12.女の子を口説くより苦労するけど



 ◇ ◇ ◇




「そんな。こんなことって。嘘だろ。なあ? 誰か嘘だって言ってくれよ。ああ、くそうっ。涙が出て……泣くな俺。男の子は涙なんて簡単に見せるもんじゃないんだぞ。だけど、でもっ」



 こんにちは田山圭太16歳、高校1年で某私立高校に通っている身分の地味っ子男子です。

 ただ今、涙が止まらないです。畜生、これはヘコむどころじゃなく、涙が止め処なく溢れる状況。吹き抜ける風が目に染みて、またジンワリと視界を潤ませています。

 嗚呼……無情。なんてこいったいマドモアゼル。マックス、どうして俺に非道な仕打ちをするんだい? 俺をこんなにも悲しませるなんて神様もいけずなお方。不良難を恵んでくださるだけでなく、こんな仕打ちまで。

 ははっ、つくづく神様から見放された男みたいだな俺って! ほんとうにこれは落ち込むよ。


 「くそうっ」両膝をついてグズグズと涙を流している俺に、「田山……」元気出せと肩に手を置いてくる一人の少年。

 仮チームメートとして身を置いている利二に優しく励まされるけど、俺の心は粉々々々に打ち砕かれている。一つひとつ拾って復活できるほど、俺のハートも強くはないぜ! だってさぁ、元気出せる状況じゃねえって、これ。

 こんな、こんな……こんな無残なお姿で再会するなんて!


「ううっ、俺のチャリがこんなところでご臨終していたなんて。ごめん、マイチャリ……ちゃんとお前の最期を看取れなくて。大丈夫、お前の亡骸はちゃんとお持ち帰りするからな。この仇、必ず……必ず……」


 どどーん、俺は地面にめり込む勢いで落ち込んでいた。荒川チームたむろ場の倉庫裏でたっぷりと落ち込んでいる真っ最中だった。

 というのも先日、たむろ場で見知らぬ不良に奇襲を掛けられて、俺は失神するという情けない事態に置かれたんだけど。チャリの持ち主の俺が失神したってこともあって、後日チャリを取りに行こうと仲間達は失神した俺を担いでチャリをたむろ場に放置。

 目が覚めた俺自身も、「もう夜だし明日にでも取りに行こう」と能天気なことを思ってチャリを放置。

 翌日と翌々日は雨が降ったから、たむろ場に足を運んだのは三日後のこと。そうしたらどうだい? 前後のタイヤがズタズタに裂かれている上に、サドルのないチャリを目の当たりにしたという。しかも重量のある何かで殴られたのか、チャリのボディがベッコベコに曲がってやがるという。


 おまっ、これは……俺の大事な足なのに、チームの足でもあるのに。

 なによりこのチャリは俺の小遣いでご購入した。正しくは俺の金で購入させられたのに、クソッタレ弁償しやがれー! ……ガチでありえないんだぜ。三年は乗ろうと決めていたのに。高校はこれで貫くつもりだったのに。一万超えはしたんだぞバカチタレ。


「お前と出会ったのは中三だったな。丁度、習字をやめた頃にお前と出会った。塾に行き始めた頃、お前という素晴らしい相棒に……いやそりゃお前と共に不良を轢きそうになっちまったのが、不良難の始まりでもあるけれど。不良から逃げ惑ったあの日々はお前のおかげで乗り切ることができたんだ。そんなお前に乗れないなんて無念過ぎる。こんなことなら名前くらい付けてやるんだった、俺の愛チャリ」


「……田山、悲しんでいるんだよな? 間違ったって、笑いを取ろうとしているのではないんだよな?」


 笑い? 失礼な! 俺は真面目にチャリのために涙を流してるというのに!

