぇ不満なんだけど。モト、そーゆーことならさぁ。ちょっと表に出て俺っちとタイマン張ろうか? ダイジョーブ。1対1の素手勝負にするから。あ、ハンデを付けてそっちは小道具OKしてもいいからぁー。なぁー?」


「はあっ?! む、無理に決まっているだろ! お前とオレじゃあ実力に差がっ、アッブナ?!」


「バァアアアカァアア! 俺っちに一発殴らせろぉおおお! モトはっ、モトは味方だって思ってたのにィイイ! 俺っちからケイさんを取ろうだなんて!」


「だぁああ! 馬鹿っ、阿呆っ、早とちり! オレは今も昔もこれからもヨウさん一筋っ、今の状況でナカマワレはヨクナイ! ヤマトさんとの対決がッ、お前怪我人だろォオオ!」


 肩を負傷してもなんのその。

 容赦なくブンッと拳を振ってくる合気道経験者から逃げるため、モトはビリヤード台の方へと逃げた。「モトォオオ!」ひでぇひでぇと嘆くキヨタに、「なんでそーなるし!」誤解も誤解だとモトは喚き騒いで逃げ惑っている。

 ついには舎兄から逃げ惑っているケイに、「ケイィイイイっ! お前のせいだからな!」なんて飛び火させる始末。勿論向こうにとってはなんのこっちゃな話。「はいぃ?」舎兄から逃げながら、一体全体何の話だとケイは素っ頓狂な声音を上げていた。


「突拍子もなく俺に罪を被せられても困るんですが、モトさんよ!」


「うっさい! アンタが舎弟としてしっかりしてないから、オレがこんな目にっ、だぁあ! アッブネ! キヨタ、アッブネ! ほらぁああっ、アンタのせいだぁあ!」


「ええぇえ?! 身に覚えのない罪を被るほど、俺もお人好し人間ではないのですがッ! とっ、兄貴っ、そろそろ許してくんねぇ?!」


「ケイ! とにかくオレに謝れ今すぐ謝れ土下座して詫びろォオオ!」


「だから俺になんの罪があるんだよぉおモト?!」


 騒がしい奴等だ。

 利二は可笑しいとばかりに笑いを噛み締め、軽く腕を組み、光景を見つめる。

 分かっている。これは自分自身の気持ちの問題、誰が悪いわけでもない。地味友が悪いわけでも、荒川が悪いわけでも、自分自身が悪いわけでもない。ただこの状況を受け入れられない自分がいるだけ。嫉妬に駆られている情けない自分がいるだけなのだ。

 チームに誘われて嬉しくないわけではないけれど、今の自分では入れないだろうし、これから先も入れない。嫉妬してしまう自分がいるから。仕方が無いじゃないか、抱いてしまうものは。


 それでも、必要としてくれている。友達が自分を必要としてくれている。

 だから傍にいるし、関わろうとする。一時的だがチームに身を置いとけと言われて、スンナリと従う自分がいる。結局のところ、嫉妬なんてなんのそのなのだ。友達に必要とされていると分かっているから。モトも同じ気持ちに違いない。


「いっそのこと嘉藤と舎兄弟になってみるか。そしたら、また視界が切り開ける気がする」


 当然、これは嘘だけど。

 微笑ましい光景を見つめる一方、利二はふっと顔を顰め別のことで懸念する。

 今更だが何故、日賀野達の唐突過ぎる過激な行動に出たのだろう。まだまだ余裕はあっただろうに、まるで腹を立てたかのように起こった一連の事件。そしてハジメと呼ばれている不良のフルボッコ事件に、自分が耳にした魚住の負傷事件。

 踊らされている気がするのは……気のせいか?


「気のせいであればいいのだが、胸騒ぎがする」


 とてもとても嫌な予感がしてならない。

 利二は不良達の騒がしい追いかけっこを眺めながら、自分の未来予知に悪寒を感じていた。


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