 ちーんっとポケットティッシュで洟をかみながら、「笑いが何だって?」片眉をつり上げてみせる。利二はたっぷりと間を置いて、「ガチなんだな」それは悪かったとばかりに愛想笑い。

 なあ利二さんよ、物に涙を流す。それの何が悪いと言うんだい? 物にだってな、魂が宿っているってじっちゃんやばっちゃん言っていたぞ! 物は大切にしましょうなんだぞ。大事にしてたからこそ涙しか出ないんだぞ。あ、溜息も出るけど。


「はぁあ……チャリがこんな目に遭っちまって。どーしよう。俺からチャリを取ったらどうなるか知っていての悪意ある行為だよな、これ」


「可能性は大だな。日賀野は村井と田山の厄介性を早めに摘んでおきたかったんだろう。団体戦は個々人の能力がキーになってくるそうだからな。だが安心しろ、チャリなら代用できる。自分のチャリを貸してやるから。あまり使用しないから疵付いても大丈夫だ」


「ぶっ壊れるかもしれないぞ。見ろよ、俺のチャリ。見るも無残、聞くも無残、語るも無念なお姿なのに」


 すると利二は微笑を浮かべて俺の肩に手を置いた。


「今はそんな小さなことを気にしている場合じゃないだろ。お前はお前のやるべきことに集中しろ。チャリくらい、どうにでもなる」


 と、と、利二。

 お前って男はどーしてそんなに男前なんだい? 俺がおにゃのこなら完全ノックダウンの域だぞ! なんで君はモテないんだろうな! ……地味っ子だから? カンケーねぇと思うんだけど。俺だって、こうやって彼女をゲットしているし。ココロをゲットしているし。強調するけど恋人がいますし?!

 ははっ、今のはちょっと自慢だぜ! いいじゃないか、自慢もしたくなるお年頃だ。俺はいま春真っ盛りだぞ。

 まあ……だけど残念な事に不良合戦に巻き込まれて春が楽しめていないんだけどさ。いや、キスはしたけど……しちゃたけど……お味はしょっぱい涙味だったですけど。


「(ッ~~~っ! やっぱこういうのって手順があるんだと思うんだ! 嫌ってわけじゃなかったさ! でもなんっつーか、先走った感じがしてっ。俺ってガッツリくんだっけ? いやん、地味くんもやる時はやるのね。真面目なほど実はえろっ、認めねぇぞ! 俺は人並みの欲を持っているだけでっ……ああっ、初キスってデートの後じゃなくて良かったのか?!)」


「……田山、お前はまた、自分ワールドに浸って人を蚊帳の外に追い出す。戻って来い。どーせ春の妄想ネバーランドに行ってるんだろう? お前の頭は春だからな。羨ましい限りだ」


「ちっ、ちがっ……冬かもしれないだろ! 妄想ティンカーベルが寒い思いしているかもしれねぇじゃん!」


「顔に出やすいんだお前は。どーせ若松のことを考えていたんだろ? ほら、そこで若松がお前の奇怪な行動を不審そうに見ている」


 ゲッ、マジかよ?!

 膝を折っていた俺は素早く立ち上がって、利二の顎でしゃくる方向を見やる。

 いなくね? ココロ、どっこにもいなくね? 目を点にする俺に、小さな笑声を漏らした利二は「春も春だな」おどけ口調で肩を竦めてきた。あ、あ、あ、アリエネェお前っ! 騙しやがったな!


「利二っ、お前~~~ッ!」


「お前が勝手に自分ワールドを作るのが悪い。おっと、そう怒るな怒るな。こんなことしてる場合じゃないだろ? チャリの話はどうするんだ」


 お前が俺を茶化してきたんだろうよ!

 確かにどっちかというと現状は俺に非があるとは思うよ。先に妄想ネバーランドで妄想田山パンになっていたのは完全に俺だし。だからって彼女のココロをダシにするのは卑怯ってもんじゃねぇですかい。利二さんよ!

 ムッと眉根を寄せている俺に、笑いを押し殺したまま、利二は言葉を上塗り。


「チャリがもし壊れても、奢り一つでチャラにしてやる。その時は奮発して映画を奢ってくれ」


 その友情で今の茶化しはチャラにしてやるよ。ジミニャーノ男前め!

 「サンキュ」一変して俺は利二に綻ぶ、世話になりっぱなしだなっと苦笑い。「馬鹿だな」利二は目尻を下げて、軽く背中を叩いてきた。


「お前の馬鹿に付き合うくらい、もう慣れている。言っただろ、できることはしてやりたい。それくらいのカッコをつけたい。お前は筋金入りのカッコつけだからな」


「頼もしい限りだよ、ほんっと。薄情なくせにやる時はやってくれるんだからさ」


 笑声を漏らして、俺は利二にチャリを貸してくれるよう改めて頼んだ。

 頷く利二は直ぐに取りに行ってやるから待ってろと俺に伝えて、リーダーに許可を貰いに行くために踵返した。俺も事を一報しないといけないから、一緒に踵返して倉庫内へと戻った。


 倉庫内に足を踏み入れると険しい顔のチーム面子が揃っている。

 誰もがその表情に硬度を帯び、文字通り険しい表情で各々時を過ごしている。シリアスムード一色とはこのことだ。しょーがないよな、今日でケリをつけるつもりなんだ。表情が硬くて当然。俺と利二のやり取りこそKYなんだ。

 でも、だからこそこんな馬鹿なやり取りをして気を緩めておかないと神経が磨り減っちまうって。いざって時に力を発揮できなかったら駄目だろ?


 奇襲を掛けられた俺等のたむろ場だけど、二度目の奇襲は考えられないだろうと今朝から集会を開いている。

 大丈夫、今日は土曜日。補習もなにもない休日。学校をサボッているわけじゃない。だから欠課にも繋がらない。大丈夫、学生生活の面に関しちゃ取り敢えず支障は無い筈。これから先は分からないけど。


 大事な休日を潰して、朝からたむろ場に集まっている荒川チーム。

 俺達が休日だということは他校に通っている対立している“奴等”も多分、休日を迎えているだろう。補習がない限り。どっちにしろアノ面子じゃ補習に出るとは思えないから(こっちも出る面子じゃないし)、土曜日という穏やかな休日を手にしている筈だ。

 ヨウは休日を迎えた今日辺りに向こうが仕掛けてくると懸念している。

 これまでにない日賀野達の行動を考えて、学校以外の時間を過ごすであろう休日の土曜日・日曜日に狙いを定めてくると考えたみたいだ。賛同できる。お互いに他校に通っているチームだ。各々学校にいる間は手を出し難いし、集結させるのも容易じゃないし、団体で動くには無理がある。

 狙うなら今日、そして明日の休日だ。折角の休日だってーのに……血塗られた休日になりそうだ。ほんと。


 ヨウは朝早くから俺達に呼び掛けて、此処に集合させた。

 服装は動きやすい制服で(これは全員制服にしようということで意見が一致)、なるべく単独じゃなく二人以上で此処に来るようメールで注意を促して。特にキヨタはチームの戦力の要。絶対に一人で行動するなと再三再四ヨウに注意をされていたから、シズやモトと一緒に来たみたいだ。俺も一応、個性派に抜擢されてるからヨウや利二、それからワタルさんと此処までやって来た。んで、チャリとご対面して俺はドーンっと落ち込んだわけ。  

 早速俺と利二はヨウに自転車のこと報告。「してヤラれた」俺は舎兄に大きく溜息をついてみせる。


「俺の自転車がパァになっている。先手を打たれた。利二にチャリは貸してもらうから、支障はないと思うけど……一応報告しとくよ」


「さすがはハイエナ。考える事が一々狡いな。人の得意なものを取り上げやがる。チャリは五木から借りるって言っていたな。五木、直ぐに用意できっか? 今のままだとケイはただの習字不良だから。チームにも大きな支障が出る……んー、習字できる不良ってのも、これまた希少だな。ケイってつくづく不良の条件に当て嵌まらない地味不良だよな」


 その前に俺は不良じゃないんだけどね!

 どんなに仲間達が地味不良と称してくれても、傍目から見たら俺は地味っ子ボーイだと思うぜ! よっぽどのことが無い限り、俺は不良だとは見られないと思うよ。不良の条件に当て嵌まらない地味不良? まず条件ってのを教えてくれ。多分、全部当て嵌まらないだろうから。

 今日も清々しく心中でツッコミをしている一方、「すぐ取ってきます」利二は任せろとばかりに頷いて倉庫を出て行こうとする。

 「ちょい待ち」ヨウは単独行動は許さなかった。グルッとメンバーに目を向けて、「タコ沢」護衛してくれとヨウが指示。「パシリかよ」愚痴る(実情パシリくんの)タコ沢は、仕方がなしに重い腰を上げて利二の下へ。


 うっわぁ、タコ沢と二人きりとか利二カワイソー。

 あいつと二人きりになるとか、俺だったらぜぇーってヤだぜ! 喧嘩売られそうだし!

 利二も内心ビビッているみたい。顔が強張っている。まさかのお前かよって目をしている。だけど、さすがは空気を読むジミニャーノ利二。愛想笑いを浮かべて、タコ沢に挨拶。


「宜しくお願いします。谷沢さん。頼りにしてます」


「……お前、あのムカつく地味野郎のダチのくせに、俺をそう呼ぶのか?」


「は? あの……谷沢さんじゃ?」


 まさか名前を間違ったか? 利二は引き攣り笑いを浮かべる。

 タコ沢はフンと鼻を鳴らして、強めに利二の肩を叩くと「気に入った」見所あるじゃないかと褒めちぎっている。何が何だか分からない利二は、首を傾げて頭上にクエッションマークを浮かべるばかり。そんな利二を余所に、タコ沢はさっさと行くぞとばかりに利二の腕を掴んで引き摺った。

 うん、タコ沢。良かったな、利二に谷沢って呼ばれて! タコ沢の方がピッタリだけど、お前自身は『谷沢だ!』と吠えているしな……どーでもいいけどタコ沢、ムカつく地味野郎って俺のことか? なあ?


 あ、そうだ。



「利二!」



 俺は倉庫から出て行こうとする利二とタコ沢、いや、タコ沢はどーでもいいけど、利二に向かって声を掛ける。

 振り返る利二は俺の言いたい言葉が分かったのか、「気を付けるさ」フッと笑みを浮かべて片手を挙げた。

 ほんとうだな、利二。襲われるなよ。ヤラれるなよ。特に仮チームメートのお前には怪我して欲しくないんだからな。俺のいっちゃんの理解者なんだし……お前のこと必要としているんだから。お前がどんな思いで俺と不良の関係を見ているか知らないけど、俺はお前を必要としているよ。利二。

 神妙な気持ちで利二(とタコ沢)を見送った俺はブレザーのポケットに手を突っ込んで吐息をつく。怪我は絶対にするなよ。


「はぁーあ。ケイさんと五木さんって、すっげぇー呼吸が合っていそうっスよねぇ。もしかして……舎弟を狙ってたり?」


 ん? なーんか隣からジェラシー紛いのオーラと捨て台詞。

 ぎこちなーく流し目にすりゃ不貞腐れ気味のキヨタの姿。うをーい、お前も嫉妬か! 俺ってば、友情限定で超モテモテだな! できることなら恋愛の方面でも……いや、ココロがいるからモテモテにならなくていいや。

 ああもう、そんなに不貞腐れるなって。お前はお前で頼りにしているし、お前がいないと絶対チームの基盤が歪む。俺がいなくなる以上にさ。


「馬鹿だなキヨタ。利二と俺は友達だって。お前とは違うんだから。お前は俺の弟分、性別が例え変わっても慕ってくれるだろ? ブラザー!」


「はい、勿論っス! ケイさんがアネさんになってもついて行くっス! でもでもでも俺っちってライバルいっぱいなんっスよ。例えば……モトとか」


 なーんでそこでモトが出てくるんだよ。あいつはヨウ信者だろーよ。

 首を傾げる俺に、「オレは狙ってねぇって!」会話を盗み聞きしていたモトが猛反論。誰がそんな馬鹿そうな舎弟の座なんて狙うかとギャンギャン吠えてくる。


「だいったいケイが悪いんだぞ! ヨウさんの舎弟でありながら自覚してねぇから! ……オレが口出すしかないじゃん。その上、身の程も知らず無茶バーッカしてさ! カッコ付け自己犠牲型阿呆だから、仕方がなしに注意してやっているんだよ! 分かるかキヨタ! オレはヨウさんのためにしてるんだ。ヨウさん一筋なんだ!」


「そりゃ分かってるけどさぁー! なーんか悔しいんだって!」


 モトって大概で俺の性格を分かっているよな。

 カッコ付け自己犠牲型阿呆っていうのは癪だけど……なんとなく図星を突いている。ちょっと前まで自己犠牲っぽいのをして、仲間と対等になろうとしていたことがあったな。

 そういえば舎弟問題の時、俺が不良と一線引いているって指摘したのはモトだったな。あいつはよく俺を見てくれているよ、ほんと。アレだよな。ヨウ一筋な分、俺の不甲斐ない行為を監視してくれているんだろう。


 だけど、んー、舎弟ねぇ。

 今は俺自身舎弟で手一杯だから何とも言えないけど、そのうち俺にも舎弟というものを作る日が来るのかなぁ。

 いやいやいや、俺が舎兄とか想像も付かないし。不良を舎弟にするんだぜ? 地味の俺がこうさ、舎弟になった不良に向かって「行こうぜ舎弟!」とか、爽やかに笑って俺について来いぜ的台詞を吐く。


 まったくもって俺がそんなことを言うなんて似合わないねぇ。

 どっちかっていうと人について行きたいタイプだから、引っ張ってくのは得意じゃない。しかも仮にモトを舎弟にでもしてみろ。キヨタと超気まずい雰囲気になるだろう!


「はぁあ……なんか悔しいなぁ」


 ムッと脹れて小さな独り言を漏らすキヨタは頭の後ろで腕を組んで、ムッスリくんになっている。

 仕方が無い奴だなお前も。俺みたいな奴をソンケーしちゃってさ。せっかく自慢できる腕っ節あるのに損をしているよ。白だった髪を俺とオソロの黒髪にしちゃってさ。ほんっと損をしている。傍目からじゃ不良かどうかも分からないようなナリにしちまって。

 微苦笑を零して、俺は165cmしかない弟分の頭に手を置いた。軽く視線を上げて見つめてくる弟分に俺は目尻を下げた。


 まあさ、舎弟のことは置いておいて。

 不本意ながらも俺はキヨタを弟分にしちゃったわけだから(断れなかったとも言うけど)、俺の弟分はキヨタってわけだ。んでもって俺はキヨタの兄分。それは変わらない事実だってことは知っておいて欲しい。成り行きはどうあれ正式に兄弟分になっちまっているんだよ、俺等は。

 だから言ってやるんだ。


「俺は喧嘩できない。だから不甲斐ない部分はお前がサポートしてくれよな。俺の足りない部分はお前が持っているんだ。頼りにしてるよ。あ、だけど肩怪我してるんだろ? 無理はするなよ」

 

 俺は腕っ節のない兄分をサポートできるのはキヨタだけだと言ってやる。

 キヨタだけだもんな、こんな風に俺を慕ってくれているの。ま、俺等みたいな兄弟分って、所謂下克上なんだろうな。

 「ケイさん……」キヨタは目を瞬かせた後、パァッと花咲く満面の笑顔を浮かべて「一生ついて行くっス!」腰にタックルしてきた。

 だああっ馬鹿。くっ付くなっつーの! 俺にはココロという彼女がいるんだからな! それに誰が野郎にくっ付かれてよろこぶと……あー、分かったわかった。これも友情のスキンシップだよな。よしよし、受け止めてやるよ。俺は寛大な兄分だから(と言ってみる。言ってみたかったんだよ)!


 見えない尾を振って懐いてくるキヨタの頭を撫でやる。

 なんか犬みたいだな、キヨタって。モトもヨウに対しては従順な犬みたいだけど、キヨタも犬っぽい。モトに慕われているヨウもこんな気持ちになるのかなぁ。その……なんっつーか、弟分が可愛く思えてきた。慕ってきてくれる分、大事にしてやりたい気分。

 ちょっと思うことがあった俺は軽く目を細めて、キヨタにポツリと言葉を投げる。


「キヨタ。お前が一番危ない立ち位置にいるんだからな。絶対に無理はするなよ。入院とかやめてくれよ。ヤだからな、弟分が消えるなんて……一時離脱でも消えるのはヤだからな。馬鹿だけはしないでくれよ」


「大丈夫っス! 俺っち、ケイさんの弟分なんっスから!」


 心配御無用、だけど心配してくれて嬉しい。

 綻ぶキヨタに思わず苦笑い。そういうところが怖いんだって。分かってくれてるのかなぁ、キヨタ。お前は無茶に無茶を重ねて怪我をしそうな気がするんだよ、直感的に。

 だから再三再四、無理だけはするなと忠告。うんうんと頷いてはくれているけど、キヨタ……お前、人の心配を聞き流しているだろ?


 弟分の態度に苦笑を零しているとヨウが改めて仲間達に集合を掛けてきた。

 これからの予定を立てるらしい。抜けた利二とタコ沢には後で予定を伝えるみたいだ。円陣になった俺達はジベタリングして、ヨウの方へと視線を集める。立てた片膝に肘を置いて、荒々しく頭部を掻くヨウは険しい面持ちで告げる。「昼前に起こす」と。

 何を起こすか、当然分かっている。全員で乗り込むんだろう? 日賀野達のたむろ場に。真っ向勝負も真っ向勝負。作戦ナシの拳勝負を持ちかけるつもりなんだろ? 目には目で、歯には歯にで、報復してやるんだろ? 分かっているよ、ヨウ。みなまで言わなくてもさ。


 途中で協定を結んでいる不良達から妨害を受けるかもしれない。

 だけどヨウは俺達に言う。構うことなく真っ直ぐ日賀野達だけを見ていろ。邪魔立てする不良は浅倉さん達がきっと援護してくれる。だから俺達は日賀野達だけを見据えて、奴等を潰せばいい。強くつよく俺達に言った。


「ヤマト達相手に作戦ナシってのは正直辛いかもしれねぇ。けど、下手な作戦なんざ策略家の向こうには通用しねぇ。しっぺ返しを食らうのがオチだ。だったら全力で真っ向から挑むぞ。力的には勝っている筈だからな。こっちには合気道を習っていたキヨタがいるし。まあ、ヤマトも何か対策を考えてはいるだろうけど考えても同じだ。それから……あんま気が進まないけど弥生。ココロ。テメェ等も補佐をして欲しい」


 今回ばっかりは女子組の弥生やココロも喧嘩に参戦して欲しいとヨウは頼む。

 向こうには数人、女不良がいる。喧嘩ができるかどうかは分からないが、女不良達は女不良達なりに行動を起こすに違いない。日賀野チームに身を置いている女不良達だ。策士に違いない。きっと自分達は手前のことで手一杯だろうから出来る範囲のことでいい。補佐をして欲しいと指示。

 二つ返事で二人は頷いた。弥生にいたっては「あの女がいるかもしれないし」小さく下唇を噛み締めて、スカートの裾を握り締めた。ハジメの仇を自分の手で取りたいんだな弥生。

 ココロは大丈夫かなぁ。もしトラウマの古渡がいたら……視線を彼女に向けるとかち合った。そして大丈夫だとばかりに笑顔を向けてきた。うん、俺は頷いて目尻を下げる。ココロなら大丈夫。弱い女の子じゃない。昔と違うんだ。ココロなら大丈夫だ、きっと大丈夫。


 寧ろ大丈夫じゃないのは俺かも。

 ついに健太と……心が穏やかじゃない。荒れ狂っているわけでもないけど、気持ち的に落ち着かない。健太のことは友達だと思っているけど。この衝突で友達だと思い続けられるかな俺。

 正直、ハジメの一件で日賀野チームに大きな怒りを覚えている俺だ。あんなことをされて、それでも健太とは友達だって思い続けられるほど俺の心の構造も簡単な作りじゃない。俺の出しかけている答えは間違っているんじゃないか? 健太の言うとおり、俺等の関係は邪魔になるだけじゃ……ああくそっ、決戦目前でこれかよ。馬鹿じゃねえの。


――健太は言った。“お前を潰すのはおれだ”と。


 俺という存在は邪魔らしい。

 じゃあ俺が日賀野達と衝突した時、真っ先に潰さないといけない相手は……、日賀野チームは潰したいけど健太相手だと尻込みする。どうなんだろうな、これ。  


 なんだか苛立ちが募ってきた俺は集会後、誰とも口を利かず硬い表情で物思いに耽っていた。

 健太のことで尻込みしている場合じゃない。分かっているのに、健太のことを考えれば考えるほど鬱になる。マジでやめてくれよ。もうカウントダウンは始まっているんだぞ。板挟みになるようなジレンマに耐えていると、「ケイちゃーん」おどけ口調で声を掛けてくれる不良一人。

 顔を上げれば、ワタルさんがニヤリニヤリ笑みを浮かべて下唇のピアスを舐めている。


 ワタルさんは俺の不安を見透かしていたらしい。

 肩を並べてくるや否や、「答えは出したのりたま?」ウザ口調で健太との関係をストレートに聞いてくる。硬い面のまま俺は分からないと真情を吐露。健太とは友達ではいたい、でもこうやって衝突して傷付け傷付いても相手を友達だと言い張れるか自信がない。

 何より、俺はハジメの一件で向こうチームに憤りを抱いている。友達でいたいけど、向こうチームに身を置いている。それだけで気持ちが揺るぎそうだと、ポツポツ零す。ワタルさんだからこそ口にできた本音だった。


「なーるへそ。ケイちゃーんの気持ち、分からないでもないヤン坊。でもさぁ、ケイちゃーんはそいつが嫌いなわけじゃないんでしょ? 自分でさぁ、友達だと思いたいって答え出したんでしょー? ん? 出しかけ? どっちでもいいけど、決めたからには貫かなきゃヘタレだっぴ? せーっかく決めたんだしぃ?」


「でもワタルさん……俺、さっきも言いましたけど自信がないんですって。向こうは本腰入れて俺を潰そうとしてますし。ハジメのことだって」


「んじゃあ嫌いになればいいじゃんじゃんじゃん?」


「いや、そんな極端な。なれたら苦労しませんって。どう思ってもやっぱり、友達でいたい気持ちはありますし。だけど自信がないですし。尻込みもしてますし。アイデッ!」


「ぬはははっ! マヌケりんこ!」


 チョップを食らわされて頭を押さえる俺に、ワタルさんは奇声染みた笑い声を出した。

 なんでいきなり殴るんだよこの人。ンモー、相変わらずテンションについていけないっていうか……突発的な事をしてくれるんだからぁ! 頭を擦る俺の肩に腕を置いて、体重を掛けてくるワタルさんは「このヘタレ」頬をグリグリ突っついてくる。い、痛いんですがっ、ワタルさん!


「自分で決めたことに対して、土壇場で信じられない。ハンパなお答えなんてお笑い種っしょ! 嫌いにもなれない、でも友達でいたい。友達だと言える自信もない。そーんな我が儘を言っても、現状が変わるわけじゃないんだしさぁ。いいじゃん、今出している答えを貫けば? ケイちゃーんは結局傷付きたくないだけっしょ?」


 うっ、図星っす。

 ぶっちゃけ傷付けて恨まれるのもヤだし、恨むのもヤだなんだ。

 こんな心の葛藤があったっていいでしょーよ! 俺だって悩む時は悩むんだい! いつも能天気にノリツッコミかましていると思ったら大間違いだぜ!


「しょーがないなぁ。じゃあ、僕ちゃーんが一つアジョバイスをしてやるぴん。ワタルアジョバイス、自分の答えを掴むために闘え。ワタルちゃーんカックイイ!」


 ウザ口調は置いておいて、自分の答えを掴むために?

 キョトンとする俺に、「傷付かないのは無理だってん」だってこんな複雑に糸が絡まってしまったんだから。

 だったら無理やりでも糸を食い千切って、自分の信じた答えを掴むまで奔走すればいい。過程がどうであれ大事なのは結果。それまで何度だって葛藤すればいい、ワタルさんは無責任な言葉を俺に押し付けてくる。

 「この衝突で終わりじゃないでしょ?」ワタルさんは俺の頬を抓んで引っ張った。限界まで引っ張って引っ張ってひっぱって、バチンと手放す。

 

「ケイちゃーん、対立は仕舞いになるかもしれないけどさぁ。何もかもが終わるわけじゃないんだからぁ、焦らず長い目で見てみたらぁ? これはこれ。それはそれ。あれはあれでどれはどれっしょ?」


 あ、確かに。

 俺は腫れた頬をそのままに、納得だと手を叩いた。

 そうだよ、何もこれで終わりじゃないんだ。健太と何もかも、それこそ中学時代の楽しかった思い出もこれで終わらせようとしてた俺だけど、これで終わりじゃない。対立は終わるかもしれないけど、健太と終わるわけじゃないんだ。どーして終わりだと思ったんだろう。


 この状況で傷付かないのは無理だ。きっと俺は傷付くと思う。それに健太も傷付くと思う。望まない関係になり、そして向こうは敵意を抱いた。俺もそれを受け止める覚悟はできている。ただ衝突することに俺は怖じていた。

 うん、もうやめだ。衝突したって、傷付けたって、傷付けられたって、俺は健太を友達だと思いたい。思える強い心を持ちたい。決めたじゃないか、友達として見ると。これはこれ、それはそれ、あれはあれで、どれはどれだもんな。


 俺は時間を掛けても、健太ともう一度……例え向こうのチームに身を置いていても、いつかまた田山田(たやまだ)を復活させるさ。山田山(やまださん)かもしれないけど。

 雲がかった気持ちが晴れた気がする。「ありがとうございます」スッキリしたと俺はワタルさんに綻ぶ。「んもぉ」世話を焼かせると、ワタルさんは俺の頭をかいぐりかいぐり。アイタタタッ、髪引っ張ってるってワタルさん! わざと? それはわざと?! 痛がる俺に一笑して、ワタルさんは言う。


「いい顔になったじゃん」


 いつだってそうだ。

 ワタルさんはこうやって人を茶化しながらも励ましてくれる。人の不安を霧散してくれるんだから。


「ワタルさん、クサイこと言いますけど……やり直しはいくらだってできると俺は思っているんです。一度切れた友達の関係も努力をすれば復縁できますよね?」  


 俺の言葉にキョトン顔。

 一変して破顔するワタルさんは頭に置いている手をそのままに、クサイクサイと笑い飛ばす。

 だけど俺だけに聞こえる声で言ってきてくれた。耳元でそっと、「ケイちゃんがそう思うなら、きっとねんころり」賛同してきてくれるワタルさんは、限りなく優しい眼をしていた。人を小ばかにバッカしている人だけど、ワタルさんって根っこは優しい人なんだ。


 貫名渉。カツアゲ伝説を作ってる恐ろしい手に負えない不良。学校で恐れられている鬼畜不良。

 でも俺にとって大事な仲間、気持ちを酌んで初喧嘩に連れてってくれた大事な友達。ワタルさんは俺にとって大切な友達なんだ。


「ケイちゃーんにだけ教えてあげるよんさま。実は僕ちゃーん、対立しているけどアキラのこと、悪口は叩くけど嫌いじゃないんだよん。今も昔も。ケイちゃーんが思っているように、僕ちゃーんも実はこっそりクサイことを思っていたりするんだよねぇ。


 クシャリと頭を撫でて、「柄じゃないよんよん」自分で言っていて鳥肌が立ってきたとワタルさんは顔を顰める。

 「そうでもないですよ」俺はワタルさんの言葉を否定する。


「ワタルさん、とても仲間思いでイケた不良だと思います」


 瞬く間にワタルさんから頭を叩(はた)かれた。

 正直に言っただけなのに! 頭を擦りながら流し目でワタルさんを見やる。「今更っしょ」煽てても何もでないとばかりに鼻を鳴らして、そっぽを向いていた。珍しくもワタルさんは照れているみたいだ。なんだか一本取った気分になった。初めてワタルさんに勝った気分。

 でもあからさま顔に出したら、向こうが拗ねるだろうから俺は笑って誤魔化す。


「ワタルさん。お互いに努力が実を結ぶといいですね」


「女を口説くより難しいけどねんっぴ。おーんなの子の方がよっぽど楽だってぇん」


 隣から照れを含む台詞が飛んできた。

 まったくもってそのとおり。失友した友情を再生させるのは女の子をナンパするよりも難しいと思う。思うけど、希望を持ったって罰は当たらない。そうでしょ? ワタルさん。きっとワタルさんも、心の底では仲直りしたいと思っているんでしょ? 大親友だった魚住昭と。

 お互いに希望を捨てずに頑張りましょうね。ワタルさん。


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